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結局のところ俺は弱い人間で、与えられる快楽への誘惑に抗えない愚か者だということが良くわかった。




普段滅多に足を踏み入れることもない高級ホテルでの食事。

相手は遥か雲の上の存在だと思っていた上司。

この日の俺は、深見の事で味わった傷が再び疼きだした事と、エレベーターでの閉じ込めという人生初の経験のせいで相当な緊張とストレスを感じていたこともあってか、それほど弱くはない筈のアルコールの回りがやたらと早く、食事が終わって同じホテル内にあるバーに移動した時には不覚にもかなり判断能力が鈍っていた。

そんな状態のところに。


「偶然を必然に変えるのも悪くないと思わないか?」


なんて、普段言われたこともない甘い言葉で誘われればひと溜まりもなかった。


つい数時間前まであった桐生部長に対する苦手意識や警戒心なんて綺麗に吹き飛んでしまい、偶然起こったアクシデントは桐生部長との関係を近付けるための必然だと言われ口説かれれば悪い気はしない。


誰かに想いを寄せることすら躊躇われるほど恋愛に対して臆病になっていた筈なのに、アルコールと桐生部長の瞳にはっきりと表れた熱により、心の奥底で頑なに凍りついていた感情が少しだけ溶かされてしまったのだ。

そして愚かにもその日の内に上司である桐生部長と関係を持つことに了承してしまっていた。


この時の俺の状態を一言でいうのなら、『魔が差した』という言葉に尽きると思う。


何も考えたくない時に、セックスという手段が一時凌ぎに過ぎないまでも、有効だってことは身を持って知っている。

正直忘れさせてくれるのなら誰でも良かったし、実際あんなアクシデントがなかったら、独りで部屋に帰った後、結局は部屋にいることに耐えきれず、一時の快楽を得るために適当に相手を見つけて身を委ねていた可能性もある。

でもそれはあくまでも見ず知らずの後腐れのない相手だった場合。

身バレしてる上に会社の上司っていうリスクの高い相手を選ぶなんて、同性しか愛せないことに悩み続け、友人関係を破綻させるのを恐れたがために、敢えて卒業式という関係を断てるタイミングで告白をする小心者で卑怯な俺には本来ならばあり得ないことなのだ。




部屋に入るなり抱き締められ、唇を重ねられた。
薄く開いた唇から入り込んできた桐生部長の舌が俺の舌を捉える。

その感触があまりに生々しく、それまでどこかふわふわとした気分だったものが一気に吹き飛ばされ急に現実に戻された気がした俺は、ぎこちない動きでそれに応えた。


「緊張してる?」

「……ええ。まあ」


もう顔も覚えていない初めての相手の時も相当緊張した気がするが、職場の上司という見知った相手の桐生部長のほうが確実に緊張の度合いが上だった。

今更ながらに大変な事になってしまったと後悔を感じ始めたその時。


「そんな余裕もなくなるくらい心も身体も蕩けさせてやるから、俺が与える感覚だけに集中してろ」


桐生部長が口元に笑みを湛え甘く囁く。


しかしその言葉とは裏腹に、獰猛なオスの顔で逃がさないとばかりに見つめられ。

俺の浅ましい本能はあっさりと服従の意思を示したのだった。
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