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王城へと向かった私達は、セレンディス家の馬車のおかげで難なく入場出来、そしてガイと私の立場的にも易々とお嬢様と面会出来たのです。
けれど、ミレニスさんを迎えていたお嬢様は、困った子供でも宥める様な表情を見せられました。

久々の、更には待望していたお嬢様のご尊顔でございますから、どんな表情をされようとも私には素敵な贈り物に思えます。
私は、王都内でのミレニスさんとの経緯を説明して、お茶会に混ぜて頂く事になりました。ガイは私の頭にキスを落とした後、殿下のご機嫌伺いに行くと言って別れたきりです。
別れ際にわざとキスしなくても良いですのに…。お嬢様の笑顔が恥ずかしい…ミレニスさんは真っ赤ですし!またからかわれてしまいましたっ。


私は内心慌てながらも、事の経緯をお嬢様に説明致しました。


「暴れ馬が……?それは大変だったわね、ミレニスさん。けれど、可笑しいわ……。ねえ、ラナ。街中で馬が暴れるなんて珍しい事では無いのかしら?  」


あまり……というか、殆ど外出されないお嬢様ですから、その疑問は最もかと思い、私は自分の数少ない外出経験を振り返ってみました。
私達が暴れ馬に遭遇したのは比較的高級店がひしめく大通り。
下町までは分かりませんが、貴族が闊歩する場所で何かあれば、責任者はその場で下手をすれば切られても文句が言えない。それ故に、馬主や馬車の御者などは馬の管理に神経を張っている筈です。

「いいえ、あの場ではかなり珍しい出来事かと。きっと何か鳥に驚いたのか、音に驚いてしまったのか……。とにかく、ミレニスさんが無事で良かったです。しかし、馬に飛び乗るなんて中々の運動神経だと思いますよ、是非鍛えてみませんか?  ミレニスさん?  」

私がそう言うと、ミレニスさんは両手を全力で振りました。

「無理です無理です!  確かに教会に居た時は走り回ったりしてセルーク神父に怒られていましたが、あれは無我夢中で出来ただけです!  今の勉強すら一杯一杯なのに、これ以上科目は増やせないですよぅ!!  」

「確かに。マーレイ家での淑女教育は如何?  後、淑女はそんなに手の動きを大きくしては駄目よ、気を付けてね」

「は、はいぃ……。これからもご指導宜しくお願い致します、アリアナ様!  」

「ええ、学園が始まったら任せてね。……それにしても、そう、暴れ馬は珍しい事なの……」

そう呟いて、お嬢様は何か考え込んでらっしゃいます。これは、何か心配事でしょうか?

「あの、お嬢様……何か気になる事が?」

「ええ、ちょっとだけ……気になってしまっただけなの。その場にはガイ様がいらっしゃったのよね?けれど、ラナが馬を諌めた……。ミレニスさんは、その時魔法が上手く扱えた感覚はあったかしら?  」

「夢中だったので……分かりませんが、もう少しで通じ合えそうだと……思ったんですけど、結果的に助けられて良かったです。あのまま何処までも走ってしまっていたら大変でしたし……」

「……何というか、ラナは主人公ヒーローみたいねぇ。」

「え?!  ひーろー?  ですか?  何ですか、それは。」

お嬢様は少し悪戯っぽい笑顔を浮かべました。それがなんとも可愛らしいから困ります。

「物語の中の、困った女性を助ける王子様みたいだ、という意味よ。多分、ガイ様が止めに行きたかったでしょうに。けれど、それだと多分駄目なのよね……」

お嬢様のお言葉に、私とミレニスさんは顔を見合わせて首を傾げました。ガイだと駄目?  何故でしょう。

「あの、お嬢様……それはまたお嬢様の……」


「酷いな、アリアナのお茶会なら私も参加したいのに。やあ、ミレニス嬢。マーレイ家では上手くやっているかな?  」

お嬢様の未来視の類いかと伺おうと思っていたのですが、ミレニスさんは知らないですから何と言えばと言い淀んだ隙に、殿下の声が聞こえて、私はそちらへ視線を向けました。

案の定、ガイと他の警護を引き連れて、殿下が此方へとやって来ています。暇ではない筈なのですが、殿下のアリアナ様への行動力たるや、私でも負けてしまいそうです。

「まあ、スチュワート様。今日は女性だけの集まりだと申し上げましたのに、いきなり踏み込むなど、不躾ですよ」

「少しだけなら良いじゃないか。王城に一緒に滞在しているというのに、アリアナには全然会えないどころか、アリアナは逢いに来てもくれないのだし。私が行動を起こす他無いだろう?  」

そう言いつつも、侍従に椅子を用意させてちゃっかりと席に着いているのですから、ふらりと立ち寄るどころか、長居する気満々でね、殿下。

「それは……スチュワート様は忙しい御身ですから……」

「アリアナが気を使ってくれてるのは分かっているよ。今日は顔を見れたから、それで良い」

『もう、絶対仕事が立て込んでいるでしょうに……』とお嬢様は苦言を溢しておられましたが、そこでどうこうする殿下では無いですので、諦めたようです。
何の話しをしていたのかと問われたので、暴れ馬の説明をして差し上げるお嬢様。

しかし、私を王子様だという説明は要らないかと思うのですけれど?

「へえ、女性の憧れの王子はそんな感じなのか……。中々私は危機的状況にならないからね、ラナの様に振る舞うのは難しいね」

そう言って私を見られても困るのですけれど、殿下。

「王子様とやらにならなくても良い。極力危ない事をしないでくれれば。これでは目も離せん」

そう言って、殿下の後ろに控えていたガイが私の側まで来たかと思うと、頭を撫で始めました。

「幼子相手の様な物言いは辞めて下さいまし。というか、頭を撫でないで下さい。皆様の前ですよ?!  」

「ラナ、それなら2人なら良いという事か?  」

「そういう意味ではっ!  」

私が慌てると、ガイはそれこそ楽しそうに微笑みます。本当に質の悪いこと!

「そこまでだ、馬鹿夫婦が。ミレニス嬢が困惑しているだろう?  大丈夫かな?  気にせずに菓子でも食べると良い。」

殿下の諌め方に若干の不満がありますが、ガイが手を離してくれたので良しとしましょう。本当に、私の髪が好きで困ったものなのです。隙有らば撫でて来るのは辞めて欲しい。

殿下に話しかけられたミレニスさんと言えば、まだ苦手なのでしょう、顔を青くされて頷くばかりです。

「スチュワート様、ミレニスさんが怖がっておいでですから、もう少し席を此方へ……」

見兼ねたお嬢様が殿下に側へ寄る様に促します。殿下は丁度お嬢様とミレニスさんの間に座っていますから、ミレニスさんがこっそりと離れているのは……不敬ですけれど、今までが今まででしたから、仕方ないですね。

「アリアナが節度を持つ様に言うから、そうしたんだけれど、側へ行って良いならお言葉に甘えようかな。我慢も限界だったからね」

「……ラナ、ミレニスさんと席替えしてみる?  」

さては殿下はわざとそこへ座ったのでしょうか?  察したらしいお嬢様が呆れつつ、私に視線を向けました。

「ご用命とあらば、そう致しますが。ミレニスさんは、如何ですか?  」

「だ、大丈夫です!!  あの、私など気にせずに殿下とアリアナ様は仲良くされて下さい!  」

ミレニスさんは青ざめたり赤くなったりと表情が忙しそうです。彼女にとっては何が正解で何が不敬なのか判断に困るのでしょうし……。
しかし、殿下は相変わらずお嬢様を困らせておいでのようですわね。これ幸いにびっちりと席をくっつけてお嬢様に引っ付いておりますし……。

ミレニスさんに淑女の何たるかを教える機会でもありますでしょうに、これでは示しがつきません。

「あの、私本当にこの場に居て大丈夫でしょうか?お邪魔でしたらお暇致しますが……」

終にミレニスさんが根を上げましたよ?!  殿下、大概にされて頂きませんと、お嬢様のお立場が無くなるではないですか!!  私が間に行ってやりましょうか??

「いやいや、ミレニス嬢の為に開かれた茶会なのだから、遠慮なく寛ぐと良いよ。お邪魔なのはこの馬鹿夫婦だからね?  」

「いや、ス……殿下もだろう。そろそろ戻って仕事なり陛下の供なりすれば良い」

ガイは相変わらず目が死んでいましたが、やっと意識が戻りましたわね。遅いですけれど。そう、こんな所で油を売っている暇があるのなら、国民の為にきりきりと働いて頂きたいですね。そしてお嬢様から離れて欲しいものです。

「酷いねぇ。相変わらず、私の周りの者達は何故こう口さがないのだろう。アリアナだけだよ、私の癒しは」

そう言う殿下でございますが、それは殿下の日頃の行いだと思われますが、何を考えているか分からない腹黒に囲まれるよりよっぽどましではないかと私は思います。
というか、アリアナ様が困った笑顔を向けられているじゃないですか!  殿下、とっととお戻り下さい!

私が立ち上がりかけた所、殿下はにっこりと微笑まれて、アリアナ様の手を握りました。ばっちり見えてますからね?  自重なさって下さい。本当に、お嬢様を前にするとこれなんですから…。


「じゃあ、アリアナが私にしてくれるのなら立ち去っても良いよ。私に手伝って欲しいって。ねえ、アリアナ。私に黙っている事は無いかな?伊達に10年以上も婚約者をしている訳ではないのだよ、私は。でなければ、今日の執務は取り止めて、ずっと一緒に居ようかな。うん、それが良いね」


「……!!  」

「……??  」

殿下の言葉に、ミレニスさんはきょとんとされておりますが、殿下が尋ねられたのは、私が懸念していた事です。ミレニスさんの手前、言い淀んでいた言葉。しかし、殿下の大胆さには私も驚きでございます。


アリアナ様は、まだ何か未来視を隠していらっしゃるのでしょうか?


私はお嬢様に視線を向けます。お嬢様は、困った様に苦笑されるのでした。



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