告白ごっこ

みなみ ゆうき

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51.リセット⑧(瑠衣視点)

道路を挟んでむこう側にいる人物が、俺にむかって手を振る。

絶対に逃がさないとばかりに俺から視線を一切外さず、早足でこちらのほうへ来ようとしている姿を、俺は冷ややかに見つめていた。

以前の俺だったら、どんな人混みの中にいても、彼を見つけられる自信があったし、少しでもその姿を見れたら、胸がギュッと苦しくなるくらい嬉しかったのに。

今はそんな特別な高揚感はまるで感じないどころか、彼が一歩近付く度、不快で重苦しい感情が身体の奥に徐々に溜まっていく。


「大丈夫か?」


心配そうに聞いてくる高崎に、軽く頷く。

隣にいる高崎をチラリと見ると、硬い表情で、先ほどの声の主に視線を向けているのがわかった。

その人物が横断歩道に到着した時、信号がちょうど赤に変わる。

たまたまタイミングが合わなかっただけのことでしかないのに、苛立ちを隠そうともせずに立っている姿に、彼の器の小ささを垣間見た気がして、滑稽に思えた。

彼の名前は倉木黎斗りと
父の秘書で、姉の婚約者。そして俺の初恋の相手でもあり、身も心も傷ついた俺を、あっさり切り捨てた張本人だ。

──まあ、そもそもあの人は、俺のことを好きでもなければ、付き合ってたつもりもなかったと思うけど。

一般的にみれば見た目は整っているほうだし、いつも高級そうなスーツに身を包み、社交的でクレバーな立ち振る舞いをしていた彼は、俺にとって憧れの人だった。

しかし今、久々に彼の姿を目にして思ったのは、記憶の中にあるあの人は幻だったのかと思うほど、随分と普通の人だな、ということだけ。
恋は盲目って言葉のとおり、恋愛フィルターがかかった脳内ってヤバいな、とあらためて思う。


信号が変わり、彼が急ぎ足でこちらに向かってくる。

あんな卑怯な逃げ方したくせに、どうして今になって連絡してきただけでなく、俺に会いに来ようと思ったのか。
その理由はわからないが、余裕のなさそうな表情を見る限り、あまり良いことではなさそうだ。

正直、俺ひとりで倉木さんと話すのは遠慮したいから、高崎がいてくれて、ある意味助かった。
だけど、相手が何を言おうとしているのかわからないだけに、高崎に話を聞かれるのはマズい部分もある。

べつに俺のことなんてどうだっていいけど、家の事情を知られて面白おかしく噂されたりするのは御免だ。

そんなことを思いながら隣にいる高崎をチラリと見ると、恐いくらい真剣な表情をしていて驚いた。


「瑠衣が俺を信用できないと思ってるのはわかってる。でも、頼むから一緒にいさせて。アイツ、なんか嫌な感じがするから、二人だけで話をしてほしくない。瑠衣が心配なんだ」

「……勝手にすれば」

「ありがとう。ここで聞いたことは、絶対誰にも言わないから」


周りに聞こえないよう小声でそんなやりとりをした直後、倉木さんが俺たちのところに到着した。


「瑠衣、話があるんだ。むこうに車を停めてある。一緒に来てくれ」


久しぶりに会うのに挨拶すらなく、いきなりそんなことを言ってきた倉木さんに、俺は不快感を隠すことなく眉を顰める。

俺の気持ちや都合なんて少し考えてもいないのがわかるその顔には、以前のような穏やかな笑みはなく、傲慢さと焦りの色が見え隠れしていた。


(これが本性ってことだろうな。そういうの、咄嗟の対応で出るっていうし)


俺の中に僅かに残っていたあの人と過ごした日々の記憶が、すごい勢いで色褪せていく。

あんなに恋焦がれた人だったはずなのに、その気持ちが微塵も残らないほど、どうでもいい存在に成り下がった感じ。


でも顔を合わせて、あらためてはっきりわかったことがある。

──こんな男にすべてを捧げようと思っていた俺は、本当に馬鹿だったんだな。


「お断りします。話があるなら今聞きます」


きっぱりと言い切ると、倉木さんの表情が驚きに染まる。


俺に断られることを予想してなかったとか、どれだけ自信過剰なんだろう。

あんな真似をしておいて、まだ俺が自分に従順だと思っているおめでたい思考に呆れるしかない。

無言のまま、赤の他人を見るような、何の温度も乗らない視線を向けると、倉木さんはなぜか勝ち誇ったような顔で、高崎のほうに視線を移した。


「こんなところで話したら、瑠衣が困るんじゃないのか? お友達に聞かれたくない話だってあるかもしれないし」


その言葉に、心がすっと冷えていくのを感じた。
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