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買い物は続くんです

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千秋の買い物は順調に進んでいた。着替えも購入して、水性生物の皮で作ったという雨具も購入する。日差しに晒されたままでいるのと、雨に濡れたまま行動するのは著しく体力を奪ってしまう。登山での知識だが、これは長旅にも通じるだろう。

「後は、調理道具を……」

ほくほくしながら、千秋はパウロと手を繋いで町中を歩く。もう手繋ぎも慣れたものである。

「っおとうさん!! 」

背後から大きな声が聞こえて、振り替えれば母娘連れがじっと此方を見ていた。

「おお、イルミにアイナ!! なんだ、買い物か? 」

パウロに名前を呼ばれて、母親が小さく手を振る。まだ5つか6つだろう女の子は、繋いでいた母親の手を振り切り、どすどすと音がしそうな程足を踏みしめながら此方へ向かって来た。その表情は眉が釣り上がり、明らかに怒っている。

「アイナ、お母さんの手を離しちゃ駄目だろう? 」

「おとうさんのばか! ばかばか! 」

アイナと呼ばれた女の子は、必死な形相で千秋とパウロの手を剥がしにかかった。千秋が空気を読んで手を離せば、小さな両手でパウロの手を掴んで睨み上げてくる。

「おとうさんはアイナのおとうさんなの! 」

「あー……ごめんね? お父さんを取った訳じゃないからね? 」

「…………」

目の端に涙を溜めて無言になるアイナ。すかさずパウロがアイナの両脇を掴み上げ、くるりと方向転換して肩車をする。

「何だ? お父さんと一緒に行くか? 」

「……行く……」

「あらあら、ごめんなさいね。チアキちゃんで良かったかしら? 」

困った様に眉尻を下げ、母親のイルミが千秋と目線を合わせた。

「はい、千秋です。パウロさんを連れ回してすみません。とてもお世話になってます」

「本当にしっかりしたお嬢さんなのね。こっちこそ、用事の途中でお邪魔しちゃって」

「いいえ、私の買い物に付き合って頂いているだけですから。折角会ったんですし、なんでしたら私1人でも大丈夫ですので、ご家族でどうぞ」

「なら遠慮なく私達も一緒に買い物に行こうかしら? 」

「それが良い、次は調理道具を買いに行くから、イルミに見て貰うと良い。俺より詳しいだろうから」

「え? でも……」

「そうしましょう! 調理道具なら、ミイネさん所が安くて可愛いのがあるのよ! 」

そうして、4人で買い物に回る事になった。



✴︎



あーでもないこーでもないと知り合いらしい店主とイルミが選びに選んだ調理道具は、千秋の要望も加味して、ボウル代わりにもなる両手鍋とフライパン。菜箸にお玉に片刃のナイフと小型のまな板。そしてステンレス製っぽい銀色のカップと皿にネッロ用の大皿と大きなボウル。それから、箸とスプーンだ。
かなり実用性重視で、可愛さが全く入らない仕上がりになった。

「良いの? そのデザインで? 」

何度も聞いてくるイルミに苦笑いしながら、千秋は頷いた。サバイバルはデザインよりも実用性と耐久性である。

それから、薬屋でポーション回復薬マナポーション魔力回復薬を購入して、買い物は終了した。ポーションを見た千秋の感動と言ったらなかった。物語の架空の物を手に出来る日が来るなんて、誰が想像出来ただろう。余りに感動しきりな千秋に、パウロ一家は首を傾げるのだった。

そうして買い物を終えて、千秋の提案で町のカフェに4人は入った。終始仏頂面だったアイナも、きらきらと輝くパフェに目を輝かせた。砂糖が惜しげもなく使えるとは、転生人様々だと思ったら、この甘味料は比較的何処でも育てられる木の実から取れるらしい。この世界は身の回りの物が殆ど違和感無く使えるお陰で、常識が違う事を度々忘れてしまう。なので、気を付けねばと千秋は気持ちを新たにした。既に所々ボロが出ているのだが、自身に頓着しない千秋はまだ気付いていない。

パフェのお陰ですっかり機嫌の直ったアイナに普段の生活やパウロの事を聞き、時間が経つ頃にはあの出会いが嘘の様に懐かれた。そろそろお開きにしようとすると、千秋はアイナやイルミに熱心に夕飯を共にしようと誘われた。けれど、ネッロが宿で待っているのと魔道具屋の店主が訪ねて来るとして辞退した。
そして、近くまで送ってくれた3人を見送り、冒険者ギルドの換金所で狩りたての肉を購入して1人宿へ帰った。




✴︎




宿に戻って暫くすると、魔道具屋の店主が訪ねて来た。中庭できちんとお座りするネッロを見て、彼は恐怖ではなく感動の涙を流した。千秋は店主と通づるものを感じ、無言で握手を交わす。近年稀にみる固い握手だったと思う。

ネッロの体型であれば、座るというよりうつ伏せでしがみ付く乗り方が良いだろうと、鞍は馬と比べてやや後ろに、それと伏せる体勢によりお腹に負担が掛からない様にやや長めに作り変えて付ける事になった。結局、千秋のしがみ付いて乗る乗り方は正解だったらしい。鞍が付く分お尻の防御率が上がる事を心の底から願うばかりである。

デザインも決まり、手綱と鞍の料金は店で予め前金の金貨2枚を払っているので、出来上がりを待つだけだ。手綱と鞍の値段が金貨3枚はかなりの痛手なので、出来上がる1週間後までに残りの金額もそうだが生活費を調達しなければならない。主にネッロの食費の為に。
ゴブリン関係が終わったら、ギルドの依頼を片っ端から片付けようと意気込む千秋だ。

店主と結構な時間を話し込んでいて、彼が帰る頃にはすっかりと夕飯の時間になり、部屋に戻った千秋はギルドで購入した生肉をネッロの前に置いた。勿論、皿は購入した大皿だ。生肉を見て何か言いたげなネッロだったが、それでも黙って食べた。千秋はカフェで購入したサンドイッチで夕飯を済ませる。食べながら、ふとパウロ一家の仲睦まじいやり取りを思い出して、胸に広がるほろ苦さも一緒に噛みしめた。どちらの世界であっても千秋は1人だ。



「か、可愛い~!! 」

その後購入した首輪をネッロに付けた。コバルトブルーの首輪は喉元に小さな銅のメダルが付いていて、ネッロの名前と千秋の名前が刻印してある。首輪は付ける時に空間魔法で留め具をきっちりと固定した。いざとなればネッロの魔法触手で千切る事も可能だが、並大抵の人の力では引き千切れないだろうとの店主のお墨付きである。

最初は嫌がるネッロだったが、千秋が余りにも褒め称え、可愛さに悶え、全身を撫で回す内に後ろ足で取ろうとする仕草をしなくなっていた。

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