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常夏の恋
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暑い……
あなたはそう感じるだろう。というのも今の季節は夏。記録的猛暑が続く常夏の季節の真っ最中なのだから。
しかしながらこの季節は家の中にいても相当な暑さが人を襲う過酷な季節。だからこそ少しでも長く涼まなければ簡単に熱中症を発症しかねない。そのためあなたは扇風機を付けようとボタンを押し電源を入れようとするのだが、暑さでやられてしまったのか、はたまたボロが来てしまったのか何度ボタンを押してもうんともすんとも言わない。
エアコンは取り付けていないため、仕方なくあなたはうちわで仰ぎ涼むことにするが、人力且つ自身の力ともなるとやはり面倒くさく、疲れてしまうだろう。
なんでこんな時に……とあなたは思うことだろうが、扇風機が壊れたのは間違いなく自然現象、逆らうことなどできやしない。
暫くうちわを仰ぎ続けた所で、あなたはあまりの暑さで喉が乾き急いで冷蔵庫へと向かう。だが開けてみればなんと中味は飲み物どころか食料も何も無かった。
暑さにより外に出たくないと、余計な体力を使いたくないと思っているからこその失態。それを見たあなたは仕方なく買い物に出かけることにし、涼し気な部屋着のまま、財布を持って最寄りのコンビニへと向かった。
途中、やはり暑くて日陰で休んでいる野生の猫や犬を見つけるが愛でに行けば目的を忘れてしまう……いや、こんな四十五度の暑い日に愛でれば逆に暑くなる。そのため目的地へと一直線で向かって歩みを進めていた。
「やっほ、久しぶり!」
最寄りの店までまだ距離がある中、暑くて朦朧としてきたあなたの目の前に特徴的な白いワンピースを着て麦わら帽を被ったきめ黒く艶のあるショートヘアの少女が現れた。
だがあなたは勿論彼女のことを知らない。なのに久しぶりとはどういう事なのか。
朦朧としてきた頭を無理してなんとか考えるあなただったが、やはり彼女の名前は出て来ることは無く、失礼に当たるものの誰なのか聞こうとした直後。
めまいが発生しその場に膝から崩れ落ちてしまうこととなる。
「って大丈夫!?」
原因は軽い脱水症状と熱中症。普段なら水分補給をしっかりしていれば問題は無いのだろうが、あなたは出かける前に水分補給を怠り、四十五度という真夏の気温に晒され熱中症になり、更に汗をダラダラと流し続けた結果脱水症状が起きてしまったのだ。無論それらの症状になったとはあなたはわかることはない。
「ねぇ!ちょっと!……とりあえず涼しい所に……よいしょ、よいしょ」
意識を失いかけているものの名も知らない彼女に引きづられていることは確かにわかった。
なんて親切な人なのだろうか?
しばらく引きづられていること数分、彼女はあなたをひきづり近くの家の涼しい日陰にたどり着き、あなたを寝かせる。
だがもちろんすぐには頭の朦朧さは変わらない。
「ふぅ、重かったぁ……これで体調が良くなるといいけど」
彼女は急にあなたの頭を持ち上げると、いわゆる膝枕をし始め、あなたの目が覚めるまでずっと彼女は膝枕をし続けた。
ーーそれから数刻の時が経ち、あなたはようやく意識がハッキリとしてくる。
目の前には名も知らぬ白いワンピースを着た彼女の顔、そして大きくも小さくもない胸部が目に入りる。
それは膝枕をされているからこそ見える光景。しかし自身が見ず知らずの人に膝枕をされているのにも関わらず、あなたは暫く横になったままである。
否、下心等は今のあなたにはないだろう。なぜなら今も尚意識が朦朧とし現在の状況が頭に入ってきていないのだから。
「あ、具合大丈夫?」
と、心配そうに聞かれるがあなたはもちろん大丈夫ではない。軽い脱水症状と熱中症とはいえ、目眩、頭痛などが起きるからだ。
だが名も知らぬ彼女が気を失っている間、適切な対処をしたからこそ症状は軽くなっている。
そのためどちらかと言うとどちらでもない。
「ダメだよ、ちゃんと水分補給とかしないとっ!全くおっちょこちょいなんだから」
あなたのことを知っているかのような口調で話すが名もわからない以上ほぼ初対面。なのになぜおっちょこちょいと言うのか。
「そうだ!飲み物買ってくるね!よいしょっと」
あなたの頭をゆっくりと太ももから離し、地面に置き、立ち上がってタッタッタッとどこかに去ってしまった。言葉からして何かの飲み物を買ってくるのだろう、名も知らぬ彼女にそこまでしてもらっては気が引けるがあなたは待つことにした。
数分後、彼女の行動により体調が戻りつつあるあなたは、遠くでビニール袋を持った名も知らぬ彼女が走って戻ってきているのが見える。その袋はあなたも身に覚えがあるもので、最寄りのコンビニの袋だとすぐにわかった。
「あ、要望とか聞かないで買ってきたけどこれで良かったよね?君が好きな飲み物」
そう言って渡されたのは、間違いなくあなたが好きな飲み物だ。だが、それを買ってきたことであなたのことをどこまで知っているのか謎が深まるが、暑さゆえかそこまであなたの思考は働かなかった。
「良かったぁ、これで君の好きな飲み物が違ったらどうしようかと思ったよ」
好きな飲み物を受け取ってくれたことが嬉しかったのか、名も知らぬ彼女はあなたににっこりと笑って見せた。
その笑顔は可愛らしいものだった。
それによくよく見れば綺麗な顔立ちなのもわかる。スタイルもまあまあ良い方で俗に言う“美人”なのが伝わってくることだろう。
「あ、お金は出さなくていいよ?私からの奢り!」
その顔につい見惚れてしまうことになるが直ぐに我へと返ると、流石に悪いと思いあなたは財布を取り出す。だが名も知らぬ彼女は手を横に振りそう言う。
だが、名も知らぬ彼女に奢ってもらうことはあなたは気が引けるだろう。しかし出そうとすると何度も「いいって」と再び拒否され、その言葉に甘えることなる。
あなたは早々に好きな飲み物を飲み干すと名も知らぬ彼女に別れを言って最寄りのコンビニへと向かおうとする。
「あ、待って!君、私のこと忘れてるでしょ?」
だが名も知らぬ彼女に止められそう言われる。忘れているも何も名も知らぬ以上わかるわけが無いが。
「私だよ!ほら子供の時お隣だった望月和香羽!」
その名前を聞いた瞬間、あなたは昔よく一緒に遊んでた望月和香羽のことを思い出すこととなる。
だが子供の頃と比べ、目の前の和香羽は随分と印象が変わっていた、それ故あなたは名も知らぬ彼女として捉えていたのだ
「やっと思い出した?でもさっきあった時から反応がおかしいなぁと思ってたけど、まさか忘れているなんてちょっと悲しいよ」
あなたは何故わからなかったのか、それは子供の頃に和香羽の方が随分と遠くの方へと引っ越してしまい、それ以来音信不通になっていたからである。
それからかれこれ十年以上たった今、あなたはすっかりと忘れてしまっていたのだ。幼馴染である和香羽のことを。
でもそんな彼女がなぜ今更戻ってきたのか、あなたは気になり聞いてみることに。
「あー実は……えーとそう!ここでやる花火大会を久々に見たいなぁって思って戻ってきたの!おばあちゃんの家に泊まり込みだけどね」
何かを誤魔化したような気もするがあなたは幼なじみと久々にあった事の嬉しさで気にもとめなかった。
そして幼馴染の口から出てきた花火大会。この季節には欠かせない大きな祭りで、数十分もの長い時間をかけて花火が打ち上がる。さらに出店も多く、いつも観光客で一杯になる祭りだ。
だがそれは一週間後、今ここにいるということは、そこまで待ち遠しいのだろう。
「ところで今から遊びに行ってもいい?」
と急に話題を変えてあなたにそう言ってくる。昔からよく遊ぶ仲だったが、今は一人暮らしのあなたと年頃の彼女、少しだけ抵抗はしてしまうだろう。
だが折角久々に会った、そう思いあなたは自身の家に案内する。だがもちろん当初の目的も忘れてはいけない。先に最寄りのコンビニへと向かった。
ーーしばらくして買い物を終え、家へとたどり着いたあなたは、幼なじみを家の中に入れる。
「へぇーここが君の一人暮らしの家かぁーでもまさか地元で一人暮らしするなんてね」
だからなんだと言うのか、あなたは買い足した飲み物や食料を冷蔵庫の中へとしまいそう思う。
「花火大会まで暇だし毎日遊びに来ようかなー……なーんてね」
毎日来るのかと思うとあなたは気が重くなり、それは遠慮して欲しいとついつい思ってしまう。だが最後の言葉で冗談だろうと思い、本音は出さ無いようにしていた。
「さてと君の家もわかった事だし、私は帰る……って明日は暇?」
少しお邪魔して少し滞在して、遊ぶというよりまるであなたの家を見にきただけの彼女が帰ろうとするが、最後に明日は暇かと彼女があなたに聞いてきた。
だがタイミングがタイミングであなたは丁度長期休暇に入っていた。そのためこの季節は実は一番暇になる季節とあなたは思っている。一人だからこそ何をする訳でもないからだ
「じゃあじゃあ!明日いつもの場所で夜待ってるから!一緒に星でも眺めよ!……あっちじゃあんまり星が見えなかったから!」
こうやって昔からあなたのことを連れ回すのが和香羽だ。それを知ってるあなたは無論断ることもできたが、それだと可哀想だ、そう思いあなたは頷く。
「じゃあ明日ね!」
嬉しそうな顔をしてようやく帰っていった。まるで台風のような幼馴染だ。あなたため息をついてそう思うだろう。
幼馴染が帰ってしまった今、また暇になる。買い物も済ませてしまったあなたにとってやることは趣味くらいしかないだろう。だが扇風機が故障している今、暑さで何もやる気が起きず昼間から寝るしか出来なかった。
ーーそうして一日が過ぎ約束の日。外は相変わらず暑く、あなたは出かける気にもならないだろう。
昨日のように迷惑をかけるわけにはいかないため、あなたはこまめに冷やした飲み物を飲みながら夜まで待つことに。
彼女が言っていたいつもの場所というのはよくあなたと和香羽が遊んでいた場所。森の中の大きな木のある開けた場所だ。
そこは今の常夏の季節でも涼しく安らげる場所でちょっとした秘密の場所だが、和香羽が引っ越してからあなたは殆どそこに行かなくなってしまった。
ーーしばらくしてようやく夜が訪れる。
あなたは約束の場ーー大きな木の根本へと向かった。
「あ、きたきた!遅いよー!」
あなたの家からはさほど離れていなかったため案外早く着くあなただったが、彼女はさらに早くついていたようだ。
「ねぇ覚えてる?あの時の約束」
あの時の約束ーーあなたはそう聞いて何も思いつかない。十年以上も前となると彼女の名前と同様に、やはりわからなくなってしまうのだろう。
「何も言わないってことは覚えてないんだ……」
少し悲しげな顔をして和香羽は言う。どんな約束をしたのか覚えていないあなたは申し訳なさそうに言葉をかけた。
「ううん!謝らなくてもいいよ!十年以上前のことだし……今言えばいいんだから!」
そこに風が吹き付け和香羽の短い髪をふわりと揺らしてみせた。
「私ね……昔から君の事が大好きだったのっ!……あの時の約束はね?……私達が大きくなって再開した時に伝えたいことを言い合うって言う約束なの」
和香羽からの突然の告白。あなたは恥ずかしくて仕方ないだろう。きっと穴があれば逃げるようにその穴に入りたいはずだ。
だがそれは和香羽も同じこと。彼女だって恥ずかしくて顔を赤裸々としてーー約束を忘れられたことに涙を流してしまっているのだ。
そしてあの時の約束、それをあなたは思い出したが肝心の“伝えたいこと”だけが未だに思い出せていない。
と言うより彼女に“伝えなければならないこと”がなんなのか自分自身でもわかる事がないだろう。
「ご、ごめんね?急にこんなこと言って……困るよね?」
決してあなたは困った顔をした訳では無い。ただ驚いて、恥ずかしさと彼女の泣き顔を見て言葉がでなかったのだ。
「き、今日のことは忘れて!」
そう言ってタッタッタッと逃げるように和香羽はその場を離れてしまう。
あなたはもちろん追う。だがそれを邪魔するかのように目の前に人影が現れた。
「先輩?」
彼女は清宮好兎美。黒っぽいワンピースと可愛い兎の髪飾りが印象的な自然の茶色と鮮やかな茶色の目を持つの女性。あなたと同じ学校でひょんな事から仲良くなったあなたの友人だ。
「あ、私ですか?先輩がこっちに……あ、いえ!散歩道だったので!ここ夏場は涼しいですし」
何やら誤魔化したような口調だったが、あなたは気にもとめなかった。
清宮は一昨年に引っ越してきたため和香羽の事はもちろん知らない。それにここを知っているのには理由があり、涼しい所を聞かれ、去年の夏に教えていたからだ。
「それよりも先輩、ここで何をしてたんですか?まさか先輩も散歩?」
あなたはつい散歩と答えるが、別に嘘をついてまで和香羽を隠す必要はもちろんなかった。
ただただ無意識に嘘をついてしまっていたのだ。
「奇遇ですね!あ、なら一緒に帰りましょう先輩!」
そう言ってにっこりと笑を見せて清宮はいうが、さすがに今更嘘だと言うわけにもいかずあなたは彼女と一緒に帰ることにした。
「ところで先輩。来週の花火大会の日……空いてますか?い、いえ!空いてないなら空いてないでいいんですけど……い、一緒に見る人がいなくて……」
途中清宮はあなたの顔を見ながら問いかける。
その問いかけは来週の花火大会の日は空いているかというもの。もちろん花火大会も長期休暇中のイベントのためあなたは暇だ。
更にあなたも一緒に見る人はもちろんいないが可哀想な後輩の清宮と一緒にみることはあなたにとってどうでも良いことだった。
「お願いします!」
だが彼女はどうしてもあなたと一緒に見たいらしく、頭を下げてお願いし始める。このまま放っておけば頭を下げるに留まらず土下座もしそうな勢いだ。
だからこそあなたはここまでして頼まれたら断るのに抵抗してしまい、つい清宮と一緒に花火を見る約束を交わすことに。
「ありがとうございます!」
といって何度もぺこりと頭を下げる清宮。今思えば頭を下げる程の事だったのか、あなたは少し考えてしまう。
その後、流石に夜道を女子一人で歩かせるのはと思いあなたは清宮を清宮宅まで送った。
なぜあなたは清宮宅を知っているのか、それは過去に清宮が風邪を引き、見舞いに行ったことがあるためだ。
そしてここは田舎なのだが、田舎だからといって舐めてはいけない。夜だからこそ外をうろつく不良だっているのだから。
「なんか送ってもらってありがとうございます……で、ではおやすみなさい!」
照れ隠ししながら清宮はそう言い放ち家へと戻っていった。
気づけば辺りは静かな夜更け、あなたも家にもどり、すぐ寝ることにした。
そして朝。
いつも通りカンカンに晴れ暑い日……ではなく生憎の雨が降っていた。テレビ予報によれば一日雨らしい。
また湿度により平日よりも暑さは感じ取れるが、じめっとしてるためいつもより居心地が悪いことだろう。
雨が降られ、最悪だと思っていたら突然あなたの携帯の着信音が雨の音に紛れつつも鳴り響いた。
ぱっとみると画面には『清宮』と表示されその下には電話のマークがあった。そうあなたは今、清宮から電話がきたという状況なのだ。
無論電話を拒否する理由は無いため“通話”のボタンに触れる。
「あ、繋がったー!」
電話が繋がったことが嬉しいのか携帯越しに喜んでそうな雰囲気が声でわかった。
「先輩!勉強を教わりに遊びに行ってもいいですか!」
相変わらず元気がいい清宮だが、実は成績が少し悪い。あなたが教えてあげているためなんとか赤点は免れてはいるが、もし教えていなければ赤点を連続して取ってしまうほどだ。
それに勉強を教えてくださいと言われ、断ったことがあるが何故かその場で泣かれてしまったと言う過去がある。
そのためたまに教えることとなったのだ。
「じゃあ今から向かいますね!」
電話越しでそう言い放ち清宮は電話を切った。
というか現在雨が降っているのだが、この天気の中で勉強を教えて欲しいだなんて変わっているな……とあなたは思うだろうが、清宮が変わっているのは元々。勿論それはあなたも知っているため気にしないことにするだろう。
待つこと数分、家のチャイムがなり玄関へと向かう。
ガチャリとドアを開けるとそこには清宮……ではなく傘を片手に何故かびしょ濡れの和香羽がいた。
和香羽のお気に入りの白いワンピースが恐らく雨により透けてしまっていて、ピタッと彼女の繊細な素肌に張り付き中々に際どいが、それどころではないと悟ったあなたはすぐに家に上がらさせタオルを渡した。
「あ、ありがとう……え?なんでこんな濡れてるのかって??買い物しに傘をさして行ったんだけど車が水溜りをはねてそれがかかっちゃって……えへへ」
笑い事ではないのだが、なんでびしょ濡れなのかはあなたは理解する。
そして風邪を引いてはとあなたの気遣いで風呂を焚き、風呂に入るように和香羽に伝える。
でもさすがにそこまではと遠慮されたが、さすがに濡れ濡れの和香羽を放っては置けないあなたは説得をした。
「わ、わかったよ……せっかく焚いてくれたんだしね。……え?このワンピースを着替える時に浴室の前に置いておけって?き、きき、着るもの無くなるよ!?」
びしょ濡れの白いワンピースを風呂上がりに着ては意味がない、さらに道路の水溜りが運悪くかかったのだ。だから洗濯し、乾かしておこうという気遣いをしようと言うことなのだが、着るものがないと驚かれるが、大丈夫だとあなたは言うとタンスの中を漁り適当にワイシャツを渡した。
それに下着まで洗うということではない、肌にピタッと広い範囲でくっ付いているワンピースだけだ。
「こ、これを?そ、それならいいけど……」
ということで和香羽からの承諾がでたことで和香羽を風呂へと入れた。
ただその直後思いもよらぬ出来事が起こってしまった。
ピンポーン
またもあなたの家にチャイムが鳴り響く。
もしかしてとあなたは覗き窓を見るがやはり清宮だった。
「せんぱーい!来ましたよー!」
どうしたものかと考えるが、外は雨、傘をさしているとはいえ、そのままにしては悪いととりあえずあなたは清宮を家に上がらせる。
するとすぐに清宮から言葉が飛んできた。
「失礼しま……あれ?誰か来てるんですか?」
靴置き場を見てそう言ってきたのだ。無論、この家に住んでるのはあなただけ、それを知っている彼女は靴が二足あることに不思議と思ったのだ。
無論隠す理由なんてないが、あなたは不思議と名前を伏せ、人が来ていることだけは伝えた。
「珍しいですね、こんな天気に先輩の友人が来るなんて」
そんなことを言ってしまえば清宮もだと思うのだが。
と、そんな会話が聞こえたからか和香羽の声が風呂場から響いてきた。
「友達でも来たのー?珍しいねこんな天気にー」
「ふぇ!?ふ、ふふ、風呂に入ってるんですか!?それも今の声からして女性!?」
和香羽からはデジャヴ感がする言葉が発せられ、清宮はその声で驚きを隠せず、言葉が詰まっている。
そんな彼女にさらに追い打ちをかけるように風呂場のドアを開けてぴょこりと和香羽は頭を出してきた。
「だ、だだ誰ですか!あなたは!先輩のなんなんですか!?」
「貴女が先輩って言ってる人の幼馴染だけど……?あ、ちょっと待っててね」
そう言ってパタンと扉を閉めてからあなたが渡したワイシャツを着てまた顔をだす。
「君、ズボンのこと……忘れてない?」
上だけを渡して下を渡すのを忘れていたようだ。その事に気づかされすぐ短パンを取り出して渡した。
その後すぐに着替えて和香羽は風呂場から出てくる。
「な、なな、な!!なんで先輩のワイシャツと短パンを着てるんですかー!!」
「仕方ないよ、着てたワンピースを洗ってやるから代わりに着とけって渡されたんだもん。まあ下のことは忘れられてたみたいだけど……?えっとそれで……あなたはこの人のお友達?」
「私は先輩の同級生です!クラスメイトですー!」
「じ、じゃあ、なんで先輩って……」
確かに疑問に思うことだが、勉強を教えてからというもの、あなたの事を先輩と勝手に言ってきているだけだ。別にそれ以上でもそれ以下でもの何でもない。
とりあえずあなたは彼女達のことを紹介した。
「ーーほ、本当に幼馴染なんだ……」
「嘘なんてつかないよ!ってもうこんな時間!?私ちょっと用事あるから先帰るね!あ、ワンピース洗って乾かしたら連絡してね!」
「あ、ちょっ!」
可愛らしくぷんすかと頬を膨らませた和香羽は時計を見る。時計の短針は十一に、長針がピッタリと十二を指していたことに気づきバタバタとしていてそんな時間だったのかと不思議に思うが、何度見ても十一時だった。そのためなのか和香羽は髪を乾かずにそそくさと帰っていった。
そして清宮が止めようとしたものの無意味だったらしく、その腹いせかボソボソとあなたのワイシャツ、短パンを和香羽が履いていることに対しての愚痴やら文句やらが清宮から発せられ、彼女もようやく今の時間に気づく。
「ってもうそろそろお昼ですね!勉強の前にご飯食べましょう!腹が減っては戦はできぬ、なんて言葉もありますし!てことで私はいつものをお願いします!」
と言われるが冷蔵庫の中にはこの間買った一人分の食料しかない。いや四人分の食料もあるのだがそれは一応非常用としてのインスタント麺。だが清宮が来た時は決まってこのインスタント麺を作る。
さらに清宮の要望もあり、麺の上には落し玉子を入れる。それが彼女の言う“いつもの”だ。
だが、常夏の季節でましてや雨、湿度が高く、外と比べ部屋の中は暑いため“いつもの”に一手間加えてあなたはオリジナルの茹で卵乗りの冷やし麺をつくった。
そしてあなたは清宮のいう“いつもの”ではないが冷やし麺を作り、自身の分も作り終わったところで机の上にそれらと二膳の割り箸を置く。
「待ってました!っていつものではないじゃないですか!!え?暑いから冷やし麺にしてみたって?玉子は茹で卵に?……結局はいつものじゃないですよね!?」
いつものじゃないと言いきるならば食べなければいいのにとあなたは思うだろうが、お腹がよほど空いているのか彼女はパチンと割り箸を綺麗に割って、横髪が入らないようにと左手で髪を抑えながら一口食べる。
「うー悔しいけどいつものより美味しい!冷たくて今日みたいに暑い日にピッタリですね!」
一口食べれば先ほどの文句はどこへ行ったのか美味しいとスッと言い、食べ続ける。
もちろん折角だからと自分の分も作ったあなたは食べるが、予想していたよりも美味しいことにあなたは気付かされることとなる。
ーーそしてそれぞれが食べ終わりようやく勉強会へと移った。
「ふむふむなるほど……」
それからというもの清宮がわからない所を簡単にまとめそれを的確に教えた。
科目はほぼ全部。唯一英語だけは完璧だった。言わずともわかるがそれほど英語が好きらしい。
ふと、気になることがあった。
というのも国語が苦手だと言うのに英語が得意だと言うこと。
「え?今更そんなこと聞くんですか先輩、えーとですね簡単に言うと英語の方が簡単だからですよ」
簡易に作った問題集をカリカリと解いていきながらそう言い放つ。
普通に考えると国語の方が簡単なはずだが、英語にはレ点などが使われる古文は存在しない、故に彼女は簡単だと言っているのだ。
途中洗濯機の音が鳴り響く。
和香羽の服が洗い終わったのだ、ただ音がなければ危うく忘れていただろう。
すぐに洗濯機からワンピースを取り出し、早く返さないと和香羽にも悪いだろう、そうあなたは思いドライヤーを取り出して服を痛ませぬよう慎重に乾かし始める。
その間も清宮は問題集を解き続けた。
数分後、何とか乾かし終わると、あなたは、適当にワンピースを畳む。その刹那ひょこっと清宮があなたの近くへと寄ってくると。
「それはさっきの、和香羽って人……の?ってちょっと貸してください!そんなたたみ方じゃシワができますよ!」
ワンピースのたたみ方なんて知っものではないため適当に畳んでいたあなただったが、乱暴めに彼女がワンピースを取り、素早く綺麗に畳んで見せる。
「ワンピースはこうやってたたむんですよ!」
ポンポンと折りたたむ際にできるシワを伸ばしてあなたに渡す。
「いつまでも先輩の服を着させたままじゃ、あれでしょうから早く返して上げてくださいっ!」
乱暴かつ綺麗にたたんだ状態を保たせつつそのワンピースを渡して急に怒り出した。
ストレスなどのイライラでは無い様子だったが、そのまま放っておくと更に怒り出すかもしれないというのはすぐに感じ取れる。
そのため直ぐに和香羽に連絡を取る。
今現在彼女は実家ーー祖母の家に泊まり込みだと言っていたため、電話番号が変わってないと信じつつあなたは彼女の実家へ電話をかける。
プルルルーー
プルルルーー
プルルルーー
と、コール音が三回なると、彼女の祖母が電話に出る。
直ぐにあなたは挨拶とともに事情を説明し、和香羽はいるのか尋ねる。
聞けば丁度今帰ってきたようで直ぐに電話にを代わってもらった。
『どうしたの?急に電話してきて』
その肝心の相手はどうやら忘れてしまっているご様子。
だがワンピースの話題を振ると直ぐに思い出し、今から向かうと電話越しで言い放ち一方的に電話を切られた。
これで取りに来るのは間違いないことだが、それまでの時間は少しでも無駄にしないよう、清宮に勉強を教えるこことした。
先ほどの勉強が途中だったためその勉強をやりつつ、暫し待つこと数分。
家の中に再びチャイムが鳴り響いた。
「はぁ……はぁ……」
ドアを開ければそこにはまたもびしょ濡れになった和香羽が立っていた。
手には市販の安いビニール傘があったが、見るからに骨組みが折れ使い物になっていない。
どうやらここに来るまで強風に煽られ悲惨なことになったのだろう。
「ごめんね……折角貸してもらった服もびしょ濡れになっちゃったよ……」
何度びしょ濡れになれば気が済むのかわからないが、綺麗に畳んだワンピースを彼女に渡し再び風呂へ入れさせる。
というのもあなたは万が一またびしょ濡れになってきてもいいようにとお湯は捨てずに放置していた。いや、それだけではない。折角炊いた風呂のお湯は経済的にも捨てるのは勿体ないため捨てず残していたのだ。
「ま、またあの女を風呂に入れたんですか先輩!!いやまぁずぶ濡れで仕方ないとはいえ……」
再び風呂へ入れたことに何故か清宮は不機嫌そうな顔を浮かべるがあなたは何故そんな顔を浮かべているのか不思議でしかないだろう。
「むう……まぁいいです。今日が生憎の雨だったから仕方ないことですし。それよりもわからない所出てきたのでまた教えてください!」
その後清宮に勉強を教え、数分の時が経つと流石の和香羽も雨風が弱くなるまであなたの家に滞在することとなった。
ーー数日後、気づけば花火大会の日にさしあたっていた。
ここ数日間大雨に強風はたった一度きり。流石は常夏の季節だろう。勿論花火大会のこの日はいつもと変わらずとても暑い日となる。
そんな中ピンポンと昼間からあなたの家のチャイムが鳴らされる。
宅配などは頼んでもいないし来る宛もない。だからとてこんな日に集金などは来るはずもない。ならば一体誰なのか。
気になったあなたはドアの覗き窓を覗き込んでみることにするだろう。
するとそこには、やはり白いワンピースをきた望月和香羽が立っていた。
「あ、君、今日暇……だよね?」
誰なのか確認できた後、ドアを開けると直ぐに話題を振ってくる。しかし今日は清宮と花火大会を見る約束をしている。しかしそれは夜の話。昼はこれといった用事はないだろう。
だからこそあなたは暇だと言うことになるのだが、その選択は少し間違っていたのかもしれない。
「な、ならさ……今日の花火大会一緒に見よ!それだけ言いに来たの!それじゃ!」
言うだけ言って彼女は直ぐにその場から去ってしまうが、このままだと三人で見て回ることとなる。
まぁ、三人で見て回っても大した問題にはならないだろうとあなたは気に止めることは無いが後に仇となるこことなる。
ーー何もすることなく昼寝をしていると、刻々と時が経ち、気がつけば花火大会が始まる数分前程になっていた。
あなたは急いで支度して会場へと向かう。
常夏の季節の夜もまあまあ暑いものだが、外に出れば心地よい風がやさしく吹き、時々暑さを忘れさせてくれていた。
「あ!先輩!遅いですよ!」
会場へたどり着くや否や、黒を主とした派手でなくされども大人ぽい浴衣を着た清宮があなたへと近づいてくる。
「でもまあ、花火まであと三分くらいありますし、適当に屋台回りましょう!」
あなたがいるからなのか、はたまた内心はまだ子供なのか楽しそうな笑みを浮かべつつあなたの腕をぐいっと強く引っ張り、少し強引に屋台回りを始めた。
その時だった。
「嘘つき」
その言葉があなたの耳に届き、腕を引っ張られる中振り返ると、一瞬だけだったが白を主とし、凛とした浴衣を着た女性がその場から走って行く姿が目に映ることだろう。
一瞬すぎて顔は見えなかったものの、先程の声がその浴衣を着た女性ならば、恐らくその人は和香羽だと推測できる。
「どうしたんですか?」
ぐっと腕を引っ張っても動かなくなり、どうしたのかとあなたが見ている方向を見てから、あなたをじっと見つめて清宮は言う。
もし先程のが和香羽だとしたら……そう思った矢先、胸がぎゅっと何かに押し潰されているような不快感をあなたは覚え、清宮に一言謝る。
勿論彼女は何について謝っているのかはわかるはずもなく。「一体どうしたんですか?」と再びあなたに言いよる。
しかしあなたはそこに和香羽がいたことも、和香羽とも約束していることですらも言わず、再び謝ってからあなたの腕を掴んでいる彼女の腕を外し、和香羽を追いかける。
「……あと少しで花火始まるのに」
そんな清宮の声はあなたには届くことはなかった。
ーーそれから間もなくして最初の花火が打ち上がり、幾千の星が浮かぶ夜空にとても大きく“華”がいくつも咲き誇った。刹那様々な花火が打ち上げられている音がその場にとどまらず、あなたが住む町に響き渡る。
だがあなたは決して振り返り花火を見ることはないだろう。
それだけ彼女を不思議と必死に探し続けているのだから。
花火大会のため静まった街を探しても、彼女の実家へと寄ってみるもやはり彼女の姿はない。
しかしそれでもなお、あなたは探し続けた。
気づけば三部編成になってる花火大会は後半へとさしあたっている。聞きなれた花火の音だからこそ会場にいなくともあなたは、花火大会が休む間もなく終わりに近づいていることを悟る。
今戻ってしまえば花火は見れる。
和香羽はただの幼馴染だから気にすることは無い。
ーーそもそも先程のが本当に和香羽だという根拠がない。
そんな邪念が疲れ切ったあなたの脳を支配し始める。しかしその邪念が頭に過ぎる度、不思議と胸が締め付けられることだろう。
だからこそなのか、邪念を振り払い再び歩みを進める。
だが何度探そうとも、街中を駆けようとも彼女は一向に見つからない。
一体どこに行ったのか、息を切らしつつそう思っていると、ふとあなたは昔のことを思い出す。
それは時が経ち忘れてしまった大切な記憶。
それは和香羽に伝えなくてはならない想い。
それはーー
たった一シーンでしかないが、“約束”した日を思い出したあなたは、ゆっくりと息を整えるとただひたすらにある場所へと走り出した。
ーーーーーー
ーーーー
ーーもうすぐ花火が終わる。
いや、正確にはたった今、鉄砲の銃声のようにも聞こえる締めの花火が三発打ち上げられた。
とうとう今年の花火大会が終わってしまったのだ。
だがそれと引き換えにあなたはあの場所ーーおおきな木がある、あの場所へとたどり着いた。
花火の光は無くなり、暗闇の中頼りになる光はもはや月の光しかないが、淡く大地を照らす月明かりでもそこに望月和香葉がいるのは、確かにあなたの目で捉えることだろう。
しかし彼女は闇に溶け込むおおきな木を見上げており、あなたが隣に並ぶまでは彼女はあなたのことを気づくことはなかった。
「折角二人きりにしてあげたのに……馬鹿だな君は」
その言葉を吐きつつも和香羽の目は木の上。ただでさえもあなたがこうして追いかけ、彼女の所にやってきた事に嬉しさを感じ、涙を流しそうになっているというのに、今あなたの方を見てしまうと絶対その涙は止まることは無い。
それが自分でもわかっているからこそ、彼女は木をずっと見上げている。
「私ね……言ってなかったことがあるんだ……いや、本当は怖くて言えなかった……それを言ったらきっと君は凄く悲しい顔をするだろうから」
その言葉を吐き覚悟を決めたのか見上げるのは止めて真っ直ぐあなたを見つめ始めた。
その時あなたは静かに流れる涙が彼女の頬を伝い落ちていく瞬間を見て、一瞬心臓が高鳴るだろう。
いや、高鳴らずとも彼女に何か違和感を感じるのは確かだ。
今まであなたの前で涙を見せたことの無い和香羽が、涙を流してしまったからこそ違和感や不安に駆られたのだ。
「私ねーーーーーー」
言葉を遮るようにして強風が吹き付けたが、その言葉はあなたにちゃんと伝わっていた。
その言葉というのは、彼女が余命一ヶ月の命だということ。
流石にその言葉を聞いたあなたは、聞き間違いではないかと、驚きの声とともに聴くだろう。
だが、戻ってきた返事は。
「本当だよ……本当だから無理言っておばあちゃんの家で過ごすことにしたの。おばあちゃんも許可してくれたしね」
そう聞いた時、あなたはなにも言葉をかけることは出来なかった。それ程まで耳を塞いでしまいたい真実があなたの胸を締め付け、更には頭を混乱させているのだ。
「あーあ……最後の花火見れなかったよ……これは責任取ってもらわなきゃね?……まぁ、どうせという君は約束を忘れてーーきゃっ!?」
その言葉を聞いたあなたは再び胸が締め付けられるような感覚を覚え、その痛みを、彼女が持つ死という不安も恐怖も和らげるかのように、そっと、されども強く彼女を抱き締める。
「え、ちょ、ど、どどどどうしたの!?……え?ごめんって……なんで君が謝るの……?言わなかった私が悪いのに……と、とにかく離して……ね?」
その言葉で何をしてるんだと我に返ったあなたは直ぐに離し彼女の身を自由にするのだが、途端に彼女が踵を返すようにして顔を隠した。
否、不意に抱きしめられ、我慢していた涙が溢れ出てしまい、その涙をあなたに見られて欲しくないからこそ顔を隠したのだ。
「……それで、なんで謝るの?」
既に涙声になっているが、泣いてないと言わんばかりに強気な声であなたにそう聞くが、咄嗟のことでやってしまったこと。故に明確な理由はないだろう。しかし、明確な理由がなくともたった一つ、一言だけは言えた。
それは彼女と交わした“約束”の言葉。
「え……」
“約束”の言葉を、“再開した時に互いの想いを伝え合う”という言葉を聞いた和香羽は、驚きのあまり涙を流す姿を見られたくないのにも関わらず振り返ってしまう。
その際に短く切られた艶のある黒髪と共にきらりと舞う涙の粒は月明かりに照らされ白く輝く宝石のように見えるが、それは一瞬でしかなく消えてなくなった。
しかしあなたはそれを気にすることなく、幼き頃の“約束”してまで伝えたかったことを、今になって何度も彼女に伝え続けた。
「あ、いや、ちょっと……そんなに好きだって言われたら流石に恥ずかしい……かな……でも嬉しい、花火は見れなかったけど……こうやって私の想いが届いて凄く嬉しい!大好きだよ!」
約束を忘れていたことを謝罪するかのように何度も彼女に向かって好きだと言い続けたあなただったが、途中で彼女が顔を赤らめあなたの口を自らの手で抑えると、にこっと今までの中で一番の笑顔を見せてからその場に泣き崩れた。
ーーーーそれから数日後。
あなたは和香羽との想い出を作るべく、花火セットを購入していた。
しかし、このことは彼女には秘密にしている。
所謂ドッキリにするためだ。
それに花火大会を境に彼女の体調が崩れ始め、本当にもう長くはないのだと思い知らされている。
故にあなたの近くには和香羽の姿はなく、あなた一人だけである。
「あれ?先輩一人で花火するんですか?……いや、先輩は一人でそんなことしないから……和香羽さんと?」
花火大会が終わったあと、一緒に花火を見れなかったお詫びとして、あなたは清宮に全てを話しており、嫉妬しつつも無理をして笑顔を作り、和香羽のことを理解し、あなたのことも諦めていた。
だがだからとて関係が変わる訳ではなく、今も尚あなたのことを先輩と呼び続けている。唯一変わったといえば急激に和香羽と仲良くなったくらいだろう。
「じゃあ私も混ぜてください!二人より三人の方が楽しいですよ!あ、場所はあそこ……ですよね?今から家に戻って準備してきます!」
そう言うと颯爽とその場を去っていく清宮だが、その清宮がなぜ、花火をする場所を知っているのか。それは誰もがわかるものだ。
と言うのも、和香羽の余命は残り僅か。そのため現在は和香羽の実家ではなく病院にいる。
だが、勿論室内で花火など以ての外である。
ならばどうやって花火をするのか。それは簡単な話、病院の外でやる他ない。
つまりは“約束”を交わしたあの木がある場所。故に清宮も知っているという訳だ。
勿論病人である和香羽は外出許可を貰わねばならないのはあなたも知っている。そのためこの日に外出許可をとっていつもの場所に、とあなたが見舞いに行った時に伝えており、つい先日、今のところ容態も安定しているからと一日だけ特別に許可してくれたと連絡が入っている。
ーーもうじき夜が訪れる。
楽しみに待つ日こそ時間というのは早く過ぎていく。
闇が周りをつつみ、月明かりが照らす約束の地にあなたと和香羽、そして清宮の三人が集まった。
「どうしたの二人揃って……ってそれ……花火セット?……もしかして最後の花火大会見れなかったから……?ありがとう!ね、早速やろう!!」
「そうですよ先輩!火消し用の水とゴミ袋もちゃんと用意しましたし早くやりましょう!」
そしてこの日限定の小さな、とても小さな花火大会が大きな木の下で開かれ、草木に燃え移らないようにあなたを含む三人は花火を楽しんだ。
「ーーそれにしても、ありがとう。そんな君が大好きだよ」
まだ様々な種類の花火が残っているが、何故か清宮が子供のように手持ち花火を楽しんでいるため、和香羽は線香花火へと切り替えると、たった一言を呟いていた。
しかし、あなたと和香羽が出会い、声を聞くことができたのはこれが最後となる。
花火も終盤に差し掛かり、三人揃って線香花火を、それも誰が一番長く続くか勝負をしていた時のことだった。
言い出しっぺの和香羽が長続きし、喜びのあまり立ち上がった瞬間、線香花火の玉が落ちると共に彼女の身体が地面に吸い込まれるように倒れたのだ。
容態は安定しているのではなかったのか、先程まで元気だった彼女が倒れた瞬間、あなたはその言葉が過ぎり、咄嗟の判断ができなくなっていた。
「わ、和香羽さん……?和香羽さん!……ダメです、反応が……って先輩!早く救急車!来る間に街の方に戻りますよ!」
清宮の透き通る声で我に返ると、すぐさま病院に電話をして森のすぐ近くまで救急車を呼んでもらい、清宮の言う通り救急車が来る間に和香羽を抱え森を抜ける。
すると、病院が近いからこそ目の前には救急車が一台泊まっており、医師がこっちだとあなた達を救急車の中へと導き病院へと向かった。
目的地にたどり着くまでの間も、延命をするべく医師が様々な方法をもって和香羽の延命を行われ、ようやく病院へとたどり着くと、すぐさま集中治療室へと和香羽は搬送された。
ーーーーそれから数分後。
あなた達に悲しい知らせが舞い降りた。
望月和香羽は帰らぬ人となってしまったのだ。
死因は急性心筋梗塞。
それも血液癌である白血病の骨髄転移も見られており、手遅れとしか言い様がなかったという。
「あと数日残ってたはずなのに……酷い」
恋のライバルだと言わんばかりに敵対視していた清宮も、今となっては和香羽の友人。
それ故に、悲しい知らせを耳にした瞬間に涙が溢れ出で泣き崩れていた。
そんな中彼女が放った言葉を聞いて、あなたは先日受けた連絡を思い出す。
それは、和香羽自身から『今のところ容態も安定してるから、特別に外出許可してくれたよ!』という連絡。もし、その真実を隠してまであなたと一緒にいたいと思っていたのならーー
ーー容態は悪化しつつある中、こっそりと病院から抜け出した。
考えれば考えるほど、外出許可をとって欲しいと言った自分が悪いのではないかと、あなたは思うことだろう。
和香羽と一緒に外に行きたいなど言わなければ、最後の思い出に、花火をやろうと思わなければ、彼女は倒れることはなかったはずだと、どんどんと自分で自分を責め立てる。
刹那、あなたの頬を強く、とても強く清宮はひっぱたいた。
「和香羽さんは……!和香羽さんは先輩のことが大好きで……大好きで大好きでしょうがなかったんです!そんな大好きな人を悲しませたくないから、無理して笑顔まで作って、嘘を言ってまで先輩と会いたかったんだと思います!それなのに、それなのに先輩がそんなんでどうするんですか!……それでも……それでも和香羽さんの恋人なんですか!」
痛さのあまりに、叩いた清宮を睨みそうになるあなただが、清宮の方が怒りも強く、されども悲しさも強い。
それに涙を流しつつ強い眼差しであなたを見るのだから、あなたはなにも言葉を返すことができなかった。
「先輩は最後の最後まで、和香羽さんの事を思って行動したんです!それと同じで和香羽さんだって先輩を想って行動したんです!……だから、先輩は悪くありません!和香羽さんも悪くありません!この場にいる人全員が悪くありません!悪いのはこんな運命を与えた神です!……だから、先輩……自分を責めないで前を向いてください……きっと和香羽さんもそれを願ってると思います」
ポロポロと涙を流しつつ、自分を責めるあなたに向け怒りをぶつけた後、悲しみを共有し合うかの如く、あなたの胸元で清宮は再び涙を流した。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
それから数年の年の時が経ち、あなたは暑い中和香羽の墓へとやってくる。勿論、和香羽があの時、あなたに飲み物を渡した時のように、和香羽の好物を手に持ち、墓の手入れもと、バケツなどを持ってきていた。
だがしかし、先にあなたも見覚えのある人が……大人びた清宮の、それもスーツ姿の清宮が先客として着ていた。
「あ、先輩こんにちは。仕事は……そうですか。でもこうして和香羽さんのお墓参りに来たんですから和香羽さんも喜んでると思いますよ。って……なんだか私、和香羽さんの友達というかお母さんみたいな事言ってますね……あ、お墓の手入れは先にすませておきました」
自分で言ったことに対し苦笑いを浮かべつつ、大人びた清宮はあなたが手に持つバケツをみて墓の手入れは終わっていると告げた。
バケツをなどを持ってきた意味を考えてしまうだろうが、深く考えることはやめ、和香羽の好物を備え一礼をすると、あなたと清宮はその場を後にした。
あなたはそう感じるだろう。というのも今の季節は夏。記録的猛暑が続く常夏の季節の真っ最中なのだから。
しかしながらこの季節は家の中にいても相当な暑さが人を襲う過酷な季節。だからこそ少しでも長く涼まなければ簡単に熱中症を発症しかねない。そのためあなたは扇風機を付けようとボタンを押し電源を入れようとするのだが、暑さでやられてしまったのか、はたまたボロが来てしまったのか何度ボタンを押してもうんともすんとも言わない。
エアコンは取り付けていないため、仕方なくあなたはうちわで仰ぎ涼むことにするが、人力且つ自身の力ともなるとやはり面倒くさく、疲れてしまうだろう。
なんでこんな時に……とあなたは思うことだろうが、扇風機が壊れたのは間違いなく自然現象、逆らうことなどできやしない。
暫くうちわを仰ぎ続けた所で、あなたはあまりの暑さで喉が乾き急いで冷蔵庫へと向かう。だが開けてみればなんと中味は飲み物どころか食料も何も無かった。
暑さにより外に出たくないと、余計な体力を使いたくないと思っているからこその失態。それを見たあなたは仕方なく買い物に出かけることにし、涼し気な部屋着のまま、財布を持って最寄りのコンビニへと向かった。
途中、やはり暑くて日陰で休んでいる野生の猫や犬を見つけるが愛でに行けば目的を忘れてしまう……いや、こんな四十五度の暑い日に愛でれば逆に暑くなる。そのため目的地へと一直線で向かって歩みを進めていた。
「やっほ、久しぶり!」
最寄りの店までまだ距離がある中、暑くて朦朧としてきたあなたの目の前に特徴的な白いワンピースを着て麦わら帽を被ったきめ黒く艶のあるショートヘアの少女が現れた。
だがあなたは勿論彼女のことを知らない。なのに久しぶりとはどういう事なのか。
朦朧としてきた頭を無理してなんとか考えるあなただったが、やはり彼女の名前は出て来ることは無く、失礼に当たるものの誰なのか聞こうとした直後。
めまいが発生しその場に膝から崩れ落ちてしまうこととなる。
「って大丈夫!?」
原因は軽い脱水症状と熱中症。普段なら水分補給をしっかりしていれば問題は無いのだろうが、あなたは出かける前に水分補給を怠り、四十五度という真夏の気温に晒され熱中症になり、更に汗をダラダラと流し続けた結果脱水症状が起きてしまったのだ。無論それらの症状になったとはあなたはわかることはない。
「ねぇ!ちょっと!……とりあえず涼しい所に……よいしょ、よいしょ」
意識を失いかけているものの名も知らない彼女に引きづられていることは確かにわかった。
なんて親切な人なのだろうか?
しばらく引きづられていること数分、彼女はあなたをひきづり近くの家の涼しい日陰にたどり着き、あなたを寝かせる。
だがもちろんすぐには頭の朦朧さは変わらない。
「ふぅ、重かったぁ……これで体調が良くなるといいけど」
彼女は急にあなたの頭を持ち上げると、いわゆる膝枕をし始め、あなたの目が覚めるまでずっと彼女は膝枕をし続けた。
ーーそれから数刻の時が経ち、あなたはようやく意識がハッキリとしてくる。
目の前には名も知らぬ白いワンピースを着た彼女の顔、そして大きくも小さくもない胸部が目に入りる。
それは膝枕をされているからこそ見える光景。しかし自身が見ず知らずの人に膝枕をされているのにも関わらず、あなたは暫く横になったままである。
否、下心等は今のあなたにはないだろう。なぜなら今も尚意識が朦朧とし現在の状況が頭に入ってきていないのだから。
「あ、具合大丈夫?」
と、心配そうに聞かれるがあなたはもちろん大丈夫ではない。軽い脱水症状と熱中症とはいえ、目眩、頭痛などが起きるからだ。
だが名も知らぬ彼女が気を失っている間、適切な対処をしたからこそ症状は軽くなっている。
そのためどちらかと言うとどちらでもない。
「ダメだよ、ちゃんと水分補給とかしないとっ!全くおっちょこちょいなんだから」
あなたのことを知っているかのような口調で話すが名もわからない以上ほぼ初対面。なのになぜおっちょこちょいと言うのか。
「そうだ!飲み物買ってくるね!よいしょっと」
あなたの頭をゆっくりと太ももから離し、地面に置き、立ち上がってタッタッタッとどこかに去ってしまった。言葉からして何かの飲み物を買ってくるのだろう、名も知らぬ彼女にそこまでしてもらっては気が引けるがあなたは待つことにした。
数分後、彼女の行動により体調が戻りつつあるあなたは、遠くでビニール袋を持った名も知らぬ彼女が走って戻ってきているのが見える。その袋はあなたも身に覚えがあるもので、最寄りのコンビニの袋だとすぐにわかった。
「あ、要望とか聞かないで買ってきたけどこれで良かったよね?君が好きな飲み物」
そう言って渡されたのは、間違いなくあなたが好きな飲み物だ。だが、それを買ってきたことであなたのことをどこまで知っているのか謎が深まるが、暑さゆえかそこまであなたの思考は働かなかった。
「良かったぁ、これで君の好きな飲み物が違ったらどうしようかと思ったよ」
好きな飲み物を受け取ってくれたことが嬉しかったのか、名も知らぬ彼女はあなたににっこりと笑って見せた。
その笑顔は可愛らしいものだった。
それによくよく見れば綺麗な顔立ちなのもわかる。スタイルもまあまあ良い方で俗に言う“美人”なのが伝わってくることだろう。
「あ、お金は出さなくていいよ?私からの奢り!」
その顔につい見惚れてしまうことになるが直ぐに我へと返ると、流石に悪いと思いあなたは財布を取り出す。だが名も知らぬ彼女は手を横に振りそう言う。
だが、名も知らぬ彼女に奢ってもらうことはあなたは気が引けるだろう。しかし出そうとすると何度も「いいって」と再び拒否され、その言葉に甘えることなる。
あなたは早々に好きな飲み物を飲み干すと名も知らぬ彼女に別れを言って最寄りのコンビニへと向かおうとする。
「あ、待って!君、私のこと忘れてるでしょ?」
だが名も知らぬ彼女に止められそう言われる。忘れているも何も名も知らぬ以上わかるわけが無いが。
「私だよ!ほら子供の時お隣だった望月和香羽!」
その名前を聞いた瞬間、あなたは昔よく一緒に遊んでた望月和香羽のことを思い出すこととなる。
だが子供の頃と比べ、目の前の和香羽は随分と印象が変わっていた、それ故あなたは名も知らぬ彼女として捉えていたのだ
「やっと思い出した?でもさっきあった時から反応がおかしいなぁと思ってたけど、まさか忘れているなんてちょっと悲しいよ」
あなたは何故わからなかったのか、それは子供の頃に和香羽の方が随分と遠くの方へと引っ越してしまい、それ以来音信不通になっていたからである。
それからかれこれ十年以上たった今、あなたはすっかりと忘れてしまっていたのだ。幼馴染である和香羽のことを。
でもそんな彼女がなぜ今更戻ってきたのか、あなたは気になり聞いてみることに。
「あー実は……えーとそう!ここでやる花火大会を久々に見たいなぁって思って戻ってきたの!おばあちゃんの家に泊まり込みだけどね」
何かを誤魔化したような気もするがあなたは幼なじみと久々にあった事の嬉しさで気にもとめなかった。
そして幼馴染の口から出てきた花火大会。この季節には欠かせない大きな祭りで、数十分もの長い時間をかけて花火が打ち上がる。さらに出店も多く、いつも観光客で一杯になる祭りだ。
だがそれは一週間後、今ここにいるということは、そこまで待ち遠しいのだろう。
「ところで今から遊びに行ってもいい?」
と急に話題を変えてあなたにそう言ってくる。昔からよく遊ぶ仲だったが、今は一人暮らしのあなたと年頃の彼女、少しだけ抵抗はしてしまうだろう。
だが折角久々に会った、そう思いあなたは自身の家に案内する。だがもちろん当初の目的も忘れてはいけない。先に最寄りのコンビニへと向かった。
ーーしばらくして買い物を終え、家へとたどり着いたあなたは、幼なじみを家の中に入れる。
「へぇーここが君の一人暮らしの家かぁーでもまさか地元で一人暮らしするなんてね」
だからなんだと言うのか、あなたは買い足した飲み物や食料を冷蔵庫の中へとしまいそう思う。
「花火大会まで暇だし毎日遊びに来ようかなー……なーんてね」
毎日来るのかと思うとあなたは気が重くなり、それは遠慮して欲しいとついつい思ってしまう。だが最後の言葉で冗談だろうと思い、本音は出さ無いようにしていた。
「さてと君の家もわかった事だし、私は帰る……って明日は暇?」
少しお邪魔して少し滞在して、遊ぶというよりまるであなたの家を見にきただけの彼女が帰ろうとするが、最後に明日は暇かと彼女があなたに聞いてきた。
だがタイミングがタイミングであなたは丁度長期休暇に入っていた。そのためこの季節は実は一番暇になる季節とあなたは思っている。一人だからこそ何をする訳でもないからだ
「じゃあじゃあ!明日いつもの場所で夜待ってるから!一緒に星でも眺めよ!……あっちじゃあんまり星が見えなかったから!」
こうやって昔からあなたのことを連れ回すのが和香羽だ。それを知ってるあなたは無論断ることもできたが、それだと可哀想だ、そう思いあなたは頷く。
「じゃあ明日ね!」
嬉しそうな顔をしてようやく帰っていった。まるで台風のような幼馴染だ。あなたため息をついてそう思うだろう。
幼馴染が帰ってしまった今、また暇になる。買い物も済ませてしまったあなたにとってやることは趣味くらいしかないだろう。だが扇風機が故障している今、暑さで何もやる気が起きず昼間から寝るしか出来なかった。
ーーそうして一日が過ぎ約束の日。外は相変わらず暑く、あなたは出かける気にもならないだろう。
昨日のように迷惑をかけるわけにはいかないため、あなたはこまめに冷やした飲み物を飲みながら夜まで待つことに。
彼女が言っていたいつもの場所というのはよくあなたと和香羽が遊んでいた場所。森の中の大きな木のある開けた場所だ。
そこは今の常夏の季節でも涼しく安らげる場所でちょっとした秘密の場所だが、和香羽が引っ越してからあなたは殆どそこに行かなくなってしまった。
ーーしばらくしてようやく夜が訪れる。
あなたは約束の場ーー大きな木の根本へと向かった。
「あ、きたきた!遅いよー!」
あなたの家からはさほど離れていなかったため案外早く着くあなただったが、彼女はさらに早くついていたようだ。
「ねぇ覚えてる?あの時の約束」
あの時の約束ーーあなたはそう聞いて何も思いつかない。十年以上も前となると彼女の名前と同様に、やはりわからなくなってしまうのだろう。
「何も言わないってことは覚えてないんだ……」
少し悲しげな顔をして和香羽は言う。どんな約束をしたのか覚えていないあなたは申し訳なさそうに言葉をかけた。
「ううん!謝らなくてもいいよ!十年以上前のことだし……今言えばいいんだから!」
そこに風が吹き付け和香羽の短い髪をふわりと揺らしてみせた。
「私ね……昔から君の事が大好きだったのっ!……あの時の約束はね?……私達が大きくなって再開した時に伝えたいことを言い合うって言う約束なの」
和香羽からの突然の告白。あなたは恥ずかしくて仕方ないだろう。きっと穴があれば逃げるようにその穴に入りたいはずだ。
だがそれは和香羽も同じこと。彼女だって恥ずかしくて顔を赤裸々としてーー約束を忘れられたことに涙を流してしまっているのだ。
そしてあの時の約束、それをあなたは思い出したが肝心の“伝えたいこと”だけが未だに思い出せていない。
と言うより彼女に“伝えなければならないこと”がなんなのか自分自身でもわかる事がないだろう。
「ご、ごめんね?急にこんなこと言って……困るよね?」
決してあなたは困った顔をした訳では無い。ただ驚いて、恥ずかしさと彼女の泣き顔を見て言葉がでなかったのだ。
「き、今日のことは忘れて!」
そう言ってタッタッタッと逃げるように和香羽はその場を離れてしまう。
あなたはもちろん追う。だがそれを邪魔するかのように目の前に人影が現れた。
「先輩?」
彼女は清宮好兎美。黒っぽいワンピースと可愛い兎の髪飾りが印象的な自然の茶色と鮮やかな茶色の目を持つの女性。あなたと同じ学校でひょんな事から仲良くなったあなたの友人だ。
「あ、私ですか?先輩がこっちに……あ、いえ!散歩道だったので!ここ夏場は涼しいですし」
何やら誤魔化したような口調だったが、あなたは気にもとめなかった。
清宮は一昨年に引っ越してきたため和香羽の事はもちろん知らない。それにここを知っているのには理由があり、涼しい所を聞かれ、去年の夏に教えていたからだ。
「それよりも先輩、ここで何をしてたんですか?まさか先輩も散歩?」
あなたはつい散歩と答えるが、別に嘘をついてまで和香羽を隠す必要はもちろんなかった。
ただただ無意識に嘘をついてしまっていたのだ。
「奇遇ですね!あ、なら一緒に帰りましょう先輩!」
そう言ってにっこりと笑を見せて清宮はいうが、さすがに今更嘘だと言うわけにもいかずあなたは彼女と一緒に帰ることにした。
「ところで先輩。来週の花火大会の日……空いてますか?い、いえ!空いてないなら空いてないでいいんですけど……い、一緒に見る人がいなくて……」
途中清宮はあなたの顔を見ながら問いかける。
その問いかけは来週の花火大会の日は空いているかというもの。もちろん花火大会も長期休暇中のイベントのためあなたは暇だ。
更にあなたも一緒に見る人はもちろんいないが可哀想な後輩の清宮と一緒にみることはあなたにとってどうでも良いことだった。
「お願いします!」
だが彼女はどうしてもあなたと一緒に見たいらしく、頭を下げてお願いし始める。このまま放っておけば頭を下げるに留まらず土下座もしそうな勢いだ。
だからこそあなたはここまでして頼まれたら断るのに抵抗してしまい、つい清宮と一緒に花火を見る約束を交わすことに。
「ありがとうございます!」
といって何度もぺこりと頭を下げる清宮。今思えば頭を下げる程の事だったのか、あなたは少し考えてしまう。
その後、流石に夜道を女子一人で歩かせるのはと思いあなたは清宮を清宮宅まで送った。
なぜあなたは清宮宅を知っているのか、それは過去に清宮が風邪を引き、見舞いに行ったことがあるためだ。
そしてここは田舎なのだが、田舎だからといって舐めてはいけない。夜だからこそ外をうろつく不良だっているのだから。
「なんか送ってもらってありがとうございます……で、ではおやすみなさい!」
照れ隠ししながら清宮はそう言い放ち家へと戻っていった。
気づけば辺りは静かな夜更け、あなたも家にもどり、すぐ寝ることにした。
そして朝。
いつも通りカンカンに晴れ暑い日……ではなく生憎の雨が降っていた。テレビ予報によれば一日雨らしい。
また湿度により平日よりも暑さは感じ取れるが、じめっとしてるためいつもより居心地が悪いことだろう。
雨が降られ、最悪だと思っていたら突然あなたの携帯の着信音が雨の音に紛れつつも鳴り響いた。
ぱっとみると画面には『清宮』と表示されその下には電話のマークがあった。そうあなたは今、清宮から電話がきたという状況なのだ。
無論電話を拒否する理由は無いため“通話”のボタンに触れる。
「あ、繋がったー!」
電話が繋がったことが嬉しいのか携帯越しに喜んでそうな雰囲気が声でわかった。
「先輩!勉強を教わりに遊びに行ってもいいですか!」
相変わらず元気がいい清宮だが、実は成績が少し悪い。あなたが教えてあげているためなんとか赤点は免れてはいるが、もし教えていなければ赤点を連続して取ってしまうほどだ。
それに勉強を教えてくださいと言われ、断ったことがあるが何故かその場で泣かれてしまったと言う過去がある。
そのためたまに教えることとなったのだ。
「じゃあ今から向かいますね!」
電話越しでそう言い放ち清宮は電話を切った。
というか現在雨が降っているのだが、この天気の中で勉強を教えて欲しいだなんて変わっているな……とあなたは思うだろうが、清宮が変わっているのは元々。勿論それはあなたも知っているため気にしないことにするだろう。
待つこと数分、家のチャイムがなり玄関へと向かう。
ガチャリとドアを開けるとそこには清宮……ではなく傘を片手に何故かびしょ濡れの和香羽がいた。
和香羽のお気に入りの白いワンピースが恐らく雨により透けてしまっていて、ピタッと彼女の繊細な素肌に張り付き中々に際どいが、それどころではないと悟ったあなたはすぐに家に上がらさせタオルを渡した。
「あ、ありがとう……え?なんでこんな濡れてるのかって??買い物しに傘をさして行ったんだけど車が水溜りをはねてそれがかかっちゃって……えへへ」
笑い事ではないのだが、なんでびしょ濡れなのかはあなたは理解する。
そして風邪を引いてはとあなたの気遣いで風呂を焚き、風呂に入るように和香羽に伝える。
でもさすがにそこまではと遠慮されたが、さすがに濡れ濡れの和香羽を放っては置けないあなたは説得をした。
「わ、わかったよ……せっかく焚いてくれたんだしね。……え?このワンピースを着替える時に浴室の前に置いておけって?き、きき、着るもの無くなるよ!?」
びしょ濡れの白いワンピースを風呂上がりに着ては意味がない、さらに道路の水溜りが運悪くかかったのだ。だから洗濯し、乾かしておこうという気遣いをしようと言うことなのだが、着るものがないと驚かれるが、大丈夫だとあなたは言うとタンスの中を漁り適当にワイシャツを渡した。
それに下着まで洗うということではない、肌にピタッと広い範囲でくっ付いているワンピースだけだ。
「こ、これを?そ、それならいいけど……」
ということで和香羽からの承諾がでたことで和香羽を風呂へと入れた。
ただその直後思いもよらぬ出来事が起こってしまった。
ピンポーン
またもあなたの家にチャイムが鳴り響く。
もしかしてとあなたは覗き窓を見るがやはり清宮だった。
「せんぱーい!来ましたよー!」
どうしたものかと考えるが、外は雨、傘をさしているとはいえ、そのままにしては悪いととりあえずあなたは清宮を家に上がらせる。
するとすぐに清宮から言葉が飛んできた。
「失礼しま……あれ?誰か来てるんですか?」
靴置き場を見てそう言ってきたのだ。無論、この家に住んでるのはあなただけ、それを知っている彼女は靴が二足あることに不思議と思ったのだ。
無論隠す理由なんてないが、あなたは不思議と名前を伏せ、人が来ていることだけは伝えた。
「珍しいですね、こんな天気に先輩の友人が来るなんて」
そんなことを言ってしまえば清宮もだと思うのだが。
と、そんな会話が聞こえたからか和香羽の声が風呂場から響いてきた。
「友達でも来たのー?珍しいねこんな天気にー」
「ふぇ!?ふ、ふふ、風呂に入ってるんですか!?それも今の声からして女性!?」
和香羽からはデジャヴ感がする言葉が発せられ、清宮はその声で驚きを隠せず、言葉が詰まっている。
そんな彼女にさらに追い打ちをかけるように風呂場のドアを開けてぴょこりと和香羽は頭を出してきた。
「だ、だだ誰ですか!あなたは!先輩のなんなんですか!?」
「貴女が先輩って言ってる人の幼馴染だけど……?あ、ちょっと待っててね」
そう言ってパタンと扉を閉めてからあなたが渡したワイシャツを着てまた顔をだす。
「君、ズボンのこと……忘れてない?」
上だけを渡して下を渡すのを忘れていたようだ。その事に気づかされすぐ短パンを取り出して渡した。
その後すぐに着替えて和香羽は風呂場から出てくる。
「な、なな、な!!なんで先輩のワイシャツと短パンを着てるんですかー!!」
「仕方ないよ、着てたワンピースを洗ってやるから代わりに着とけって渡されたんだもん。まあ下のことは忘れられてたみたいだけど……?えっとそれで……あなたはこの人のお友達?」
「私は先輩の同級生です!クラスメイトですー!」
「じ、じゃあ、なんで先輩って……」
確かに疑問に思うことだが、勉強を教えてからというもの、あなたの事を先輩と勝手に言ってきているだけだ。別にそれ以上でもそれ以下でもの何でもない。
とりあえずあなたは彼女達のことを紹介した。
「ーーほ、本当に幼馴染なんだ……」
「嘘なんてつかないよ!ってもうこんな時間!?私ちょっと用事あるから先帰るね!あ、ワンピース洗って乾かしたら連絡してね!」
「あ、ちょっ!」
可愛らしくぷんすかと頬を膨らませた和香羽は時計を見る。時計の短針は十一に、長針がピッタリと十二を指していたことに気づきバタバタとしていてそんな時間だったのかと不思議に思うが、何度見ても十一時だった。そのためなのか和香羽は髪を乾かずにそそくさと帰っていった。
そして清宮が止めようとしたものの無意味だったらしく、その腹いせかボソボソとあなたのワイシャツ、短パンを和香羽が履いていることに対しての愚痴やら文句やらが清宮から発せられ、彼女もようやく今の時間に気づく。
「ってもうそろそろお昼ですね!勉強の前にご飯食べましょう!腹が減っては戦はできぬ、なんて言葉もありますし!てことで私はいつものをお願いします!」
と言われるが冷蔵庫の中にはこの間買った一人分の食料しかない。いや四人分の食料もあるのだがそれは一応非常用としてのインスタント麺。だが清宮が来た時は決まってこのインスタント麺を作る。
さらに清宮の要望もあり、麺の上には落し玉子を入れる。それが彼女の言う“いつもの”だ。
だが、常夏の季節でましてや雨、湿度が高く、外と比べ部屋の中は暑いため“いつもの”に一手間加えてあなたはオリジナルの茹で卵乗りの冷やし麺をつくった。
そしてあなたは清宮のいう“いつもの”ではないが冷やし麺を作り、自身の分も作り終わったところで机の上にそれらと二膳の割り箸を置く。
「待ってました!っていつものではないじゃないですか!!え?暑いから冷やし麺にしてみたって?玉子は茹で卵に?……結局はいつものじゃないですよね!?」
いつものじゃないと言いきるならば食べなければいいのにとあなたは思うだろうが、お腹がよほど空いているのか彼女はパチンと割り箸を綺麗に割って、横髪が入らないようにと左手で髪を抑えながら一口食べる。
「うー悔しいけどいつものより美味しい!冷たくて今日みたいに暑い日にピッタリですね!」
一口食べれば先ほどの文句はどこへ行ったのか美味しいとスッと言い、食べ続ける。
もちろん折角だからと自分の分も作ったあなたは食べるが、予想していたよりも美味しいことにあなたは気付かされることとなる。
ーーそしてそれぞれが食べ終わりようやく勉強会へと移った。
「ふむふむなるほど……」
それからというもの清宮がわからない所を簡単にまとめそれを的確に教えた。
科目はほぼ全部。唯一英語だけは完璧だった。言わずともわかるがそれほど英語が好きらしい。
ふと、気になることがあった。
というのも国語が苦手だと言うのに英語が得意だと言うこと。
「え?今更そんなこと聞くんですか先輩、えーとですね簡単に言うと英語の方が簡単だからですよ」
簡易に作った問題集をカリカリと解いていきながらそう言い放つ。
普通に考えると国語の方が簡単なはずだが、英語にはレ点などが使われる古文は存在しない、故に彼女は簡単だと言っているのだ。
途中洗濯機の音が鳴り響く。
和香羽の服が洗い終わったのだ、ただ音がなければ危うく忘れていただろう。
すぐに洗濯機からワンピースを取り出し、早く返さないと和香羽にも悪いだろう、そうあなたは思いドライヤーを取り出して服を痛ませぬよう慎重に乾かし始める。
その間も清宮は問題集を解き続けた。
数分後、何とか乾かし終わると、あなたは、適当にワンピースを畳む。その刹那ひょこっと清宮があなたの近くへと寄ってくると。
「それはさっきの、和香羽って人……の?ってちょっと貸してください!そんなたたみ方じゃシワができますよ!」
ワンピースのたたみ方なんて知っものではないため適当に畳んでいたあなただったが、乱暴めに彼女がワンピースを取り、素早く綺麗に畳んで見せる。
「ワンピースはこうやってたたむんですよ!」
ポンポンと折りたたむ際にできるシワを伸ばしてあなたに渡す。
「いつまでも先輩の服を着させたままじゃ、あれでしょうから早く返して上げてくださいっ!」
乱暴かつ綺麗にたたんだ状態を保たせつつそのワンピースを渡して急に怒り出した。
ストレスなどのイライラでは無い様子だったが、そのまま放っておくと更に怒り出すかもしれないというのはすぐに感じ取れる。
そのため直ぐに和香羽に連絡を取る。
今現在彼女は実家ーー祖母の家に泊まり込みだと言っていたため、電話番号が変わってないと信じつつあなたは彼女の実家へ電話をかける。
プルルルーー
プルルルーー
プルルルーー
と、コール音が三回なると、彼女の祖母が電話に出る。
直ぐにあなたは挨拶とともに事情を説明し、和香羽はいるのか尋ねる。
聞けば丁度今帰ってきたようで直ぐに電話にを代わってもらった。
『どうしたの?急に電話してきて』
その肝心の相手はどうやら忘れてしまっているご様子。
だがワンピースの話題を振ると直ぐに思い出し、今から向かうと電話越しで言い放ち一方的に電話を切られた。
これで取りに来るのは間違いないことだが、それまでの時間は少しでも無駄にしないよう、清宮に勉強を教えるこことした。
先ほどの勉強が途中だったためその勉強をやりつつ、暫し待つこと数分。
家の中に再びチャイムが鳴り響いた。
「はぁ……はぁ……」
ドアを開ければそこにはまたもびしょ濡れになった和香羽が立っていた。
手には市販の安いビニール傘があったが、見るからに骨組みが折れ使い物になっていない。
どうやらここに来るまで強風に煽られ悲惨なことになったのだろう。
「ごめんね……折角貸してもらった服もびしょ濡れになっちゃったよ……」
何度びしょ濡れになれば気が済むのかわからないが、綺麗に畳んだワンピースを彼女に渡し再び風呂へ入れさせる。
というのもあなたは万が一またびしょ濡れになってきてもいいようにとお湯は捨てずに放置していた。いや、それだけではない。折角炊いた風呂のお湯は経済的にも捨てるのは勿体ないため捨てず残していたのだ。
「ま、またあの女を風呂に入れたんですか先輩!!いやまぁずぶ濡れで仕方ないとはいえ……」
再び風呂へ入れたことに何故か清宮は不機嫌そうな顔を浮かべるがあなたは何故そんな顔を浮かべているのか不思議でしかないだろう。
「むう……まぁいいです。今日が生憎の雨だったから仕方ないことですし。それよりもわからない所出てきたのでまた教えてください!」
その後清宮に勉強を教え、数分の時が経つと流石の和香羽も雨風が弱くなるまであなたの家に滞在することとなった。
ーー数日後、気づけば花火大会の日にさしあたっていた。
ここ数日間大雨に強風はたった一度きり。流石は常夏の季節だろう。勿論花火大会のこの日はいつもと変わらずとても暑い日となる。
そんな中ピンポンと昼間からあなたの家のチャイムが鳴らされる。
宅配などは頼んでもいないし来る宛もない。だからとてこんな日に集金などは来るはずもない。ならば一体誰なのか。
気になったあなたはドアの覗き窓を覗き込んでみることにするだろう。
するとそこには、やはり白いワンピースをきた望月和香羽が立っていた。
「あ、君、今日暇……だよね?」
誰なのか確認できた後、ドアを開けると直ぐに話題を振ってくる。しかし今日は清宮と花火大会を見る約束をしている。しかしそれは夜の話。昼はこれといった用事はないだろう。
だからこそあなたは暇だと言うことになるのだが、その選択は少し間違っていたのかもしれない。
「な、ならさ……今日の花火大会一緒に見よ!それだけ言いに来たの!それじゃ!」
言うだけ言って彼女は直ぐにその場から去ってしまうが、このままだと三人で見て回ることとなる。
まぁ、三人で見て回っても大した問題にはならないだろうとあなたは気に止めることは無いが後に仇となるこことなる。
ーー何もすることなく昼寝をしていると、刻々と時が経ち、気がつけば花火大会が始まる数分前程になっていた。
あなたは急いで支度して会場へと向かう。
常夏の季節の夜もまあまあ暑いものだが、外に出れば心地よい風がやさしく吹き、時々暑さを忘れさせてくれていた。
「あ!先輩!遅いですよ!」
会場へたどり着くや否や、黒を主とした派手でなくされども大人ぽい浴衣を着た清宮があなたへと近づいてくる。
「でもまあ、花火まであと三分くらいありますし、適当に屋台回りましょう!」
あなたがいるからなのか、はたまた内心はまだ子供なのか楽しそうな笑みを浮かべつつあなたの腕をぐいっと強く引っ張り、少し強引に屋台回りを始めた。
その時だった。
「嘘つき」
その言葉があなたの耳に届き、腕を引っ張られる中振り返ると、一瞬だけだったが白を主とし、凛とした浴衣を着た女性がその場から走って行く姿が目に映ることだろう。
一瞬すぎて顔は見えなかったものの、先程の声がその浴衣を着た女性ならば、恐らくその人は和香羽だと推測できる。
「どうしたんですか?」
ぐっと腕を引っ張っても動かなくなり、どうしたのかとあなたが見ている方向を見てから、あなたをじっと見つめて清宮は言う。
もし先程のが和香羽だとしたら……そう思った矢先、胸がぎゅっと何かに押し潰されているような不快感をあなたは覚え、清宮に一言謝る。
勿論彼女は何について謝っているのかはわかるはずもなく。「一体どうしたんですか?」と再びあなたに言いよる。
しかしあなたはそこに和香羽がいたことも、和香羽とも約束していることですらも言わず、再び謝ってからあなたの腕を掴んでいる彼女の腕を外し、和香羽を追いかける。
「……あと少しで花火始まるのに」
そんな清宮の声はあなたには届くことはなかった。
ーーそれから間もなくして最初の花火が打ち上がり、幾千の星が浮かぶ夜空にとても大きく“華”がいくつも咲き誇った。刹那様々な花火が打ち上げられている音がその場にとどまらず、あなたが住む町に響き渡る。
だがあなたは決して振り返り花火を見ることはないだろう。
それだけ彼女を不思議と必死に探し続けているのだから。
花火大会のため静まった街を探しても、彼女の実家へと寄ってみるもやはり彼女の姿はない。
しかしそれでもなお、あなたは探し続けた。
気づけば三部編成になってる花火大会は後半へとさしあたっている。聞きなれた花火の音だからこそ会場にいなくともあなたは、花火大会が休む間もなく終わりに近づいていることを悟る。
今戻ってしまえば花火は見れる。
和香羽はただの幼馴染だから気にすることは無い。
ーーそもそも先程のが本当に和香羽だという根拠がない。
そんな邪念が疲れ切ったあなたの脳を支配し始める。しかしその邪念が頭に過ぎる度、不思議と胸が締め付けられることだろう。
だからこそなのか、邪念を振り払い再び歩みを進める。
だが何度探そうとも、街中を駆けようとも彼女は一向に見つからない。
一体どこに行ったのか、息を切らしつつそう思っていると、ふとあなたは昔のことを思い出す。
それは時が経ち忘れてしまった大切な記憶。
それは和香羽に伝えなくてはならない想い。
それはーー
たった一シーンでしかないが、“約束”した日を思い出したあなたは、ゆっくりと息を整えるとただひたすらにある場所へと走り出した。
ーーーーーー
ーーーー
ーーもうすぐ花火が終わる。
いや、正確にはたった今、鉄砲の銃声のようにも聞こえる締めの花火が三発打ち上げられた。
とうとう今年の花火大会が終わってしまったのだ。
だがそれと引き換えにあなたはあの場所ーーおおきな木がある、あの場所へとたどり着いた。
花火の光は無くなり、暗闇の中頼りになる光はもはや月の光しかないが、淡く大地を照らす月明かりでもそこに望月和香葉がいるのは、確かにあなたの目で捉えることだろう。
しかし彼女は闇に溶け込むおおきな木を見上げており、あなたが隣に並ぶまでは彼女はあなたのことを気づくことはなかった。
「折角二人きりにしてあげたのに……馬鹿だな君は」
その言葉を吐きつつも和香羽の目は木の上。ただでさえもあなたがこうして追いかけ、彼女の所にやってきた事に嬉しさを感じ、涙を流しそうになっているというのに、今あなたの方を見てしまうと絶対その涙は止まることは無い。
それが自分でもわかっているからこそ、彼女は木をずっと見上げている。
「私ね……言ってなかったことがあるんだ……いや、本当は怖くて言えなかった……それを言ったらきっと君は凄く悲しい顔をするだろうから」
その言葉を吐き覚悟を決めたのか見上げるのは止めて真っ直ぐあなたを見つめ始めた。
その時あなたは静かに流れる涙が彼女の頬を伝い落ちていく瞬間を見て、一瞬心臓が高鳴るだろう。
いや、高鳴らずとも彼女に何か違和感を感じるのは確かだ。
今まであなたの前で涙を見せたことの無い和香羽が、涙を流してしまったからこそ違和感や不安に駆られたのだ。
「私ねーーーーーー」
言葉を遮るようにして強風が吹き付けたが、その言葉はあなたにちゃんと伝わっていた。
その言葉というのは、彼女が余命一ヶ月の命だということ。
流石にその言葉を聞いたあなたは、聞き間違いではないかと、驚きの声とともに聴くだろう。
だが、戻ってきた返事は。
「本当だよ……本当だから無理言っておばあちゃんの家で過ごすことにしたの。おばあちゃんも許可してくれたしね」
そう聞いた時、あなたはなにも言葉をかけることは出来なかった。それ程まで耳を塞いでしまいたい真実があなたの胸を締め付け、更には頭を混乱させているのだ。
「あーあ……最後の花火見れなかったよ……これは責任取ってもらわなきゃね?……まぁ、どうせという君は約束を忘れてーーきゃっ!?」
その言葉を聞いたあなたは再び胸が締め付けられるような感覚を覚え、その痛みを、彼女が持つ死という不安も恐怖も和らげるかのように、そっと、されども強く彼女を抱き締める。
「え、ちょ、ど、どどどどうしたの!?……え?ごめんって……なんで君が謝るの……?言わなかった私が悪いのに……と、とにかく離して……ね?」
その言葉で何をしてるんだと我に返ったあなたは直ぐに離し彼女の身を自由にするのだが、途端に彼女が踵を返すようにして顔を隠した。
否、不意に抱きしめられ、我慢していた涙が溢れ出てしまい、その涙をあなたに見られて欲しくないからこそ顔を隠したのだ。
「……それで、なんで謝るの?」
既に涙声になっているが、泣いてないと言わんばかりに強気な声であなたにそう聞くが、咄嗟のことでやってしまったこと。故に明確な理由はないだろう。しかし、明確な理由がなくともたった一つ、一言だけは言えた。
それは彼女と交わした“約束”の言葉。
「え……」
“約束”の言葉を、“再開した時に互いの想いを伝え合う”という言葉を聞いた和香羽は、驚きのあまり涙を流す姿を見られたくないのにも関わらず振り返ってしまう。
その際に短く切られた艶のある黒髪と共にきらりと舞う涙の粒は月明かりに照らされ白く輝く宝石のように見えるが、それは一瞬でしかなく消えてなくなった。
しかしあなたはそれを気にすることなく、幼き頃の“約束”してまで伝えたかったことを、今になって何度も彼女に伝え続けた。
「あ、いや、ちょっと……そんなに好きだって言われたら流石に恥ずかしい……かな……でも嬉しい、花火は見れなかったけど……こうやって私の想いが届いて凄く嬉しい!大好きだよ!」
約束を忘れていたことを謝罪するかのように何度も彼女に向かって好きだと言い続けたあなただったが、途中で彼女が顔を赤らめあなたの口を自らの手で抑えると、にこっと今までの中で一番の笑顔を見せてからその場に泣き崩れた。
ーーーーそれから数日後。
あなたは和香羽との想い出を作るべく、花火セットを購入していた。
しかし、このことは彼女には秘密にしている。
所謂ドッキリにするためだ。
それに花火大会を境に彼女の体調が崩れ始め、本当にもう長くはないのだと思い知らされている。
故にあなたの近くには和香羽の姿はなく、あなた一人だけである。
「あれ?先輩一人で花火するんですか?……いや、先輩は一人でそんなことしないから……和香羽さんと?」
花火大会が終わったあと、一緒に花火を見れなかったお詫びとして、あなたは清宮に全てを話しており、嫉妬しつつも無理をして笑顔を作り、和香羽のことを理解し、あなたのことも諦めていた。
だがだからとて関係が変わる訳ではなく、今も尚あなたのことを先輩と呼び続けている。唯一変わったといえば急激に和香羽と仲良くなったくらいだろう。
「じゃあ私も混ぜてください!二人より三人の方が楽しいですよ!あ、場所はあそこ……ですよね?今から家に戻って準備してきます!」
そう言うと颯爽とその場を去っていく清宮だが、その清宮がなぜ、花火をする場所を知っているのか。それは誰もがわかるものだ。
と言うのも、和香羽の余命は残り僅か。そのため現在は和香羽の実家ではなく病院にいる。
だが、勿論室内で花火など以ての外である。
ならばどうやって花火をするのか。それは簡単な話、病院の外でやる他ない。
つまりは“約束”を交わしたあの木がある場所。故に清宮も知っているという訳だ。
勿論病人である和香羽は外出許可を貰わねばならないのはあなたも知っている。そのためこの日に外出許可をとっていつもの場所に、とあなたが見舞いに行った時に伝えており、つい先日、今のところ容態も安定しているからと一日だけ特別に許可してくれたと連絡が入っている。
ーーもうじき夜が訪れる。
楽しみに待つ日こそ時間というのは早く過ぎていく。
闇が周りをつつみ、月明かりが照らす約束の地にあなたと和香羽、そして清宮の三人が集まった。
「どうしたの二人揃って……ってそれ……花火セット?……もしかして最後の花火大会見れなかったから……?ありがとう!ね、早速やろう!!」
「そうですよ先輩!火消し用の水とゴミ袋もちゃんと用意しましたし早くやりましょう!」
そしてこの日限定の小さな、とても小さな花火大会が大きな木の下で開かれ、草木に燃え移らないようにあなたを含む三人は花火を楽しんだ。
「ーーそれにしても、ありがとう。そんな君が大好きだよ」
まだ様々な種類の花火が残っているが、何故か清宮が子供のように手持ち花火を楽しんでいるため、和香羽は線香花火へと切り替えると、たった一言を呟いていた。
しかし、あなたと和香羽が出会い、声を聞くことができたのはこれが最後となる。
花火も終盤に差し掛かり、三人揃って線香花火を、それも誰が一番長く続くか勝負をしていた時のことだった。
言い出しっぺの和香羽が長続きし、喜びのあまり立ち上がった瞬間、線香花火の玉が落ちると共に彼女の身体が地面に吸い込まれるように倒れたのだ。
容態は安定しているのではなかったのか、先程まで元気だった彼女が倒れた瞬間、あなたはその言葉が過ぎり、咄嗟の判断ができなくなっていた。
「わ、和香羽さん……?和香羽さん!……ダメです、反応が……って先輩!早く救急車!来る間に街の方に戻りますよ!」
清宮の透き通る声で我に返ると、すぐさま病院に電話をして森のすぐ近くまで救急車を呼んでもらい、清宮の言う通り救急車が来る間に和香羽を抱え森を抜ける。
すると、病院が近いからこそ目の前には救急車が一台泊まっており、医師がこっちだとあなた達を救急車の中へと導き病院へと向かった。
目的地にたどり着くまでの間も、延命をするべく医師が様々な方法をもって和香羽の延命を行われ、ようやく病院へとたどり着くと、すぐさま集中治療室へと和香羽は搬送された。
ーーーーそれから数分後。
あなた達に悲しい知らせが舞い降りた。
望月和香羽は帰らぬ人となってしまったのだ。
死因は急性心筋梗塞。
それも血液癌である白血病の骨髄転移も見られており、手遅れとしか言い様がなかったという。
「あと数日残ってたはずなのに……酷い」
恋のライバルだと言わんばかりに敵対視していた清宮も、今となっては和香羽の友人。
それ故に、悲しい知らせを耳にした瞬間に涙が溢れ出で泣き崩れていた。
そんな中彼女が放った言葉を聞いて、あなたは先日受けた連絡を思い出す。
それは、和香羽自身から『今のところ容態も安定してるから、特別に外出許可してくれたよ!』という連絡。もし、その真実を隠してまであなたと一緒にいたいと思っていたのならーー
ーー容態は悪化しつつある中、こっそりと病院から抜け出した。
考えれば考えるほど、外出許可をとって欲しいと言った自分が悪いのではないかと、あなたは思うことだろう。
和香羽と一緒に外に行きたいなど言わなければ、最後の思い出に、花火をやろうと思わなければ、彼女は倒れることはなかったはずだと、どんどんと自分で自分を責め立てる。
刹那、あなたの頬を強く、とても強く清宮はひっぱたいた。
「和香羽さんは……!和香羽さんは先輩のことが大好きで……大好きで大好きでしょうがなかったんです!そんな大好きな人を悲しませたくないから、無理して笑顔まで作って、嘘を言ってまで先輩と会いたかったんだと思います!それなのに、それなのに先輩がそんなんでどうするんですか!……それでも……それでも和香羽さんの恋人なんですか!」
痛さのあまりに、叩いた清宮を睨みそうになるあなただが、清宮の方が怒りも強く、されども悲しさも強い。
それに涙を流しつつ強い眼差しであなたを見るのだから、あなたはなにも言葉を返すことができなかった。
「先輩は最後の最後まで、和香羽さんの事を思って行動したんです!それと同じで和香羽さんだって先輩を想って行動したんです!……だから、先輩は悪くありません!和香羽さんも悪くありません!この場にいる人全員が悪くありません!悪いのはこんな運命を与えた神です!……だから、先輩……自分を責めないで前を向いてください……きっと和香羽さんもそれを願ってると思います」
ポロポロと涙を流しつつ、自分を責めるあなたに向け怒りをぶつけた後、悲しみを共有し合うかの如く、あなたの胸元で清宮は再び涙を流した。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
それから数年の年の時が経ち、あなたは暑い中和香羽の墓へとやってくる。勿論、和香羽があの時、あなたに飲み物を渡した時のように、和香羽の好物を手に持ち、墓の手入れもと、バケツなどを持ってきていた。
だがしかし、先にあなたも見覚えのある人が……大人びた清宮の、それもスーツ姿の清宮が先客として着ていた。
「あ、先輩こんにちは。仕事は……そうですか。でもこうして和香羽さんのお墓参りに来たんですから和香羽さんも喜んでると思いますよ。って……なんだか私、和香羽さんの友達というかお母さんみたいな事言ってますね……あ、お墓の手入れは先にすませておきました」
自分で言ったことに対し苦笑いを浮かべつつ、大人びた清宮はあなたが手に持つバケツをみて墓の手入れは終わっていると告げた。
バケツをなどを持ってきた意味を考えてしまうだろうが、深く考えることはやめ、和香羽の好物を備え一礼をすると、あなたと清宮はその場を後にした。
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