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 幼い頃に読んだ物語に必ず登場した素敵なお城。

 いつかは自分もそこに行ってみたいと純粋に夢見ていた頃が懐かしい。

 カイル様に連れられて、初めて足を踏み入れたお城は、今の僕にとって酷く居心地の悪い場所だった。


 今回公に出来ない事情がある僕を断罪するために特別に用意されたという部屋は、王宮の奥、つまり王族の居住区に用意されていた。

 ここはおそらく王族の方々が談話室として使われているであろうと思われる部屋で、中央に置かれたローテーブルにはビロード張りと思われるソファーが設えられており、陽当たりのよい窓際には小ぶりのテーブルを囲むようにして、背凭れに凝った細工があしらわれている椅子が置かれていた。


 僕の緊張は既にピークに達していると思っていたが、こうして室内の観察が出来る辺り、自分で思ったよりも随分と落ち着いているらしい。

 ターニャ相手に号泣したことで気持ちが落ち着き、ここに来るまでの間にある程度覚悟を決めたことで、多少肝が据わったのかもしれない。


 国王陛下と王太子殿下は既にソファーに着席して僕達の訪れを待っていた。

 王太子殿下と同じ朱金の髪に藍色の瞳という組み合わせの国王陛下は、カイル様と一緒に入室した僕を一瞥すると、正面に座っていた王太子殿下にチラリと視線をやって何かの合図を出す。
 王太子殿下は、それを受けてのんびり立ち上がると、僕達の前まで歩み寄り、意味深にカイル様に視線を送ってから、すぐに僕のほうに胡散臭い笑顔を向けてきた。

 僕はその時点でようやく、不躾にも王太子殿下の挙動をぼんやりと観察していたことに気付き、慌てて軽く低頭した。


「やあ、ローレンス。見違えたよ~。さっきと別人みたいだねぇ。キミ、ちゃんとした格好してるとなかなかそそるね。すごいなぁ」


 相変わらず少しもすごいと思っていないのが丸わかりな口調で話し掛けてきた王太子殿下に、僕は緊張のあまり強張っていた口を何とかぎこちなく動かしてそれに答えた。


「……おそれいります」


 たった一言喋っただけで喉がカラカラになっていく。


「その格好だったら下手な『おまじない』に頼らなくても、正攻法で叔父上に相手にしてもらえたかもよ~。叔父上の相手としてはちょっと色気が足りないけど、それが滲み出るほどまで育て上げるのも男の腕のみせどころって感じだよね。──まあ、今更絶対にあり得ない話をしてもしょうがないんだけどさ~。いずれにせよ、こんな結果になって残念だったねぇ」


 痛いところを遠慮なしに抉ってきた上に、地面に叩き付けるような先制攻撃を繰り出してきた王太子殿下に、僕は絶句した。

 そんな僕を見て王太子殿下がニヤリと笑う。

 これは多分王太子殿下の挑発だ。それがわかっていても咄嗟に返す言葉は見つからない。


 その時、国王陛下から鋭い声が飛んだ。


「フェリクス」

「わかってまーす」


 王太子殿下は肩を竦め、やれやれといった表情を見せた。


 国王陛下が王太子殿下を制してくださらなければ、危なかった。
 王太子殿下独特のイラッとする言動に乗せられ、頭が真っ白になるだけでなく、せっかく決めてきた覚悟までも綺麗サッパリ消えてしまうところだった。


 低頭したまま複雑な気持ちになっている僕などお構い無しに、王太子殿下は話を続けていく。


「時間がないからもう本題に入るね。あ、そうだ。話づらいから顔上げてくれる?」


 その言葉でおずおずと顔を上げると、口調とは裏腹に僕に向かって挑発的な視線を向けている王太子殿下と目があった。


「じゃあもう一回確認しとくねー。キミがやったことは禁術である精神干渉系の魔法を王族に使ったっていう最悪のもの。いくら魔法だって知らなかったとは言っても、やっちゃったことは『知りませんでした~。』で通用しないレベルの犯罪だから。異論はある?」

「……いえ。ございません。」


 僕は素直に肯定の返事をした。
 ここでみっともなく自分の主張を言い募ったところで結果は変わらないのだ。


「ねぇ、ローレンス。僕がさっき悪いようにはしないって言ったの覚えてる?」

「……はい」

「特別にひとつだけ君の願いを叶えてあげるといったらどうする?」


 その言葉に僕は静かに目を閉じた。


 ──僕の願い。
 それは、僕の仕出かした罪の責任が家や家族にまで及ばないこと。


 僕個人のことだけならば、幸い今まで貴族の子息らしくない生活を送ってきたこともあって親しい貴族の友人もいないし、デビュタント前ということで名前も顔も知られていない存在なので、最悪どんなことになっても体制に影響はない。
 ローレンスという人間が、表に出る前にいつの間にか消えたというだけの話で済むのだ。

 しかし、クレイストン伯爵家から王族に仇なして処罰された者が出たと公にされてしまったら、たとえ家族に罪が及ばなくとも深刻な弊害が出てしまうことは想像に難くない。

 噂というものは時に直接手を下されるよりも残酷に人を破滅に追いやるのだ。

 父と兄がやっている事業はあっという間に立ち行かなくなるだろう。

 次兄だって王族に仇なすような者が身内から出たことで、王太子殿下の護衛を外されるだけでなく、このまま仕官していることさえ難しくなる。

 結婚を控えている姉は、いくら気心がしれている幼馴染が相手とはいえ、向こうも貴族である以上、家の事を考えれば姉との婚約を破棄してしまう可能性もある。

 そのようなことにならないためにも、このような醜聞は一切明るみに出て欲しくない。


 僕はゆっくり目を開けると、王太子殿下をしっかり見据えた。


「それでは、僕以外の者に一切の咎が及ばぬようご配慮願います。それには間接的な要因も含まれます」


 僕の要望に王太子殿下が目を眇めた。


「へぇ~。自分の減刑よりも、家族の心配かぁ。なるほどねー。でもさ、間接的な要因って、噂とかってことだよね?──例えそれが出来たとしても急にキミが消えたことで勝手な憶測されちゃう事までは責任持てないよ。人の口に戸はたてられないからね~」

「承知しております。僕は元々貴族の子息らしいところなどどこにもないような生活を送って参りました。その上、昨日のデビュタントの失敗となれば、僕が貴族社会の爪弾き者になることは目に見えておりましょう。でしたらそんな僕に対して父がとうとう我慢できずに処分を下したと思っていただくようにすればよいのです」

「ああ、なるほど。表向きは醜聞回避の常套手段、『神の花嫁』になったことにするワケね」

「……はい」


『神の花嫁』になる。
 ──つまりは神を祀る教会で外部との交流を一切絶ち、厳しい戒律を護りながら自分の一生を神のために捧げて生きるということだ。

 実際の僕がこの世に存在しなくても、二度と誰とも会うことはないのだから嘘だとバレる心配はない。


「ふーん。言ってくれるじゃない。それを聞き入れたらキミはどんな処罰も受け入れるってことなのかな~?」

「はい。僕の処罰はいかようにも」


 王太子殿下は僕の真意を見極めようとしているのか、僕の目をじっと覗き込んできた。僕も自分の気持ちに嘘偽りなどないことを証明するために、不敬かもしれないと思いつつもしっかり王太子殿下の藍色の瞳を見つめ返す。


「じゃあ、その言葉に偽りがないってこと、是非証明してもらおうか」


 ガラリと変わった王太子殿下の口調に、僕の中に緊張が走った。


「ローレンス・クレイストン。キミには消えてもらう」
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