ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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1、最悪な出会い

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ぐに。


自身の足裏で触れたその感触は初めてだったのに、妙な感覚をもたらした。


そもそも、その感触を受けるに至った事の起こりは、こうである。


いつもの日課で薬草取りに出かけた森の中。
突然街道の方角で激しい音が聞こえたので、魔物の類いかはたまた山賊が出たかと戦々恐々としていたところ、しばらくして音は止んで静かになったので、被害状況を確認した方が良いかと恐々と街道より少し高い林の中から覗いてみたのがいけなかった。

眼前に広がる光景と言えば、馬車が横転し、周りは何かが激しく燃えた様な焦げ跡。そして四方に倒れる焦げた……大きさから言えばあれは赤猪レッドボアだろう。赤猪レッドボアは赤い毛並みの通常の猪よりも一回りも二回りも大きく凶暴な魔物だ。それらは原型が分からなくなる程こんがりと焼き上がっている様に見える。随分と激しい戦いだった様だ。

音の正体は魔物の方だったかと、一応大事を取って少しその場で静観したものの、生物が蠢く気配は無かったので、平気だろうと多少高さがあるにも関わらず、大して下を確認する事もせずに、その場から木の根っこを掴みつつ後ろ向きで街道へと降りた。散々たる状態だけれど、助かった人を探そうと思ったのだ。


結果、その降りたった場所に恐らく、いや多分、いやいや確実に……人が倒れていた。道からは高さがあり、足元は死角になっていて気付かなかった。




ーーそうして、私は見事に生まれて初めて人様を踏み付けている。しかしこれは驚くべき事実が発覚したと言えた。

見てもいないのに、『人』だと分かるなんて。

勿論裸足の筈も無く、山歩き用のブーツを履いている。だというのに、服の感触、肉の感触、果ては骨のごりっとした感覚までが足底から伝わったのだ。以外にも私は五感が自分で思うよりも優れていたのだと、妙な納得をしてしまっていた。

そんな事よりも、早く降りなければと、片足を離した瞬間だった。

しゅるしゅると衣摺れの様な音がして、浮かした足とは別の足に何かが巻き付き、私はがくんっ、と大きく体制を崩した。もしや、誤って踏んでしまった人が、怒って足を掴んだのかとそちらを見ると、紐の様な金属の様な……鈍く光を反射する得体の知れない物体が私の足を絡め取っていた。

「なっ、何これ?!  」

そう声を上げてる間にもいくつもの金属モドキ?  が、足どころか下半身まで巻き付き、あまりの異常さに、私の意識はそこで途切れた。









「う、うーん……」

いつの間にか私は眠ってしまったらしい。そもそもここは……と考えて、はたと気付く。不味い。私は森の中で、得体の知れない新種の魔物かも知れないものの側で呑気に気絶なんてしていたのだ。

周囲は小鳥の囀りと葉擦れの音が響いている。最早天に召されたのだろうか。そうとしか思えない程、空気は穏やかだ。

「起きたか?  」

不意に声を掛けられ、私は慌てて身を起こした。その途端、貧血の様な目眩が襲い顔を顰める。

「少し吸わせて貰った。暫くは横になっていた方が良い」

……吸ったとは何の事だろう?  
まさか、物語でもあるまいに吸血鬼……なんて言わないで欲しい。もしそうなら私には抗う力など持ち合わせていないのだから。そんな事を言われたら、ここでおいそれと横になる気も起きず、私は眩みながらもその声の主に顔を向けた。

「……無事だったのですね、何処か怪我はしておりませんか?  」

そう言うと、思っていたよりも近くで座っていた彼は、驚いた様に私を凝視してきた。その眼は輝く金色。それだけで私は目の前の彼が何者か予想出来てしまった。この国で生きていれば誰もが知っているにまた目眩がしそうだった。

これは、非常に不味い事になった……!

私の心臓は今にも爆発しそうなくらいにばくばくと音を立て始めた。


「驚いた。俺が悪党だったらどうする?  気遣ってる場合じゃないだろうに」

「私は薬師ですから。悪党だろうと、魔物に襲われた不運な方の怪我を放っておく……とは参りませんから。それに、悪党でしたら、とっくに私は死んでるか縛られているかされてる筈。違いますか?  」

いや、つい先程縛られて気絶したけれども。
よくよく自分の体を見てみれば、さっき襲って来た変な紐みたいな魔物は居ない。 どうやら人喰いでは無かったみたいで、内心ほっと胸を撫で下ろした。彼も私も無事で何より。

彼は不敵に口角を上げると、ちらりと辺りを見回した。私も釣られて視線を彷徨わせる。……助かったのは彼だけの様だった。つまり、と言う事は……。

「まあ、この荒れっぷりを見たら同情して然りだな。見ての通り、魔物に襲われて捨て置かれたんだ。可哀想だろう?  」

「捨て置かれた……出掛けに護衛は居て当然ですものね。その者らが置いて逃げた、と?」

「ああ。しかもご丁寧に『魔物寄せ』まで使っての周到さだ。俺をこんな僻地へと飛ばしておいてまだ足りぬとはな、恐れいったよ」

「魔物寄せ……」

その名の通り魔物を引き寄せる匂いの香だ。そんな物、余程魔物の素材集めに必死な冒険者や、討伐できちんと隊を揃えた騎士団しか使わないだろう。私だって、その香の原材料魔寄草まきそうが生い茂る場所へなんて死んでも行きたくない。そこまでして彼を『亡き者』にしたかったのだろうか。

鈍く仄暗さを移す瞳は、憂いを孕んでいるのかそれとも……。私は何と声を掛ければ良いのか悩んでしまう。正直殺人未遂だとかそんな真っ黒な世界に関わりたくはない。私は平穏無事な生活を送る為に、薬師として身を立てているのだから。

そう思っていると、彼の背後から馬の蹄の音が近づいて来るのに気が付いた。まさか置き去りにした犯人が戻って来たのかと、私は身を震わる。だと言うのに、目の前の彼と言えばお気楽そのもので、薄っすらと笑みまで零している。それは自信故なのだろうか?  それにしたって正直巻き込まれたくは無いものだ。しかし、まだ私の体調は思わしくない……し、彼を置いて逃げる……なんてはなから出来やしないのだ。

これから訪れる恐怖を前に、急に胃が痛くなる感じがして、肩から下げた荷物入れの鞄から胃薬を出そうか迷ってしまう。いや、飲んだとしても切られたら元も子もないのだけど。

私がおたおたとしているうちに馬は無情にも私達の近くまで来てしまい、私は姑息ながらも彼にそっと身を寄せた。が、馬上の人物に見覚えがあると気付いて、勢い良く顔を伏せた。今さら遅いけれど、なるべく直視したく無かったのだ。

馬から降りたった人物は彼の近くまで来たらしい。他の人達も馬から次々と降りたのが気配で分かった。顔を伏せつつ、近付く足音に耳を傾ける。

「魔物の報告を受け此方へ伺ったのですが、まさか貴方様がいらっしゃるとはつゆ知らず、到着が遅れて申し訳ありません!  」

「いや、勅命の文もこの通り持参していたからな。連絡も無かったのだ、当然だ。寧ろ、良く気付いたな、出迎え感謝する」

「勿体ないお言葉でございます、殿下。我が団の魔導師が集団の魔物の気配を察知致しまして、これは可笑しいと馳せ参じました」

ああ……私の勘違いでいて欲しかった。

金の瞳は王族の証。彼は、この国の王族だったのだ。



どうしよう、信じたく無かったけど、認めたく無かったけれど、私……王子様を踏んでしまったみたい。

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