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閑話 雪、時々、青、時々、バームクーヘン。
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空は厚い雲に覆われて、今にも泣きだしそうだ。
今日は、12月24日。クリスマスイブだ。
稔は、学校の玄関口の屋根の下で浜ノ宮を待っていた。周囲を見ると、クリスマスに浮かれた生徒たちで溢れかえっていた。彼氏をそわそわしながら待っている女子生徒。プレゼントでも持ってきたのか、何度も鞄を覗いている男子生徒。ぱっと見でも2、3組のカップルがいちゃついている。
「よくやるよな……。俺は流石にあんなにあからさまにいちゃつく度胸はないぞ……」
空気のようにスッと現れた卓志は、カップルたちを俯瞰しながらポツリと言った。
「た、タクシー!?」
「へい、お兄さん。今日はどこまで……って、誰がタクシーだ!?」
稔のボケに鮮やかなノリツッコミをする卓志。そんなたわいもない会話が面白く感じて稔の頬が緩んだ。
「……で、卓志はなんでここにいるの? 横石がいるだろ?」
「ん。まぁ、待ち合わせだよ」
棘のある口調で言う稔になにも言い返すどころか、気にしてすらいない卓志は携帯をつつきながら通り過ぎる人たちに目を向けていた。
なんだか、自分が器の小さな人間のように感じて、やるせない気持ちになった稔は気分転換の意味も込めて携帯を覗きこんだ。
時刻は午後4時、浜ノ宮と約束したのは4時15分。かなり早く来ていたようだ。
「キャパッ!! 少年たち誰を待ってるのかな?」
聞き覚えのある声がした。凄く、振り返るとまずい展開になるような気がしたので、何事もなかったかのように手元の携帯へ視線を落とし続けた。
「少年たちよ。無視されるのはお姉さんショックだぞ」
「んえ? あ、いたんですか。えっと。さ……レイチルさん?」
卓志は携帯に集中していて、レイチルに気が付いていなかったらしい。
レイチルは卓志に気が付いてもらえたのが余程嬉しかったのか、卓志の手に収まりきらない量のバームクーヘンを乗せていた。
「レイチル・黄城・バームクーヘンだぞ!! 間違えるのはノーセンキューだ!!」
「えぇ……長いですよそれ……。本名で呼んでいいですか? さt……」
「シャラーーープッ!! それ以上言うと、バームクーヘンの刑に処するさね」
……え!? レイチル・黄城・バームクーヘンって本名じゃなかったの!? いや、まぁそうだろうけども。
驚きのあまり稔はレイチルの方を見てしまった。すると、レイチルは満面の笑みで稔を見ると……
「ミノルッチ、気が付いたね。今日はクリスマスだよ!! たくさんのバームクーヘンをプレゼントするさね!!!」
背負っていた鞄を勝手に開けられ、中にキツキツになるほどのバームクーヘンを大量に詰め込まれた。
「よい子への私からのクリスマスプレゼントさね!! シーユ~」
手を左右に振りレイチル・黄城・バームクーヘンは去っていった。本当に嵐のような人だ。
「なんだったんだ?」
「さぁ?」
嵐が過ぎ、静寂が訪れる。
「なぁ、稔」
「なんだよ。卓志」
「お前何時に待ち合わせにしてるの? 俺は4時半だけど」
「俺も四時半だよ、でも、浜ノ宮ってドジっ子だからちょっと、遅れて来るかも」
「……」
言ってなんだが、浜ノ宮が遅れてくることはないだろうな。几帳面だし。
再び卓志と稔の間で沈黙が訪れる。
ポツリ。と鼻先に冷たい何かが当たる。
「あ……。降ってきたな」
頭上から、ポツリポツリと、小雨が落ちてくる。
今年のクリスマスイブは、雨に染まるのか。と、気落ちしながら稔は傘を取り出そうとすると、中から大量のバームクーヘンがこぼれ落ちて四方に散らばった。
雨のせいか、それともバームクーヘンのせいか玄関口で集まっていたカップルたちが、キャーキャーと騒ぎ散っていく。だが、雨宿りしてるカップルもいるようで「うわ、マジ?」とか「今日は俺の家に行くか」などと話していた。
「そういやさ稔さ。まだ浜ノ宮さんのこと、浜ノ宮って呼んでるのか?」
四方に散ったバームクーヘンを拾っていると、卓志が突然訪ねてきた。
卓志の顔をみると、それが冗談や茶化すために言っているのではないと一目でわかったので真面目に返答する。
「別に、俺はまだ、浜ノ宮と付き合ってるわけじゃないし……それにあいつは自称彼女だしな」
その稔の返答に溜息をついた卓志は、頭を搔きながら口籠る。
「……それは逃げだろ。稔」
逃げ……か。確かに逃げているのかもしれないな。浜ノ宮と出会ってから、ここまで、色々なことがあった。
最初は困惑だけしかなかった気持ちも今では落ち着き、最近は自分の中で、よくわからない気持ちがある。
「俺は……よくわかってないんだよ。自分のことが」
自分の不甲斐なさを嘆くように呟いた。雨は勢いを増した。雨音だけが稔の鼓膜を鳴らしていた。
……浜ノ宮との関係。俺はどう思ってるのだろうか?
今まで、浜ノ宮とは自称彼女を名乗っているだけだ。浜ノ宮から稔への好意は明確だったが、稔から浜ノ宮に対して好意を向けたことがあったのだろうか。
やっぱり、自分の中で浜ノ宮のことをどう思っているかわからない。
ごちゃごちゃした胸の内から逃げるように空を見上げた。頭上に広がる空は、暗雲に包まれており今の稔の気持ちを表しているようだった。
4時20分。まだ、5分しか経っていなかった。しかし、稔にはその五分が長く感じた。
「あれ? 卓志と稔? こんなところで何やってるの?」
校舎の中から真澄が出てくる。ぼさぼさのくせ毛は相変わらず健在だ。
「……真澄。花崎さんと一緒に帰ったんじゃないのか?」
「ん~、あぁ加奈は用事があるって先帰っちゃってさ」
「けっ、このリア充が」
「僕はまだ、加奈とそこまで言ってないよ。稔みたいにあ~んなことやこんなことはしてないしね」
稔の悪態に華麗なカウンター返す真澄。その顔はどこまでも楽しそうだった。
「う、うるせえ。俺はまだ浜ノ宮と付き合ってねえし!! そもそも、あれは浜ノ宮がだなっ」
「な~に顔をあかくしてるのさ。稔がどうこう言おうが、それがクラスの常識になってるよ? 君たち二人ってすごい尊いから。教室のみんなも温かく見守ろうって停戦条約が結ばれてるくらいだしね」
さらりと投下される真澄の爆弾発言に稔は絶句した。
初耳だ。確かに最近教室の中で監視されてるような視線を感じることはなくなっていたが、水面下でこんなことになっているなんて……。
そもそも、尊いってどういうことだよ。
「……あ、これ、卓志と横石さんの関係にも同じような条約結ばれてるよ」
流石にうちのクラス恋愛脳が多すぎじゃないだろうか。クラスメイト達の将来を心配しつつ卓志を見ると、
「………………」
顔を真っ赤にして、顔を背けていた。卓志が照れているところを見るのは何気に初めてだと思う。
「お前照れてんのかよ」
「て、てれてねえよ」
その瞬間、シャッター音が鳴った。真澄が携帯のカメラを卓志に向けていた。卓志の照れ顔というレア場面は携帯のデータの中に、永久保存されることになった。
「真澄……。それを横石の奴に送ってやるんだ」
「了解!! 稔」
慣れた手つきで、携帯を操作する真澄。しばらくすると画面をこちらに見せてくる。画面には無料トークアプリの横石佑里香とのトーク画面が映されている。あ、今既読が付いた。
「卓志~既読ついたぞ~」
「はっ!? お前、何やってくれてんの!?」
「あ、卓志、横石さんが可愛いって!! クリスマスイブにいいことあったじゃん」
「だ、黙れよ!!」
真澄が卓志を茶化し、卓志が慌てている。いつも目にするのは逆の光景、とても珍しく新鮮だ。
二人の様子を見ていると、ズボンのポケットが微かに振動した。
「ん、誰からだろう?」
画面を見ると、浜ノ宮からのメッセージだが、内容は一文字しかなく、
『T』
とだけ書かれていた。
『T』ってなんだ、何を思って浜ノ宮はこんなことを送ったのかその意図が読めなかった。
「どうした稔? 渋い顔をして」
口論に疲れたのか卓志が息を上げながら、稔のスマホを覗き込む。
「T? てなんだ? 稔、お前わかるのか?」
「わからない。Tってどういう意味だよ」
ますます眉間にしわが寄る。相変わらず謎が多い奴だ。
「お待たせしました卓志。先ほどいいものをごちそうさまです」
そうこうしていると、横石佑里香が校舎の中から現れた。どうにもさっき教室で見たときより、髪は整えられきれいになっている気がした。
「あ、佑里香。遅いぞ~。あと、真澄が送った写真のことについては忘れろ」
「嫌です。あんな珍しいものを忘れることはできません。可愛かったですよ」
「は? お前、あ、頭おかしいんじゃねえの!?」
「ま~た、顔が赤くなってますよ? 卓志?」
さしもの卓志も、彼女である横石には弱いらしく、掌の上でくるくる踊らされている。見ていると、こっちがこっぱずかしくなる。
これが共感性羞恥という奴なのだろうか? というか、卓志の奴、さっき人前で堂々といちゃつけないとか言っておきながら、めっちゃいちゃついている。
「あ~うん。惚気はよそでやってほしいな」
「ちょっ、真澄!?」
真澄に背中を押され屋根のない道に放り出された卓志と横石。卓志は手に持っていた傘を瞬時にあけると、横石を傘の中にいれた。
あれが相笠というやつか。
「……その、先帰らせてもらうわ」
それだけ言い残して、卓志たちは歩いて行った。何というか……まぁ、お似合いの二人だと思う。よく考えると、幼馴染の二人が付き合っている。微笑ましいような。寂しいような。そんな何とも言えない気持ちを抱きながら、稔は卓志たちの姿が見えなくなるまで見続けた。
雨はまだ降っている。
「で、卓志たちは行っちゃったけど、稔はどうなの?浜ノ宮さんとは?」
「4時半にここで待ち合わせしてる」
横石が来たということは今は4時半で、もうそろそろ来ると思うのだが……。
昇降口を覗き、浜ノ宮が来ていないかを確認する。だが、浜ノ宮の姿は見えない。
「浜ノ宮さんって約束を反故にするような人だったっけ?」
「いいや、そんなことはないと思う。前に遊びに行ったときだってちゃんと約束の時間通りに来たし」
以前、夏休みに浜ノ宮と遊びに行ったことがある。あの時も浜ノ宮は、約束の5分くらい前に来ていたはずだ。
「へぇ~。一つ気になることがあるんだけど聞いていい?」
「なんだよ? 好きにしろよ」
真澄はじゃっと添えた後、口を開く。
「稔はさ。浜ノ宮産のこと、どう思ってるの?」
またか……。と、稔は溜息をついた。
「さっき、卓志にも似たなことを聞かれたぞ」
「だって~、浜ノ宮さんと稔の関係気になるんだもん」
「何度も言うが、浜ノ宮とは特別な関係じゃないよ」
「嘘だ~。ぼくも最初は加奈のことをそういう目で見ていなかったけど……徐々にね」
そう言った真澄の顔はどこか物思いにふけっているようなそんな顔だった。
「……真澄」
「ま、人の気持ちなんてわからないものだから。稔の気持ちもいつかは変わるかもね」
「そんなことあるのかな」
「あるよ。きっとね」
そこまで言い切った真澄は微笑んだ。
真澄も過去に稔と同じような状況に置かれたことがあると卓志は以前言っていた。その話は稔自身も校内の噂で耳に挟んでおり、尊敬権をした真澄が言う言葉には納得できるものがあった。
「……そろそろ行くね。もうすぐそこまで来てるみたいだし」
「来てる?」
稔の問いに答えることなく。真澄はこの場から離れていった。先ほどまで降っていた雨の勢いは衰え小雨になっていた。
そして、真澄とは逆の方向から誰かが歩いてきた。
浜ノ宮だ。雪のように白い髪はいつもより手入れが行き届いており綺麗で、もみやげには雪の結晶の髪飾りがつけられていた。
そして、まっすぐい稔を見つめるその瞳を見たとき稔は唾をのんだ。
「浜ノ宮……」
浜ノ宮との距離が詰まり名前を呼ぶ。
「お待たせしました。ごめんなさい、待ち合わせ時間過ぎちゃいました」
申し訳なさそうに浜ノ宮は言う。だが、その顔つきは依然と違い、何かを恐れているといった陰はなかった。
「いいよ、気にしてない。雨も止んできたし……」
途中で言葉を切った稔は、浜ノ宮に手を差し出した。
恐らく、卓志や真澄のせいで稔も変な熱にほだされてしまったのだろう。らしくないことをしてると思った。同時に羞恥も湧いてくる。
普段しないことをしたせいか、浜ノ宮は面食らったような顔をして立ち尽くしその後に意地悪な笑みを浮かべてこう言った。
「ようやく、私を彼女と認めてくれるんですね?」
「なっ!? そ、そう言う意味じゃないっていうか……。外気に当てられて手が冷たいからっていうか」
理由にならない言い訳を延々と語る稔を見て、浜ノ宮はいたずらが成功した子供のように笑顔だった。
「わかってますよ。私は稔君の自称彼女です。今はまだそれでいいんです」
それだけ言って、稔の手を浜ノ宮は強く握った。
冷たくて柔らかい感触がした。
「じゃあ、行きましょうか。稔君」
結局、浜ノ宮に引っ張られる形で駅を目指した稔たちは、クリスマスイブの特別な空気に飲まれながら駅を目指すのだった。
今日は、12月24日。クリスマスイブだ。
稔は、学校の玄関口の屋根の下で浜ノ宮を待っていた。周囲を見ると、クリスマスに浮かれた生徒たちで溢れかえっていた。彼氏をそわそわしながら待っている女子生徒。プレゼントでも持ってきたのか、何度も鞄を覗いている男子生徒。ぱっと見でも2、3組のカップルがいちゃついている。
「よくやるよな……。俺は流石にあんなにあからさまにいちゃつく度胸はないぞ……」
空気のようにスッと現れた卓志は、カップルたちを俯瞰しながらポツリと言った。
「た、タクシー!?」
「へい、お兄さん。今日はどこまで……って、誰がタクシーだ!?」
稔のボケに鮮やかなノリツッコミをする卓志。そんなたわいもない会話が面白く感じて稔の頬が緩んだ。
「……で、卓志はなんでここにいるの? 横石がいるだろ?」
「ん。まぁ、待ち合わせだよ」
棘のある口調で言う稔になにも言い返すどころか、気にしてすらいない卓志は携帯をつつきながら通り過ぎる人たちに目を向けていた。
なんだか、自分が器の小さな人間のように感じて、やるせない気持ちになった稔は気分転換の意味も込めて携帯を覗きこんだ。
時刻は午後4時、浜ノ宮と約束したのは4時15分。かなり早く来ていたようだ。
「キャパッ!! 少年たち誰を待ってるのかな?」
聞き覚えのある声がした。凄く、振り返るとまずい展開になるような気がしたので、何事もなかったかのように手元の携帯へ視線を落とし続けた。
「少年たちよ。無視されるのはお姉さんショックだぞ」
「んえ? あ、いたんですか。えっと。さ……レイチルさん?」
卓志は携帯に集中していて、レイチルに気が付いていなかったらしい。
レイチルは卓志に気が付いてもらえたのが余程嬉しかったのか、卓志の手に収まりきらない量のバームクーヘンを乗せていた。
「レイチル・黄城・バームクーヘンだぞ!! 間違えるのはノーセンキューだ!!」
「えぇ……長いですよそれ……。本名で呼んでいいですか? さt……」
「シャラーーープッ!! それ以上言うと、バームクーヘンの刑に処するさね」
……え!? レイチル・黄城・バームクーヘンって本名じゃなかったの!? いや、まぁそうだろうけども。
驚きのあまり稔はレイチルの方を見てしまった。すると、レイチルは満面の笑みで稔を見ると……
「ミノルッチ、気が付いたね。今日はクリスマスだよ!! たくさんのバームクーヘンをプレゼントするさね!!!」
背負っていた鞄を勝手に開けられ、中にキツキツになるほどのバームクーヘンを大量に詰め込まれた。
「よい子への私からのクリスマスプレゼントさね!! シーユ~」
手を左右に振りレイチル・黄城・バームクーヘンは去っていった。本当に嵐のような人だ。
「なんだったんだ?」
「さぁ?」
嵐が過ぎ、静寂が訪れる。
「なぁ、稔」
「なんだよ。卓志」
「お前何時に待ち合わせにしてるの? 俺は4時半だけど」
「俺も四時半だよ、でも、浜ノ宮ってドジっ子だからちょっと、遅れて来るかも」
「……」
言ってなんだが、浜ノ宮が遅れてくることはないだろうな。几帳面だし。
再び卓志と稔の間で沈黙が訪れる。
ポツリ。と鼻先に冷たい何かが当たる。
「あ……。降ってきたな」
頭上から、ポツリポツリと、小雨が落ちてくる。
今年のクリスマスイブは、雨に染まるのか。と、気落ちしながら稔は傘を取り出そうとすると、中から大量のバームクーヘンがこぼれ落ちて四方に散らばった。
雨のせいか、それともバームクーヘンのせいか玄関口で集まっていたカップルたちが、キャーキャーと騒ぎ散っていく。だが、雨宿りしてるカップルもいるようで「うわ、マジ?」とか「今日は俺の家に行くか」などと話していた。
「そういやさ稔さ。まだ浜ノ宮さんのこと、浜ノ宮って呼んでるのか?」
四方に散ったバームクーヘンを拾っていると、卓志が突然訪ねてきた。
卓志の顔をみると、それが冗談や茶化すために言っているのではないと一目でわかったので真面目に返答する。
「別に、俺はまだ、浜ノ宮と付き合ってるわけじゃないし……それにあいつは自称彼女だしな」
その稔の返答に溜息をついた卓志は、頭を搔きながら口籠る。
「……それは逃げだろ。稔」
逃げ……か。確かに逃げているのかもしれないな。浜ノ宮と出会ってから、ここまで、色々なことがあった。
最初は困惑だけしかなかった気持ちも今では落ち着き、最近は自分の中で、よくわからない気持ちがある。
「俺は……よくわかってないんだよ。自分のことが」
自分の不甲斐なさを嘆くように呟いた。雨は勢いを増した。雨音だけが稔の鼓膜を鳴らしていた。
……浜ノ宮との関係。俺はどう思ってるのだろうか?
今まで、浜ノ宮とは自称彼女を名乗っているだけだ。浜ノ宮から稔への好意は明確だったが、稔から浜ノ宮に対して好意を向けたことがあったのだろうか。
やっぱり、自分の中で浜ノ宮のことをどう思っているかわからない。
ごちゃごちゃした胸の内から逃げるように空を見上げた。頭上に広がる空は、暗雲に包まれており今の稔の気持ちを表しているようだった。
4時20分。まだ、5分しか経っていなかった。しかし、稔にはその五分が長く感じた。
「あれ? 卓志と稔? こんなところで何やってるの?」
校舎の中から真澄が出てくる。ぼさぼさのくせ毛は相変わらず健在だ。
「……真澄。花崎さんと一緒に帰ったんじゃないのか?」
「ん~、あぁ加奈は用事があるって先帰っちゃってさ」
「けっ、このリア充が」
「僕はまだ、加奈とそこまで言ってないよ。稔みたいにあ~んなことやこんなことはしてないしね」
稔の悪態に華麗なカウンター返す真澄。その顔はどこまでも楽しそうだった。
「う、うるせえ。俺はまだ浜ノ宮と付き合ってねえし!! そもそも、あれは浜ノ宮がだなっ」
「な~に顔をあかくしてるのさ。稔がどうこう言おうが、それがクラスの常識になってるよ? 君たち二人ってすごい尊いから。教室のみんなも温かく見守ろうって停戦条約が結ばれてるくらいだしね」
さらりと投下される真澄の爆弾発言に稔は絶句した。
初耳だ。確かに最近教室の中で監視されてるような視線を感じることはなくなっていたが、水面下でこんなことになっているなんて……。
そもそも、尊いってどういうことだよ。
「……あ、これ、卓志と横石さんの関係にも同じような条約結ばれてるよ」
流石にうちのクラス恋愛脳が多すぎじゃないだろうか。クラスメイト達の将来を心配しつつ卓志を見ると、
「………………」
顔を真っ赤にして、顔を背けていた。卓志が照れているところを見るのは何気に初めてだと思う。
「お前照れてんのかよ」
「て、てれてねえよ」
その瞬間、シャッター音が鳴った。真澄が携帯のカメラを卓志に向けていた。卓志の照れ顔というレア場面は携帯のデータの中に、永久保存されることになった。
「真澄……。それを横石の奴に送ってやるんだ」
「了解!! 稔」
慣れた手つきで、携帯を操作する真澄。しばらくすると画面をこちらに見せてくる。画面には無料トークアプリの横石佑里香とのトーク画面が映されている。あ、今既読が付いた。
「卓志~既読ついたぞ~」
「はっ!? お前、何やってくれてんの!?」
「あ、卓志、横石さんが可愛いって!! クリスマスイブにいいことあったじゃん」
「だ、黙れよ!!」
真澄が卓志を茶化し、卓志が慌てている。いつも目にするのは逆の光景、とても珍しく新鮮だ。
二人の様子を見ていると、ズボンのポケットが微かに振動した。
「ん、誰からだろう?」
画面を見ると、浜ノ宮からのメッセージだが、内容は一文字しかなく、
『T』
とだけ書かれていた。
『T』ってなんだ、何を思って浜ノ宮はこんなことを送ったのかその意図が読めなかった。
「どうした稔? 渋い顔をして」
口論に疲れたのか卓志が息を上げながら、稔のスマホを覗き込む。
「T? てなんだ? 稔、お前わかるのか?」
「わからない。Tってどういう意味だよ」
ますます眉間にしわが寄る。相変わらず謎が多い奴だ。
「お待たせしました卓志。先ほどいいものをごちそうさまです」
そうこうしていると、横石佑里香が校舎の中から現れた。どうにもさっき教室で見たときより、髪は整えられきれいになっている気がした。
「あ、佑里香。遅いぞ~。あと、真澄が送った写真のことについては忘れろ」
「嫌です。あんな珍しいものを忘れることはできません。可愛かったですよ」
「は? お前、あ、頭おかしいんじゃねえの!?」
「ま~た、顔が赤くなってますよ? 卓志?」
さしもの卓志も、彼女である横石には弱いらしく、掌の上でくるくる踊らされている。見ていると、こっちがこっぱずかしくなる。
これが共感性羞恥という奴なのだろうか? というか、卓志の奴、さっき人前で堂々といちゃつけないとか言っておきながら、めっちゃいちゃついている。
「あ~うん。惚気はよそでやってほしいな」
「ちょっ、真澄!?」
真澄に背中を押され屋根のない道に放り出された卓志と横石。卓志は手に持っていた傘を瞬時にあけると、横石を傘の中にいれた。
あれが相笠というやつか。
「……その、先帰らせてもらうわ」
それだけ言い残して、卓志たちは歩いて行った。何というか……まぁ、お似合いの二人だと思う。よく考えると、幼馴染の二人が付き合っている。微笑ましいような。寂しいような。そんな何とも言えない気持ちを抱きながら、稔は卓志たちの姿が見えなくなるまで見続けた。
雨はまだ降っている。
「で、卓志たちは行っちゃったけど、稔はどうなの?浜ノ宮さんとは?」
「4時半にここで待ち合わせしてる」
横石が来たということは今は4時半で、もうそろそろ来ると思うのだが……。
昇降口を覗き、浜ノ宮が来ていないかを確認する。だが、浜ノ宮の姿は見えない。
「浜ノ宮さんって約束を反故にするような人だったっけ?」
「いいや、そんなことはないと思う。前に遊びに行ったときだってちゃんと約束の時間通りに来たし」
以前、夏休みに浜ノ宮と遊びに行ったことがある。あの時も浜ノ宮は、約束の5分くらい前に来ていたはずだ。
「へぇ~。一つ気になることがあるんだけど聞いていい?」
「なんだよ? 好きにしろよ」
真澄はじゃっと添えた後、口を開く。
「稔はさ。浜ノ宮産のこと、どう思ってるの?」
またか……。と、稔は溜息をついた。
「さっき、卓志にも似たなことを聞かれたぞ」
「だって~、浜ノ宮さんと稔の関係気になるんだもん」
「何度も言うが、浜ノ宮とは特別な関係じゃないよ」
「嘘だ~。ぼくも最初は加奈のことをそういう目で見ていなかったけど……徐々にね」
そう言った真澄の顔はどこか物思いにふけっているようなそんな顔だった。
「……真澄」
「ま、人の気持ちなんてわからないものだから。稔の気持ちもいつかは変わるかもね」
「そんなことあるのかな」
「あるよ。きっとね」
そこまで言い切った真澄は微笑んだ。
真澄も過去に稔と同じような状況に置かれたことがあると卓志は以前言っていた。その話は稔自身も校内の噂で耳に挟んでおり、尊敬権をした真澄が言う言葉には納得できるものがあった。
「……そろそろ行くね。もうすぐそこまで来てるみたいだし」
「来てる?」
稔の問いに答えることなく。真澄はこの場から離れていった。先ほどまで降っていた雨の勢いは衰え小雨になっていた。
そして、真澄とは逆の方向から誰かが歩いてきた。
浜ノ宮だ。雪のように白い髪はいつもより手入れが行き届いており綺麗で、もみやげには雪の結晶の髪飾りがつけられていた。
そして、まっすぐい稔を見つめるその瞳を見たとき稔は唾をのんだ。
「浜ノ宮……」
浜ノ宮との距離が詰まり名前を呼ぶ。
「お待たせしました。ごめんなさい、待ち合わせ時間過ぎちゃいました」
申し訳なさそうに浜ノ宮は言う。だが、その顔つきは依然と違い、何かを恐れているといった陰はなかった。
「いいよ、気にしてない。雨も止んできたし……」
途中で言葉を切った稔は、浜ノ宮に手を差し出した。
恐らく、卓志や真澄のせいで稔も変な熱にほだされてしまったのだろう。らしくないことをしてると思った。同時に羞恥も湧いてくる。
普段しないことをしたせいか、浜ノ宮は面食らったような顔をして立ち尽くしその後に意地悪な笑みを浮かべてこう言った。
「ようやく、私を彼女と認めてくれるんですね?」
「なっ!? そ、そう言う意味じゃないっていうか……。外気に当てられて手が冷たいからっていうか」
理由にならない言い訳を延々と語る稔を見て、浜ノ宮はいたずらが成功した子供のように笑顔だった。
「わかってますよ。私は稔君の自称彼女です。今はまだそれでいいんです」
それだけ言って、稔の手を浜ノ宮は強く握った。
冷たくて柔らかい感触がした。
「じゃあ、行きましょうか。稔君」
結局、浜ノ宮に引っ張られる形で駅を目指した稔たちは、クリスマスイブの特別な空気に飲まれながら駅を目指すのだった。
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