上 下
11 / 40

11

しおりを挟む

「ゾイド教官!!  水属性の使い手以外は避難させて下さい!!  」

砂竜サンドワームは余りに大きく、誰もが近付けない。硬い表皮に素早く動く尾は既に瓦礫を薙ぎ払い、木を倒して、元々拓けていた遺跡跡は荒地の広場に様変わり致しました。

「おお、ラナ君。君と共闘出来るとは、騎士冥利に尽きるわ、ははは!  」

「言ってる場合ですか?!  氷属性の生徒は?!  」

ここは口に氷柱を突っ込む以外、動きが止められません!  もしくは中から凍らせるか……中から燃やしても意味はあるでしょうか?

「残念ながら、今期生は水は居ても氷は居らん!  ガイ君はどうした?!  彼は氷だろう!  」

「殿下の護衛優先です!  仕方ないので、中から燃やします!  」

「待て、内臓焼いてあいつが痛みに大暴れしてみろ、この丘ごと崩れて皆女神様とこんにちわ、だぞ!  」

「ふざけてる場合ですか?!  」

「これがふざけてるとでも言うのか、君は!  」

「はい!  相変わらずで何よりです!  」

はははは!  と豪快に笑う教官ですが、実の所お手上げです。ホムラ、早く帰って来てー!!  せめて上から剣でも何でも口内に突き刺さねば、傷を付ける事が出来ません!  しかし、まだ時間はかかる筈。

「ならば仕方ないですが、水属性の方達を配置して下さい。とりあえず、炎の壁を作って足止めします!  」

「奴は足が無いがな!  了解だ!  」

「っもう!  私は集中で無防備になります、ホムラが戻るまでお願い致します!  」

「気張れよー!  俺らも合同魔法を構築する!  それまで持てば良い!  」

「畏まりました!  」


私は身体の中心を意識して、集中を高めると、そのまま砂竜の周りに炎の竜巻を創りました。あんな何処ぞの屋敷みたいな大きさの怪物、全て覆い尽くして持って5分でしょうか。それまでには、水魔法の合同魔法、水牢が出来るでしょう!  その中に砂竜を漬け込めば反属性で弱る筈です。



「グアウオォオッギッギィィ……」


……気持ちの悪い、耳障りな叫びが聞こえます。炎は皮膚を少し焼く程度。耐性が強いにも程があります!石に雷魔法は良く効きますが、私如きの雷魔法で砂竜に致命傷は与えられないし……やはりこのまま行くしかないでしょうか?!


「っ?!  」


ぐん、と引っ張られる感覚と共に、私の身体から魔力が勢い良く放出されて行きます!  何ですか、加減が一切出来ない?!


『魔力を無理矢理引かれ暴発する怖れもある』


お嬢様のお言葉、あれは…魔力吸引ドレイン?!  ま、不味い!  このままでは枯渇してしまいますっ!!

「教官!  魔力吸引されてます!  後どのくらいですか?!  」

「何だと?!  ラナ君もういい、切れ!  魔法を止めろっ!!  」

「さっきからそうしてます!  切れませんっ何これ?!  」

次から次へと吸われて行くっ……無駄に吸われるぐらいなら、派手にやってしまおうかしら?

私は思い切り声を張り上げました。


「止められないので全て燃やします!!  過去最高の高温です、皆様お覚悟なさって下さい!!  」


「は?  はぁっ?!  土魔法使える奴!  水牢から手を引いて防壁作製!!  急げ!  」


あ、頭がぐらぐらして参りましたっ、結構不味いかも知れません!!  ホムラ、ホムラと繋がっていれば耐えられる……可笑しいです、ホムラと意識が繋がらない?!  目眩のせい…?!  もう立っても居られないっ、体が勝手に膝をついて……時間が、無い。


私はこのままだと確実に死を迎える。


一か八か、破裂させます!!



「ラナ駄目!!  」


この声は……?!

終に幻聴まで聞こえるなんて、私、本格的に命が尽きかけているのかも知れませんね……。

そう思っていると、私の肩に軽く何かが触れました。ぐちゃぐちゃの頭をどうにか持ち上げると、目の前にお嬢様が見えます。


「……お嬢様?  」

ぽかんとする私に、お嬢様は苦笑しました。

「ラナ、爆破しては駄目なの。丘が崩れて取り逃がしてしまう。ご苦労だったわね、もうお眠りなさい」

「お、嬢……さ……ま、どうし……?  」

お嬢様が私の肩を抱き、同時に魔力が引かれる感覚が閉じました。が、そのまま私の意識は途切れそうになります。

「ミレニスさんがね、ホムラを説得してくれたの。間に合って良かった……!!  大丈夫、もう上空に竜騎士団が到着していますからね」

「っ……、」

言葉も出せず、私の意識は途切れました。




ーーーーーー




目が醒めると、そこは私の私室でした。

「?!  、一体っ痛っ!  」

起き上がろうとすると、全身に痛みが走ります。不意に優しく肩を抑えられ、私はまたベッドへ沈みました。

「魔力枯渇の後遺症だ。まだ寝てろ。水は飲むか?  」

「……ガイ、ええ。お願いします。」

いつから控えてくれていたのか、ガイが側の椅子に座っています。あれからどうなったのでしょう?  砂竜は?!  お嬢様は?!  皆は無事でしょうか??  私は聞きたい事が山程ありましたが、素直にガイに上体を支えられながら、水を飲ませて貰います。
本当に何処もかしこも痛すぎて、お願いする他無いのです。

「大丈夫、怪我人は出たが皆無事だ。アリアナ嬢も。まだ体力も魔力も充分じゃない。もう一度寝ておけ、話しはそれからだ」

「はい、でも……」

「良いから寝てくれ。本当に目が覚めるのか心配したんだ。俺も少し休みたい」

「分かりました……ガイ、心配かけてすみません。」

「違う、そこはありがとう、だろう?  」

そう言って、ガイは私の頭を撫でます。気恥ずかしい筈なのに、その大きな手に安心すら覚え、私はくすぐったい気持ちで、ガイを見つめます。

「はい。ありがとう、ガイ」

撫でられたまま、私はまた意識を手放しました。



そしてもう一度目が覚めると、部屋には私一人でした。一体どれだけ眠っていたのでしょう?  室内は薄暗く、今は朝方なのか夕方なのかも分かりません。取り敢えず、体の痛みも少しましになった様なので、私はお手洗いへ行き、そのまま着替える事にしました。

体を拭き、寝巻きではなく室内用のワンピースに着替え終えると、扉が突然開きました。気配はしていたのですが、まさか何も無しに開けられるとは思わず、私は胸元の閉めたボタンに手を掛けたまま、直立不動で固まってしまいました。

そこには目を見張ったガイが立っています。

……そのまま謝るでもなく中へ入り、軽食の乗ったトレーをサイドテーブルへと置くと、私に体を向けました。

「……もう良いのか?  」

「……え、ええ」

金縛りから解け、私はガイの前まで行くと、腰に手を当てました。

「ガイ、女性の部屋へ了承も無しに入ってはいけないの、知ってます?  」

「もう2日そんな調子で入っていたから、つい、な……すまん」

「分かればよろしいっ?!  」

ガイが覆い被さって、私を抱き締めるものですから、声が出せなくなってしまいました。相変わらず力が強過ぎです!  私、病み上がりって事忘れていませんか?!

「ガイ、いつも力が強過ぎです!  加減して下さいまし!  」

「いつもって、まだ2回目だろうが……ラナ、良かった。目が覚めて……」

そう言いながらも、緩々と腕の力は減り、私はほっと一息吐きました。

「何処も怪我をしておりませんし、ほら、この通り無事でしょう?  心配し過ぎですわ」

「し過ぎなものか!  事切れるぎりぎりまで魔力を吸われてたんだぞ、お前……」

通りで、あの時は頭がぐらぐらとして死が頭をよぎりましたものね。お嬢様が、魔力吸引を遮って下さった。護衛なのに主人に助けられて……情け無い筈なのに、頬が緩んでしまいます。

魔術の実技が受けられないと零されていたお嬢様に、その持て余していた魔法で誰かを助ける事が出来る。そう思うだけで、嬉しさが込み上げて参ります。


その時、勢いよく扉が開いて、開けた本人と恐らく顔がにやにやしていた私は目が合いました。

「っと、失礼……」

「え?!  どうして姉様がいらっしゃるの?!  って、違います違います!!  入って大丈夫ですから!  」

静かに扉を閉めようとしているのは、何処からどう見ても、領地に居る筈の、私の実姉です。

「ええ?  お楽しみ中を邪魔する訳にも……」

「お、お楽しみ?!  ちょっと、ガイ!  もう手を離して下さいまし!  私は大丈夫ですから、元気になりましたから!  」

そう慌てれば、ガイは私の体を解放してくれました。その顔は文句が言いたげだと分かる程に不機嫌そうです。私はちゃんと元気ですよ?!  ちょっと大声出してふらついていますが。

そのまま無言でガイは私の手を引くと、ベッドへ座らせました。そして、トレーを私の膝に置きます。トレーの上にはミルクリゾットがまだ湯気を上げています。

「あ、ありがとうございます」

私は早速食べ始めました。

「ありがとう、ガイ殿。貴殿が妹の看病をしてくれていたと聞く。恩にきるよ、事故の後処理や殿下の護衛で忙しいのだろう?  後は私が」

「いえ、義姉ぎし殿。私は体力だけはありますから、お気になさらず。しかし、積もる話しもあるでしょうから、私は一度殿下の元へ戻り、アリアナ嬢を連れて参ります」

ぎし?  何故ガイは姉様をそんな風に呼ぶの……?

不思議に思いましたが、ミルクリゾットが余りに美味しいので、私は夢中になって食べ進めました。ガイはそんな私の頭に手をぽんぽんとやると、そのまま部屋を後にしました。あの、身内の前で辞めて下さいまし!!  顔が赤くなりますので!

「ふふ、何だ。上手くいっているみたいで安心したよ。…本当にラナが死ななくて良かったっ。っこの馬鹿!  魔法に自信があるからって、闇雲に突っ込んで行くな!!  皆どれだけ心配したか分かるか?!  探知ばかりじゃなく、解析もきちんとやれ!  」

……あ、解析…私、余程余裕が無かったのですね、解析魔法を忘れていました。解析魔法や探索魔法などは、学園でも初歩の初歩として教えられる誰もが使える可能性のある、無属性魔法です。

「ごめんなさい、姉様……解析を……」

「解析を?  」

「忘れていました……」

「大馬鹿!  」

こつん、と頭をグーで叩かれ、私は不謹慎にもじゃんけんを思い出し、苦笑します。あの穏やかな時間から、あんな事になって、そして今笑う事が出来る。

ちゃんと生きて帰って来れたんですね、私。安心したら、目に涙が滲んで来ました。

「ほらほら、ちゃんと最後まで食べな。魔力回復のトーキ草が入ってるから。旦那が待ってるから姉ちゃんは明日領地に帰るけど、シズルは置いて行くよ。面倒を見てやって」

「シズル?  昨年生まれた?  」

「シズルはホムラのつがいだよ。今は2頭ともアリアナ様の部屋で過ごしているから、そのお礼もちゃんと言いなね?  」

「ホムラの番?!  そう、そうですか……嬉しい!  」

それを聞いて、また涙が溢れそうになりますが、私はハンカチで目元を押し付け、涙を引っ込めました。残りのミルクリゾットを食べ始め……ふと、ある事を思い出しました。

「王城の方が近いですよね、この学園は」

「うん?そうだね、うちは僻地だからね~、飛竜でも3時間かかるね」

「王城には、王国竜騎士団が在りますよね?  」

「うん、うちから献上した飛竜の騎士団がね?  」

「王太子様がいらっしゃるのに、何故うちから姉様が派遣されましたの?  」

そう、何故姉様がここに居るのか。確かに身内が生死を分ける床に付いているのですから、見舞いに居ても可笑しくは無いのです。けれど、きっと砂竜を討伐したのはレインの竜騎士団。
 

顔を上げて姉様の目を見れば、姉様はにやりと悪戯な笑顔を向けました。


「さて、何でだ?  」


この顔をする時、大抵姉様は碌でもない事を考えているのですが、大丈夫でしょうか……。私は言い知れぬ不安と共に、最後のリゾットを飲み込みました。




しおりを挟む

処理中です...