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女性は井戸水で冷やしたトマトを口に運び、小さく目を細めた。
「……あまい。まるで果物みたいですね」
「うちの土と陽の加減がちょうどいいんだよな」とカイルが鼻を鳴らすと、彼女は軽く頭を下げて言った。
「改めまして。私は エレナ・ヴァルティア と申します。王都で小さな薬舗を営んでおります。今日はある“作物”を求めて、こちらまで伺いました」
「薬舗? ってことは……薬草か?」
「はい。正確には“アークミント”という多年草を探しています。この土地で、かつて育てられていたという記録があったのです」
カイルと僕は顔を見合わせた。
「……アークミントかぁ。名前だけは聞いたことあるな。けど、育ててる農家なんて今はなさそうだけど」
「おっしゃる通り、現在の栽培者は不明です。ただ――」
エレナは馬車の荷台から一つの木箱を降ろし、蓋を外す。中には乾燥した葉と、数冊の古びたノートが収まっていた。
「これは、今は亡き薬師の残した記録です。“トア村の南の斜面に、アークミントの群生地があった”と記されています」
「……南の斜面?」
カイルがつぶやく。僕も思い出した。確かに、あの辺りには昔、今は誰も使っていない段々畑があったはずだ。
「案内してもらえませんか? あなた方が土地の人なら、きっと分かるはず」
「……まあ、時間もあるしな。見に行ってみるか」
カイルが立ち上がり、僕もそれに続く。エレナも丁寧に礼を言い、護衛の男とともについてくる。
シャズナとリッキー、ルシファンも揃ってぞろぞろとついてくる様子は、まるでちょっとした遠足のようだった。
緩やかな坂を上り、木漏れ日の中を抜けると、やがて草に覆われた段々畑が姿を現した。
「ここか……」
地面にしゃがんだエレナが、草をそっとかき分ける。そして――
「あった……間違いありません。これがアークミントです」
風が吹き、草の間からふわりとミントと檜を混ぜたような、爽やかな香りが立ち上がる。
「生きてたんだな……」
「はい。このまま放っておけば消えてしまうかもしれません。どうか――この草を、もう一度育ててもらえませんか?」
エレナはそう言って、僕のほうを真っ直ぐ見つめてきた。
僕は少し迷った。でも、すぐに頷いた。
「……うん。やってみよう。農場の一角を空ければ、少しは試せるはずだから」
エレナはぱっと笑顔になり、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。正式な契約のため、後日また改めて参ります。あ、こちらを……これは試作用の種子です」
そう言って渡された小さな麻袋には、丸く乾いた種がいくつか入っていた。
――新しい作物、新しい出会い。
のんびりとした農場の暮らしのなかに、少しだけ風向きが変わった気がした。
そして帰り道、シャズナが僕の足元にぴたりと寄り添いながら「にゃーん」と鳴いた。
まるで「いいことが始まりそうだね」と言っているようだった。
「……あまい。まるで果物みたいですね」
「うちの土と陽の加減がちょうどいいんだよな」とカイルが鼻を鳴らすと、彼女は軽く頭を下げて言った。
「改めまして。私は エレナ・ヴァルティア と申します。王都で小さな薬舗を営んでおります。今日はある“作物”を求めて、こちらまで伺いました」
「薬舗? ってことは……薬草か?」
「はい。正確には“アークミント”という多年草を探しています。この土地で、かつて育てられていたという記録があったのです」
カイルと僕は顔を見合わせた。
「……アークミントかぁ。名前だけは聞いたことあるな。けど、育ててる農家なんて今はなさそうだけど」
「おっしゃる通り、現在の栽培者は不明です。ただ――」
エレナは馬車の荷台から一つの木箱を降ろし、蓋を外す。中には乾燥した葉と、数冊の古びたノートが収まっていた。
「これは、今は亡き薬師の残した記録です。“トア村の南の斜面に、アークミントの群生地があった”と記されています」
「……南の斜面?」
カイルがつぶやく。僕も思い出した。確かに、あの辺りには昔、今は誰も使っていない段々畑があったはずだ。
「案内してもらえませんか? あなた方が土地の人なら、きっと分かるはず」
「……まあ、時間もあるしな。見に行ってみるか」
カイルが立ち上がり、僕もそれに続く。エレナも丁寧に礼を言い、護衛の男とともについてくる。
シャズナとリッキー、ルシファンも揃ってぞろぞろとついてくる様子は、まるでちょっとした遠足のようだった。
緩やかな坂を上り、木漏れ日の中を抜けると、やがて草に覆われた段々畑が姿を現した。
「ここか……」
地面にしゃがんだエレナが、草をそっとかき分ける。そして――
「あった……間違いありません。これがアークミントです」
風が吹き、草の間からふわりとミントと檜を混ぜたような、爽やかな香りが立ち上がる。
「生きてたんだな……」
「はい。このまま放っておけば消えてしまうかもしれません。どうか――この草を、もう一度育ててもらえませんか?」
エレナはそう言って、僕のほうを真っ直ぐ見つめてきた。
僕は少し迷った。でも、すぐに頷いた。
「……うん。やってみよう。農場の一角を空ければ、少しは試せるはずだから」
エレナはぱっと笑顔になり、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。正式な契約のため、後日また改めて参ります。あ、こちらを……これは試作用の種子です」
そう言って渡された小さな麻袋には、丸く乾いた種がいくつか入っていた。
――新しい作物、新しい出会い。
のんびりとした農場の暮らしのなかに、少しだけ風向きが変わった気がした。
そして帰り道、シャズナが僕の足元にぴたりと寄り添いながら「にゃーん」と鳴いた。
まるで「いいことが始まりそうだね」と言っているようだった。
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