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こいつ何言ってんの?!
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ここは都内の小さなバー。バーと言っても佇まいはカジュアルで、バーなのにマスターの作る食事が美味しいと評判で、呑むだけではなく食べ物目的の来客も少なくない。そんな親しみ易いバーの店内で、カウンターに座る私とめぐ。
「男……男が足りない……」
そう言って項垂れるのは何を隠そう、私だ。そんな私をめぐは肩肘を付いたまま、溜息混じりに見つめている。
「いきなり人聞きが悪い事言わないでくれる?何、先週の飲み会は外れたの? 」
「飲み会ね~……」
そう聞かれて、私はこの間参加した飲み会と言う名の合コンを思い出した。無難だったと思う。実に無難に終わってしまったから、特に言う事柄も思いつかない程だった。
「特に……何にも無く終わった。イケメン……居たかな、覚えて無い」
「まーた、アレでしょ? 競争率高そうだと思うと、途端に興味無くすの辞めたらもっとマシになると思うけどね、私は」
「だって面倒じゃない? 私が私が! って間に入って行くのとか…それ、私が相手だったら引く。確実にこの女、無いわー。って思う」
「イケメンなら、そんなのも慣れてるんじゃないの? 知らないけど」
「そう言うめぐだって出来る? そんな事」
「え、無理。面倒臭い」
「……」
じと目でめぐを睨むけど、めぐは素知らぬ振りでグラスを煽った、
「ふふ、そう言う真奈美さんて、どんな人がタイプなんですか? 聞いた事無いですけど」
そう言って柔らかな笑顔を向けて来るのは、このバーのバイト君。名前は……葵君だっけ? 清潔感がある柔らかそうなストレートの黒髪のボブに、同じく黒が濃い大きな目。流行りのジェンダーレス風なこの子もイケメンの部類だ。相当モテるんだろう、って感じの柔らかな雰囲気のある子。
「んー……。自立した人? 」
「それ、世の中の社会人殆ど当てはまるじゃない。もう、その辺で捕まえて来なさいよ」
「ええ、嫌だ。イケメンが良い」
「あんたのイケメンは良く分からないんだよね。タイプがバラバラ過ぎて」
そんな事無いと思うんだけど。歴代の元カレを思い出しながら、私は首を傾げた。
「……どんな感じの人が元彼に居たのか伺っても良いですか?恵さん」
あら、名前をしっかり覚えてるなんて、接客業の鏡ね、葵君。流石、イケメンは違うね。でも何故本人じゃなくて、めぐに聞くかな?
「んー、高校の時はサッカー部のキャプテンに告られて付き合ってて、あの子はアイドル系で爽やかだったんだけど、モテ過ぎて面倒になって別れたんだっけ? 次は、柔道部の厳つい後輩君。彼はザ、漢!って感じだったけど、部活が忙し過ぎて放っとかれて耐えられなくて別れたんだった? 」
「どっから遡ってるの?! 」
既に記憶の彼方へ押し込んだ思い出を語られて、私は慌てた。
「へえ、タイプがこれって決まってる訳じゃないんですね。それだと恋人探しは難しそうだ」
そう言ってキュッキュッとグラスを拭く葵君は、本当にそう思っていなくともそう思っていそうな、接客としては花丸な笑顔を浮かべている。けど、これだけは訂正しておきたい。
「私は、その人がその人らしい姿が好きなの」
「つまり?」
葵君が真面目な顔をして前のめりに聞いて来る。そんなに興味持たれても、面白い話しは出来ないんだけど…。
「例えば、うーん……葵君が、短髪で厳つい服装をしていたら無いな、って思う」
「何それ、ふわっとし過ぎて伝わらないんだけど」
めぐが茶々を入れて来るけど、そうとしか言えないから、説明に困ってしまう。
「私が、超ロックな皮尽くめのファッションをしてたら、めぐはどう思う? 」
「似合ってないし辞めろって止めると思う」
「そう。私はこのOL感丸出しの清楚な感じの服が好きだし、私らしいとも思ってる。めぐだって、そのパンツスーツじゃなくて、フリフリのフリルが付いたワンピース着ろって言われたらどうする? 嫌でしょ? 」
「まあ、そうね。つまり? 」
「私は、その人の顔の造形、体型に合った格好、又は行動をしている格好良い人が良いの! 」
そう言うと、めぐは困った様な笑顔になって、葵君は眉を顰めている。
「人其々の趣味嗜好ってのがあるじゃない。それは……押し付けって思うけど」
「え? だって押し付けてはいないじゃない。めぐにフリルのワンピース着なさいよ! って言ってる訳でもなし。自分を知っていて、自分らしくある人が良いって事なんだから」
うーん、と曖昧な返事をめぐに返され、私はむーっと口をへの字に曲げた。
「あー分かった。だからあんたは長続きしないんだ」
「何がよ? 」
「『この人らしい』に惹かれるから、らしくないと冷めるのよ、しかも急激に。点数制、しかも減点方式じゃ、長続きしないって」
「なんかそれ、私が偉そうじゃない? 」
したり顔のめぐは、だってねぇ? と葵君に同意を求めている。葵君は曖昧に小首を傾げている。やるな、葵君。接客業天職なんじゃないの?
「実際偉そうなの。あれだから嫌だ、こうだったからもう付き合えない。私がどれだけ聞いてあげたと思ってんの? 少しは感謝して欲しいぐらいなんだけど」
「それは……感謝しておりますとも! 」
「だから、まあ…あんたの良い所は顔の造形の好みは煩く無いんだけど、人となりが自分の規定内じゃないと許容出来ないのが唯一で最大の欠点……て、これじゃ生涯独身ね、ご愁傷様」
「ちょっとぉ?! 何それ、酷くない? 」
思わず声を荒げた私に、葵君はまあまあ、と子供を宥める様に声を掛ける。それにも私は少しイラッとした。
「……真奈美さんは、きっと印象最悪な人と付き合ってみたら良いと思います。そうすれば、評価が下がりようが無いじゃないですか」
「印象最悪なら付き合うまで行かないと思うけど」
そう言って口を尖らせる私は、彼より年下みたいでさぞみっともないだろうけど、お酒を飲んでしまった以上、上手く感情をコントロール出来ないのだから仕方ない。
「でも、びっくりする程のイケメンで、でも素行が悪い……なんて人いるかな? でも、それなら多少の事は顔で目を瞑れたりするのでは? 」
「だから、私のイケメンの定義は……」
「あんたのイケメン談義なんて葵君は興味無いって。あれじゃない、枯れ専になれば良いのよ。そうすれば、あんたの狭量な性格も全て包んでくれるだろうし」
「さっきから酷いってば、めぐは!……でも枯れ専ね……考えた事無かった」
「真奈美さんは素直過ぎ」
そう言ってくすくす笑う葵君はとても可愛い。
しかし、さっきからこの席に居て大丈夫なのだろうか? ちょっと離れたボックス席から、痛い程視線が刺さってるんだけど……あれ、葵君目当てのお客さんなんじゃないの?
「じゃあ、うちのマスターなんてどうですか? 」
「マスターは格好良いけどゲイじゃない。知ってるからね? 」
「あれ、そうでしたっけ? 」
しれっとしてるけど、何気にこの子黒い? まあ、私には関係ないけど。ボックス席の子達ー! この子以外と黒いぞー、良いのかー? 私は届く筈も無い念を後ろへ送って、一人でくすくすと笑ってしまう。
「あたし、マスター好きだなぁ。あの全てを悟った感じ。渋いよねー」
「出た、めぐの渋専! まあ、マスターは私も好きだけど。キャラが良いよね、安心する」
「え、安心ですか……? 」
「え、葵君まさか狙われて……? 」
珍しく戸惑いを見せる葵君に、私は大袈裟に口に手を当てて驚愕して見せた。それはそれで面白そう。
「私は決めた相手が居ますからね。若い子を摘んだりはしませんよ? 」
そう言って注文したナポリタンを差し出すこのバーのマスター、岩木さんがにっこりと微笑みながらも、威圧して来る。ちょっとふざけ過ぎたかな? 私ははーい、と元気良く返事をしてナポリタンを自分の前まで移動させた。今日も艶があって実に美味しそう。私は早速頂く事にした。そんな私を横目に、めぐがマスターに話し掛ける。
「ねえ、マスター。この子に合いそうな人、誰か居ない? 毎回煩くって仕方ないんだけど」
「うーん、真奈美さんに似合いの人……? それなりのイケメンを用意しないといけないですね、これは大変そうだ。あ、葵君、3番にジンフィズを」
はい、と返事をして、葵君は私達の前から席を外した。きっとボックス席の子達だろう。頑張れ、若い子! 負けるな、葵君? とりあえず、私はナポリタンを食べるフォークを置いた。
「私、そんなに煩く無いつもりなんですけどぉ? 」
「この前のあの商社にお勤めの背の高い彼はどうしたんでしたっけ? 」
私はそうマスターに問われて、ぐっと喉を鳴らした。
「束縛が激しいから、お別れしました……」
めぐがほらぁ……って訴える様な目を向けて来るけど、仕方ないじゃない。相手も忙しいけど、私だって働いて忙しいし、夜は早く寝たいし、朝の時間は戦いだし、そう易々と連絡入れる時間なんて無い。社会人皆そうじゃないの? それで、唯一の休みに友達と予定入れていると、あーだこーだ言われて、うざったい事この上無かったんだもの。
「イケメンと付き合う云々は置いておいて、好きな人を探すのから始めてはどうでしょう」
「好きな人……。学生じゃないんだし、難しいなぁ。今出会いも少ないし……」
「真奈美は煩いから認識してないだけだって。居るって、そこら辺にうじゃうじゃと」
「じゃあ連れて来てよ、めぐ。めぐの彼氏の友達でも良いから」
「嫌よ、身内同士でくっ付くとか。拗れた時面倒でしょ」
めぐは高校の頃から別の学校に通っていた1歳年上の彼氏が居る。もう付き合って8年ぐらいで、彼氏彼女と言うよりは、夫婦みたいになっていて、それはそれで私は羨ましく思っているんだけど、彼氏関連は絶対紹介してくれないのだ、この目の前の幼馴染は。
「酷~! 人を人間関係クラッシャーみたいに……」
「実際クラッシャーよ。大学の時はもっと酷かったからね? あんたはっきり言い過ぎなのよ、1年の時、あの飲み会の席であんたが言った言葉覚えてる? 『え、何で貴方みたいなヤリチンと付き合わないといけないんですか? 何かの罰ゲームですか? 冗談キツイですよ。』って、皆の前で言うから、あの先輩のファンは怒るし、良く言った! って喜ぶ男共のあのカオスな飲み会……」
そう言って、めぐは遠い目をする。ちょっと、誇大な風評被害振り撒かないでくれる?
「あれは、何度も何度も付き合おうって煩くて、あの人顔は普通なのに雰囲気チャラ男みたいでイラッと来たんだもん。もっと清潔感ある髪型にして、服装もシンプルにしたらもっとモテただろうにね? まあ、実際ヤリチンだったし、そう思うと歩く宣伝としてあの服装は分かりやすいから良かったけれども」
「……え、似合った服装してたら付き合ったの? 」
「え、それに伴う行動してたらね。ヤリチンは論外よ」
「そりゃそうね。って、違うから。私が言いたいのは、あんたは人間関係クラッシャーの自覚を持ちなさいって事なのよ。もう一つ例を挙げてみせようか? 」
「良いよ、もう。はいはい、私は人間関係クラッシャーです。申し訳ありません! 」
「絶対分かってないでしょ。そう面倒臭がるから、この前のイケメン君も嫌になっちゃうのよ」
「ちょっと、彼は関係ないでしょ」
「大体、あんた振っても振られても別れた時にケロっとしてるのがそもそもおかしいって話しなのよ。もう少しちゃんと好きな人とかを見つけた方が良いと思う」
真面目に返されて、私はナポリタンを黙って食べるしか出来なかった。私も薄々感じてはいたのだ。
私、人を好きになった事があるのだろうか?
「いやいや、私めぐは好きだもん」
「え、やだ気持ち悪い事言わないでよ」
内心の不安を払拭する言葉を呟けばこれだ。本当、明け透けに物を言い合えるって良くも悪くもめぐはいい友達だと思う。
「私、人を好きになった事があるのかな? って考えてただけだよ。本当酷いね、めぐは! 」
「無いんじゃない? 」
「え? 」
「あんたは、『格好良い彼氏』しか求めて無いよ、昔から。この人じゃなきゃ駄目! ってのが無いの。来る者拒まず……とは言わないけど、去る者追わずでしょ? 」
「めぐが去ったら泣くよ? 」
「もうそれは良いから。ありがとね。これは思ったよりも重症かも知れないねー。……って、嫌だ、私には聡が居るから。期待に応えられないの、ごめんね? 」
「人をめぐに依存してるみたいに言わないでよ?! 」
私が怒っているのに、めぐははいはいと取り合わないし、マスターはいつのまにか席を離れている。皆、私の扱いが酷いと思うんだけど。
「現状要らないから、直ぐに手放しちゃうんじゃないですか、真奈美さんは」
いつの間にやら戻って来ていた葵君が、なんだか失礼な事を澄まし顔で言い放つ。
「要るよ! だからうだうだしてるんじゃない。というか、皆扱いが酷くないかな? これでも傷付くんだよ、私だって! 」
「だって、真奈美さんが求める彼氏像が分からなくて……どんな感じの人が良いんですか? 」
「どんなって、暇な時間を共有して、苦にならない人。価値観が大体同じような人。月に1、2度会える感じで……」
「彼氏なのに月1、2度? それは少な過ぎませんか? 真奈美さん。遠距離でも無いのに」
え、そうかな? 私はそれでも満足なんだけど……。月1、2ぐらいでめぐと会って、月2ぐらい会社の同僚と飲んで、他は溜まった掃除や洗濯をこなして…十分じゃない? きょとんとしている私に、めぐも葵君も大仰に首を振る。なんなの、この2人。仕込みかなんか?
「真奈美、あんたこの間の彼、何て言って別れたんだった? 」
「え?毎週会う時間を取ってくれって煩くて…しかも週1、2回は会いたいって、私そんな時間無いから無理だし」
「何故時間が無いんですか? 」
「だって、私の職場客相手のミーティングが退社時間過ぎに普通に入ったりするし、帰ってご飯食べて化粧落としてゆっくりしてたら直ぐに23時だよ? 絶対無理だって、私8時間は寝たいし」
「「………」」
なんなの、2人共! そんな残念な子を見る様な顔して!
「真奈美さん、先ずは男友達を作れば良いんじゃないですか?こう、暇や時間を潰せる……」
「駄目よ、葵君。甘やかしたら駄目。真奈美、暫く彼氏は要らないと思うわよ、ってゆーか……」
一瞬めぐの瞳がギラリと力強く光った気がして、私は怯んでしまう。
「そんな都合の良いイケメンはこの世の何処にも居ないから! 夢見過ぎんな、この夢見がち女! 」
「夢見がち女?! 」
「先ずは好きな人をきちんと……ううん、きちんと好きな人を見付けてから愚痴ろ、夢見がち女!! 」
「ええい、夢見がち夢見がち煩い! 分かったよ、当分男~男~言わないから! その分めぐが遊んで! 」
「また人聞きが悪い言葉を! 無理よ、私だって寝たいもの。あんたお一人様平気だったよね? 一人でカラオケ行けるでしょ! 余裕でしょ! 」
「いつにも増して釣れない! そりゃお一人様平気だけど! その辺の人に何を囁かれようとも平気ですが何か?! 」
「あ、じゃあ僕がお相手しましょうか? と言っても、バイト入る前の空き時間とかしかありませんが……」
「それは大丈夫、学生の時間は有限なんだから、友達優先に過ごした方が良いよ、ほら、あの席の子達も知り合いっぽいし。こんなおばさんに時間割くなんて勿体無いって」
「………」
「……これだからクラッシャーは……」
額に手を当て顔を顰めるめぐに、笑顔を貼り付けたまま無言の葵君。私、至極真っ当な事を言ったと思うんだけど、何でそんな反応?! 私は若干不本意に思いつつ、冷めてしまったナポリタンを口にしたのだった。
ーーーーーー
それから数日。
宣言通り男×2言わないで過ごしていたけれど、めぐは遊んでくれないらしい。私は休日に一人洗濯や掃除を完了して、プラプラとあてもなく外へ出てみたものの、特に欲しい物も見たい物も無い。ちょっと早いけど、いつものバーへ足を運ぶと、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「だから、バイト先に来られても困るんだって。帰ってくれない? 」
「えー、だってちゃんとお客として来てるんだし、良いじゃん。売り上げになるでしょ? 」
ねー? と同調する声が複数聞こえて、私はげえっと思いながら、店を後にしようと思った。こんないざこざは見ないに限る。モテる男も大変だね、葵君や。救いは、バーの位置が半地下で入り口まで階段になっていて、私の姿がバレない事だろう。
「たった一杯で一時間粘られても店が困るんだって。もう良いかな? 本当何なの? 同じサークルだからって迷惑掛けて良いとか思ってる? そーゆーの、本当嫌いなんだけど」
意外なセリフを耳が捉えて、私は体が硬直した。おお、やはり彼は黒いらしい。私は何とか体に叱咤して、その場を離れようとした。
「酷い! 葵君がそんな人だと思わなかった! 帰ろ、皆! 」
「あ、後周りに根回ししようとしても無駄だから。もう先輩達にもバイト先で好き勝手にされて困ってるって言ってあるから。二度と来ないで良いよ、サークルも」
おいおい、凄いね。流石だね。彼女達は葵君に夢見ていたんだね、脆くも崩れた訳だけども。にしても、バイト先で不必要に粘られたら、誰だって怒るって。そう思いながら、私は何処へ飲みに行こうか歩きながら迷っていた。このまま、家に帰るのも寂しいし……。
「ああ、これは真奈美さん。今日はもうお帰りですか? 」
普段この時間なら居ない筈の人物に真正面から出くわして、私の肩はびくりと跳ねた。目の前にマスターが袋を携えて立っていたのだ。考えながら歩いていたから、前から歩いて来たのにも気付かなかった。
「マスター。ええと、珍しいですね、こんな時間に外にいらっしゃるの。もう開店の時間ですよね? 」
「ああ、ちょっと買い忘れた物があったので、葵君にお留守番して貰っていたのですが……おかしいな、葵君居ませんでしたか? 」
「え?! いいえ、今日はお店を覗いて無かったので……」
マスターは不思議そうに小首を傾げると、私の後ろへ目線を移した。
「葵君良かった、真奈美さんを引き止めて下さい。せっかくこっちへ来たのに、顔を出してくれないなんて、そんな悲しい事言わずに、ね? 真奈美さん? 」
おかしい。私は客側の筈なのに、マスターから物凄い圧を感じる……。まぁ、あの子達も帰っただろうし、一杯ぐらい良いか……というか、葵君いつ私の後ろに出てたの? 私があの修羅場を見て見ぬ振りしてたのバレてたりする? 大丈夫?
「畏まりました、マスター。さ、真奈美さん是非いらして下さいよ。今日のお勧めはマスターお得意の蟹グラタンです。蟹味噌入りの……」
「行く! 」
マスターと入れ違いに葵君が私の前へとやって来て、何の真似なのか手を差し出したと思えば、そんな魅惑的な言葉を紡ぐものだから、私は彼の手をむんずと掴むと、店に向かっていたマスターに追い付いた。
「マスター、私蟹グラタンで! 後、どうしようかな……ビール……いいえ、白ワイン……うーん。ここはシャンパン? 」
「じゃあ、オマケで前菜を付けますから、そこでシャンパン、グラタンは白でどうですか? シャンパンなら、前菜に合うのは……」
「良いね、良いよ! やったー! 」
私は両手を上げて喜んで、そこで初めて葵君の手を掴んだままな事に気が付いた。手の主に顔を向けると、困った様に笑っている。先程の剣呑さを帯びた声の主人と同一人物だとはとても思えない。
「あ、ごめんね葵君。忘れてたよ」
「忘れてたとは酷いですね。それでお店まで忘れられていたとか言いませんよね? 」
「いやぁ、なんかねー。何というか……気紛れよ、今日はちょっと違う所へ行ってみようかという……」
「それは一大事。葵君、しっかりと本日一番目のお客様を出迎えましょう。逃してはいけません」
「はい! この手は離しません! 」
そう嬉々としたマスターの掛け声により、私はそのまま店内へと誘われてしまったのだった。
「……美味し~い……蕩けるぅ……」
私はグラタンを一口頬張ると、その美味しさに頬に手を当てた。ほっぺが落ちそうとはまさにこの事だろう。空かさずマスターお勧めの白ワインを口に流し込むと、程良い酸味が口の中をすっきりとさせてくれる。危ないよ、これは……飲み過ぎてしまう!!
「本当、良い顔しますよね、真奈美さんは」
そう言ってまたキュッキュッとグラスを拭く葵君。マスターは初老の常連さんの元へ行ってしまい、今は二人だけだ。
「この美味しさがそうさせるんですー」
「何で敬語……そうそう、真奈美さん」
「んー? 」
返事をしつつも、私はもう一口グラタンを口に運ぶ。
「さっきの……見てましたよね? 」
ぐふっと咳き込みそうになり、熱々のグラタンを慌ててワインで流し込んだ。の、喉がっ!! 危なっ、殺す気か! しかし、私は慌てて取り繕った。
「何の事かな? ……えーと、何かあったの? 」
「へぇ、そんな態度ですか。そうですか。僕が窮地に立たされていたと言うのに、見て見ぬ振りをするのが大人のする事ですか」
「いやいや、君凄く堂々としたものだったからね?あれは私の助けは要らない。寧ろ私が割って入ったら拗れるからね?! 」
「……見たんですね? 」
「見てはいない! 角度あるし! 」
「頓知ですか? 聞いたって言ってます? 」
「立ち聞きは正直ごめんと思ってる! てか、何で私に気付いたの?! 」
「そんなの、頭の先だけでも真奈美さんだと判別出来ますから」
「え、コワっ……」
そんなに存在感ある? と頭をフォークを持っていない左手で撫でれば、葵君は口元を押さえて笑いを堪えている。ここ最近この子失礼なんだけど。ちょっと、マスター! 教育はしっかりしてやって!
「で、ですね? 」
「何がで? なの? 」
葵君はそう言うと、ずいっと私の顔すれすれまで、顔を寄せて来た。
「僕と付き合って頂けませんか? 助けると思って」
「何処へ行くっていうの、車とか必要? 私運転はちょっと自信ないけど……」
私は真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。濃い茶色の瞳は、暗がりでは殆ど黒く見える。その瞳を観察していると、急に目の前から居なくなってしまった。彼の顔が離れてしまったのだ。
「……マジかー」
葵君は顔を一旦引っ込めると、意外そうに、けれど何かに感心している様に一人で納得している。とにかく、そこはかとなく漂う失礼な雰囲気に、私はじと目になってしまう。
そんな私の雰囲気もお構い無しに、葵君がもう一度口元へ手を添えて寄って来るから、仕方なく私は右耳を近付けた。
「違います。恋愛の意味で『付き合って』欲しいんです。あ、恋愛感情は無しで」
「はあっ?! 」
私は思わず大きな声が出てしまい、慌てて自分の口を押さえた。突拍子も無い事を言った彼は、にっこりと何事も無いかの様に笑っていた。
え、こいつ何言ってんの?!
「男……男が足りない……」
そう言って項垂れるのは何を隠そう、私だ。そんな私をめぐは肩肘を付いたまま、溜息混じりに見つめている。
「いきなり人聞きが悪い事言わないでくれる?何、先週の飲み会は外れたの? 」
「飲み会ね~……」
そう聞かれて、私はこの間参加した飲み会と言う名の合コンを思い出した。無難だったと思う。実に無難に終わってしまったから、特に言う事柄も思いつかない程だった。
「特に……何にも無く終わった。イケメン……居たかな、覚えて無い」
「まーた、アレでしょ? 競争率高そうだと思うと、途端に興味無くすの辞めたらもっとマシになると思うけどね、私は」
「だって面倒じゃない? 私が私が! って間に入って行くのとか…それ、私が相手だったら引く。確実にこの女、無いわー。って思う」
「イケメンなら、そんなのも慣れてるんじゃないの? 知らないけど」
「そう言うめぐだって出来る? そんな事」
「え、無理。面倒臭い」
「……」
じと目でめぐを睨むけど、めぐは素知らぬ振りでグラスを煽った、
「ふふ、そう言う真奈美さんて、どんな人がタイプなんですか? 聞いた事無いですけど」
そう言って柔らかな笑顔を向けて来るのは、このバーのバイト君。名前は……葵君だっけ? 清潔感がある柔らかそうなストレートの黒髪のボブに、同じく黒が濃い大きな目。流行りのジェンダーレス風なこの子もイケメンの部類だ。相当モテるんだろう、って感じの柔らかな雰囲気のある子。
「んー……。自立した人? 」
「それ、世の中の社会人殆ど当てはまるじゃない。もう、その辺で捕まえて来なさいよ」
「ええ、嫌だ。イケメンが良い」
「あんたのイケメンは良く分からないんだよね。タイプがバラバラ過ぎて」
そんな事無いと思うんだけど。歴代の元カレを思い出しながら、私は首を傾げた。
「……どんな感じの人が元彼に居たのか伺っても良いですか?恵さん」
あら、名前をしっかり覚えてるなんて、接客業の鏡ね、葵君。流石、イケメンは違うね。でも何故本人じゃなくて、めぐに聞くかな?
「んー、高校の時はサッカー部のキャプテンに告られて付き合ってて、あの子はアイドル系で爽やかだったんだけど、モテ過ぎて面倒になって別れたんだっけ? 次は、柔道部の厳つい後輩君。彼はザ、漢!って感じだったけど、部活が忙し過ぎて放っとかれて耐えられなくて別れたんだった? 」
「どっから遡ってるの?! 」
既に記憶の彼方へ押し込んだ思い出を語られて、私は慌てた。
「へえ、タイプがこれって決まってる訳じゃないんですね。それだと恋人探しは難しそうだ」
そう言ってキュッキュッとグラスを拭く葵君は、本当にそう思っていなくともそう思っていそうな、接客としては花丸な笑顔を浮かべている。けど、これだけは訂正しておきたい。
「私は、その人がその人らしい姿が好きなの」
「つまり?」
葵君が真面目な顔をして前のめりに聞いて来る。そんなに興味持たれても、面白い話しは出来ないんだけど…。
「例えば、うーん……葵君が、短髪で厳つい服装をしていたら無いな、って思う」
「何それ、ふわっとし過ぎて伝わらないんだけど」
めぐが茶々を入れて来るけど、そうとしか言えないから、説明に困ってしまう。
「私が、超ロックな皮尽くめのファッションをしてたら、めぐはどう思う? 」
「似合ってないし辞めろって止めると思う」
「そう。私はこのOL感丸出しの清楚な感じの服が好きだし、私らしいとも思ってる。めぐだって、そのパンツスーツじゃなくて、フリフリのフリルが付いたワンピース着ろって言われたらどうする? 嫌でしょ? 」
「まあ、そうね。つまり? 」
「私は、その人の顔の造形、体型に合った格好、又は行動をしている格好良い人が良いの! 」
そう言うと、めぐは困った様な笑顔になって、葵君は眉を顰めている。
「人其々の趣味嗜好ってのがあるじゃない。それは……押し付けって思うけど」
「え? だって押し付けてはいないじゃない。めぐにフリルのワンピース着なさいよ! って言ってる訳でもなし。自分を知っていて、自分らしくある人が良いって事なんだから」
うーん、と曖昧な返事をめぐに返され、私はむーっと口をへの字に曲げた。
「あー分かった。だからあんたは長続きしないんだ」
「何がよ? 」
「『この人らしい』に惹かれるから、らしくないと冷めるのよ、しかも急激に。点数制、しかも減点方式じゃ、長続きしないって」
「なんかそれ、私が偉そうじゃない? 」
したり顔のめぐは、だってねぇ? と葵君に同意を求めている。葵君は曖昧に小首を傾げている。やるな、葵君。接客業天職なんじゃないの?
「実際偉そうなの。あれだから嫌だ、こうだったからもう付き合えない。私がどれだけ聞いてあげたと思ってんの? 少しは感謝して欲しいぐらいなんだけど」
「それは……感謝しておりますとも! 」
「だから、まあ…あんたの良い所は顔の造形の好みは煩く無いんだけど、人となりが自分の規定内じゃないと許容出来ないのが唯一で最大の欠点……て、これじゃ生涯独身ね、ご愁傷様」
「ちょっとぉ?! 何それ、酷くない? 」
思わず声を荒げた私に、葵君はまあまあ、と子供を宥める様に声を掛ける。それにも私は少しイラッとした。
「……真奈美さんは、きっと印象最悪な人と付き合ってみたら良いと思います。そうすれば、評価が下がりようが無いじゃないですか」
「印象最悪なら付き合うまで行かないと思うけど」
そう言って口を尖らせる私は、彼より年下みたいでさぞみっともないだろうけど、お酒を飲んでしまった以上、上手く感情をコントロール出来ないのだから仕方ない。
「でも、びっくりする程のイケメンで、でも素行が悪い……なんて人いるかな? でも、それなら多少の事は顔で目を瞑れたりするのでは? 」
「だから、私のイケメンの定義は……」
「あんたのイケメン談義なんて葵君は興味無いって。あれじゃない、枯れ専になれば良いのよ。そうすれば、あんたの狭量な性格も全て包んでくれるだろうし」
「さっきから酷いってば、めぐは!……でも枯れ専ね……考えた事無かった」
「真奈美さんは素直過ぎ」
そう言ってくすくす笑う葵君はとても可愛い。
しかし、さっきからこの席に居て大丈夫なのだろうか? ちょっと離れたボックス席から、痛い程視線が刺さってるんだけど……あれ、葵君目当てのお客さんなんじゃないの?
「じゃあ、うちのマスターなんてどうですか? 」
「マスターは格好良いけどゲイじゃない。知ってるからね? 」
「あれ、そうでしたっけ? 」
しれっとしてるけど、何気にこの子黒い? まあ、私には関係ないけど。ボックス席の子達ー! この子以外と黒いぞー、良いのかー? 私は届く筈も無い念を後ろへ送って、一人でくすくすと笑ってしまう。
「あたし、マスター好きだなぁ。あの全てを悟った感じ。渋いよねー」
「出た、めぐの渋専! まあ、マスターは私も好きだけど。キャラが良いよね、安心する」
「え、安心ですか……? 」
「え、葵君まさか狙われて……? 」
珍しく戸惑いを見せる葵君に、私は大袈裟に口に手を当てて驚愕して見せた。それはそれで面白そう。
「私は決めた相手が居ますからね。若い子を摘んだりはしませんよ? 」
そう言って注文したナポリタンを差し出すこのバーのマスター、岩木さんがにっこりと微笑みながらも、威圧して来る。ちょっとふざけ過ぎたかな? 私ははーい、と元気良く返事をしてナポリタンを自分の前まで移動させた。今日も艶があって実に美味しそう。私は早速頂く事にした。そんな私を横目に、めぐがマスターに話し掛ける。
「ねえ、マスター。この子に合いそうな人、誰か居ない? 毎回煩くって仕方ないんだけど」
「うーん、真奈美さんに似合いの人……? それなりのイケメンを用意しないといけないですね、これは大変そうだ。あ、葵君、3番にジンフィズを」
はい、と返事をして、葵君は私達の前から席を外した。きっとボックス席の子達だろう。頑張れ、若い子! 負けるな、葵君? とりあえず、私はナポリタンを食べるフォークを置いた。
「私、そんなに煩く無いつもりなんですけどぉ? 」
「この前のあの商社にお勤めの背の高い彼はどうしたんでしたっけ? 」
私はそうマスターに問われて、ぐっと喉を鳴らした。
「束縛が激しいから、お別れしました……」
めぐがほらぁ……って訴える様な目を向けて来るけど、仕方ないじゃない。相手も忙しいけど、私だって働いて忙しいし、夜は早く寝たいし、朝の時間は戦いだし、そう易々と連絡入れる時間なんて無い。社会人皆そうじゃないの? それで、唯一の休みに友達と予定入れていると、あーだこーだ言われて、うざったい事この上無かったんだもの。
「イケメンと付き合う云々は置いておいて、好きな人を探すのから始めてはどうでしょう」
「好きな人……。学生じゃないんだし、難しいなぁ。今出会いも少ないし……」
「真奈美は煩いから認識してないだけだって。居るって、そこら辺にうじゃうじゃと」
「じゃあ連れて来てよ、めぐ。めぐの彼氏の友達でも良いから」
「嫌よ、身内同士でくっ付くとか。拗れた時面倒でしょ」
めぐは高校の頃から別の学校に通っていた1歳年上の彼氏が居る。もう付き合って8年ぐらいで、彼氏彼女と言うよりは、夫婦みたいになっていて、それはそれで私は羨ましく思っているんだけど、彼氏関連は絶対紹介してくれないのだ、この目の前の幼馴染は。
「酷~! 人を人間関係クラッシャーみたいに……」
「実際クラッシャーよ。大学の時はもっと酷かったからね? あんたはっきり言い過ぎなのよ、1年の時、あの飲み会の席であんたが言った言葉覚えてる? 『え、何で貴方みたいなヤリチンと付き合わないといけないんですか? 何かの罰ゲームですか? 冗談キツイですよ。』って、皆の前で言うから、あの先輩のファンは怒るし、良く言った! って喜ぶ男共のあのカオスな飲み会……」
そう言って、めぐは遠い目をする。ちょっと、誇大な風評被害振り撒かないでくれる?
「あれは、何度も何度も付き合おうって煩くて、あの人顔は普通なのに雰囲気チャラ男みたいでイラッと来たんだもん。もっと清潔感ある髪型にして、服装もシンプルにしたらもっとモテただろうにね? まあ、実際ヤリチンだったし、そう思うと歩く宣伝としてあの服装は分かりやすいから良かったけれども」
「……え、似合った服装してたら付き合ったの? 」
「え、それに伴う行動してたらね。ヤリチンは論外よ」
「そりゃそうね。って、違うから。私が言いたいのは、あんたは人間関係クラッシャーの自覚を持ちなさいって事なのよ。もう一つ例を挙げてみせようか? 」
「良いよ、もう。はいはい、私は人間関係クラッシャーです。申し訳ありません! 」
「絶対分かってないでしょ。そう面倒臭がるから、この前のイケメン君も嫌になっちゃうのよ」
「ちょっと、彼は関係ないでしょ」
「大体、あんた振っても振られても別れた時にケロっとしてるのがそもそもおかしいって話しなのよ。もう少しちゃんと好きな人とかを見つけた方が良いと思う」
真面目に返されて、私はナポリタンを黙って食べるしか出来なかった。私も薄々感じてはいたのだ。
私、人を好きになった事があるのだろうか?
「いやいや、私めぐは好きだもん」
「え、やだ気持ち悪い事言わないでよ」
内心の不安を払拭する言葉を呟けばこれだ。本当、明け透けに物を言い合えるって良くも悪くもめぐはいい友達だと思う。
「私、人を好きになった事があるのかな? って考えてただけだよ。本当酷いね、めぐは! 」
「無いんじゃない? 」
「え? 」
「あんたは、『格好良い彼氏』しか求めて無いよ、昔から。この人じゃなきゃ駄目! ってのが無いの。来る者拒まず……とは言わないけど、去る者追わずでしょ? 」
「めぐが去ったら泣くよ? 」
「もうそれは良いから。ありがとね。これは思ったよりも重症かも知れないねー。……って、嫌だ、私には聡が居るから。期待に応えられないの、ごめんね? 」
「人をめぐに依存してるみたいに言わないでよ?! 」
私が怒っているのに、めぐははいはいと取り合わないし、マスターはいつのまにか席を離れている。皆、私の扱いが酷いと思うんだけど。
「現状要らないから、直ぐに手放しちゃうんじゃないですか、真奈美さんは」
いつの間にやら戻って来ていた葵君が、なんだか失礼な事を澄まし顔で言い放つ。
「要るよ! だからうだうだしてるんじゃない。というか、皆扱いが酷くないかな? これでも傷付くんだよ、私だって! 」
「だって、真奈美さんが求める彼氏像が分からなくて……どんな感じの人が良いんですか? 」
「どんなって、暇な時間を共有して、苦にならない人。価値観が大体同じような人。月に1、2度会える感じで……」
「彼氏なのに月1、2度? それは少な過ぎませんか? 真奈美さん。遠距離でも無いのに」
え、そうかな? 私はそれでも満足なんだけど……。月1、2ぐらいでめぐと会って、月2ぐらい会社の同僚と飲んで、他は溜まった掃除や洗濯をこなして…十分じゃない? きょとんとしている私に、めぐも葵君も大仰に首を振る。なんなの、この2人。仕込みかなんか?
「真奈美、あんたこの間の彼、何て言って別れたんだった? 」
「え?毎週会う時間を取ってくれって煩くて…しかも週1、2回は会いたいって、私そんな時間無いから無理だし」
「何故時間が無いんですか? 」
「だって、私の職場客相手のミーティングが退社時間過ぎに普通に入ったりするし、帰ってご飯食べて化粧落としてゆっくりしてたら直ぐに23時だよ? 絶対無理だって、私8時間は寝たいし」
「「………」」
なんなの、2人共! そんな残念な子を見る様な顔して!
「真奈美さん、先ずは男友達を作れば良いんじゃないですか?こう、暇や時間を潰せる……」
「駄目よ、葵君。甘やかしたら駄目。真奈美、暫く彼氏は要らないと思うわよ、ってゆーか……」
一瞬めぐの瞳がギラリと力強く光った気がして、私は怯んでしまう。
「そんな都合の良いイケメンはこの世の何処にも居ないから! 夢見過ぎんな、この夢見がち女! 」
「夢見がち女?! 」
「先ずは好きな人をきちんと……ううん、きちんと好きな人を見付けてから愚痴ろ、夢見がち女!! 」
「ええい、夢見がち夢見がち煩い! 分かったよ、当分男~男~言わないから! その分めぐが遊んで! 」
「また人聞きが悪い言葉を! 無理よ、私だって寝たいもの。あんたお一人様平気だったよね? 一人でカラオケ行けるでしょ! 余裕でしょ! 」
「いつにも増して釣れない! そりゃお一人様平気だけど! その辺の人に何を囁かれようとも平気ですが何か?! 」
「あ、じゃあ僕がお相手しましょうか? と言っても、バイト入る前の空き時間とかしかありませんが……」
「それは大丈夫、学生の時間は有限なんだから、友達優先に過ごした方が良いよ、ほら、あの席の子達も知り合いっぽいし。こんなおばさんに時間割くなんて勿体無いって」
「………」
「……これだからクラッシャーは……」
額に手を当て顔を顰めるめぐに、笑顔を貼り付けたまま無言の葵君。私、至極真っ当な事を言ったと思うんだけど、何でそんな反応?! 私は若干不本意に思いつつ、冷めてしまったナポリタンを口にしたのだった。
ーーーーーー
それから数日。
宣言通り男×2言わないで過ごしていたけれど、めぐは遊んでくれないらしい。私は休日に一人洗濯や掃除を完了して、プラプラとあてもなく外へ出てみたものの、特に欲しい物も見たい物も無い。ちょっと早いけど、いつものバーへ足を運ぶと、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「だから、バイト先に来られても困るんだって。帰ってくれない? 」
「えー、だってちゃんとお客として来てるんだし、良いじゃん。売り上げになるでしょ? 」
ねー? と同調する声が複数聞こえて、私はげえっと思いながら、店を後にしようと思った。こんないざこざは見ないに限る。モテる男も大変だね、葵君や。救いは、バーの位置が半地下で入り口まで階段になっていて、私の姿がバレない事だろう。
「たった一杯で一時間粘られても店が困るんだって。もう良いかな? 本当何なの? 同じサークルだからって迷惑掛けて良いとか思ってる? そーゆーの、本当嫌いなんだけど」
意外なセリフを耳が捉えて、私は体が硬直した。おお、やはり彼は黒いらしい。私は何とか体に叱咤して、その場を離れようとした。
「酷い! 葵君がそんな人だと思わなかった! 帰ろ、皆! 」
「あ、後周りに根回ししようとしても無駄だから。もう先輩達にもバイト先で好き勝手にされて困ってるって言ってあるから。二度と来ないで良いよ、サークルも」
おいおい、凄いね。流石だね。彼女達は葵君に夢見ていたんだね、脆くも崩れた訳だけども。にしても、バイト先で不必要に粘られたら、誰だって怒るって。そう思いながら、私は何処へ飲みに行こうか歩きながら迷っていた。このまま、家に帰るのも寂しいし……。
「ああ、これは真奈美さん。今日はもうお帰りですか? 」
普段この時間なら居ない筈の人物に真正面から出くわして、私の肩はびくりと跳ねた。目の前にマスターが袋を携えて立っていたのだ。考えながら歩いていたから、前から歩いて来たのにも気付かなかった。
「マスター。ええと、珍しいですね、こんな時間に外にいらっしゃるの。もう開店の時間ですよね? 」
「ああ、ちょっと買い忘れた物があったので、葵君にお留守番して貰っていたのですが……おかしいな、葵君居ませんでしたか? 」
「え?! いいえ、今日はお店を覗いて無かったので……」
マスターは不思議そうに小首を傾げると、私の後ろへ目線を移した。
「葵君良かった、真奈美さんを引き止めて下さい。せっかくこっちへ来たのに、顔を出してくれないなんて、そんな悲しい事言わずに、ね? 真奈美さん? 」
おかしい。私は客側の筈なのに、マスターから物凄い圧を感じる……。まぁ、あの子達も帰っただろうし、一杯ぐらい良いか……というか、葵君いつ私の後ろに出てたの? 私があの修羅場を見て見ぬ振りしてたのバレてたりする? 大丈夫?
「畏まりました、マスター。さ、真奈美さん是非いらして下さいよ。今日のお勧めはマスターお得意の蟹グラタンです。蟹味噌入りの……」
「行く! 」
マスターと入れ違いに葵君が私の前へとやって来て、何の真似なのか手を差し出したと思えば、そんな魅惑的な言葉を紡ぐものだから、私は彼の手をむんずと掴むと、店に向かっていたマスターに追い付いた。
「マスター、私蟹グラタンで! 後、どうしようかな……ビール……いいえ、白ワイン……うーん。ここはシャンパン? 」
「じゃあ、オマケで前菜を付けますから、そこでシャンパン、グラタンは白でどうですか? シャンパンなら、前菜に合うのは……」
「良いね、良いよ! やったー! 」
私は両手を上げて喜んで、そこで初めて葵君の手を掴んだままな事に気が付いた。手の主に顔を向けると、困った様に笑っている。先程の剣呑さを帯びた声の主人と同一人物だとはとても思えない。
「あ、ごめんね葵君。忘れてたよ」
「忘れてたとは酷いですね。それでお店まで忘れられていたとか言いませんよね? 」
「いやぁ、なんかねー。何というか……気紛れよ、今日はちょっと違う所へ行ってみようかという……」
「それは一大事。葵君、しっかりと本日一番目のお客様を出迎えましょう。逃してはいけません」
「はい! この手は離しません! 」
そう嬉々としたマスターの掛け声により、私はそのまま店内へと誘われてしまったのだった。
「……美味し~い……蕩けるぅ……」
私はグラタンを一口頬張ると、その美味しさに頬に手を当てた。ほっぺが落ちそうとはまさにこの事だろう。空かさずマスターお勧めの白ワインを口に流し込むと、程良い酸味が口の中をすっきりとさせてくれる。危ないよ、これは……飲み過ぎてしまう!!
「本当、良い顔しますよね、真奈美さんは」
そう言ってまたキュッキュッとグラスを拭く葵君。マスターは初老の常連さんの元へ行ってしまい、今は二人だけだ。
「この美味しさがそうさせるんですー」
「何で敬語……そうそう、真奈美さん」
「んー? 」
返事をしつつも、私はもう一口グラタンを口に運ぶ。
「さっきの……見てましたよね? 」
ぐふっと咳き込みそうになり、熱々のグラタンを慌ててワインで流し込んだ。の、喉がっ!! 危なっ、殺す気か! しかし、私は慌てて取り繕った。
「何の事かな? ……えーと、何かあったの? 」
「へぇ、そんな態度ですか。そうですか。僕が窮地に立たされていたと言うのに、見て見ぬ振りをするのが大人のする事ですか」
「いやいや、君凄く堂々としたものだったからね?あれは私の助けは要らない。寧ろ私が割って入ったら拗れるからね?! 」
「……見たんですね? 」
「見てはいない! 角度あるし! 」
「頓知ですか? 聞いたって言ってます? 」
「立ち聞きは正直ごめんと思ってる! てか、何で私に気付いたの?! 」
「そんなの、頭の先だけでも真奈美さんだと判別出来ますから」
「え、コワっ……」
そんなに存在感ある? と頭をフォークを持っていない左手で撫でれば、葵君は口元を押さえて笑いを堪えている。ここ最近この子失礼なんだけど。ちょっと、マスター! 教育はしっかりしてやって!
「で、ですね? 」
「何がで? なの? 」
葵君はそう言うと、ずいっと私の顔すれすれまで、顔を寄せて来た。
「僕と付き合って頂けませんか? 助けると思って」
「何処へ行くっていうの、車とか必要? 私運転はちょっと自信ないけど……」
私は真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。濃い茶色の瞳は、暗がりでは殆ど黒く見える。その瞳を観察していると、急に目の前から居なくなってしまった。彼の顔が離れてしまったのだ。
「……マジかー」
葵君は顔を一旦引っ込めると、意外そうに、けれど何かに感心している様に一人で納得している。とにかく、そこはかとなく漂う失礼な雰囲気に、私はじと目になってしまう。
そんな私の雰囲気もお構い無しに、葵君がもう一度口元へ手を添えて寄って来るから、仕方なく私は右耳を近付けた。
「違います。恋愛の意味で『付き合って』欲しいんです。あ、恋愛感情は無しで」
「はあっ?! 」
私は思わず大きな声が出てしまい、慌てて自分の口を押さえた。突拍子も無い事を言った彼は、にっこりと何事も無いかの様に笑っていた。
え、こいつ何言ってんの?!
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