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 俺は七年前ロイド村で起こった出来事をまざまざと思い出し、苦々しい気分になっていた。

 ディルクとクルトもそんな俺に気付いたのか、気遣わしげな視線を向けてくる。二人は国王陛下の近衛騎士という立場上、あの一件に直接関わってはいないが、あの日、あの場所で何があったのかは十分わかっている筈だ。


「ロイド村とはな……」


 俺にとって正直思い出したくもないあの出来事を、こんなタイミングで掘り起されることになるなんて、夢にも思ってもいなかった。

 視界の端に入り込んでくる『アーサー・ロイド』の平和そうな寝顔が酷く憎らしい。


「……おそらくあの子は何も知らないのだと思います。『アーサー・ロイド』という名前に隠された意味も、ロイド村に関する真実も。──『彼』に罪はありませんよ」

「……わかってるよ」

「その割には随分と感情的になっていらっしゃるように見えますが」


 わかってはいても苛立ちが抑えきれないでいる事をクルトに指摘され、俺は何も反論できず黙り込んだ。
 俺だってロイド村の一件を持ち出されなきゃここまで感情的になってない。

 さりげなくディルクのほうに視線を向けると、こちらも何やら物言いたげな顔で俺のほうを見ていた。


「何だよ。言いたいことがあるなら言えよ」


 俺が発言を促すと途端にディルクは少し困ったような表情をする。


「……いえ。自分はアルフレッド様に言いたい事というよりは、ただ陛下が仰った言葉が気になっているだけですので」

「聞かせろ」


 ディルクは一旦クルトと視線を合わせると、静かに口を開いた。


「陛下は我々にエセルバート公爵家への出向について説明された際、詳細な事情は一切お話になられませんでした。しかし、『アーサーはある意味王家の犠牲者だ。本人の意思とは関係なく、勝手に亡霊とされてしまったあの子が生者に戻るための手助けをして欲しい』、と仰ったのです」

「亡霊ってことはこの世に存在しない者って意味か……」


 俺は兄貴の言ったという言葉に驚くと共に、さっきアイツに半分嫌味のつもりで転移魔法で家に逃げ帰るつもりなのかと聞いてしまった事を思い出し、何とも言えない後味の悪さを感じてしまった。
 アイツはあっけらかんと『待ってる家族も帰る家も無い』と言っていたが、その胸の内ではやるせない思いを抱えていたのかもしれない。
 しかも、今聞いた話から察するに、おそらくアイツのそういう状況を作り出したのは王家ということであり、知らなかったとはいえ、その王家の一員である俺はアイツの傷口を無遠慮に抉っていた事になる。

 俺の苛立ちは、事前に今回の事情を把握しようとしなかった自分に向いていった。

 そもそも王家の全面バックアップの下、アイツを天才魔術師として育て上げ、ゆくゆくはフェリクスの腹心としようとしているという不思議な状況を考えれば、何か複雑な事情があることくらいは想像できたはずだ。

 アイツが亡霊となった理由は何だ?あえて『ロイド村』出身という設定を語った意味は?

 今更ながらに色んな事を考えてはみたものの、全ての事柄を引き寄せる原因となったものなど、ひとつしか思い付かなかった。


「もしかして、あの力のせいか……?」


 本人はテンパってたせいで使った術式も覚えてないし説明も出来ないと言っていたが、例え説明できなくともあんな転移魔法をいとも容易く使えてしまう時点で普通じゃない。

 国家としてそういった危険な人物を野放しには出来なかったということならば、下手に誰かに利用されないよう家族からも引き離し、素性すらも変えてしまう必要があっても不思議じゃない。


「アイツのあの力は生まれつきなのか?それとも……」

「あの子のあの力はおそらく生まれつきのものではないでしょう」


 俺の言葉を遮るようにして語られたクルトの言葉はどこか確信めいた響きを持っていた。
 ディルクもとっくに気付いていたのか、同意するように頷いている。

 魔力というものは基本的に生まれつき持っている資質なのだが、少し大きくなってから急に魔力が顕現するという場合もあれば、本人や周りが気付かない場合もある。なので12歳になると漏れ無く全国民が魔力検査を受けることになっているのだ。

 アーサー・ロイドも当然その検査を受けたからこそ魔法学校に入学することになっているのだろうが、アイツの使った非常識とも云える転移魔法を見る限り、普通の人間が出来る事の範囲を越えている。


「もしかしてアイツは『魔術書に魅入られし者』なのか……」

「そういう可能性もあるかもしれません」

「──『ロイド村』に『魔術書に魅入られし者』なんて、嫌な符号だな」


 俺は目の前でゆらゆらと揺れるオレンジ色の炎を見つめながら目を眇めた。


 七年前のロイド村の一件は、『魔術書に魅入られし者』が深く関わっている。
 俺はロイド村最後の生き残りであったその人物を抹殺し、力の源になっていた『魔術書』を破棄した。

 それで全てを終わらせた筈だった。


 ──なのに。

 今更またそんな話が出てきて俺の気持ちを掻き乱してくるとは……。

 俺は自分の弱さを見せつけられたような気がして、思わず舌打ちしたくなる。

 気持ちが揺らぐ要素を無くすためにも、もう一回あそこに行って、キッチリ決着つけてくるしかねぇか……。

 俺はそう決断すると、二人をしっかり見据えた。


「この旅の目的地はロイド村にする。行って確かめたいことが出来たからな」

「……よろしいのですか?」


 いつもは喰えない態度ばかりのクルトが真摯な表情で聞いてくる。


「仕方ねぇだろ。例え兄貴に聞いて白黒はっきりさせたとしても、この目で確かめなければずっとスッキリしないままだろうからな」


 俺は軽く肩を竦めると、あくまでも大したことじゃない風を装った。
 人の良いディルクはそんな俺の態度を見てどこか戸惑ったような表情をしている。

 さりげなく視線を外し、話題の中心であるアーサーを見ると、相変わらず起きる気配もなく熟睡中だ。その呑気そうな表情からは、亡霊となったことに対する寂寥感のようなものは微塵も感じられない。

 その寝顔を見ているうちに、俺は何故か猛烈に本当のアイツの事を知りたくなってしまった。


「ロイド村に行けば少しは真実がわかるかもな……」


 俺はアイツが拾い集めてきた枝を再び火にくべながら、そう小さく呟いたのだった。
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