51 / 53
51.リセット⑧(瑠衣視点)
道路を挟んでむこう側にいる人物が、俺にむかって手を振る。
絶対に逃がさないとばかりに俺から視線を一切外さず、早足でこちらのほうへ来ようとしている姿を、俺は冷ややかに見つめていた。
以前の俺だったら、どんな人混みの中にいても、彼を見つけられる自信があったし、少しでもその姿を見れたら、胸がギュッと苦しくなるくらい嬉しかったのに。
今はそんな特別な高揚感はまるで感じないどころか、彼が一歩近付く度、不快で重苦しい感情が身体の奥に徐々に溜まっていく。
「大丈夫か?」
心配そうに聞いてくる高崎に、軽く頷く。
隣にいる高崎をチラリと見ると、硬い表情で、先ほどの声の主に視線を向けているのがわかった。
その人物が横断歩道に到着した時、信号がちょうど赤に変わる。
たまたまタイミングが合わなかっただけのことでしかないのに、苛立ちを隠そうともせずに立っている姿に、彼の器の小ささを垣間見た気がして、滑稽に思えた。
彼の名前は倉木黎斗。
父の秘書で、姉の婚約者。そして俺の初恋の相手でもあり、身も心も傷ついた俺を、あっさり切り捨てた張本人だ。
──まあ、そもそもあの人は、俺のことを好きでもなければ、付き合ってたつもりもなかったと思うけど。
一般的にみれば見た目は整っているほうだし、いつも高級そうなスーツに身を包み、社交的でクレバーな立ち振る舞いをしていた彼は、俺にとって憧れの人だった。
しかし今、久々に彼の姿を目にして思ったのは、記憶の中にあるあの人は幻だったのかと思うほど、随分と普通の人だな、ということだけ。
恋は盲目って言葉のとおり、恋愛フィルターがかかった脳内ってヤバいな、とあらためて思う。
信号が変わり、彼が急ぎ足でこちらに向かってくる。
あんな卑怯な逃げ方したくせに、どうして今になって連絡してきただけでなく、俺に会いに来ようと思ったのか。
その理由はわからないが、余裕のなさそうな表情を見る限り、あまり良いことではなさそうだ。
正直、俺ひとりで倉木さんと話すのは遠慮したいから、高崎がいてくれて、ある意味助かった。
だけど、相手が何を言おうとしているのかわからないだけに、高崎に話を聞かれるのはマズい部分もある。
べつに俺のことなんてどうだっていいけど、家の事情を知られて面白おかしく噂されたりするのは御免だ。
そんなことを思いながら隣にいる高崎をチラリと見ると、恐いくらい真剣な表情をしていて驚いた。
「瑠衣が俺を信用できないと思ってるのはわかってる。でも、頼むから一緒にいさせて。アイツ、なんか嫌な感じがするから、二人だけで話をしてほしくない。瑠衣が心配なんだ」
「……勝手にすれば」
「ありがとう。ここで聞いたことは、絶対誰にも言わないから」
周りに聞こえないよう小声でそんなやりとりをした直後、倉木さんが俺たちのところに到着した。
「瑠衣、話があるんだ。むこうに車を停めてある。一緒に来てくれ」
久しぶりに会うのに挨拶すらなく、いきなりそんなことを言ってきた倉木さんに、俺は不快感を隠すことなく眉を顰める。
俺の気持ちや都合なんて少し考えてもいないのがわかるその顔には、以前のような穏やかな笑みはなく、傲慢さと焦りの色が見え隠れしていた。
(これが本性ってことだろうな。そういうの、咄嗟の対応で出るっていうし)
俺の中に僅かに残っていたあの人と過ごした日々の記憶が、すごい勢いで色褪せていく。
あんなに恋焦がれた人だったはずなのに、その気持ちが微塵も残らないほど、どうでもいい存在に成り下がった感じ。
でも顔を合わせて、あらためてはっきりわかったことがある。
──こんな男にすべてを捧げようと思っていた俺は、本当に馬鹿だったんだな。
「お断りします。話があるなら今聞きます」
きっぱりと言い切ると、倉木さんの表情が驚きに染まる。
俺に断られることを予想してなかったとか、どれだけ自信過剰なんだろう。
あんな真似をしておいて、まだ俺が自分に従順だと思っているおめでたい思考に呆れるしかない。
無言のまま、赤の他人を見るような、何の温度も乗らない視線を向けると、倉木さんはなぜか勝ち誇ったような顔で、高崎のほうに視線を移した。
「こんなところで話したら、瑠衣が困るんじゃないのか? お友達に聞かれたくない話だってあるかもしれないし」
その言葉に、心がすっと冷えていくのを感じた。
絶対に逃がさないとばかりに俺から視線を一切外さず、早足でこちらのほうへ来ようとしている姿を、俺は冷ややかに見つめていた。
以前の俺だったら、どんな人混みの中にいても、彼を見つけられる自信があったし、少しでもその姿を見れたら、胸がギュッと苦しくなるくらい嬉しかったのに。
今はそんな特別な高揚感はまるで感じないどころか、彼が一歩近付く度、不快で重苦しい感情が身体の奥に徐々に溜まっていく。
「大丈夫か?」
心配そうに聞いてくる高崎に、軽く頷く。
隣にいる高崎をチラリと見ると、硬い表情で、先ほどの声の主に視線を向けているのがわかった。
その人物が横断歩道に到着した時、信号がちょうど赤に変わる。
たまたまタイミングが合わなかっただけのことでしかないのに、苛立ちを隠そうともせずに立っている姿に、彼の器の小ささを垣間見た気がして、滑稽に思えた。
彼の名前は倉木黎斗。
父の秘書で、姉の婚約者。そして俺の初恋の相手でもあり、身も心も傷ついた俺を、あっさり切り捨てた張本人だ。
──まあ、そもそもあの人は、俺のことを好きでもなければ、付き合ってたつもりもなかったと思うけど。
一般的にみれば見た目は整っているほうだし、いつも高級そうなスーツに身を包み、社交的でクレバーな立ち振る舞いをしていた彼は、俺にとって憧れの人だった。
しかし今、久々に彼の姿を目にして思ったのは、記憶の中にあるあの人は幻だったのかと思うほど、随分と普通の人だな、ということだけ。
恋は盲目って言葉のとおり、恋愛フィルターがかかった脳内ってヤバいな、とあらためて思う。
信号が変わり、彼が急ぎ足でこちらに向かってくる。
あんな卑怯な逃げ方したくせに、どうして今になって連絡してきただけでなく、俺に会いに来ようと思ったのか。
その理由はわからないが、余裕のなさそうな表情を見る限り、あまり良いことではなさそうだ。
正直、俺ひとりで倉木さんと話すのは遠慮したいから、高崎がいてくれて、ある意味助かった。
だけど、相手が何を言おうとしているのかわからないだけに、高崎に話を聞かれるのはマズい部分もある。
べつに俺のことなんてどうだっていいけど、家の事情を知られて面白おかしく噂されたりするのは御免だ。
そんなことを思いながら隣にいる高崎をチラリと見ると、恐いくらい真剣な表情をしていて驚いた。
「瑠衣が俺を信用できないと思ってるのはわかってる。でも、頼むから一緒にいさせて。アイツ、なんか嫌な感じがするから、二人だけで話をしてほしくない。瑠衣が心配なんだ」
「……勝手にすれば」
「ありがとう。ここで聞いたことは、絶対誰にも言わないから」
周りに聞こえないよう小声でそんなやりとりをした直後、倉木さんが俺たちのところに到着した。
「瑠衣、話があるんだ。むこうに車を停めてある。一緒に来てくれ」
久しぶりに会うのに挨拶すらなく、いきなりそんなことを言ってきた倉木さんに、俺は不快感を隠すことなく眉を顰める。
俺の気持ちや都合なんて少し考えてもいないのがわかるその顔には、以前のような穏やかな笑みはなく、傲慢さと焦りの色が見え隠れしていた。
(これが本性ってことだろうな。そういうの、咄嗟の対応で出るっていうし)
俺の中に僅かに残っていたあの人と過ごした日々の記憶が、すごい勢いで色褪せていく。
あんなに恋焦がれた人だったはずなのに、その気持ちが微塵も残らないほど、どうでもいい存在に成り下がった感じ。
でも顔を合わせて、あらためてはっきりわかったことがある。
──こんな男にすべてを捧げようと思っていた俺は、本当に馬鹿だったんだな。
「お断りします。話があるなら今聞きます」
きっぱりと言い切ると、倉木さんの表情が驚きに染まる。
俺に断られることを予想してなかったとか、どれだけ自信過剰なんだろう。
あんな真似をしておいて、まだ俺が自分に従順だと思っているおめでたい思考に呆れるしかない。
無言のまま、赤の他人を見るような、何の温度も乗らない視線を向けると、倉木さんはなぜか勝ち誇ったような顔で、高崎のほうに視線を移した。
「こんなところで話したら、瑠衣が困るんじゃないのか? お友達に聞かれたくない話だってあるかもしれないし」
その言葉に、心がすっと冷えていくのを感じた。
あなたにおすすめの小説
君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
視線の先
茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。
「セーラー服着た写真撮らせて?」
……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!