想いの先にあるものは

36.side 桐生臣音 5

その日の俺は、朝から無理難題ばかりを押し付けられ相当苛立っていた。


朝一番にあった部長クラス以上が集まる役員会議の席では、ほぼお飾りだと云われている無能な営業部長に、年間の業績目標が達成出来ないかもしれない可能性を営業企画部の戦略ミスだと言いがかりを付けられ。

そうではない証拠となる資料を提示すれば、今度は示し合わせたかのように生産統括部から、現在の生産体制では営業企画部が立てた目標数を供給し続けるのは厳しいと言われ。

企画開発部からは予測したような結果が得られないのならば、もっと開発予算を増やして他社に負けないものを作るべきだと熱弁を奮われ。

まるで責任逃れのように自分勝手な事ばかり言い出す人間達に辟易していた。


（挙げ句に、今の人事や会社の体制に文句があるんなら、さっさと取締役になるか今すぐ有益な効果をもたらしてくれる相手と結婚しろだと！？　ふざけんな！！）


会議の後、ランチミーティングという名目でこの会社の社長をしている父親に呼び出された俺は、そんな下らない選択肢を提示されことに腸はらわたが煮えくりかえるような思いだった。


ここ数年、親戚連中がうるさくなってきてることは知っている。
俺だって結婚しないとは言ってない。

ただ俺が知る限り、会社に素晴らしい効果をもたらしてくれるような結婚をした人間は見当たらないので、そこまで熱心にお勧めされる理由は何なんだろうと不思議に思わずにはいられない。


今時、一族経営だとか政略結婚だとか時代遅れな感も否めないが、それが会社経営において有利に働く場合もあるのだから全否定する気はない。

俺も創業者一族の直系として生まれたからには、その体制に組み込まれる事を当たり前だと受け入れて生きてきた。

でも、会社の存続と発展のために尽力するのと、会社のために言いなりになって動くのとは違う。

誰に指図されなくても数年以内に取締役に就任するつもりでいるし、結婚にしたって本当にそれしか会社のためになる選択肢がないっていう状況なら、どんな相手であろうとも文句を言わずに受け入れるだけの覚悟はある。


（まあ、そんな壊滅的な状況になる前に無能な連中を一掃してやるけどな……）


その筆頭ともいえる日和見主義の人事部長と、責任逃ればかり上手で役立たずの営業部長の顔を思い出し、苦々しい気持ちにさせられた。


しかも今は、営業企画部は次の戦略会議に向けての準備が最終段階に入っている最中で、当然のことながら部長の俺にもやらなければならないことが山積みの状況でこの話。

イラつくなってほうが無理がある。


やや乱暴にエレベーターのボタンを押すと、それほど待たずに到着を知らせる音が鳴る。

俺は何の交渉もせずに外注の言いなりのまま、ふざけた見積と納期を提示してきた発注部門に一言文句を言うため、荒々しい足取りでエレベーターへと乗り込んだ。



ポーンという音がどこかのフロアに到着したことを知らせる。

表示は七階。
俺が普段いる営業企画部がある階だ。

それに気付いた途端。
俺があの日の相手だということに全く気付いていない上に、俺の事を苦手に思っているのを隠しきれていない部下の顔が思い浮かぶ。


（少しこっちに寄ってから行くか……）


その時、開いたドアの向こうに見えたのは──。


──たった今、俺が心に思い描いていた相手である、秋山樹の姿だった。