異世界転移した現役No.1ホストは人生設計を変えたくない。

みなみ ゆうき

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本編

20.理由

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「アシュリー。アンタは頭のいい男だ。おそらく経営者としての能力も申し分ないはず。──なのに何故わざとこんな状態になるまで何もしなかった? アンタなら早い段階でいくらでも手を打てた筈だろ?」


俺の問い掛けにオーナーは驚いたように一瞬軽く目を瞠ると、すぐに力が抜けたようにフッと笑った。


「随分、私を買ってくれてるんですね」

「褒めたつもりはない。ただ事実を言っただけだからな。
──で?」


敬語も何もすっ飛ばしてさっさと言えと言わんばかりの態度を取る俺にオーナーは苦笑いしている。

ここで無駄話をする気は毛頭ないし、腹の探り合いも面倒だ。

既にサービス残業タイムに突入してる訳だし、正直俺ももう眠い。
こんなことならさっきネイトさんに回復魔法かけてもらっとくんだったと思いながら、どんな言い訳が飛び出すのかと軽く構えていると。


「簡単に言えば、やる気がなかったんです」

「は?」


オーナーの口から告げられた言葉に、俺は眠さのあまり一瞬聞き間違えたのかと思い、目を瞬かせてしまった。

その俺の反応にオーナーは何故かばつが悪そうな表情をしている。

この表情だとちゃんと年下って感じがするな。


「私がここのオーナーになったのは完全に成り行きからでして、特に思い入れがあるわけではないこの場所のことなど正直どうでも良かったというのが本音です。むしろ最初はここを無くしてしまおうと思っていたので」

「……なんだよ、それ」


そもそも経営者がやる気のないんじゃ、男娼だってレベルがあがるわけねぇよな……。

でも。


「少なくても俺が来てからのアンタを見る限り、そんな投げやりな態度には見えなかったけど」

「……まあ、最近私にも色々と思うところがありまして」

「ふーん」


つい気のない相槌を打ってしまった俺に、オーナーは、あちらで話しましょうかと席を勧めてくれた。
立ち話で済ませられないってことは、つまりこの話は長くなるってことだ。

俺は仕方なく三人掛けのソファーに脚を組んで座ると、堂々と回復魔法を使ってやった。

だって、そうしないと座った途端寝そうだし。


オーナーはその手ずから淹れた紅茶を俺と自分の前に置くと、嫌味なほど優雅な仕草で俺の正面に座った。

俺は何も言わずにその素晴らしく香りの良いお茶を一口飲んでから、つい小さくため息を吐いてしまう。

うーん、ちょっとシャッキリしたけど、いまいちスッキリしないなぁ。

……ああ、コーヒー飲みてぇ。

この世界ではまだお目にかかったことのない大好きな嗜好品に思いを馳せながら、もう一度カップに口をつけた。


「私がやる気を出したのはコウキさんと出会ったからだと言ったらどうします?」

「コンサルティング料もらう」

「コンサル……?」


即答した俺にオーナーが不思議そうな表情で聞き返す。

もしかしたらこの世界にはこういう言葉は無いのかもしれない。
言葉が通じるからすっかり忘れてたけど、この世界に存在しない制度とかには自動翻訳は対応出来ないらしいのだ。

俺は少し考えた末に、端的に『専門的な立場から話を聞いたり指導したりする人間に対して払う料金だ』と答えてやった。


すると。


「そんなことにまでお金が発生するなんて、さすがはコウキさんのいた世界ですね」


感心したようにそう言われ、俺は素直に頷く気にはなれず、軽く受け流して先を促した。

どれだけ守銭奴だと思われてんだろ。俺。


「で?そのやる気がなかった理由ってのは?」

「ああ、そうですね。まあ、大したことではないのですが……。
──実は私の母は異世界人でして」

「は?」

「私が生まれた家はこの国でも上位の貴族でしてね、優先的に女性を斡旋してもらえる立場にあるのです。そして母は異世界からやってきてすぐに結婚相手として父を紹介されたのだと聞いています」


その言葉に俺は思わず顔を顰めた。

最初にこの世界に来た日にその制度の話を聞き、楽して玉の輿に乗れるなんてズルいと思ったこともあったが、それはこの世界の事情を知らなかったからに他ならない。

ここは身分もさることながら、男女の自由度にも大きな違いがある世界だ。

それは一見、人口比率の少ない女性を手厚く保護しているようにも感じられるが、その実、子孫を残すという役割だけに特化した生き物として扱われているようにしか思えない。

そりゃ中には見初められて結婚するパターンもあるのだろうが、オーナーのこの言い方だとそういった幸せな感じの迎えられ方ではなさそうな気がする。


「父には母を迎える前からずっと付き合っている相手がおりました。なので母のことは純粋に血脈を途絶えさせないために仕方なく迎えただけだったらしいのです。 母は母で知らない世界にやってきて、保護や斡旋なんていえば聞こえはいいですが、国に管理され飼い殺しにされてるのと変わらない状況に辟易してたのでしょう。父に対して恋愛感情なんて微塵も抱けなかったものの、国の管理下から抜け出したいという利害関係の一致で結婚を決めたのだと言っておりました」


あれ?
愛人から離れられない男と、血を残すために迎えられた形ばかりの妻のドロドロした愛憎劇を想像してたんだけど、なんか思ってたのと違うな。


「私の母は私と妹を産むとすぐに家を出ました。結婚相手を斡旋してもらう条件として子供を五人以上産むことが義務になってはいますが、自分で自立した生活を送れる人間はその義務に縛られることはありません。
それに後継ぎである私と、この世界では圧倒的に数の少ない女性を産んだことで義務は果たしたと言うのが母の主張でして。彼女は今、ミューアの家とは関係ないところで自由に暮らしています」

「……そりゃ良かったですね。え~と、その異世界人のお母様とオーナーのやる気のなかったのは一体どういう関係が?」


なんか拍子抜け連続の話に俺の最初の意気込みもどこへやら。口調もつい営業モードに戻ってしまう。


「その父の愛人というのが元々男娼でしてね。この『月下楼』はその愛人のために父が造ったものなんですよ。
三年前、父と愛人が相次いで亡くなり、私が家督を継ぐのとほぼ同時にここの権利も私に回ってきました。
当時の私は娼館の経営など全くやる気になれなかったんですが、意外なことにその異世界人の母からここを残して欲しいと頼まれましてね。まあ、普段親孝行らしいことなど何も出来ていないので、たまのお願いくらいは聞いてもいいかなという軽い気持ちで引き受けたのが始まりなんです」

「つまりはお母様に頼まれてオーナーに就任しただけだったと……」

「まあ、そういうことになりますね」


そこだけ聞いてると、いい歳して母親の言いなりになっているマザコン男って感じがしないでもないな。


「オーナーのお母様は何でここを残したいと思われたんでしょう?」

「母曰く、『男娼になりたくてなる人間はいない。男のくせに男に縋って生きようとする浅ましい人間は嫌いだけど、そこから這い上がろうと努力している人間の居場所を簡単に無くすべきじゃない』ということでして」


おぉ!オーナーの母ちゃんグッジョブ!!
あなたがそう言ってくれなかったら今俺がここで働いていることもなかったってことですね。
それにその考え方。俺、あなたとなら上手くやれそうな気がします。


「そうは言われてもやる気のなかった私は、ここを残しておける程度に適当にやってればいいとしか考えていませんでした。
だから男娼が多少我が儘言っても、サービスの低下で客が減っても最低限店を維持していけるだけの売り上げがあればいいと思っていたのです。実際にセドリック様のように金払いのいい大口のお客様もいらっしゃいましたしね」


その適当の結果がセドリックのような自惚れた客と、コリンような甘ったれた考え方の男娼ってことか……。

でもオーナーが今回きっちりとケジメをつけたということは、ちょっとはやる気になったということなんだろう。


「私の考えが変わったのは、あなたと出会ったからです」

「……さっき言ってたこと、冗談じゃなかったんですね」

「冗談など言いません。私はあなたのそのプロ意識や、清々しいほど金に執着する姿を見て、適当にこなせばいいと考えていた自分を恥じました」


ちっとも褒められてる気がしないんだけど、褒められてんだよな?

複雑な気持ちでオーナーを見ていると、不意にカップの持ち手を掴んだままだった手を掬われた。


「コウキさん。是非あなたのその力を私に貸してはいただけませんでしょうか。──出来ることなら公私ともに私を支えて欲しいと考えているのですが」


これも一種のプロポーズってやつかな、とチラッと思いながらも、俺はさりげなくオーナーの手から逃れ、真っ直ぐにその目を見つめ返す。

そして。


「ここの経営方針や従業員教育には常々思うところがあったので力を貸すのは吝かではありません。でもオーナーとプライベートまで共有するような仲になる気はありません。
俺、公私はきっちりわけるほうですし、そもそも誰かと幸せになりたいとか思ったことないんで。
俺は俺の幸せのために頑張ってるだけで、今のところ自分の人生設計に誰かとの未来を入れる気は毛頭ありませんから」


俺の言葉にオーナーは困ったように微笑むと、ごく自然な動作でカップを手に取り、紅茶を呑んだ。


「そうですか。とても残念です。コウキさんとなら退屈しない人生が送れると思ったのですが、今の私では不足だということですね」


なんかこの言い方だと、俺の存在が娯楽扱いになってるっぽくね?


「まあ、大金払って俺に跪くとか、俺がひれ伏してもいいと思うくらいの金を目の前に積まれたら、ちょっとくらいは考えるかもしれません」


冗談っぽく言ってみたのだが、オーナーはそう受け取ってはくれなかったらしく。


「どっちにしてもコウキさんを動かすものは金なのですね……」


と感心したように言われてしまった。

更に。


「俺の世界じゃ、『地獄の沙汰も金次第』って言葉があるくらい金は大事なものですから」


暗に俺ががめついだけじゃないというところをアピールしたところ。


「地獄の番人まで金でどうにかしようと考えるなんて、本当にコウキさんのいた世界は恐ろしい世界なのですね……」


思ってもみなかった方向に解釈され、俺はただ苦笑いするしかなかったのだった。
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