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第6話 Phantom Rules(2/25 '23 改
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――数日前。
「捜査打ち切りってどういうことですか?!」
コフタ=マサキ刑事は、我を忘れて声を荒らげる。
「コフタ、申し訳ない。しかし、この事件は……」
「人が死んでるんですよ! まさか犯人を野放しにしろっていうんですか! 殺人事件なのに! オマケに誘拐もされてるんですよ! どういうことなんですか!」
上司はどうにか宥めようとする。
しかし、彼は、マサキが怒り狂っている理由を知っていた。
――マサキには妻と一人娘がいた。
刑事という仕事柄、家を開けることが少なくない。
そのことを、マサキは申し訳なく思っていた。
それでも、ケイコは文句一つ言わずに、自分を支えてくれた。
カナも年頃であったが、素直な良い子に育ってくれた。
平凡だが、幸せだった。
そんな幸せな日々は、突然終わった。
ケイコが殺されたのだ。しかも、カナまでいなくなった。
マサキが仕事から帰ってきた時、家の中は荒らされ、ケイコは倒れていた。
「ケイコッ!」
叫びながら身体を起こすも、既に事切れている。
カナの安否を確認するために、家中を探し回った。学校から帰ってきているはずの、カナも見当たらない――。
刑事をやっているからか、こういった事件に対して慣れてしまっているところがあった。
いざ、自分が遺族という立場になると、しばらくの間、仕事が手につかないという有様だった。
けれども、なんとしてでも、ケイコの無念を晴らしたい。そして、カナを見つけたかった。
その一心で、なんとか己を奮い立たせた。
ここにきて『捜査打ち切り』である。
この一報はマサキの心を折るのに充分であった。
マサキは事件後、現場となった我が家を引き払い、アパートで暮らすことにする。
事故物件になってしまったためか、未だ買い手はついていない。
買い手がつかないであろうことは折り込み済みだったが、思い出いっぱいの我が家で暮らすことは耐え難いことだった。
――そんなアパートに帰る途中、マサキは挙動不審な男に出くわす。
職質したところ、男は薬物の売人であった。
マサキは、男から薬物を押収する。
だが、その一部を横領し、挙句に、飲んでしまった。
以前のマサキであれば、警察官の沽券に関わるようなマネはしなかったであろう。
マサキはヤケクソになっていた。
「畜生、何が神だ、なんでケイコは死んだんだ! 神なんかいやしないんだ!」
――ケイコが教会に行っていたこと。カナが洗礼を受けてクリスチャンになったこと――マサキは、そんなことを思い出していた。
そのうえ、マサキは酒を飲み、そのまま眠りに落ちた。
***
翌日、目を覚ましたマサキは、いつものように職場である警察署に向かう。
道中にある、ゴミ集積所の前を通ったときのことだ。
カラスがゴミ袋をつつき、中のゴミを引きずり出していた。
カラスがゴミを漁ることは、別に珍しいことではない。いい気分はしないというのはともかく。特段珍しい光景でもない。いつものマサキなら通り過ぎるだろう。
けれど、その日は、立ち止まった。
「カラスってやつはどうしようもないな」
マサキはボヤきながら、カラスがゴミを散らかしている様を見ていた。
そんなマサキの目に、突如、異変が起こった。目の前の光景が赤くなったのだ。まるで、赤い下敷きを通したかのように。
視界の中にいたカラスは、聞き慣れない鳴き声を上げる。
それとともに、喉元から血を噴き出した。
視界は元に戻った。それとともに、ゴミ捨て場には血だまりができていた。
血だまりの中に、カラスが転がっている。喉元を見ると、ナイフで掻っ切られたような深い傷がついていた。
マサキは恐ろしくなり、その場を逃げるようにして立ち去った。
そういうことがあって以来、マサキは常にサングラスをかけている。
『視界が赤くなる』ことはゴミ捨て場の一件以来なかったが、今後も起こらないとは言いきれないからだ。
――カラスだったからよかったようなものを、もし、人間だとしたら、取り返しがつかない――。
もっとも、サングラスでそれを防げるという保証はなかったが。
――そもそも、なんでこんなことが起こったんだ。なんてものを売ってるのか。
いや、押収品に手をつけたのが悪い。これに関しては自業自得だ。
でも、もしかしたら、古府田家で起こった事件は、このヤクが関わっているのかもしれない――。
やり方が宜しくないとはいえ、図らずも手がかりを得た。
今のマサキは、こう考えるしか無かった。
***
「コフタ、話がある」
デスクワーク中に、上司からこう切り出された。マサキは気が気でなかった。
「はい、なんでしょうか」
「後で別の場所に来てくれるか? ここじゃできない話なんだ」
ここじゃできない話か。自分を罷免するというのであれば、秘密にする必要もない。あえて場所を変えることはないだろう。
「ところで、最近、ずっとサングラスをかけているようだが。大丈夫なのか?」
マサキはほっとしたのもつかの間、心臓が縮み上がってしまった。自分のことを慮ってのことで、他意はないことはわかっているのだが。
「大丈夫ですっ。ただちょっと最近眩しいなと感じることが多くて……」
「本当に大丈夫なのか? 無茶はしないでくれよ。じゃないとこっちが監督不届きになるからな」
***
業務を終え、上司と共にカラオケボックスに向かう。確かに、ここなら話を聞かれることもない。
「で、話とはなんですか?」
マサキは部屋に入るなり、単刀直入に言う。
「話というのは、ケイコさんとカナちゃんの事件のことだ」
マサキは、思わず身を乗り出した。
「この事件は、『ヴァンパイア案件』だ。
ケイコさんは検死の結果、首筋に噛み跡があり、血が抜かれていた。
こういった死体は『ヴァンパイア案件』として処理され、事件性はないものとされる。
カナちゃんの生死は不明だ。
ただ、犯人はこの事を知っていて、あえてケイコさんに手をかけたのではないか。
カナちゃんを連れ去っただけだと誘拐になるから、操作の手が自分に及ばぬように――」
「そんなことのために、ケイコを殺したのか!」
上司の推理を聞いていたマサキは、堪らず声を張り上げた。
「……申し訳ありません。それにしても『ヴァンパイア案件』とは...…」
マサキは大声を出してしまったことを詫びる。
「じゃあ、我々警察にはどうしようもないということですか?」
マサキは力なく、項垂れる。
項垂れているマサキを見た上司は、励ますかのように話しを切り出す。
「……ここからが本題になるんだが……」
***
休日、マサキは一人、四階建てのビルの前に来ていた。傍目には一般的な事務所に見える。
――火鳥会事務所。
そこは、関東を根城にする指定暴力団『火鳥会』の根城である。
マサキは社会に出てからというもの、警察官一筋でやってきた。
当然暴力団などというものは水と油のようなものだ。排除する側の人間が関係を持つなんていうのは、まず考えられないことである。
――ケイコとカナの為だ。背に腹はかえられぬ――。
謎の圧力によって身動きが取れなくなった以上、こうするしかないではないか。
それに、押収品の横領と、麻薬取締法違反というふたつの罪を犯しているのだ。
今のマサキに、怖いものはなかった。
マサキは中に入り、受付で待つ。
しばらくして、組員が迎えに来る。「話は伺っている組長の元に案内からついてこい」と言われた。
話が通っているということは、こっちの正体は知れているということだろう。
マサキにしてみたら、敵地に乗り込むようなものだ。
見たところ、敵意は感じられない。そこで、組員の後について行くことにした。
「あんたがコフタ=マサキか。話は聞いてるよ」
火鳥会の組長、リュウザキ=ゲンジロウは、穏やかにマサキを迎え入れる。
「まあ、そう固くならずに。ここには『ビジネスで』来たんだろう?」
――裏社会の人間が警察相手に取引しようなど、厚顔無恥とはこの事か。
さりとて、ここは根城だ。ここで好意を無下にするような真似をしたとしよう。多勢に無勢、一方的にやられるのがオチだ――。
マサキは意を決し、取引に応じることにした。
「なあに、こっちとしてはあんたに金をよこせとかそういうことじゃない。
ただ、仕事の邪魔をして欲しくないだけなんですわ。
それに、あんただって俺らがパクられたら困るでしょう? まあ、いくらか謝礼はいただくことになるかもしれませんが」
ゲンジロウはニンマリ笑った。
「ところで、俺たちと取引しようってのは隣にいる女が関係あるのか?」
ゲンジロウのそばにいた男が口を開く。
髪はオールバック、服装はノーネクタイのスーツという出で立ちだ。
左頬の傷跡が凄みを利かせている。
「隣にいる女?」
マサキは怪訝の色を浮かべる。マサキは一人で来たのだ。女などいるはずがない。
「誰もいないじゃないか。ふざけるのも大概にしろ!」
マサキは声を荒らげた。
「そいつはカシラのオグマ=ヨウヘイ。なんでも『見えちゃいけないものが見える』そうだ。
確かに、こんなところで幽霊の話をするなんざふざけてるとしか思えんわな。ただ、仕事中とカチコミの時、オグマの力が存外役に立ってるんでね」
それを聞いてマサキは、幾分か落ち着きを取り戻す。一呼吸おいた後、ヨウヘイに尋ねた。
「……ケイコか?」
「ケイコっていうのかはわからんが、女なのは確かだ。あんたのこと、ずっと見てるぜ」
「……ひとつ聞きたいことがあるんだが、カナはいるのか? カナは中学生くらいの女の子なんだが」
「いいや。ここには一人しかいないぜ」
マサキは感極まって、顔を手で覆った。カナは、生きているとわかったからである。
「話は終いだ。コフタさんを外まで送ってくれ」
ゲンジロウはヨウヘイに、マサキを外に送る組員を呼んでくるように命じる。
ヨウヘイに呼ばれてやってきた組員が部屋にくると、マサキを外まで連れ出した。
***
マサキが部屋を出た後に、ゲンジロウがヨウヘイに話しかけた。
「いつだったか『幽霊が見えるぞ』っていう話をしてたな。
『それで商売できるじゃないですか』って言われたとき、お前さん、それを突っぱねたそうじゃねぇか」
それを聞いたヨウヘイは、こう答えた。
「親分。世の中には、先祖が苦しんでるぞっつって、壷を売るような、アコギな商売してる連中がいるのは知ってるぜ。
でもな、そういう類の商売は、俺の任侠に反するんだ。大体、俺の前に現れるのは、非業の死を遂げたのばっかりだ」
それに対し、ゲンジロウは笑い気味に返す。
「オグマ、お前はよく『幽霊は見てるだけで何もしないからビビることはねえ』って言ってるじゃねえか。
金儲けの種にしたくねぇってのは、タタられたくないからじゃねぇのか?」
ヨウヘイは苦笑した。
***
ヨウヘイとやり取りした後、ゲンジロウは電話をかけた。
呼出音が2回したところで、相手が電話に出る。
『どのような用でして?』
電話の向こうにいるものは、砕けた調子で話しかけた。どうやら、顔見知りらしい。
「今日、事務所にコフタ=マサキっていうサツが来た。それで、俺らに協力を仰いできた」
『コフタ=マサキ?』
「そうだ。知り合いなのか?」
『実は、今、私の元にコフタ=カナっていう女の子がいるんですの。もしかして、ご親戚の方かな、と思いまして』
「そうなのか。コフタ=マサキは、カナのことを探してるみたいでな。伝えておくか?」
『そうですわね……まず、こちらのほうで、カナさんに、マサキさんの話をしてみますの。その後、こちらから連絡いたしますわ』
「わかった」
『その事で、お電話をくださったのね。ありがとう存じます』
「いやいや。こっちもあんたにはお世話になってるからな。今後もよろしくな、イハラ=ウラトさん」
「捜査打ち切りってどういうことですか?!」
コフタ=マサキ刑事は、我を忘れて声を荒らげる。
「コフタ、申し訳ない。しかし、この事件は……」
「人が死んでるんですよ! まさか犯人を野放しにしろっていうんですか! 殺人事件なのに! オマケに誘拐もされてるんですよ! どういうことなんですか!」
上司はどうにか宥めようとする。
しかし、彼は、マサキが怒り狂っている理由を知っていた。
――マサキには妻と一人娘がいた。
刑事という仕事柄、家を開けることが少なくない。
そのことを、マサキは申し訳なく思っていた。
それでも、ケイコは文句一つ言わずに、自分を支えてくれた。
カナも年頃であったが、素直な良い子に育ってくれた。
平凡だが、幸せだった。
そんな幸せな日々は、突然終わった。
ケイコが殺されたのだ。しかも、カナまでいなくなった。
マサキが仕事から帰ってきた時、家の中は荒らされ、ケイコは倒れていた。
「ケイコッ!」
叫びながら身体を起こすも、既に事切れている。
カナの安否を確認するために、家中を探し回った。学校から帰ってきているはずの、カナも見当たらない――。
刑事をやっているからか、こういった事件に対して慣れてしまっているところがあった。
いざ、自分が遺族という立場になると、しばらくの間、仕事が手につかないという有様だった。
けれども、なんとしてでも、ケイコの無念を晴らしたい。そして、カナを見つけたかった。
その一心で、なんとか己を奮い立たせた。
ここにきて『捜査打ち切り』である。
この一報はマサキの心を折るのに充分であった。
マサキは事件後、現場となった我が家を引き払い、アパートで暮らすことにする。
事故物件になってしまったためか、未だ買い手はついていない。
買い手がつかないであろうことは折り込み済みだったが、思い出いっぱいの我が家で暮らすことは耐え難いことだった。
――そんなアパートに帰る途中、マサキは挙動不審な男に出くわす。
職質したところ、男は薬物の売人であった。
マサキは、男から薬物を押収する。
だが、その一部を横領し、挙句に、飲んでしまった。
以前のマサキであれば、警察官の沽券に関わるようなマネはしなかったであろう。
マサキはヤケクソになっていた。
「畜生、何が神だ、なんでケイコは死んだんだ! 神なんかいやしないんだ!」
――ケイコが教会に行っていたこと。カナが洗礼を受けてクリスチャンになったこと――マサキは、そんなことを思い出していた。
そのうえ、マサキは酒を飲み、そのまま眠りに落ちた。
***
翌日、目を覚ましたマサキは、いつものように職場である警察署に向かう。
道中にある、ゴミ集積所の前を通ったときのことだ。
カラスがゴミ袋をつつき、中のゴミを引きずり出していた。
カラスがゴミを漁ることは、別に珍しいことではない。いい気分はしないというのはともかく。特段珍しい光景でもない。いつものマサキなら通り過ぎるだろう。
けれど、その日は、立ち止まった。
「カラスってやつはどうしようもないな」
マサキはボヤきながら、カラスがゴミを散らかしている様を見ていた。
そんなマサキの目に、突如、異変が起こった。目の前の光景が赤くなったのだ。まるで、赤い下敷きを通したかのように。
視界の中にいたカラスは、聞き慣れない鳴き声を上げる。
それとともに、喉元から血を噴き出した。
視界は元に戻った。それとともに、ゴミ捨て場には血だまりができていた。
血だまりの中に、カラスが転がっている。喉元を見ると、ナイフで掻っ切られたような深い傷がついていた。
マサキは恐ろしくなり、その場を逃げるようにして立ち去った。
そういうことがあって以来、マサキは常にサングラスをかけている。
『視界が赤くなる』ことはゴミ捨て場の一件以来なかったが、今後も起こらないとは言いきれないからだ。
――カラスだったからよかったようなものを、もし、人間だとしたら、取り返しがつかない――。
もっとも、サングラスでそれを防げるという保証はなかったが。
――そもそも、なんでこんなことが起こったんだ。なんてものを売ってるのか。
いや、押収品に手をつけたのが悪い。これに関しては自業自得だ。
でも、もしかしたら、古府田家で起こった事件は、このヤクが関わっているのかもしれない――。
やり方が宜しくないとはいえ、図らずも手がかりを得た。
今のマサキは、こう考えるしか無かった。
***
「コフタ、話がある」
デスクワーク中に、上司からこう切り出された。マサキは気が気でなかった。
「はい、なんでしょうか」
「後で別の場所に来てくれるか? ここじゃできない話なんだ」
ここじゃできない話か。自分を罷免するというのであれば、秘密にする必要もない。あえて場所を変えることはないだろう。
「ところで、最近、ずっとサングラスをかけているようだが。大丈夫なのか?」
マサキはほっとしたのもつかの間、心臓が縮み上がってしまった。自分のことを慮ってのことで、他意はないことはわかっているのだが。
「大丈夫ですっ。ただちょっと最近眩しいなと感じることが多くて……」
「本当に大丈夫なのか? 無茶はしないでくれよ。じゃないとこっちが監督不届きになるからな」
***
業務を終え、上司と共にカラオケボックスに向かう。確かに、ここなら話を聞かれることもない。
「で、話とはなんですか?」
マサキは部屋に入るなり、単刀直入に言う。
「話というのは、ケイコさんとカナちゃんの事件のことだ」
マサキは、思わず身を乗り出した。
「この事件は、『ヴァンパイア案件』だ。
ケイコさんは検死の結果、首筋に噛み跡があり、血が抜かれていた。
こういった死体は『ヴァンパイア案件』として処理され、事件性はないものとされる。
カナちゃんの生死は不明だ。
ただ、犯人はこの事を知っていて、あえてケイコさんに手をかけたのではないか。
カナちゃんを連れ去っただけだと誘拐になるから、操作の手が自分に及ばぬように――」
「そんなことのために、ケイコを殺したのか!」
上司の推理を聞いていたマサキは、堪らず声を張り上げた。
「……申し訳ありません。それにしても『ヴァンパイア案件』とは...…」
マサキは大声を出してしまったことを詫びる。
「じゃあ、我々警察にはどうしようもないということですか?」
マサキは力なく、項垂れる。
項垂れているマサキを見た上司は、励ますかのように話しを切り出す。
「……ここからが本題になるんだが……」
***
休日、マサキは一人、四階建てのビルの前に来ていた。傍目には一般的な事務所に見える。
――火鳥会事務所。
そこは、関東を根城にする指定暴力団『火鳥会』の根城である。
マサキは社会に出てからというもの、警察官一筋でやってきた。
当然暴力団などというものは水と油のようなものだ。排除する側の人間が関係を持つなんていうのは、まず考えられないことである。
――ケイコとカナの為だ。背に腹はかえられぬ――。
謎の圧力によって身動きが取れなくなった以上、こうするしかないではないか。
それに、押収品の横領と、麻薬取締法違反というふたつの罪を犯しているのだ。
今のマサキに、怖いものはなかった。
マサキは中に入り、受付で待つ。
しばらくして、組員が迎えに来る。「話は伺っている組長の元に案内からついてこい」と言われた。
話が通っているということは、こっちの正体は知れているということだろう。
マサキにしてみたら、敵地に乗り込むようなものだ。
見たところ、敵意は感じられない。そこで、組員の後について行くことにした。
「あんたがコフタ=マサキか。話は聞いてるよ」
火鳥会の組長、リュウザキ=ゲンジロウは、穏やかにマサキを迎え入れる。
「まあ、そう固くならずに。ここには『ビジネスで』来たんだろう?」
――裏社会の人間が警察相手に取引しようなど、厚顔無恥とはこの事か。
さりとて、ここは根城だ。ここで好意を無下にするような真似をしたとしよう。多勢に無勢、一方的にやられるのがオチだ――。
マサキは意を決し、取引に応じることにした。
「なあに、こっちとしてはあんたに金をよこせとかそういうことじゃない。
ただ、仕事の邪魔をして欲しくないだけなんですわ。
それに、あんただって俺らがパクられたら困るでしょう? まあ、いくらか謝礼はいただくことになるかもしれませんが」
ゲンジロウはニンマリ笑った。
「ところで、俺たちと取引しようってのは隣にいる女が関係あるのか?」
ゲンジロウのそばにいた男が口を開く。
髪はオールバック、服装はノーネクタイのスーツという出で立ちだ。
左頬の傷跡が凄みを利かせている。
「隣にいる女?」
マサキは怪訝の色を浮かべる。マサキは一人で来たのだ。女などいるはずがない。
「誰もいないじゃないか。ふざけるのも大概にしろ!」
マサキは声を荒らげた。
「そいつはカシラのオグマ=ヨウヘイ。なんでも『見えちゃいけないものが見える』そうだ。
確かに、こんなところで幽霊の話をするなんざふざけてるとしか思えんわな。ただ、仕事中とカチコミの時、オグマの力が存外役に立ってるんでね」
それを聞いてマサキは、幾分か落ち着きを取り戻す。一呼吸おいた後、ヨウヘイに尋ねた。
「……ケイコか?」
「ケイコっていうのかはわからんが、女なのは確かだ。あんたのこと、ずっと見てるぜ」
「……ひとつ聞きたいことがあるんだが、カナはいるのか? カナは中学生くらいの女の子なんだが」
「いいや。ここには一人しかいないぜ」
マサキは感極まって、顔を手で覆った。カナは、生きているとわかったからである。
「話は終いだ。コフタさんを外まで送ってくれ」
ゲンジロウはヨウヘイに、マサキを外に送る組員を呼んでくるように命じる。
ヨウヘイに呼ばれてやってきた組員が部屋にくると、マサキを外まで連れ出した。
***
マサキが部屋を出た後に、ゲンジロウがヨウヘイに話しかけた。
「いつだったか『幽霊が見えるぞ』っていう話をしてたな。
『それで商売できるじゃないですか』って言われたとき、お前さん、それを突っぱねたそうじゃねぇか」
それを聞いたヨウヘイは、こう答えた。
「親分。世の中には、先祖が苦しんでるぞっつって、壷を売るような、アコギな商売してる連中がいるのは知ってるぜ。
でもな、そういう類の商売は、俺の任侠に反するんだ。大体、俺の前に現れるのは、非業の死を遂げたのばっかりだ」
それに対し、ゲンジロウは笑い気味に返す。
「オグマ、お前はよく『幽霊は見てるだけで何もしないからビビることはねえ』って言ってるじゃねえか。
金儲けの種にしたくねぇってのは、タタられたくないからじゃねぇのか?」
ヨウヘイは苦笑した。
***
ヨウヘイとやり取りした後、ゲンジロウは電話をかけた。
呼出音が2回したところで、相手が電話に出る。
『どのような用でして?』
電話の向こうにいるものは、砕けた調子で話しかけた。どうやら、顔見知りらしい。
「今日、事務所にコフタ=マサキっていうサツが来た。それで、俺らに協力を仰いできた」
『コフタ=マサキ?』
「そうだ。知り合いなのか?」
『実は、今、私の元にコフタ=カナっていう女の子がいるんですの。もしかして、ご親戚の方かな、と思いまして』
「そうなのか。コフタ=マサキは、カナのことを探してるみたいでな。伝えておくか?」
『そうですわね……まず、こちらのほうで、カナさんに、マサキさんの話をしてみますの。その後、こちらから連絡いたしますわ』
「わかった」
『その事で、お電話をくださったのね。ありがとう存じます』
「いやいや。こっちもあんたにはお世話になってるからな。今後もよろしくな、イハラ=ウラトさん」
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