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第11話 Tea Party

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 火鳥会の事務所に配達員が来た。組員が応対し、荷物を受け取る。

「この荷物、送り主がミドリ製薬になってるぞ」

「ミドリ製薬? 製薬会社のか? なんだってうちに届くんだ? まさか、そっちのクスリもこしらえてたのか?」

「そっちのクスリだったら、足がつきやすい宅配便なんか使うか? オマケにバカ正直に送り主まで書いてあるし」

 組員たちは、ああでもないこうでもないと言い合う。
 ひとしきり言い合ったあとで、「この荷物は怪しいので開けてみる」ことで満場一致した。

 封を切り、発泡スチロールの梱包を解く。

「うわぁぁぁ!!」
 梱包されたものを見た組員は、絶叫した。

「どうした? お前ら」
 後から来たヨウヘイは怪訝そうに尋ねる。

「カシラ、この荷物、人の頭が入ってますぜ!」


***
「――こちらにご連絡いただき、ありがとう存じますわ」

 ウラトは、ゲンジロウからかかってきた電話を切ると、そばにいるレイハの方を向く。

「レイハ、コフタ=マサキが殺された」
 ウラトは、電話の内容を伝える。人が死んだというのに、淡々としている。

「コフタさんにはどうお伝えいたしましょうか?」

「事実を伝えろ。下手に隠して立てすると、かえって面倒なことになる。
 それから、エリにも話を通してくれ。こういうことは、エリの方が得意だからな」

「承知しました」

 レイハは一礼し、執務室を後にした。


「お父さんが……?」
 カナの元に向かったレイハは、先程のことを伝える。
 それを聞いたカナは、ただ、呆然としていた。

 その場は暫く沈黙に包まれる。
 ふと、カナの頬に、何かが伝ってきた。手でそれを拭う。
 拭った手を見てみると、そこには血が付いていた。

「なんで私の目から血が出ているの?」
 目からの血は、留まることを知らず、流れ続けていた。



 レイハは執務室に戻ると、カナの身に起こったことを報告した。
 それを聞いたあと、ウラトは、ジェイとアサトを呼び出す。

「カナの目から、血が出たそうだ。ジェイ、思い当たることはないか?」

「カナは、血液以外のものも食べられるようになった。陽光にも当たれるようになった。体質の変化が進んだということだろう」
 ウラトの質問に対し、ジェイはこう答えた。

「体質の変化、ですか。変化といえば、目の色が、ウラト様とジェイさんのように、赤目になっていたような……」
 レイハは、カナの容貌について、思い返そうとする。

「そういえば、ジェイ、お前はカナを吸血し、血を与えたのだったな。ヴァンパイアの血には、相手を支配下に置く力がある。カナを下僕にするつもりだったのか?」

「支配下か。確かに、ヴァンパイアの血にはそのような効果がある。純然たるヴァンパイアではないとはいえ、私の血にもあるのかもしれない。
 あと、別にカナを支配下に置くつもりはないぞ。でも、言われてみれば、なんでそんな事をしたのだろうか」

「『なんでそんな事をしたのだろうか』って……人の人生がかかってるんだぞ。その言い草はあまりにも無責任だろうが」
 アサトはジェイの言い分に対し、怒りを通り越して呆れを覚えた。

「まぁよい。結果、カナは血以外も食べられるようになった。日の下にも出られるようになった。結果オーライというやつだ」

 アサトはウラトの方を向き直る。
「失礼を承知ください、ウラト様。ジェイに甘くないですか……?」

「そうか? 余は、誰であっても優しく接しているつもりなんだが?」
 ウラトは臆面もなく返した。


***

 レイハは、ウラトの命を受け、カナをエリの元に案内した。
 エリの世話役になっているマキに事情を説明したあと、レイハは部屋を後にする。そのあと、入れ替わるように、カナは部屋に入った。

 ドアを開けた時、部屋一帯に、光が降り注いでいる。カナは、あまりの眩しさに目を細めた。
 というのも、伊原邸は日の光が入らない作りになっており、昼間でも薄暗いからである。

「あなたがコフタ=カナさんですね? 私はイハラ=エリ。ウラトは、私の姉様です」

 部屋に入ってきたカナに対し、エリは恭しく自己紹介をした。

「初めてなので、恐縮してしまうのでしょうけど、どうぞ、そこのソファーに腰掛けてくださいな」
 エリは穏やかに微笑む。

「は、ハイ!」
 カナはぎこちなさが抜けない返事をした。
 言われるがままに、エリの前にあるソファーに座る。ソファーに腰をかけた状態で、部屋を見回した。

 部屋には、所々に、花や絵が飾られている。
 また、高価であろうアンティーク家具が並べてあった。
 床の上の敷物には、繊細な絵が描かれている。 置いてあるもの全てが、格調高い佇まいで、まさに邸宅、という趣のある部屋であった。

 カナはいわゆる中流家庭の育ちだ。今のご時世を鑑みれば、比較的、恵まれた環境だろう。
 だが、高級家具の類には縁がなかったためか、どうにも落ち着かない。

 それに、カナにはもうひとつ、気になっていることがあった。

「ええと、変なこと言ってすみません。ここは、昼間でもなんか薄暗いのに、この部屋は明るいような気がします」

「『この部屋は明るい』ですか……それはですね、姉様がこの部屋だけ、日が入るように作られたからです。
 なので姉様は、日中はこの部屋に来ることはできません。もっとも、日中はお休みになっていることが殆どですが……」

 日の光は人に活力を与えるものだが、ヴァンパイアにとっては命を奪うものだ。それはウラトでも例外ではない。
 だから、日中は殆ど活動していないとしても、用心には用心を重ね、日の光が入らないような作りにしたのであろう。

 しかし、エリはそうではない。彼女には日の光が必要なのだ。なので、あえて日の光が入るような作りにしたのだろう。
 この明るい部屋は、ウラトのエリに対する、深い愛情そのものだ。カナはそう感じ入った。

「なにか、お飲み物でもいただきますか? 紅茶ならすぐにお出しできますが」

 エリからお茶にしませんかとの誘いを受けた。カナは再度、ドギマギしてしまう。

「紅茶でお願いしますっ」

「ストレートにしますか? それともミルクを入れますか?」

「えーと、じゃあ、ストレートにします」

「マキさん。お湯と茶器をお願いします。それから、お茶菓子も頼みます。私は葉っぱを取ってきますね」
 エリは立ち上がり、紅茶の葉を取りに行くために棚の方へ向かった。同時にマキもエリに頼まれた物を卓に用意する。

「お待たせしました」
 エリは卓につくと、用意された茶器に、茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 カナはその様子を眺めていた。ふと、母が紅茶を入れた時のことを思い出した。

 ――このカップなんだけど、割らないように気をつけなさいよ。〇〇って言うんだけど、これ、高いんだからね――。

 なんという会社のものだったかは、失念した。でも、母は、そのカップを大事にしていた、というのはわかる。
 そんな事を考えていたら、また目から血の涙が出てきた。

「カナさん、大丈夫ですか?」

「心配をおかけしてごめんなさい。私は……」
 カナは涙を堪えようとするも、意思に反してとめどもなく出てくる。

「少々お待ちください」

 エリは、立ち上がってタンスの方に向かう。白のハンカチを取り出すと、カナに差し出した。

「ありがとうございます。でも、ハンカチが……」

「気にしないでください。洗えば落ちますから。
 ……我慢しないでください。カナさんはとても辛い目にあったんです。私はお話を伺うことしかできませんが……」

「……ありがとうございます」
 カナは改めてお礼を言うと、ハンカチで涙を拭った。

 しばらくして、カナは気を取り直す。紅茶の入ったカップに手を伸ばし、口に運んだ。

「この紅茶、おいしいです。それに、とても良い香り……」

「お口に合っているようで、なによりです」
 先程まで涙ぐんでいたカナだったが、落ち着きを取り戻したようだ。エリは、一安心した。

「実は、私、こうやって誰かとお茶をしたのは久しぶりなんですよ。それこそ、いつだったか……」

「そうなんですか?」

「姉様はヴァンパイアだし、マキさんは、体質が体質だから飲めないお茶が多くて。気を使わせてしまうようで、中々お誘いしづらくて……」

「マキさんって、オオガミさんのお姉さんでしたっけ。オオガミさんもそうなんですか?」

「オオガミさんって、アサトさんのことですよね?そういえば、アサトさんもそうだと、マキさんが仰っていましたね」

「そうなんですか……」

 姉弟だから、似たようなアレルギー体質なのだろう。
 色々と大変だろうな、というのは検討はつくものの、カナにアレルギーはないので、いまいち想像がつかない。

 そのとき、マキから、獣のような――正確に言うと、犬のような――臭いがしている気がした。
 さすがに「マキさんって犬みたいな臭いがしますね」なんて言うのは、失礼にも程があるから、黙っているが。

「だから、私、とても嬉しいんですよ。カナさんとお茶をするのが」

 エリの言葉を聞いて、カナは、ハッと我に返った。
「ご、ごめんなさい。ぼんやりしてたみたい……」

「お気になさらずに。肩肘張らずに、リラックスしてください」
 エリは微笑んだ。

「そう言っていただき、ありがとうございます。それにしても、この紅茶、とても美味しいですね。私、すごく嬉しいです。
 それに、つい最近まで、お茶が飲めるなんて、思いもしなかったんですから」

 カナは、出された紅茶を、茶菓子とともに味わっていた。
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