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しおりを挟む私が今付き従う令嬢、アリアナ様はこの国の五大公爵の一つ、エストルド家の御長女であらせられます。
この国の王太子の婚約者でもあり、且つこの国の次代を担う為に王妃教育を受け、更に学園へ通われ熱心に勉強も熟し、擦り寄る者達を淑女らしく上手く躱し牙を抜き、得意の天然?で、毒を吐かせてから自身の懐へ入れる、大層出来た方でございます。
お嬢様がそんな事をされなくとも、大抵の方はお嬢様の美貌にやられてしまうので、そんな不埒な者はまず私が近付けさせは致しませんが。
私は一昨年この学園を卒業しましたが、卒業成績を買われて就職したのはエストルド家であり、今年ご入学されるアリアナ様の付き添い人兼侍女として、またこの学園へと舞い戻って来ている、しがない子爵家の次女。そして目下結婚相手探し中の適齢期女です。
自慢出来るのは成績のみで、侍女の仕事などめっきりな私です。そんな私にも、アリアナ様は優しく、時に厳しく、そして時に困らせても下さる、そんな所も魅力的な自慢のお嬢様でございます。
学園の課程は16歳になる年から18歳迄と短く、皆様貴族は家庭教師により勉強の下地が出来ておりますから、ここは勉強を熱心にすると言うよりは、デビュタント達の小さな社交場といった雰囲気でしょうか。
まあ、そこでがつがつと勉強ばかりしていた私ですから、今現在になってもお相手もおりませんけれど。
ああ、それから後は、貴族階級では無い特待生達も勉強にはがつがつしておりますね。
科目別に上位3位迄に。総合で10位までに入ると、学費も免除されますし、何より貴族で無くとも学園に通う事が出来ますから。そうすれば、色々な人脈を得ますし、就職先も安泰です。
座学の成績だけでは無く、魔力に優れていたり、剣技や楽器であったり何かの技術に秀でている方も、それに目を付けた貴族方の推薦で特待生として入学出来ますから、この学園での成績優秀者は本当に勉学で秀でている方々に限られます。
今年の1学年上位3名にはアリアナ様が名を連ねておりました。勿論、学費免除は他の特待生の為に辞退しておられます。流石は私のお嬢様でございます。
しかし、この学園に入学し、試験を受けたのは入学時と、1期、そして2期、そこでアリアナ様を差し置いて1位を取り続けている才女。
それが、今目の前にて王太子殿下のスチュワート様、学園長のお孫さんであるメルニム様、宰相の嫡男ジークハルト様、魔術師長の次男オズワルド様……ついでに王太子の護衛兼乳兄弟でもあるガイ・セレンディス……など、名だたる名家の子息達の集まりの中の紅一点、ミレニス・セルーク。
彼女は一般の出でありながら、特待生として成績優秀、魔力保有量人並み以上、そして可憐な容姿という、何処でその才能を隠して育って来たのか問い詰めたい程の美少女でございます。まあ、うちのお嬢様がこの学園……いえ、国一番の美女ですけれど。
しかしながら、せっかくのミレニス嬢は才女なのに残念な所がございまして、それが兎角『名家の子息とやたら懇意にしている』その一点により、彼女はあまり評判が良くない残念少女でもあります。
こうやって不用意に人通りの少ない通路で子息達と談笑などするものですから、私の後ろに居られるご令嬢方からはぴんと張り詰めた空気が漂っています。
いい加減学園にも慣れた頃合いでしょうに、自身の行動を自粛しても良い筈が何とも困った方です。しかも、子息はどなたも婚約者の居られる方達ばかり。
その才女と話す時間があるならば、婚約者と愛を語らい信頼を育むべきなのです。
全く、何を考えているのか。噂の責任は双方にあると私は思います。
そして、私の横の我が主人。
アリアナ様と言えば、きょとんと何処か驚いた様な表情をされていて、それは此方としてはうっとりと眺めていたい御尊顔ではありますが、淑女としては失格ですね。でも、愛らしい……ではなく。
目の前の彼らの噂は数多飛び交っておりましたが、私も身を呈してお耳に入らぬ様に努力して参りました。けれど、人の口に戸は立てられないものですから、努力虚しく……それでも、直接目にしたのは今日が初めてですから、驚きもひとしおなのでございましょう。
……ああ、お可哀想なアリアナ様。
「……やあ、アリアナ。どうしたの、そんな所で」
何も無い素振りで声を掛けて来たのは、スチュワート王太子殿下でございます。何をいけしゃあしゃあと……いえ、寧ろ爽やかに笑顔が光っておいでですから返って引きます。私の好感度はごりごりと削られる一方でございます。まあ、そんな事は殿下には関係の無い事でしょうけれど。
「其方の西棟の図書室へと、皆様と向かう所でしたの。今日はスチュワート様のお顔が拝見出来て嬉しいですわ。学年が違いますと、中々会えないものですのね」
そう言ったアリアナ様は、動揺も無くにっこり微笑んでらして、この光景に傷付いていない様で私は一安心でございます。ちなみに、ミレニス嬢もアリアナ様同様一学年ですのに、こんな所で気軽に殿下と談笑など可笑しな話しですけれどね?
「そうだね、私も生徒会の引き継ぎや卒業論文などで忙しいから、アリアナの顔を見るのも久しぶりに感じるよ。城でもちょっとしか会えないしね? 」
それなら尚の事こんな所で時間を消費せずに、アリアナ様の元へ来て下されば良いのに、随分な話しです。眉間に皺が寄りそうになりますが、いけない。私はあくまでも付き添い。侍女。これは空気に徹しませんと。
「お互い忙しいですものね。ですが、これが学生の醍醐味でもあるのでしょう。お友達と楽しく話すのも、私気に入っておりますのよ。スチュワート様も、随分と楽しそうでらして、私も嬉しく思います」
なん、なんて天使?! いや、女神様か何かなのでしょうか、アリアナ様は。この場面で殿下を慮るなど、私には出来る筈もありません! 流石アリアナ様!
「アリアナ様はそれで宜しいのですか、こんな場面を見せられて! 」
そう憤りを見せるのは、エレーネ侯爵令嬢です。彼女は……宰相子息ジークハルト様の婚約者でございましたね。そりゃあ、その他大勢が居るとはいえ、他の女性と楽しく語らっていたのを見たら、むかっと来てしまうのも分からないでは無いですけども。
「エレーネ様……」
「エレーネ、殿下の前で少し口が過ぎるのでは無いか? 」
ジークハルト様が少しむっとして窘めますが、貴方がそれ言います?
「良いんだ、ジーク。そりゃあ、他の女性と楽しげに話していたら、焼き餅も焼くさ。けどね、エレーネ嬢。私達は別に疚しい集まりをしていたわけでも無く、同じ学生として、学園の仲間として語らっていただけなんだ。決して、貴女方に不義理を働いていた訳では無いよ」
「殿下……」
「不義理は働いていない……」
アリアナ様が下に目線を落とし、ふと考えだしました。エレーネ様も黙ってしまいましたし。
殿下にこう言われたら、私達誰もが二の句を告げられません。異議など口に出来る筈が無い。なんて狡いお方なんでしょう! しかも、アリアナ様のご様子。卒業してからお仕えして年数は短いですが、これは、私嫌な予感しか致しません!
「なれば、スチュワート様は学園生活を、学生として配慮して謳歌していると受け取って宜しいですか? 」
「そうだね、アリアナ。君の言う通りだよ」
うわ、肯定しましたわ。殿下ったら。私知りませんわよ、後で泣き言言わないで下さいましね?!
「まあ! でしたら私達ももっと他の方々と交流を深めてみませんこと? 貴女方!! 」
ほら、ほら~!! 知らないわ、私知りません!! アリアナ様の綺麗な空色の瞳が輝いてます。これは、もう私には止める事が出来ません!
「あ、アリアナ様? 」
「……アリアナ、何の話しかな? 」
「このままですと、卒業後皆様婚姻して交流は繰り上がりなだけでしょう? せっかくの学生なのですから、私達ももっと違う、他の方々とお話をするべきだと思いましたの!! 」
「あの、それはどう言う事でございましょう? アリアナ様」
恐る恐る尋ねられたのは、魔術師長子息オズワルド様の婚約者、キャンベル伯爵令嬢です。そこへにっこり微笑むアリアナ様の笑顔…輝いてます!
「スチュワート様のご学友の貴女方の婚約者様方と、私と……有難いことに将来このままずっとお友達ですし、それはほぼ決まっているも同然でしょう? それでは私達の見識も狭くなってしまいます。せっかくなら、ほら、3組のアルフレッド様。歴史学に明るい方で、しかも恋物語の様に伝記を教えてくれると学友に評判でしたでしょう? 」
「そんな噂も聞きますわね」
「私も伺っておりますわ」
「それから、2学年のセルべ様は馬上での槍捌きがまるで小説の中の勇者様の様に勇ましいらしいのです。貴女方もご存知? 」
御令嬢方はこくりと頷かれました。私も聞いた事がありますし、なんなら見学に行きたいと常々思っておりました。
「ですが、あの方々も婚約者が……」
「その婚約者の方々とも交流して、皆様で見学会や勉強会など開けば楽しそうでしょう? 如何? 」
「「「それ、素敵ですわ! 」」」
あ、しまった。私もつい声に出てしまいました……。お恥ずかしいです。まだまだ未熟ですわ。
「あの、アリアナ……? 一体何の話しを……」
殿下を始め、ミレニス嬢も子息達もきょとんとしておりますが、こうなったアリアナ様を止める術は私持ち合わせておりません!
「ほぼ将来を決められている私達ですもの。今、学生という自由を謳歌しても許されると思いますし、違う出会いや見方なども出来ると思うんですの。この世に男性がどれだけいると思ってますの? 」
「あ、でしたら私留学生のヒース王子とお話ししてみたいと……」
「え?! キャンベル?? 」
「まあ、良いですわね!! 」
「アリアナ?! 」
殿下が慌てだしましたが、遅いのです。私よりもアリアナ様の性格を知っていてこの体たらく。とんだお笑い種でございます。
「だってスチュワート様も謳歌してらっしゃるんですものね、私達が駄目……なんて事ありませんでしょう? 」
「いや、そもそも女性がそんな……」
「まあ! 女性は女性同士でいろ、なんておっしゃいますの? それは、淑女デビューしてからでも遅くはありませんし、学生として配慮した行動なら大丈夫ですわよね? それに……」
あ、殿下が生唾をゴクリと呑むのが見て取れます。
珍しいですわ、いつもは貴公子然としてらっしゃって、表情が見え辛いですものね。しかし、そんな殿下にお構い無く、お嬢様の笑顔は崩れておりません。
「婚約者であっても、行動を制限する絶対的な権限はまだありませんものね、私達はまだ親の庇護下ですし、ね? スチュワート様!! 」
悪意が無いこの笑顔を前にして、さあ、殿下の器が、度量が今、試されています。自身で婚約者以外の異性と交流を深めておいて不義理は働いていないと言ってしまいましたものね?言質……取られてますものね??
「……そうだね、アリアナ。君は今とても自由だと言える」
おおっと?!殿下、良いんですか?! そんな肯定してしまったら……
「では早速勉強会からですわね!! メルニム様!! 」
「はい?! 」
「行事開催について許可を取得したいと思います。一緒にいらして頂けますか? 」
「えっと、あの……」
ほら、話しが高速で進みますよ!!メルニム様、殿下を見ても仕方ないのです、今のお嬢様を誰にも止める事など出来ません!
「よ、喜んでご同行します」
「ありがとうございます! さ、参りましょう!! スチュワート様、皆様、ご機嫌よう! 」
「「「ご機嫌よう! 」」」
お嬢様が生き生きされてますわ。
あら嫌だ、私もちょっと楽しみで頬が緩んでしまいそう。皆様殆ど幼馴染の様なものですし、学友と言っても家が絡まないと話さない方々も沢山おいでですからね、留学生…その手があったなんてキャンベル様も色々隅に置けない方ですわ!
私達はアリアナ様に続いて、図書室ではなく学園長室へと踵を返して向かい始めます。
「ミス・レイン」
あら、何やら呼び止められた様な……?
まさか、空耳ですわよね。私はお嬢様の付き添いですもの。誰も用は無い筈ですから。あー、勉強会って何からでしょう? 誰をゲストに?? あの美丈夫と噂のベッティーク伯爵子息ともお話ししてみたいと思っておりましたし、後は……
「ミス・ラナ・レイン!! 」
「はい?! 」
後ろを振り向けば……ガイ・セレンディスが追って来たのか後ろに立っています。けれど、私は無視してお嬢様の後を追い掛けようとして……しかし、しっかりと腕を取られて後ろへ振り向かさせられました。何たる不覚!
「何でございましょう?ミスター」
じっとりとした視線を投げれば、ガイ・セレンディスはにやりと口角を上げたので、私の機嫌は下降の一途でございます。
「後でお話しが」
「私にはございません」
「殿下の命なのだが」
「あら。今しがた学生云々とお話ししておりましたもの、学園内で故意に権力を振りかざしますの?」
「そもそもお前は学生じゃない」
「……畏まりてございます。後で使いをお出し下さいませ。私はお嬢様のお側を離れるわけには参りません」
そうでした。私卒業生でした。ちらりとガイを見れば……笑いを堪えていますわね。ええ、年甲斐も無く舞い上がって王太子命令を無視までしようとしましたものね! この同級生、相変わらず腹が立ちます!
「ラナ、どうかしたの? 」
ああ、お嬢様の御御足を私のせいで止めさせてしまいました! 私はガイをひと睨みした後、足早にお嬢様の元へ向かうのでした。
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