ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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24、人の噂も七十五日

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何だか大きな声を出したお陰か、私のもやもやした気持ちはすっかり無くなっていた。まさかフェリクス様から謝罪が欲しかった訳でもないのに、全く自分の気持ちなのに不思議である。

新しくお茶を沸かして持って行くと、フェリクス様と兄達がわいわいと話している。

「思い出した。私の周りでも顔を腫らした女性が居ましたよ」

「それ、私もですね。何か植物のかぶれかと思ってましたよ」

「ああ、私も思っていた。その後、自然と距離を開けられていて、すっかり忘れていたが……そうか、あれもそうだったのかも知れない」

……兄も女性関係は苦労しているらしい。私はそっと皆のカップにお茶を注ぐ。

「……ジェラルド殿は、妹君が私の従者をやるなど、反対されないのですか?  」

突然私の話題になり、えぇ……と声が漏れてしまった。その話は先程終わったと思っていたのに。兄はちら、と私を見た後、屈託無く笑った。

「……今回なんて防呪して頂きましたし、あの表情を隠す眼鏡も外して、髪の色も戻りました。貴方に会ってからの方が妹が妹らしく居られている、と私は思っています。薬師で無ければ王宮で上級侍女をしていたかも知れないと思えば、好きな仕事も出来ている今の方が随分と高待遇だなと思います」

「……兄様」

「しかも、森の一人歩きが二人歩きになれば生存率も上がるというものだ」

「……兄様?  」

「ですね。心配しなくて済むのがとても有り難いです」

「副団長まで!!  」

せっかくじんわりと感動しかけたと言うのに、二人は私を弄って笑っている。確かに弄られる原因は私にあるけれど。じとっと半目で睨んでも、兄には効かないらしい。フェリクス様はそんな私達が可笑しかったのか、小さく笑った。

「そう言われたら、私はここに来て本当に良かったと思えます」

「ええ、こちらこそ。魔物討伐の折りにはとても頼りにしております」

「ふふ、それは任せておいて損はないですよ」

一人剥れる私を放って、男達は親睦を深めるのだった。





次の日はいつもより遅く目が覚めた。昨日部屋に戻ったのが遅過ぎた。忙しい兄と副団長には回復薬と栄養剤を渡しておいたから心配な無い。フェリクス様はまたあの目で私を見ていたけど。

今日は樹木の魔法を使いこなす為に特訓する日だ。

私はいそいそと魔力回復薬を空間収納箱アイテムボックスに入れる。その他に回復薬ポーション、毒消し、魔物避けや着替えも入っているけれど、一向に一杯になる気配が無い。

しかも鞄に手を入れると思った物が取り出せるという便利機能付きで、これに慣れてしまうと重い荷物は持てなくなりそうだ。勿論、人前ではバレない様に斜めがけの荷物入れも活用しているけれど、相手がフェリクス様だけの場合、荷物を減らせてとても助かる。

今日は厚手の綿シャツに一見スカートに見える幅の広いパンツにブーツにした。

昨日軽くしか食べていなかったので、とてもお腹が空いている。髪を三つ編みにして後ろで一つに丸めて整え、私は部屋を出た。



遅めのブランチはほぼ昼食の時間に近く、食堂はちらほら人が居て、皆食事やお茶をしている。
食堂は早朝から日暮れ後まで常に開いていて、交代制の騎士に対応している。夜番には注文すれば食堂を閉める時間にお弁当も作ってくれるので、至れり尽くせりだ。
それなのに食べ損ねて調理場を借りてしまう辺り……もう少し今後は気をつけようと思う。

今日は特訓でぼろぼろになる予定なので、夜ご飯用のお弁当を作って貰う事にした。カウンターで食事を貰うついでに頼むのだ。

「すみません、お弁当を頼みたいのですが……」

「はいよ!  何だリサちゃん偉く別嬪になったじゃないか!!  やっぱり彼氏が出来ると女の子ってのは綺麗になるもんだねぇ!  」

「いえ、彼氏は居ないのですが……。あの、お弁当……」 

「はいよ!  仲良くデートだね!  それ食べてる間に作っておくから!  見せつけてくれるねぇ!  」

「えーと……」

違う。かと言ってこの人は私の主人ですと言うのも違う気がする。かと言って雇い主と言っても、元々の雇い主は騎士団であるし説明が面倒だ。

「まあ、良いか」

私はおばちゃんに説明するのを諦めた。別に意地になって否定して説明する事でもない。その内噂を聞いたら勘違いも無くなるだろう。



「『まあ、良いか』では無いと思うが」

後ろから付いて来たフェリクス様は不満気な声を出した。

「きっと勘違いは無くなって行きますよ。フェリクス様も七十五日過ぎる頃には新しく彼女がいるかも知れませんし」

「何故そうなる」

「……多分今日の朝、あの事で朝礼があったと思うんです」

「それは分かるが、それと俺の恋人の話と何処で繋がるんだ?  」

周りを見れば、いつもより色めき立って熱い視線を向けて来る女性達が目に入る。

「呪うくらいなら、告白しろと言ったのが、多分曲解されてます」

フェリクス様もそれとなく周りを見回した。あちこちできゃーっと歓声が上がって、素早く正面に顔を戻した。その表情は……完全な無だった。そのまま席に座ると、大きな溜め息を吐く。

「……浮き足立てとは言っていない」

「言葉って難しいですよね。兄や副団長の身が心配です……」

「目の前の俺を心配して欲しいんだが」

「こう、他者を跳ね除ける防御壁とか無いんですか?  」

「無茶を言うな、常に張ってたらその内倒れるぞ」

「張れるんですね」

それで行けそうな……あ、倒れられたら駄目だった。私の役目はそこにあるのだ。彼曰く『秘術』を露見する訳には行かない。

「……フェリクス様、人の噂も七十五日。浮き足立つ人達も放っておけば落ち着きますよ。それまで頑張りましょうね」

どうせ何か言われるのは私だろうから、フェリクス様は大丈夫だと思う。私もちょっと心持ちが強くなって来たから、何か言われてもきっと平気だ。
皆が浮かれ過ぎて七十五日でまじない禁止まで忘れられたら困るけれど。

噂の渦中の彼はちらりと視線を移して何かを見つつ、

「……お互い様にな」

と、呟く様に返事をした。






その後、鍛錬場の大岩の前に来ると、先に訓練していた魔導師達が、波が引く様に居なくなった。

「……何だか、避けられてますね」

「昨日の事は魔導師が起こした不祥事だからな。その被害者だと思えば、距離を置きたくもなるだろう」

「そうですか……けどせっかく空いたので、思い切り練習しましょう!  」

「リサ、切り替え早いと言われるだろう?  」

切り替えが早ければ地味な振りをしていなかったと思う。けれど、最近噂されるのを気にしなくなって来た気もする。フェリクス様のお世話で考える暇が無いのかも知れない。はらはらすることの方が多いけれど、良い事だろう。

私は早速練習を開始した。魔力を走らせ、種や根を探して魔力を注入する。途端に太く育った根を、土の中から目の前に立ち上げた。

後は強度としなりを上げて、ひたすら打ち込む。これが難しい。下手に遅いと只の棒だ。これはこれでそれなりに使えるかもしれないけれど、目指すは魔物を跳ね除ける鞭なのだ。

「……フェリクス様、手本をお願いします」

「良いだろう」
 
フェリクス様はあっという間に大きな蔦を生やすと、岩に向かって打ち付けた。びしぃ!  と音が鳴り、岩の表面がぱらぱらと剥がれ落ちる。

「これをやってみろ」

「岩が剥がれるとか無理です」

「別に割った訳では無いのだから、難しい事を言っていない。やれ」

「くぅっ……」

やはり彼は鬼か悪魔なのだろうか?  そんな力があれば私は今頃魔導師になっている。


それでも魔力回復薬マジックポーションを飲みつつがむしゃらにやった結果、私が何とか形に出来た時には、日は落ち、辺りはとっぷりと暗くなっていた頃だった。

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