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本編

24.セドリック 2

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このアールグレーン王国の国王である兄から依頼を受け、再びコウキと会うべく『月下楼』に足を踏み入れたのが昨日のこと。

久しぶりに会うコウキは三ヶ月前と変わらない様子を見せていた。

その事に少しだけ安堵しつつ、私の自意識過剰が原因で今や一部の特権階級おいて押しも押されぬ人気者となってしまったコウキとの接点が無くなってしまった事を今更ながらに悔やみながらも、未練など一切ないと云うような素振りで淡々と用件だけを伝えて帰って来た。


おそらくコウキはあの日の出来事を全く気にも留めておらず、再び私が顧客として通い始めたとしても、最初の時と変わらない少し恥じらったような笑顔で迎えてくれるのだろうが、王族に生まれ、誰からも当然のように傅かれる環境に育ち、他人から常に注目され続けてきた私は無駄に矜持が高いらしく、一度自分から手を引いたものに再度手を伸ばすなどという無様な真似は出来そうにもない。

──たとえ、今更ながらに彼に惹かれていたことを自覚したのだとしても。


未だに自分でも信じられないのだが、どうやら私はコウキに対し恋愛感情というものを抱いているらしい。
しかも一目惚れという、今まで私自身が最も信用できないと公言していた形で恋に落ちていたというおまけ付き。

何度も自分の中で否定してはみたのだが、今や社交界でも随分とその名を知られるようになってしまった彼の噂を聞く度に酷く落ち着かない気分にさせられ、彼の話題になるとついそちらへ意識を向けてしまうようになっている自分に気付けばもう、その気持ちがどこから来るものかということを認めない訳にはいかなくなった。


今から思えば会った瞬間からその兆候はあったのだ。

でなければ兄である国王陛下に頼まれて嫌々ながらに出向いた先で、当の本人を目の前にして用件も伝えず、今まで決して引き受けたことのない面倒な水揚げを引き受け、閨の教育まで買って出るなどということを私の性格上するわけがない。

後からその事に気付いた私は、自分の事でありながら愕然とし、自分の愚かさに自嘲した。


その時の私は勇者かもしれないといわれている人物が自ら男娼という職業を選んだことに対してどこか面白がっていた節もあり、更にその人物を誰の手も付かないうちに自分の思いのままに出来ることに愉悦を感じていた。

そして勇者というやがてこの国にとって特別な存在になるであろう人間に私を特別だと思わせることが出来れば、後々扱い易い駒となってくれるではないかという打算までしていたのだ。

──その時点で既に自分こそが彼を特別だと思い始めていることに、全く気付く事もなく。


初日は、男を受け入れるという行為は未経験だという彼に対し、ただ男娼として務めを果たせるようにするだけでなく、本来ならば教える必要もないであろう快感を得る方法と自分好みのやり方というものを一晩かけて教え込んだ。

そして二日目。
前日教えたとおりのやり方を実践してきた優秀な生徒に対し、ご褒美のつもりで尋ねた一言が原因で私はとんでもない思い違いをしてしまう。


『今度はコウキの好きなやり方を私に教えてくれないか?』

そう問い掛けた私に対し、少しの逡巡の後コウキから返ってきた言葉は、『普通に恋人同士でするようなセックスを教えて欲しい』というものだった。

この言葉を聞いて、勇者というある意味特別な存在だと思っていた人物が、この世界によくいるタイプの人間と同じ反応をしてきたことに酷くガッカリしてしまった。

それが私の勝手な思い込みであることはその後すぐに判明したのだが、そんな思い違いを簡単にしてしまうほど、私の周りには常に下心を持った人間ばかりが多く見受けられ、当たり前のように向けられる下心という名の好意が溢れている状態だったのだ。

そしてそんな日常が私の心を曇らせていたのだろう。

私は自分の気持ちが動き出していることになど微塵も気付かず、いともあっさりとコウキとの縁を無くしてしまう結果となった。

そして今現在。
私が初めて抱いた他人への恋心は実る可能性すらも見いだせないまま、心の中で燻り続けている。




昨日久しぶりに会ったコウキは、初めて会った時と同じように微塵も私に興味を示していないといった様子ではあったものの、表面上は穏やかに対応してくれた。

その他人行儀というか義務的な対応が、ただでさえ気まずい思いをしている私の心を抉り、正直どう接するのが正解かわからないまま、ほぼ言い逃げ状態で『月下楼』を出て来てしまった。

そして今日。
急に予定が入ってしまったため、本来ならば自分で行くはずだったコウキを迎えに行くという役割を、やむを得ず他の者に頼んだのだが……。


私が今いる部屋の窓から見える中庭には、何故か三人の男に囲まれたコウキの姿が見える。

時間的な事を考えると、おそらく兄である国王陛下との面談は終わったものと思われるが、国王の客人として迎えられた筈のコウキが何故中庭で下卑た笑みを浮かべる男達と一緒にいるのかわからなかった。

コウキを迎えに行かせた筈の護衛騎士の姿が見当たらないことも気にかかる。


──一体どういうことだ? まさかはぐれたのか?


嫌な想像に不安を感じていると。


「やはりミューア侯爵が心配していたとおりのことがおこりましたな」


一緒にいたノワール侯爵がその光景を見て、興味深そうに口の端を上げた。

アシュリーはこうなることを予測していたというのか……。
何故だ? コウキには私が信頼している護衛騎士をつけたはずなのに。

困惑する私にノワール侯爵は諭すような口調で言葉を続ける。


「陛下が勇者候補としてのコウキを呼び出したということはごく一部の人間しか知らないことです。普通の人間には陛下が高級娼館で人気者となっている異世界人に興味を示され、お召しになられたというくらいの認識しかないでしょう。
しかも、セドリック様自らコウキを迎えに行っていたのならば下手に手を出そうという輩も現れなかったのでしょうが、迎えに行ったのは事情を全く知らない護衛騎士。その護衛騎士とやらはコウキの迎えは頼まれていても帰りのことまでは聞いていないと言っていたそうですから、ひとりになった高級娼館の男娼に対して不埒な考えを抱く人間が現れたとしても不思議ではないと思います」

「そんな馬鹿な……」


訳がわからない私とは逆に何故か訳知り顔のノワール侯爵は、最近開発されたばかりだという通信の魔道具を懐から取り出し、誰かに連絡を取り始めた。

この国に拠点を置いている大陸一の大商会であるベネディクト商会が最近試験的に開発したというその魔道具は、同じ道具を持っている者同士ならば即座に手紙のやり取りが可能という代物で、その開発にはコウキが深く関わっていると聞いている。

ノワール侯爵は持っていた紙に何かを書き付けると、封をすることなく魔道具の上に置いた。すると瞬時にその紙が跡形もなく消えたのだ。
これで相手のところに現物が届いたということになるのだから、本当に画期的な道具だと思う。

そして待つこと数秒。
今度はノワール侯爵が持っている魔道具が光り、そこに相手から送られてきたらしい折り畳まれた用紙が現れた。

内容を一読したノワール侯爵は笑みを深める。


「既に手は打ってあったようです。我々は下手に動かない方がいいでしょう」

「……そうか」


よく事情が飲み込めていない私は、気もそぞろに返事をしながら窓の外に見える光景に視線を向けた。

その時。
コウキを取り囲んでいた男のひとりが激昂した様子でコウキに殴りかかり、呆気ないくらいあっさりと撃退されている様子が目に飛び込んできた。

いくら人目に付きにくい場所とはいえ、王宮の敷地内、しかも勤務時間中に仮にも騎士の任に着いている者がこのような真似をすることが信じられなかった。

私がコウキの迎えを頼んだ護衛騎士同様、彼らも表面で見せているものと、実際の人間性とでは大きな違いがあるということだったのだろう。

こういった人間は厳正に処罰しなければ、騎士全体の信用と品位が地に落ちる。

幸いと言ったらいいのかはわからないが、我々が今いる場所は滅多に人が立ち入らない場所である上に、外からは内側の様子が見えない造りになってるため、彼らを処罰するのに充分な証拠はたっぷりと得られそうだ。

しかし。


「さすがはコウキ。なかなかやりますな」


感心したようなノワール侯爵の呟きに対し、私は心中穏やかではいられない。

人数がひとり減ったとはいえ、まだ二対一。
しかも相手はそれなりに鍛え上げられた人間だ。いくら魔法が使えるとはいっても圧倒的に不利な状況に変わりはなく、コウキに何かあったらと思うと気が気じゃない。


「セドリック様はコウキのことが心配ですかな?」


その問い掛けに私は何も答えられなかった。
というよりコウキとの接点を自ら絶ってしまった私には答える資格はないように感じたのだ。

黙り込む私にノワール侯爵は苦笑いする。


「『従順で甘え上手で庇護欲をそそる可愛い異世界人』というのはあくまでも男娼としての仕事の顔。本来のコウキは勝ち気で計算高く、感情を大きく揺らすことなど滅多にない上に、時として普段見せている表情からは考えられないほどの冷徹な判断を下せる人間です。本来ならば誰の助けも必要ないのかもしれませんが……」


たったの二日間程度では知り得なかった本来のコウキの人間性を聞かされ、狭量な私はノワール侯爵に対してモヤモヤとした感情を抱かずにはいられなかった。

そして。


「……伝説の勇者かもしれない存在だ。こんな形で傷つけられては困る」


勇者だから価値があるのではなく、コウキだから価値があるのだということはとっくにわかっていても、ついそんな心にもないことを口にしてしまう。

最早彼の一番の理解者として隣に立つことすらも出来ない私は、決してコウキには選ばれない存在なのだということを強く自覚しながら、この狂おしいほどの恋心を胸に秘める覚悟を決めた。
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