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本編
67.色んな事情を知りました!その1
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妙に騒がしい一日が終わり、漸く寮の自分の部屋へと戻ってきた俺は、すぐにまだ安寧の時間には程遠いということを実感することになった。
「あー!みっきぃ、遅いよ~。ずっと待ってたんだからねー」
「……壱琉先輩」
授業が終わってすぐに教室を飛び出してきた筈の俺に遅いと言うなんて、さすが授業免除の人は言うことが違う。
しかも、今の俺の状態で、こんな人目につきやすいところで生徒会役員の壱琉先輩に話しかけられてるのを誰かに見られたら、新たな火種にしかならねぇんだけど……。
俺は些かうんざりしながら壱琉先輩に向かって口を開く。
「折角人目につかないように早目に帰って来たのに、俺の地道な努力を無駄にしないでくださいよ」
べつにそういうつもりで急いで戻ってきた訳ではなかったのだが、嫌味な言い方をしたのはわざとだ。
こういう言い方をすればいくら壱琉先輩でもちょっとくらいは遠慮してくれるだろう。
……と思った俺が甘かったということを、即座に思い知らされた。
「あ、そっかぁ、ゴメンねぇ。 はい。これ、頼まれてたみっきぃのバッグとお弁当箱。お礼はそうだなぁ、みっきぃの手料理、なんてワガママは言わないから、お茶の一杯でもご馳走してくれればいいよ~。もちろん甘いお菓子付で。
じゃあ、早速お部屋に入ってお話しようよ!」
「え!?」
ちっとも悪いと思ってない様子で暗に部屋に入れろと要求してくる壱琉先輩に、さすがに俺もたじろいでしまう。
ていうか、これ風紀委員長サマがなんとかしてくれるんじゃなかったっけ?
「あのー、これ風紀委員長サマが届けてくれるって聞いてたんですけど……」
「あ、その役目、煌成に代わってもらったんだー!」
「煌成?」
生徒会と風紀委員って仲が悪い筈なのに、その名前の呼び方にやけに親しげなニュアンスを感じ、俺は内心大いに首を傾げた。
「僕と煌成、従兄弟同士だから」
「あ、成る程。そういうことだったんですね。 ありがとうございます」
不透明だった関係性を知らされ、あっさり納得した俺は、素直に礼を言って差し出されたものを受け取った。
まあ、組織として仲が悪くても、個人の繋がりは別問題だしな。
なんて呑気に考えていると。
「驚かないんだね」
不意にそう言われて壱琉先輩を見ると、何故かものすごく複雑そうな表情で俺を見ていた。
ん? これってどういう意味だろう?
「驚いてますけど」
いくら従兄弟という間柄とはいえ、風紀委員長サマが壱琉先輩にこういう頼み事するとは思えなかったから、普通に驚いてる。
しかし、壱琉先輩はその驚きを別の意味に取ったらしく。
「……ちっとも似てないから?」
全く考えてもいなかったことを言われた俺は、思わず首を傾げてしまった。
──確かに似てないけど、別にそんなの驚くようなことじゃねぇよな……?
「いえ、そういう事じゃなく、壱琉先輩と委員長サマって公私のケジメがきっちり出来てるんだな、と。 俺の知る限り、何か用事があってもいつも表に出ていくのは朝比奈先輩ばっかりで、二人が直接話してるとこなんて見たことがなかったので、正直驚きました」
「え!?そこ?」
壱琉先輩は俺の説明を聞いて、意外そうな顔をする。
だって、似てない従兄弟なんて世の中ザラにいるだろ? 俺と圭吾さんだってそうだし。
「従兄弟って言ったって、ちょっと血が繋がってるだけのほぼ他人みたいなもんですよ? 兄弟だって違いがあって当然なのに、従兄弟だからってイチイチ違いを気にしたり、周りがそれを引き合いに出す必要ってあります?」
ここに来た当初、事あるごとに圭吾さんを引き合いに出して来た東條の事を思い出し、何だか面白くない気分になった俺は、つい余計な事を口走ってしまった。
すると、壱琉先輩は一瞬キョトンとした後。
「アッハッハッハッハ!!」
何故か豪快に笑い始めたのだ。
え?どうなってんの? そんなマジウケするようなこと言った覚えないんだけど。
っていうか、自分の気にしてることをさも他人の為みたいに尤もらしく語った挙げ句笑われるって、完璧ダセェ奴じゃん。
……スゲェ恥ずかしい。
しかも、そんな大声出されると、俺が勝手に壱琉先輩に近寄ったとかってまた噂になりそうで怖いんですけど。
思わず周りを見回すと、漸く笑いが治まったらしい壱琉先輩が、滲んだ涙を拭いながら口を開いた。
「あー、可笑しい。みっきぃって面白いよねぇ。僕やっぱりみっきぃのこと好きだな」
至極軽い調子で飛び出した『好き』という言葉に、俺はギョッとした。
何てこと言い出すんだ……。
これ誰かに聞かれてたら確実に制裁コースでしょ。 うわー、面倒クセェ。
俺はうんざりしながら、自由な発言ばかりしてくる壱琉先輩にじとっとした視線を向ける。
しかし、それはちっとも伝わっていないようで。
この時ばかりは普段俺の顔を隠してくれているこの前髪が邪魔に思えて仕方ない。
「あ、みっきぃ、もしかして僕の親衛隊のこととか気にしてる? だったら大丈夫。 僕のとこは他と違って他人を貶めて自分を良く見せようとかっていうゲスな考え方するような人間いないから。
それに、一応公認だっていうアピールのために、僕んとこの隊長、一緒に連れて来てるし。 ほら」
あっけらかんとした様子の壱琉先輩が指差した先には、柱の陰に隠れるようにこちらを見守る人物が。
え?あの人ずっとあそこにいたの!?
見るからに強面といった感じの人にずっと見張られてたなんて、普通に考えたら恐ぇよ!
俺が若干顔をひきつらせていると、壱琉先輩の親衛隊長さんは険しい表情を少しも崩すことなく軽く会釈してくれた。
「あれが僕の親衛隊長の見城。
ああ見えて、×××に×××××入れられながら、後ろを苛められて×スイキするのが大好きなドMのド変態だから」
「え!?」
壱琉先輩、こんな顔して、そんなハードなプレイしてんの!?
可愛い容姿の壱琉先輩から無邪気に繰り出される強面兄さんの特殊性癖の暴露に、俺は思わずまじまじと二人の顔を交互に見比べてしまった。
「あ、もっと聞きたい?」
「……いえ、壱琉先輩が親衛隊の方々と大変良好な関係を築かれてることはよーくわかりましたので、結構です」
「あ、そう?残念だなぁ。でもみっきぃだったら普通のエッチでも全然オッケーだよ」
だ、か、ら、そういうことこんなトコで言って欲しくないんだって!
壱琉先輩に対し咎めるような視線を向けると、ウィッグの前髪で俺の目元が見えているとは思えないのに、何故かニヤリと笑われた。
もしかして、わざとか?
部屋に入れなきゃここでずっとこんな話されんのか……?
「ねぇ、みっきぃ。お部屋、入れてくれる?」
このタイミングで、小首を傾げて甘えたようにおねだりしてくるそのあざとさに、俺は盛大にため息を吐く。
そして。
俺はこれ以上面倒なことになりたくない一心で、仕方なく壱琉先輩を部屋に招き入れることにしたのだった。
部屋に入って二人きりになった途端。
先程までの可愛らしい表情はどこへやら。
壱琉先輩はどこか肉食獣を思わせるような強い視線で俺をじっとみつめている。
「………先輩、生徒会の仕事はいいんですか? 相当忙しい筈ですよね?」
視線に耐え兼ね、目下の問題と思われる事を尋ねてみると。
「美味しいトコ全取りした清ちゃんに全部任せてきたから大丈夫。 それにさっきここに来る前に翔ちゃんのとこに寄って、発破かけてきたから、今頃二人で仲良くお仕事してるんじゃないかなぁ」
どこか他人事のようにそう返され、俺は苦笑いした。
会長様は結果的にゲームの勝者となっても、そんな目にあってるんじゃ罰ゲームと変わらない気がするんだけど。
まあ、でも、いくら大変でも、もう俺にはどうすることもできないことだから、これ以上何も言うつもりはない。
そんなことよりも、俺がこんなことになってしまったことに責任を感じていたらしい壬生先輩が、本当に生徒会を辞めるようなことにならずに済んだことがわかり、正直ホッとした。
スマホも戻ってきたことだし、壬生先輩には後でちゃんと連絡しないとな……。
忙しいと思うから、夜のほうがいいかも。
密かにそう算段をつけていると、壱琉先輩から興味津々といった視線が向けられていることに気付く。
「……何ですか?」
「ねぇねぇ。みっきぃってさ、結局誰が好きなの?」
「は!?」
急激な話題転換に加え、全く思ってもみなかった質問をされ、俺は面食らった。
誰が好きなの、って言われても……。
……誰も好きじゃねぇし。
これってもしかして、嘘でも誰か好きな人いるって言っといたほうがいいパターンか?
でも、嘘吐いたところで、じゃあ誰だと言われると答えられないしな……。
答えに悩む俺を他所に、壱琉先輩は身体を弾ませるようにして勝手にソファーに腰を下ろし、我が物顔で寛ぎ始める。
俺は自分の部屋だというのにも関わらず、何となく座る気にはなれず、複雑な気持ちでそれを眺めていた。
「じゃあ、清ちゃんとエッチしてみてどうだった? 好きになったりとかした?」
「……いえ。特には」
「ふーん」
今度の質問は特に悩むこともないので即答すると、壱琉先輩は上目遣いに俺を見ながら、然程興味がなさそうに相槌を打った。
聞いといて興味ないって、何がしたいのかさっぱりわかんないんだけど。
「……じゃあ、翔ちゃんは?」
このタイミングで壬生先輩の名前が出てきたことを不思議に思いながらも、俺は正直な気持ちを口にした。
「好きですよ。 もちろん、この学校の人達が良く口にするような意味ではないですけど」
すると。
「ああ、それってもしかして好きにも違いがあるとかっていう、アレ? 生憎だけど、僕の周りではそういう種類の好きは成立しないからさぁ、絵空事にしか聞こえないんだけど」
いつもは笑顔で毒づく壱琉先輩が、ニコリともせずにどこか投げ遣りな態度でそう言ったことに、俺はかなり驚いた。
こうやって無邪気さと愛らしさのオブラートに包まれてない状態の壱琉先輩って初めて見た気がする。
あざとさが無くなった壱琉先輩はどこかやさぐれた感じで、いつもの三割増し目付きも態度も悪いけど、いつもの壱琉先輩よりも人間味が感じられ、逆に距離が近く感じた。
思わず口元を緩ませる俺に、壱琉先輩の鋭い視線が飛んでくる。
「何が可笑しいわけ?」
「いえ、今の壱琉先輩のほうが普段のあざとい感じより好感が持てるな、と思って」
素直にそう答えると、壱琉先輩はあからさまに驚いたような表情を浮かべた後、すぐに黒い笑みでニヤリと笑った。
「こっちの僕のが好きだなんて、みっきぃもしかしてM?」
「いえ、俺、特殊な性癖ないんでノーマルです。 ついでに言えば、これ、恋愛感情とは全く関係ない気持ちですから」
何かこういうこと前も言われたことあるなー、と考えながら即座に否定すると。
「みっきぃってさ、やっぱり面白いね」
視線を逸らせながらボソリと呟かれたその一言は、先程部屋の前で待ち伏せされた時に言われたものとは全く違う響きに聞こえた。
──もしかして照れてんのか?
意外にも自分の感情を素直に表現することが下手らしい様子を目の当たりにして、今までちょっと苦手に思っていた壱琉先輩に急に親しみが沸いてくる。
ところが。
「あーッ! せっかく第二ラウンドは煽るだけ煽って皆が必死になる姿を楽しく傍観してようと思ったのに!!」
突然意味不明なことを叫び出した壱琉先輩に、嫌な予感がして思わず一歩後退ると、即座に今自分が考えていたことを否定した。
……やっぱりこの人、苦手かも。
しかし、何を言われるかと身構えたものの、壱琉先輩は俺の予想に反して何かを仕掛けてくる気配はない。
それどころか、勢い良く立ち上がると。
「本当はみっきぃの素顔見るまで帰るつもりなかったんだけど、それどころじゃ無くなったから、今日のところはおとなしく引き下がってあげる。 感謝してよね」
超恩着せがましい言葉を早口で告げ、さっさと部屋を去っていった。
ひとり部屋に残された俺は、何が起こったのかよく理解できないまま、ただ呆然と、壱琉先輩が出ていった扉をみつめたのだった。
「あー!みっきぃ、遅いよ~。ずっと待ってたんだからねー」
「……壱琉先輩」
授業が終わってすぐに教室を飛び出してきた筈の俺に遅いと言うなんて、さすが授業免除の人は言うことが違う。
しかも、今の俺の状態で、こんな人目につきやすいところで生徒会役員の壱琉先輩に話しかけられてるのを誰かに見られたら、新たな火種にしかならねぇんだけど……。
俺は些かうんざりしながら壱琉先輩に向かって口を開く。
「折角人目につかないように早目に帰って来たのに、俺の地道な努力を無駄にしないでくださいよ」
べつにそういうつもりで急いで戻ってきた訳ではなかったのだが、嫌味な言い方をしたのはわざとだ。
こういう言い方をすればいくら壱琉先輩でもちょっとくらいは遠慮してくれるだろう。
……と思った俺が甘かったということを、即座に思い知らされた。
「あ、そっかぁ、ゴメンねぇ。 はい。これ、頼まれてたみっきぃのバッグとお弁当箱。お礼はそうだなぁ、みっきぃの手料理、なんてワガママは言わないから、お茶の一杯でもご馳走してくれればいいよ~。もちろん甘いお菓子付で。
じゃあ、早速お部屋に入ってお話しようよ!」
「え!?」
ちっとも悪いと思ってない様子で暗に部屋に入れろと要求してくる壱琉先輩に、さすがに俺もたじろいでしまう。
ていうか、これ風紀委員長サマがなんとかしてくれるんじゃなかったっけ?
「あのー、これ風紀委員長サマが届けてくれるって聞いてたんですけど……」
「あ、その役目、煌成に代わってもらったんだー!」
「煌成?」
生徒会と風紀委員って仲が悪い筈なのに、その名前の呼び方にやけに親しげなニュアンスを感じ、俺は内心大いに首を傾げた。
「僕と煌成、従兄弟同士だから」
「あ、成る程。そういうことだったんですね。 ありがとうございます」
不透明だった関係性を知らされ、あっさり納得した俺は、素直に礼を言って差し出されたものを受け取った。
まあ、組織として仲が悪くても、個人の繋がりは別問題だしな。
なんて呑気に考えていると。
「驚かないんだね」
不意にそう言われて壱琉先輩を見ると、何故かものすごく複雑そうな表情で俺を見ていた。
ん? これってどういう意味だろう?
「驚いてますけど」
いくら従兄弟という間柄とはいえ、風紀委員長サマが壱琉先輩にこういう頼み事するとは思えなかったから、普通に驚いてる。
しかし、壱琉先輩はその驚きを別の意味に取ったらしく。
「……ちっとも似てないから?」
全く考えてもいなかったことを言われた俺は、思わず首を傾げてしまった。
──確かに似てないけど、別にそんなの驚くようなことじゃねぇよな……?
「いえ、そういう事じゃなく、壱琉先輩と委員長サマって公私のケジメがきっちり出来てるんだな、と。 俺の知る限り、何か用事があってもいつも表に出ていくのは朝比奈先輩ばっかりで、二人が直接話してるとこなんて見たことがなかったので、正直驚きました」
「え!?そこ?」
壱琉先輩は俺の説明を聞いて、意外そうな顔をする。
だって、似てない従兄弟なんて世の中ザラにいるだろ? 俺と圭吾さんだってそうだし。
「従兄弟って言ったって、ちょっと血が繋がってるだけのほぼ他人みたいなもんですよ? 兄弟だって違いがあって当然なのに、従兄弟だからってイチイチ違いを気にしたり、周りがそれを引き合いに出す必要ってあります?」
ここに来た当初、事あるごとに圭吾さんを引き合いに出して来た東條の事を思い出し、何だか面白くない気分になった俺は、つい余計な事を口走ってしまった。
すると、壱琉先輩は一瞬キョトンとした後。
「アッハッハッハッハ!!」
何故か豪快に笑い始めたのだ。
え?どうなってんの? そんなマジウケするようなこと言った覚えないんだけど。
っていうか、自分の気にしてることをさも他人の為みたいに尤もらしく語った挙げ句笑われるって、完璧ダセェ奴じゃん。
……スゲェ恥ずかしい。
しかも、そんな大声出されると、俺が勝手に壱琉先輩に近寄ったとかってまた噂になりそうで怖いんですけど。
思わず周りを見回すと、漸く笑いが治まったらしい壱琉先輩が、滲んだ涙を拭いながら口を開いた。
「あー、可笑しい。みっきぃって面白いよねぇ。僕やっぱりみっきぃのこと好きだな」
至極軽い調子で飛び出した『好き』という言葉に、俺はギョッとした。
何てこと言い出すんだ……。
これ誰かに聞かれてたら確実に制裁コースでしょ。 うわー、面倒クセェ。
俺はうんざりしながら、自由な発言ばかりしてくる壱琉先輩にじとっとした視線を向ける。
しかし、それはちっとも伝わっていないようで。
この時ばかりは普段俺の顔を隠してくれているこの前髪が邪魔に思えて仕方ない。
「あ、みっきぃ、もしかして僕の親衛隊のこととか気にしてる? だったら大丈夫。 僕のとこは他と違って他人を貶めて自分を良く見せようとかっていうゲスな考え方するような人間いないから。
それに、一応公認だっていうアピールのために、僕んとこの隊長、一緒に連れて来てるし。 ほら」
あっけらかんとした様子の壱琉先輩が指差した先には、柱の陰に隠れるようにこちらを見守る人物が。
え?あの人ずっとあそこにいたの!?
見るからに強面といった感じの人にずっと見張られてたなんて、普通に考えたら恐ぇよ!
俺が若干顔をひきつらせていると、壱琉先輩の親衛隊長さんは険しい表情を少しも崩すことなく軽く会釈してくれた。
「あれが僕の親衛隊長の見城。
ああ見えて、×××に×××××入れられながら、後ろを苛められて×スイキするのが大好きなドMのド変態だから」
「え!?」
壱琉先輩、こんな顔して、そんなハードなプレイしてんの!?
可愛い容姿の壱琉先輩から無邪気に繰り出される強面兄さんの特殊性癖の暴露に、俺は思わずまじまじと二人の顔を交互に見比べてしまった。
「あ、もっと聞きたい?」
「……いえ、壱琉先輩が親衛隊の方々と大変良好な関係を築かれてることはよーくわかりましたので、結構です」
「あ、そう?残念だなぁ。でもみっきぃだったら普通のエッチでも全然オッケーだよ」
だ、か、ら、そういうことこんなトコで言って欲しくないんだって!
壱琉先輩に対し咎めるような視線を向けると、ウィッグの前髪で俺の目元が見えているとは思えないのに、何故かニヤリと笑われた。
もしかして、わざとか?
部屋に入れなきゃここでずっとこんな話されんのか……?
「ねぇ、みっきぃ。お部屋、入れてくれる?」
このタイミングで、小首を傾げて甘えたようにおねだりしてくるそのあざとさに、俺は盛大にため息を吐く。
そして。
俺はこれ以上面倒なことになりたくない一心で、仕方なく壱琉先輩を部屋に招き入れることにしたのだった。
部屋に入って二人きりになった途端。
先程までの可愛らしい表情はどこへやら。
壱琉先輩はどこか肉食獣を思わせるような強い視線で俺をじっとみつめている。
「………先輩、生徒会の仕事はいいんですか? 相当忙しい筈ですよね?」
視線に耐え兼ね、目下の問題と思われる事を尋ねてみると。
「美味しいトコ全取りした清ちゃんに全部任せてきたから大丈夫。 それにさっきここに来る前に翔ちゃんのとこに寄って、発破かけてきたから、今頃二人で仲良くお仕事してるんじゃないかなぁ」
どこか他人事のようにそう返され、俺は苦笑いした。
会長様は結果的にゲームの勝者となっても、そんな目にあってるんじゃ罰ゲームと変わらない気がするんだけど。
まあ、でも、いくら大変でも、もう俺にはどうすることもできないことだから、これ以上何も言うつもりはない。
そんなことよりも、俺がこんなことになってしまったことに責任を感じていたらしい壬生先輩が、本当に生徒会を辞めるようなことにならずに済んだことがわかり、正直ホッとした。
スマホも戻ってきたことだし、壬生先輩には後でちゃんと連絡しないとな……。
忙しいと思うから、夜のほうがいいかも。
密かにそう算段をつけていると、壱琉先輩から興味津々といった視線が向けられていることに気付く。
「……何ですか?」
「ねぇねぇ。みっきぃってさ、結局誰が好きなの?」
「は!?」
急激な話題転換に加え、全く思ってもみなかった質問をされ、俺は面食らった。
誰が好きなの、って言われても……。
……誰も好きじゃねぇし。
これってもしかして、嘘でも誰か好きな人いるって言っといたほうがいいパターンか?
でも、嘘吐いたところで、じゃあ誰だと言われると答えられないしな……。
答えに悩む俺を他所に、壱琉先輩は身体を弾ませるようにして勝手にソファーに腰を下ろし、我が物顔で寛ぎ始める。
俺は自分の部屋だというのにも関わらず、何となく座る気にはなれず、複雑な気持ちでそれを眺めていた。
「じゃあ、清ちゃんとエッチしてみてどうだった? 好きになったりとかした?」
「……いえ。特には」
「ふーん」
今度の質問は特に悩むこともないので即答すると、壱琉先輩は上目遣いに俺を見ながら、然程興味がなさそうに相槌を打った。
聞いといて興味ないって、何がしたいのかさっぱりわかんないんだけど。
「……じゃあ、翔ちゃんは?」
このタイミングで壬生先輩の名前が出てきたことを不思議に思いながらも、俺は正直な気持ちを口にした。
「好きですよ。 もちろん、この学校の人達が良く口にするような意味ではないですけど」
すると。
「ああ、それってもしかして好きにも違いがあるとかっていう、アレ? 生憎だけど、僕の周りではそういう種類の好きは成立しないからさぁ、絵空事にしか聞こえないんだけど」
いつもは笑顔で毒づく壱琉先輩が、ニコリともせずにどこか投げ遣りな態度でそう言ったことに、俺はかなり驚いた。
こうやって無邪気さと愛らしさのオブラートに包まれてない状態の壱琉先輩って初めて見た気がする。
あざとさが無くなった壱琉先輩はどこかやさぐれた感じで、いつもの三割増し目付きも態度も悪いけど、いつもの壱琉先輩よりも人間味が感じられ、逆に距離が近く感じた。
思わず口元を緩ませる俺に、壱琉先輩の鋭い視線が飛んでくる。
「何が可笑しいわけ?」
「いえ、今の壱琉先輩のほうが普段のあざとい感じより好感が持てるな、と思って」
素直にそう答えると、壱琉先輩はあからさまに驚いたような表情を浮かべた後、すぐに黒い笑みでニヤリと笑った。
「こっちの僕のが好きだなんて、みっきぃもしかしてM?」
「いえ、俺、特殊な性癖ないんでノーマルです。 ついでに言えば、これ、恋愛感情とは全く関係ない気持ちですから」
何かこういうこと前も言われたことあるなー、と考えながら即座に否定すると。
「みっきぃってさ、やっぱり面白いね」
視線を逸らせながらボソリと呟かれたその一言は、先程部屋の前で待ち伏せされた時に言われたものとは全く違う響きに聞こえた。
──もしかして照れてんのか?
意外にも自分の感情を素直に表現することが下手らしい様子を目の当たりにして、今までちょっと苦手に思っていた壱琉先輩に急に親しみが沸いてくる。
ところが。
「あーッ! せっかく第二ラウンドは煽るだけ煽って皆が必死になる姿を楽しく傍観してようと思ったのに!!」
突然意味不明なことを叫び出した壱琉先輩に、嫌な予感がして思わず一歩後退ると、即座に今自分が考えていたことを否定した。
……やっぱりこの人、苦手かも。
しかし、何を言われるかと身構えたものの、壱琉先輩は俺の予想に反して何かを仕掛けてくる気配はない。
それどころか、勢い良く立ち上がると。
「本当はみっきぃの素顔見るまで帰るつもりなかったんだけど、それどころじゃ無くなったから、今日のところはおとなしく引き下がってあげる。 感謝してよね」
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