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01.いつもの日常⋯⋯じゃない?
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朝六時。ジリ、とこれから耳障りな音を発そうとしていた目覚ましは、今日も肩透かしを食らったかのように静まり返る。さぁ、今から爆音を響かせてやるぜ!とばかりに大きく深呼吸をした直後に、口を塞がれたような気分だろう。
寝室は一瞬静まり返るが、よく耳を澄ませば遠くの方で鳥の鳴く声が小さく聞こえる。頭のてっぺんを押さえつけていた目覚まし時計から手を放し、よし今日も勝利したぞと、私は他愛のない勝負の勝利に喜んだ。私対目覚まし時計の勝負は、今のところ全戦全勝だ。
スリッパを履き、木張りの廊下を歩いて洗面所へ向かう。蛇口を赤色のマークの方へ捻って少し待てば適温の温水が出てくるが、今日は天気が良くて、気温が少し高い。冷水でも全く問題がないので、蛇口から零れる少し冷たい水で顔を洗う。
ついでに口も軽く濯いで、顔にペタペタと化粧水を付ける。洗顔後はすぐに化粧水を付けないと乾燥して大変なことになってしまう。あの皮膚が突っ張るような感覚はどうにもいけない。十代の頃はスキンケアなんか気にしなくても、もちもち肌だったんだけどなぁ。これが年を取るということか。
……いけない、思わず朝から遠い目をしてしまった。
パジャマからシンプルな紺のワンピースに着替え、台所に立つ。ワンピースは良い。何せ頭から被って、背中のファスナーを閉じれば着替え終了だ。なんてラクチン。それに洗濯してもシワになりにくいタイプのワンピースなので、手入れも楽。素晴らしい。
ワンピースの上からエプロンを付け、冷蔵庫からタッパーを取り出す。今日の朝食のメインは、昨日の夕飯の残りである筑前煮だ。筑前煮を電子レンジで温めている間に、みそ汁と卵焼きを作る。そこに、解凍したご飯を付けて、本日の朝食の用意完成。リビングの時計は、六時三十分を指していた。
テレビでは朝のニュースをやっていて、天気予報曰く今日は一日快晴らしい。窓から差し込む光の強さからも天候の良さを感じる。
ニュースを見ながら朝食を終えた後は洗濯機を回し、その間に家中に掃除機をかけて回る。
我が家は大きな和室が一室に洋室が四室あり、正直一人で暮らすには手に余る広さの一軒家だ。
元々この家を建てたのが私の祖父母で、のびのびと入浴できる大きな檜風呂と、調理器具が充実した広々とした最新キッチンがこの家のアピールポイントだ。お風呂好きな祖父と、料理好きな祖母が建設時にかなり細かく要望を出して作ってもらったらしい。
掃除機をかけ終えると、丁度洗濯機が停止の音を響かせた。一人暮らしなので洗濯物の数は少ない。あっという間に洗濯物を干し終えた所で、時刻は八時半を過ぎたあたりだった。
「さてと……、今日は何をしようかなぁー」
仕事は特に切羽詰まったものはないし、久しぶりに今日一日はのんびりと過ごすのもいいかもしれない。
この家は殆ど山奥にあり、隣の家に行くのも徒歩十分はかかる。
何故そんな孤立したかのような場所に祖父母が家を建てたのかというと、単純にこの辺り一帯が祖父母の所有する土地だからだ。老後は二人で静かに暮らしたい、という希望からこの辺りの土地を買い占め、家を建てたらしい。
都会の喧騒から離れた所で暮らし始めてからというもの、私はあまり人込みが得意ではなくなってしまった。友人や仕事関係者からは「仙人にでもなるつもりか」と今の暮らしを揶揄されるが、どうやら私は都会よりも田舎の方が肌にあっていたのだと知った。二十五年越しに知った新事実だ。
そんなわけで休日と言えど喜び勇んでショッピングに出掛けるつもりはなく、外の清涼な空気を吸いに散歩でもしようかなと何となく今日の予定を組み立てる。
家の裏手にはなだらかな傾斜の獣道があり、小さな川も流れている。今日は少し暖かいので、川に足を付けて涼むのも悪くない。
そう考えながら、私は普段使う表玄関ではなく、裏口を使って外へ出た。
目の前には見慣れた木々と獣道が見える……はずだったんだけど。
「……は? ゆ、雪……⁉」
肌を切り裂くような冷たい風を全身に受け、咄嗟に瞑った目をゆっくりと開くと、そこに待ち受けていたのは一面の銀世界。
吹雪のように雪が舞い散り、足元を見ればかなりの高さで積雪している。裏口は引き戸で、扉を開けた拍子に足元の雪が少し裏口のほうへとなだれ込んできた。
サンダルを履いていたため直接雪が足に触れ、私の体温で少しだけ溶けた雪を呆然と見つめる。風や雪の冷たさ、熱を感知して溶ける雪の姿を見て、この光景が夢や幻ではないことを理解した。
「……いや、うん。夢じゃないって理解はした。理解はしたけど……、えぇー、なにこれ……。今は夏目前の時期で、間違っても雪が降るような季節じゃないんだけど……」
突然の異常気象?
いやいや、よく考えてみろ。天気予報だって今日は晴天だって言っていたし、洗濯物を干すために朝庭に出たけど、絶対に雪なんか降っていなかった。
しかもよくよく見てみれば、景色自体がおかしい。
雪が降っていることは勿論おかしいんだけど、それ以前に木が一本も生えていないのだ。
我が家の裏口は、木々に囲まれた獣道とつながっており、裏口を開ければ必ず木が見えるようになっている。
それなのに、今私の視界に映っているのは雪、雪、雪。
足跡一つない綺麗な雪が積もり、それ以外には何もない。雪の白しかない世界だ。
「……とりあえずドアを閉めてみよう」
こちらに入ってきていた雪ごと押し込むようにして扉を閉める。すると先ほどまで感じていた冷気は途端に消え失せ、代わりに生ぬるい風を感じた。
裏口とは反対側にある表玄関の方へ向かい、ゆっくりと扉を開いてみる。
大きな表玄関の先には、見慣れた光景が広がっており、私は大きく息を吐いた。雪は降っていないし、車を止めているガレージが見える。知らずうちに呼吸が浅くなっていたようで、ゆっくりと深呼吸をすれば少し気持ちが落ち着いた。
この家から外に繋がっているのは、表玄関、庭沿いの縁側、そして裏口の三つだ。
表玄関、そして縁側と庭を隔てているガラス障子を何度か開け閉めしてみたが、特に異変はない。
どうやらあの裏口だけがおかしなことになってしまったらしい。
寝室は一瞬静まり返るが、よく耳を澄ませば遠くの方で鳥の鳴く声が小さく聞こえる。頭のてっぺんを押さえつけていた目覚まし時計から手を放し、よし今日も勝利したぞと、私は他愛のない勝負の勝利に喜んだ。私対目覚まし時計の勝負は、今のところ全戦全勝だ。
スリッパを履き、木張りの廊下を歩いて洗面所へ向かう。蛇口を赤色のマークの方へ捻って少し待てば適温の温水が出てくるが、今日は天気が良くて、気温が少し高い。冷水でも全く問題がないので、蛇口から零れる少し冷たい水で顔を洗う。
ついでに口も軽く濯いで、顔にペタペタと化粧水を付ける。洗顔後はすぐに化粧水を付けないと乾燥して大変なことになってしまう。あの皮膚が突っ張るような感覚はどうにもいけない。十代の頃はスキンケアなんか気にしなくても、もちもち肌だったんだけどなぁ。これが年を取るということか。
……いけない、思わず朝から遠い目をしてしまった。
パジャマからシンプルな紺のワンピースに着替え、台所に立つ。ワンピースは良い。何せ頭から被って、背中のファスナーを閉じれば着替え終了だ。なんてラクチン。それに洗濯してもシワになりにくいタイプのワンピースなので、手入れも楽。素晴らしい。
ワンピースの上からエプロンを付け、冷蔵庫からタッパーを取り出す。今日の朝食のメインは、昨日の夕飯の残りである筑前煮だ。筑前煮を電子レンジで温めている間に、みそ汁と卵焼きを作る。そこに、解凍したご飯を付けて、本日の朝食の用意完成。リビングの時計は、六時三十分を指していた。
テレビでは朝のニュースをやっていて、天気予報曰く今日は一日快晴らしい。窓から差し込む光の強さからも天候の良さを感じる。
ニュースを見ながら朝食を終えた後は洗濯機を回し、その間に家中に掃除機をかけて回る。
我が家は大きな和室が一室に洋室が四室あり、正直一人で暮らすには手に余る広さの一軒家だ。
元々この家を建てたのが私の祖父母で、のびのびと入浴できる大きな檜風呂と、調理器具が充実した広々とした最新キッチンがこの家のアピールポイントだ。お風呂好きな祖父と、料理好きな祖母が建設時にかなり細かく要望を出して作ってもらったらしい。
掃除機をかけ終えると、丁度洗濯機が停止の音を響かせた。一人暮らしなので洗濯物の数は少ない。あっという間に洗濯物を干し終えた所で、時刻は八時半を過ぎたあたりだった。
「さてと……、今日は何をしようかなぁー」
仕事は特に切羽詰まったものはないし、久しぶりに今日一日はのんびりと過ごすのもいいかもしれない。
この家は殆ど山奥にあり、隣の家に行くのも徒歩十分はかかる。
何故そんな孤立したかのような場所に祖父母が家を建てたのかというと、単純にこの辺り一帯が祖父母の所有する土地だからだ。老後は二人で静かに暮らしたい、という希望からこの辺りの土地を買い占め、家を建てたらしい。
都会の喧騒から離れた所で暮らし始めてからというもの、私はあまり人込みが得意ではなくなってしまった。友人や仕事関係者からは「仙人にでもなるつもりか」と今の暮らしを揶揄されるが、どうやら私は都会よりも田舎の方が肌にあっていたのだと知った。二十五年越しに知った新事実だ。
そんなわけで休日と言えど喜び勇んでショッピングに出掛けるつもりはなく、外の清涼な空気を吸いに散歩でもしようかなと何となく今日の予定を組み立てる。
家の裏手にはなだらかな傾斜の獣道があり、小さな川も流れている。今日は少し暖かいので、川に足を付けて涼むのも悪くない。
そう考えながら、私は普段使う表玄関ではなく、裏口を使って外へ出た。
目の前には見慣れた木々と獣道が見える……はずだったんだけど。
「……は? ゆ、雪……⁉」
肌を切り裂くような冷たい風を全身に受け、咄嗟に瞑った目をゆっくりと開くと、そこに待ち受けていたのは一面の銀世界。
吹雪のように雪が舞い散り、足元を見ればかなりの高さで積雪している。裏口は引き戸で、扉を開けた拍子に足元の雪が少し裏口のほうへとなだれ込んできた。
サンダルを履いていたため直接雪が足に触れ、私の体温で少しだけ溶けた雪を呆然と見つめる。風や雪の冷たさ、熱を感知して溶ける雪の姿を見て、この光景が夢や幻ではないことを理解した。
「……いや、うん。夢じゃないって理解はした。理解はしたけど……、えぇー、なにこれ……。今は夏目前の時期で、間違っても雪が降るような季節じゃないんだけど……」
突然の異常気象?
いやいや、よく考えてみろ。天気予報だって今日は晴天だって言っていたし、洗濯物を干すために朝庭に出たけど、絶対に雪なんか降っていなかった。
しかもよくよく見てみれば、景色自体がおかしい。
雪が降っていることは勿論おかしいんだけど、それ以前に木が一本も生えていないのだ。
我が家の裏口は、木々に囲まれた獣道とつながっており、裏口を開ければ必ず木が見えるようになっている。
それなのに、今私の視界に映っているのは雪、雪、雪。
足跡一つない綺麗な雪が積もり、それ以外には何もない。雪の白しかない世界だ。
「……とりあえずドアを閉めてみよう」
こちらに入ってきていた雪ごと押し込むようにして扉を閉める。すると先ほどまで感じていた冷気は途端に消え失せ、代わりに生ぬるい風を感じた。
裏口とは反対側にある表玄関の方へ向かい、ゆっくりと扉を開いてみる。
大きな表玄関の先には、見慣れた光景が広がっており、私は大きく息を吐いた。雪は降っていないし、車を止めているガレージが見える。知らずうちに呼吸が浅くなっていたようで、ゆっくりと深呼吸をすれば少し気持ちが落ち着いた。
この家から外に繋がっているのは、表玄関、庭沿いの縁側、そして裏口の三つだ。
表玄関、そして縁側と庭を隔てているガラス障子を何度か開け閉めしてみたが、特に異変はない。
どうやらあの裏口だけがおかしなことになってしまったらしい。
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