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「先程の『聖魔の書』のことだが……」
そんな言葉で切り出された話のおおよその内容はこうだ。
『聖魔の書』というのはその昔、伝説の大魔法使いが残した術式を集めた本であり、そこに記されたものの中には良くも悪くも国家機密級の価値のあるものが納められていため、代々王家に秘宝として引き継がれてきた。
しかし、その本はとても特殊な仕様になっており、持ち主──つまり本に納められている術式を使える人間──を選ぶのだという。
しかもその本が選ぶ『持ち主』は必ずしも王家の人間とは限らない。
実際に百年以上前に王家から『聖魔の書』が失われた時も王族以外の人間が『持ち主』に選ばれてしまったがために、結果的に今日までその存在が確認できなくなっていたのだ。
『聖魔の書』は非常に厄介な代物で、魔力の高さに比例してそこに書かれている内容を見ることが可能なのだが、それはあくまでも書かれているものを見るだけであり、その魔術を理解して実際に使えるのは、この本に選ばれた人間だけだという。
どういう仕組みでそういうふうになっているのかはまだ解明されていないが、カイル様の予想では本に選ばれた人間が唱えた呪文だけに術式が反応して魔力が宿るよう、特殊な構成がされているのではないかという話だった。
因みに、この本。魔力がない人にとっては兄の言ったとおり本当に何も書かれていない本にしか見えないらしく、魔力は持っているものの、それほど魔力量の多くない王太子殿下にとっては何かが書かれているというのはわかるが、それが何なのかということまでは判別がつかないものらしい。
国一番の天才魔術師であるカイル様は、当然そこに書かれている古代の魔法文字を読むことができるし、その呪文の言葉も一応認識できるのだが、『聖魔の書』に選ばれた人間ではないため、載っている術式を発動することはできない。
最初にカイル様が言っていた、“誰も使える者がいないことから、『幻の魔術』とされている”と言っていた言葉は、こういう意味だったのだと、僕はようやく理解した。
カイル様の話を総括するに、その『聖魔の書』とやらは、僕のように全く魔力がない人間を、拒否権も選択肢も説明すらもなく勝手に持ち主に選んでくれちゃった挙げ句、そこに載っている術式を発動できる魔力を勝手に与えてくれちゃう、摩可不思議な傍迷惑アイテムということになる。
何の説明もなく強制的に選ばれるって、やっぱり呪いだよね……。
しかもそれがもたらした結果が最悪とくれば、最早疑う余地はない。
呪われたという事実にうちひしがれている僕を他所に、カイル様の話は続く。
「これはあくまでも俺の私的見解だが、この本には強制的に選ばれた人間の体内に魔力を充填させる術式が込められているのではないかと思う」
「……充填ですか?」
「ああ。魔石を思い浮かべてもらえれば分かりやすいかもしれないな。普段は何てことのないただの石だが、術者が魔力を込めて術式を組み込むことで、魔力を持たない人間にも魔法の力が使えるようになるだろう?お前の場合は魔力を溜めるという術式を施されることで、『聖魔の書』に記された魔法を発動できるようになったのだろうと推測している」
そこまで聞いた僕は一気に脱力した。
つまり僕は呪われた結果、人間魔石になってしまったという訳ですか……。
「お前はおそらくこの本に最初に触れてからアルフレッド様に魅了の魔法を使うまでの間、一回も『聖魔の書』に触れてなかったんじゃないのか? しかもその最初の時もおそらくそれほど長い時間手にとっていた訳ではないんだろう?」
確かにあの本を手に取ったのは、最初に見つけたあの日だけで、呪文に関しては覚えることに必死だったため、どのくらいの時間手にしていたかということまではわからないものの、それほど長い時間ではなかった気がする。
僕は無言で頷いた。
「やはりな……。たった一回手にとって見た程度では、アルフレッド様相手に使った一回で魔力切れになっても不思議じゃない。それならば、俺に試すときに魔力が感じられなかったことも頷ける」
「はあ……、そうですか……」
カイル様の熱弁に対し、気のない相槌を打ってしまう形になってしまったが仕方ない。
僕としては今更そんな仕組みを説明されたところで、今後魔法を使う予定があるわけでも、罪が無くなって無罪放免になるわけでもないのだ。
むしろようやく自分の罪と真摯に向き合って、その重大性を自覚し始めた僕に、その説明は無駄である。
できればそれ以上この話を掘り下げず、そっとしておいて欲しいくらいだ。
せっかく罪を贖う覚悟を決めたのに、心の中の弱い自分が、自分が望んだ訳でもないのにこんな目に遭うのは理不尽だと囁いてきて、恨みがましい気持ちが湧いてくるのだ。
そんな僕の気持ちは全く伝わってないようで、カイル様は自分の導き出した推論に満足そうな様子を見せている。
この人は天才魔術師といわれるだけあって、魔術大好きの魔術馬鹿なのだろう。
「先程のフェリクス殿下に関しては、本を直接手に取ったまま呪文を口にしたせいか、なかなか強力な威力を発揮したみたいだな。ということはあの本は魔力を増幅させる効果も兼ね備えているということか……」
カイル様はまだ何か独自の見解を展開させていたが、僕はそれ以上聞く気になれず、虚ろに窓の外の景色を眺めていたのだった。
そんな言葉で切り出された話のおおよその内容はこうだ。
『聖魔の書』というのはその昔、伝説の大魔法使いが残した術式を集めた本であり、そこに記されたものの中には良くも悪くも国家機密級の価値のあるものが納められていため、代々王家に秘宝として引き継がれてきた。
しかし、その本はとても特殊な仕様になっており、持ち主──つまり本に納められている術式を使える人間──を選ぶのだという。
しかもその本が選ぶ『持ち主』は必ずしも王家の人間とは限らない。
実際に百年以上前に王家から『聖魔の書』が失われた時も王族以外の人間が『持ち主』に選ばれてしまったがために、結果的に今日までその存在が確認できなくなっていたのだ。
『聖魔の書』は非常に厄介な代物で、魔力の高さに比例してそこに書かれている内容を見ることが可能なのだが、それはあくまでも書かれているものを見るだけであり、その魔術を理解して実際に使えるのは、この本に選ばれた人間だけだという。
どういう仕組みでそういうふうになっているのかはまだ解明されていないが、カイル様の予想では本に選ばれた人間が唱えた呪文だけに術式が反応して魔力が宿るよう、特殊な構成がされているのではないかという話だった。
因みに、この本。魔力がない人にとっては兄の言ったとおり本当に何も書かれていない本にしか見えないらしく、魔力は持っているものの、それほど魔力量の多くない王太子殿下にとっては何かが書かれているというのはわかるが、それが何なのかということまでは判別がつかないものらしい。
国一番の天才魔術師であるカイル様は、当然そこに書かれている古代の魔法文字を読むことができるし、その呪文の言葉も一応認識できるのだが、『聖魔の書』に選ばれた人間ではないため、載っている術式を発動することはできない。
最初にカイル様が言っていた、“誰も使える者がいないことから、『幻の魔術』とされている”と言っていた言葉は、こういう意味だったのだと、僕はようやく理解した。
カイル様の話を総括するに、その『聖魔の書』とやらは、僕のように全く魔力がない人間を、拒否権も選択肢も説明すらもなく勝手に持ち主に選んでくれちゃった挙げ句、そこに載っている術式を発動できる魔力を勝手に与えてくれちゃう、摩可不思議な傍迷惑アイテムということになる。
何の説明もなく強制的に選ばれるって、やっぱり呪いだよね……。
しかもそれがもたらした結果が最悪とくれば、最早疑う余地はない。
呪われたという事実にうちひしがれている僕を他所に、カイル様の話は続く。
「これはあくまでも俺の私的見解だが、この本には強制的に選ばれた人間の体内に魔力を充填させる術式が込められているのではないかと思う」
「……充填ですか?」
「ああ。魔石を思い浮かべてもらえれば分かりやすいかもしれないな。普段は何てことのないただの石だが、術者が魔力を込めて術式を組み込むことで、魔力を持たない人間にも魔法の力が使えるようになるだろう?お前の場合は魔力を溜めるという術式を施されることで、『聖魔の書』に記された魔法を発動できるようになったのだろうと推測している」
そこまで聞いた僕は一気に脱力した。
つまり僕は呪われた結果、人間魔石になってしまったという訳ですか……。
「お前はおそらくこの本に最初に触れてからアルフレッド様に魅了の魔法を使うまでの間、一回も『聖魔の書』に触れてなかったんじゃないのか? しかもその最初の時もおそらくそれほど長い時間手にとっていた訳ではないんだろう?」
確かにあの本を手に取ったのは、最初に見つけたあの日だけで、呪文に関しては覚えることに必死だったため、どのくらいの時間手にしていたかということまではわからないものの、それほど長い時間ではなかった気がする。
僕は無言で頷いた。
「やはりな……。たった一回手にとって見た程度では、アルフレッド様相手に使った一回で魔力切れになっても不思議じゃない。それならば、俺に試すときに魔力が感じられなかったことも頷ける」
「はあ……、そうですか……」
カイル様の熱弁に対し、気のない相槌を打ってしまう形になってしまったが仕方ない。
僕としては今更そんな仕組みを説明されたところで、今後魔法を使う予定があるわけでも、罪が無くなって無罪放免になるわけでもないのだ。
むしろようやく自分の罪と真摯に向き合って、その重大性を自覚し始めた僕に、その説明は無駄である。
できればそれ以上この話を掘り下げず、そっとしておいて欲しいくらいだ。
せっかく罪を贖う覚悟を決めたのに、心の中の弱い自分が、自分が望んだ訳でもないのにこんな目に遭うのは理不尽だと囁いてきて、恨みがましい気持ちが湧いてくるのだ。
そんな僕の気持ちは全く伝わってないようで、カイル様は自分の導き出した推論に満足そうな様子を見せている。
この人は天才魔術師といわれるだけあって、魔術大好きの魔術馬鹿なのだろう。
「先程のフェリクス殿下に関しては、本を直接手に取ったまま呪文を口にしたせいか、なかなか強力な威力を発揮したみたいだな。ということはあの本は魔力を増幅させる効果も兼ね備えているということか……」
カイル様はまだ何か独自の見解を展開させていたが、僕はそれ以上聞く気になれず、虚ろに窓の外の景色を眺めていたのだった。
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