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39話

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「ああ、これか……こいつは別にダメージなんて食らっちゃいない。全部この服のせいさ」
そう言って少年は上着を脱ぐ。確かに、そこには傷一つついてはいなかった。ただ、その下から現れたシャツを見るとシルビアは大きく目を見開く。何故なら、そこには大きな赤い血痕のようなものがあったからだ。
どうやら、その染みはかなり広範囲に渡っていたらしく、まるでその箇所を中心にして円形状に広がっているように見える。
そして、その部分だけ他の箇所のシャツと比べると色が変わっていた。
「そ、その出血量は……まさか!?」
「そのまさかさ。この前、親父が送ってきたものなんだが、なんでも特別な製法で作られた布地だとか言っていた」
「う、嘘……じゃあ、本当に無傷なのね」
「だから最初からそう言っているだろ」
「ごめんなさい……」
「はぁ? なんだよ急に」
「私の我がままに付き合わせて、その上あなたを危険に晒しちゃった」
「おい、まさか泣いているのか……」
「泣かせているのは誰なのよ!!」
シルビアは思わず感情的になってしまう。すると、そんな彼女の様子を見た少年は呆れながら言った。
「あのな……別にいいって、これは自分の為でもあるからな……」
「どういう意味ですか……」
「まぁ……その話は後にしよう。今はこいつらをどうにかしないとな」
「あっ、はい!」
シルビアは立ち上がると槍を構え直す。その様子を見た少年も立ち上がり、剣を構えた。そして、二人の表情が変わる。
(よし、今度こそ大丈夫そうだな)
先ほどまでとは違う雰囲気を感じたシルビアの様子に、ようやく彼は安堵した。だが、すぐに気を引き締める。
「まずは、あいつらの注意を逸らすぞ。その後で俺が隙をつくるからシルビアが止めを刺せ」
「わ、わかりました」
「行くぞ!!」
少年は勢いよく飛び出すと魔獣の群れの中へ飛び込んだ。
(頼むからこのまま逃げてくれ……)
だが、その思いとは裏腹に魔獣達は二人の存在に気づくと一斉に襲ってくる。すると、そのタイミングに合わせて少年はシルビアに向かって叫んだ。
「いけぇー!!」
シルビアはその声に応えるように力強く走り出した。
そして、そのまま魔物の一体の腹部を槍の先端で突き刺しそのまま勢いに任せて地面に縫い付ける。さらに、彼女は槍を抜き取るとその槍をそのまま回転させるようにしてもう一体の魔獣を攻撃した。
その攻撃を受けた魔獣は怯む。だが、すぐに別の個体が彼女に襲いかかる。
しかし、今度はその攻撃を槍の柄の部分を使って上手く受け止めると力いっぱい横に薙ぎ払う。
そして、その攻撃を受け止めたことでシルビアの腕には強い負荷がかかった。その結果、彼女は手に持っていた槍を落としてしまう。だが、それを見逃すことなく二匹の魔物は彼女に迫ってくる。
だが、彼女は焦らなかった。なぜなら、既に彼女は武器を手にしていたからである。彼女はその武器を思いっきり投げつけたのだ。
それは一本の小さな針だった。だが、それで十分である。
その針は見事に魔物達の眼球を貫く。すると、突然の痛みに驚いたのか二匹とも動きを止める。その瞬間を逃さず、シルビアは駆け寄った。
「これでお終いです!!!」
彼女はその小さな拳で魔物の頭部を強く殴りつける。その攻撃で完全に意識を失うと、その場で崩れ落ちた。そして、その一連の光景を見た残りの一匹も同じように倒れ込んでしまう。
その瞬間、シルビアはその場に座り込むと荒くなった呼吸を整えた。
「はぁ……何とか倒せたみたいですね」
だが、その顔には疲労の色が見える。
「だな……それにしても随分と戦い慣れているじゃないか。初めてにしてはなかなかだぜ」
少年の言葉を聞いたシルビアの顔が少し赤く染まる。どうやら照れてしまったようだ。だが、そこでシルビアはあることに気づく。
「そういえば、あなたは怪我とかしなかったんですか?」
「んっ、ああ……俺はこの通りさ」
「そう……よかった」
そう言うとシルビアは嬉しそうに笑った。その笑顔はとても輝いているように見えた。
シルビアと別れた後、俺はそのまま一人でギルドへと向かった。理由は簡単。依頼を完了する為だ。ちなみに今回の依頼内容は、ある村にある森に住み着いたゴブリンの討伐。
「えっと……確かここら辺だったはずだよな」
そう呟きながら辺りを見回す。すると、すぐに目当ての建物は見つかった。というか、意外と早く見つけられたな。てか、これってもしかしなくても結構凄くないか。この世界の文明レベルを考えればかなり珍しいことだぞ。まぁ……もしかしたら偶然かもしれないけどさ。そんなことを考えながら歩いていると目的地へと到着する。そこは、それなりに立派な建物だった。だが、特にこれといって目立つようなものは見当たらない。普通の酒場といった感じだ。
「えっ、マジかよ……」
いやまぁ……確かにギルドなんて名前にしたら誰も入ろうとは思わないだろうけどさ。それってどうなんだよ……。とりあえず、中に入ってみるしかないな。そんなわけで扉を開けると受付嬢らしき女性と目が合う。その女性は二十代後半くらいの年齢に見えるが、その見た目はかなり若いように感じる。なんと言うか……とても可愛らしい顔をしているからだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ、冒険者ギルド『希望の灯火』へ」
「……」
「お客様……どうかされましたか」
「あの……俺って間違えてきちゃいましたかね……」
正直言って、目の前にいる女性の言っていることが理解できない。ここは、間違いなくギルドだ。だけど、看板にはしっかりとそう書いてあったはずなのに……あれか、何かの手違いなのか。もしくは、誰かに騙されたか。その可能性は十分にあり得る。
「いいえ、間違ってはいませんよ」
「じゃあ、どうして……」
「あなた様は、当ギルドに新しく登録される予定の方ですよね」
「……へぇ、そうなんだ」
どうやら間違いではなさそうだ。まぁ、俺だって自分が新米の新人だという自覚があるから別に驚くようなことじゃない。
「で、結局あんたは何を言いたいんだ」
「失礼しました。私はリリアと言います。本日は担当をさせていただきますのでよろしくお願いします」
「あぁ……こっちこそ頼むよ。俺はアレンだ。ところで、さっきの話なんだけど」
「その話ですか……実は、あなたのようなケースはあまりないんですよ。本来なら、新規の冒険者は最初に適正テストを受けてもらい、その後に登録作業を行います」
「じゃあさ、何で俺の場合はそれがなかったんだよ」
「はい。ですが、今回あなたが受けられたクエストは特別な内容となっておりまして、こちらから推薦状を出させていただいたのです」
なるほど、そういう理由があったのか。まぁ……一応納得はできたかな。でも、ちょっと気になる点もある。例えば、何故その特別な依頼を他の奴らが受けたりしないのかという点。
そして、そもそもこの依頼を出した人は一体何を考えているのかという点だ。はっきり言おう、俺はこんな仕事をやりたくてこの世界にやって来たわけじゃない。俺は、元の世界での日常を取り戻す為にこの世界にやってきた。そして、その願いを叶えるためにこうして生きている。だからこそ思う。もしも仮に、このまま順調にいったとして本当に俺は元の世界に帰ることができるのだろうか。もしかしたら一生この異世界で暮らすことになるのではないのか。そんなことを思って、少しだけ不安になってしまった。
「そうか……色々と教えてくれてありがとな」
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