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第14話 Bloody Mary(2/28 '23 改

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 ――ミドリ製薬研究所。

 サトシは、椅子に拘束された状態で、身体検査を受けていた。

「ちょっと、耳寄りな情報を手に入れたんだけど」
 研究員は誰一人としてサトシに耳を貸そうとせず、黙々と作業を続ける。

「皆、冷たいな。退屈なんだよこっちは」

 サトシは、一人の研究員に目をつける。じっと見据えると、サトシの目に、スナイパーライフルのターゲットマークのような模様が浮かび上がってきた。

 ターンッ。

 銃声のような音が響く。目をつけられた研究員は、その場に倒れ込んだ。頭には、弾痕のような穴が空いている。

「それから、新しい能力もね。アハハハハハ!!」
 サトシは高笑いをした。


 ――ミドリ製薬。特殊総務部。

「また『外回り』ですか?」
「そうみたいだね」
 外回りと聞いて、アンリは気が重くなった。

「気乗りしないのはわかるよ。ノリノリでやってるのもそれはそれで怖いし」
「部長、それフォローですか?」
「ははははは」

 部下につっけんどんに返されてしまったが、コウゾウはいつものように笑顔だった。

「部長って時々、そういうところありますよね……」
「まあまあ、いいじゃないの」
 コウゾウは、ヘラヘラしていた。

 特殊総務部というところは、いわばミドリ製薬の暗部のような部署だ。仕事内容が内容だけに、ヘラヘラしないとやっていられないのだろう。

 とはいえ、自分だって部長のヘラヘラに、少なからず救われているところがある。アンリは責める気になれなかった。

 それに――。
「『外回り』ということは、先輩も一緒なんですよね?」
「そうだねぇ……セントウダ君のこと、嫌い?」

 アンリは、コウゾウがこんなことを尋ねて来たので、身が引き締まる思いがした。

「嫌いなわけじゃないけど、正直言うと、怖いです」

「ここ所属なのに、正直に受け答えするのはどうなんだろうね。でも、怖いって思っちゃうのは仕方がないか」

 それを聞いたアンリは一息入れてから、こう答えた。

「怖い以上に、なんだか痛々しくて見ていられないです」


***
「『連中』の巣が見つかった。ジェイをそこに送り込む」
「……ウラト様、火鳥会の方はよろしいのでしょうか?」

「その巣は中々の規模でな。潰せれば奴らに大きな痛手を追わせられるぞ」
「ですが……」
 アサトは恐れ多いと思いつつも、口を挟まずにはいられない。

「オグマという男は、ジェイの認識阻害が効きません。その力が連中に渡りでもしたら……」

「だからどうした? そもそも認識阻害なぞ、ジェイにしたらおまけみたいなものだろう。それにオグマは奴の弱点を知らない。向こうから来てくれるなら、わざわざ探す手間が省けるというもの」

 敵を潰す為に、あえて犠牲者を出すということか。だが、このやり方は……

「余は、別に火鳥会を見捨てたつもりはないぞ。現に、対ヴァンパイア用の武器は渡しておいた」
「そうですか……」

 武器を渡したのか。それならばよいのだが。だがそれを聞いても、一抹の不安は拭えなかった。

「ウラト様。そやつは、今までのとは違い、能力を持っています。はたして、火鳥会の連中が太刀打ちできるのでしょうか?」

「アサトよ。随分、弱気になっておらぬか? まぁ、返り討ちにあうことも、考えられなくは無いが」

 ――火鳥会は、言うなれば『反社会的勢力』だ。そういう連中に、義理立てすることもないだろう。
 しかし、それを言うなら、伊原家だって大差はないのだ。なぜなら、表に出てこれないのだから。いわんや、大神家は――。

 アサトの頭に、ふと、こんな考えがよぎった。

「アサト。お前は余を、『手段のためなら他人を平然と切り捨てる、心まで怪物になった冷酷漢』だと思ってるか?」

 主人に考えを見抜かれたような気がして、アサトは肝を冷やした。
「いえ……」

「遠慮しなくてよい。余は多くの人間に手をかけ、その血を啜って来たのだからな」

 ウラトは、薄ら笑いを浮かべた。


***

 短針が8から9に差し掛かる頃だ。辺りは既に暗い。一台の車がバー『オニキス』の前に止まった。

「俺達は近くの駐車場で待ってるね。終わったら連絡よろしく」

 コウゾウはサトシを一人、車から下ろした。そのまま、車を発進させる。

 サトシは一人で、店に入って行った。




 サトシがバーに入る。席数から見るに、20人くらいが定数のようだ。席間は大分ゆとりがあるからか、広く見える。
 落ち着いた照明に、洗練されたインテリアが、店内を形作る。

 十人の男が席に着いていた。『オニキス』はスタンディングバーなのだが、椅子に座っているものもいた。

 バーという場所は「大人の社交場」と呼ばれている場所であるがため、大声を出すのはご法度だ。だとしても、妙に静かすぎる。サトシは物々しい雰囲気を漂わせている男たちを一瞥した。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
 そんなサトシに、男が話しかけてきた。男はカウンターの向こう側に立っている。
 サトシはカウンターに案内される。

「ご注文は何になさいますか?」
 案内した男が、サトシに注文を聞く。

「ブラッディメアリーっていうの頼むよ」
「かしこまりました」
 注文を受け、男はカクテルの用意を始める。

 サトシは、隣に座っている男に目が行った。
「いきなり失礼します。僕、こういうものなんですが」

 サトシは笑顔を浮かべながら、男に名刺を渡す。名刺には『ミドリ製薬株式会社 特殊総務部 仙洞田 敏』と書いてある。何の変哲もない、ごく一般的な名刺であった。

 男は名刺を見た瞬間、驚愕の色を浮かべる。次第に、眉間にシワが寄ってきた。

「……なんのつもりだ? てめぇ……」
 男は、渡された名刺を手で握り潰す。

「あなた、オグマ=ヨウヘイさんでしたよね?僕、あなたに、いえ、火鳥会に用がありまして」
 渡した名刺を目の前で握りつぶされても、サトシは笑みを崩さない。

「こっちこそ、てめぇに用があってなぁ!」
 ヨウヘイは恫喝した。それを皮切りに、客が一斉にサトシに銃を向ける。

「お客さん、もしかして全員、火鳥会の人?」
 サトシは両手を上げながら尋ねた。

「この弾は銀製だ。てめぇがヴァンパイアなのも調べがついてんだよ!!」
「へー、それはすごいね」

「余裕ぶっこいてるんじゃねぇ! ここは俺達のシマだ。てめぇがここに来ることぐらい分かってたんだからな」
「ふーん」
 サトシは、大勢の者に銃を突きつけられていた。それにも関わらず、平然としている。

「まあ、いい。どうせここで死ぬんだからな」
 ヨウヘイは、懐に手を伸ばした。
「動くなっつってんだろ!!」
 ヨウヘイは拳銃を取り出し、サトシに向けた。

「火鳥会の人、どのくらいいるのかな? でも、若頭がいるからね。ここで片付けておけば、仕事がだいぶ楽になるかなぁ」
 サトシの目にターゲットマークが浮かぶ。

 辺りに、ターンッという銃声が響く。銃を構えた組員たちは、次々と倒れていく。
 倒れた者たちの額には、弾痕のような穴が空いていた。

 ――体何が起こったのだ?
 ヨウヘイは状況を理解できずにいた。目の前の男に仲間が撃たれた。それだけしか分からない。

 ヨウヘイは、サトシに銃口を向けている。が、その手は震えていた。

「お前、何をした!?」
「別に。ここに何人いるかなって見回しただけだよ」
「ざけんな!」

 サトシはヨウヘイに目を向けた。目が合った瞬間、ヨウヘイの背に悪寒が走った。

「安心して。撃たないよ」
 サトシはニンマリとした。
「あんたには、色々聞きたいことがあるんだ」
 サトシはヨウヘイの腕を掴んで、捻りあげた。

「うがああぁぁ!」

 ヨウヘイの腕に激痛が走った。ヨウヘイの手から、拳銃が落ちる。サトシはそのまま、腕を引っ張って自分の方に引き寄せた。

「この野郎! タダで済むと思うなよ!!」
 ヨウヘイは殺気立った目を向けた。

「おー、怖っ。いかにもヤクザみたいだ」
 対して、サトシはニンマリと、片側の口角を上げる。

「なんだと、この三下がぁ!」
 その場の仲間は、全員死んだ。武器も手元にない上に、腕を掴まれている。
 明らかに挽回できる状況ではなかったが、ヨウヘイは抵抗をやめなかった。

「威勢がいいね。そういうとこ、好きになっちゃった」
 サトシはヨウヘイの体を片手で抱え、上を向かせた。ヨウヘイは、腕の中でそっくり返るような姿勢になり、喉元を向ける形になる。

「さっき、聞きたいことがあるって言ったよね。じゃ、体で教えてもらおうか。体は正直だからね」
 サトシは、ヨウヘイの喉元に噛み付いた。

***

 サトシはスマホを取り出し、コウゾウに電話をかけた。
「――こっちは終わりました」
 
 店内はすっかり静まり返っている。辺りには、血みどろで転がっている男たちで溢れていた。サトシの足元には、吸血され、息絶えたヨウヘイが横たわっている。

「そういえば、僕、頼んだのがあったんだけど」
 サトシは、バーカウンターまで歩を進めた。

「バーテンダーさん?」
 サトシはバーカウンターを覗き込んだ。そこには、バーテンダーが血まみれで倒れている。手元には銃が転がっていた。

「これじゃ、カクテル出てこないね。
 まぁ、いいや。ブラッディメアリーって甘めのカクテルだっけ。何となく頼んでみたけど、僕、甘いの嫌いなんだよね」

 サトシはカウンターの前に立ち、仲間達が到着するのを待っていた。
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