酒を飲むなら縁側で

春色悠

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名前

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 縁側で幽霊と二人酒盛り。飲んでるのも食ってるのもオレだけだが。
「そぉいや結局、お前は何者なの?名前は?」
『誰が名乗るか。』
 視線に気まずくなり、話を逸らそうと問い掛ければ素気無く断られた。
 名乗る事の何がそんなに嫌なのか、顔を顰めての即答である。
『生憎と、怪しいオッサンに名乗る名前の持ち合わせは無いんでね。』
 皮肉げに口角を片方だけ上げた男は、本当に名乗る気がないらしい。
「さっきからおっさんおっさんって、ひでぇねぇ~。お前もおっさんに…ならねぇのか。」
 さっきからの言い草に少し腹を立てたが、喧嘩をふっかけるための文句が幽霊相手だと効かない事に途中で気づく。
 そうだ、幽霊は歳をとれないではないか。 
 そうぽろぽろと口に出したオレを、男はやっぱりビー玉の様なつやつやした目で見つめる。
『…羨ましいか?』
 歳を取らないことがだろうか。
「いんや?酒が飲めなくなるのは勘弁だ。」
 どう言う事でも、羨ましくはないけれど。
『ふーん。そっか。』
 オレの答えは満足だったのか気に入らなかったのか、よくわからない表情で男はようやくオレから目線を離した。
 …それにしても、名前はわからず終いか。呼ぶ時めんどくさいよなァー…。
 うーむ…。
 いっそ、何か名前でもつけてしまおうか。
 最近小説の方でも名付けに困っていると言うのに。
 まあ、考えられるかどうかは謎だが良い考えだろう。
 顎に指を添えて考え込めば、ほったらかしで生えた無精髭のざりざりとした感触がした。
 缶チューハイ片手に男を見つめても、これだ!と言う名前が頭に浮かんでくる気配はない。
 これが仕事ならばもう少し調べたり、キャラを深掘りしたりと真面目に考えるのだが、この男につける名前をそんなに真剣に考えるのは些か面倒くささの方が勝る。
 …てきとうにそこらの植物の名前でもつけるか。
 そう考え付いたは良いが、チューリップや薔薇なんてメジャーな植物が咲いている様な場所ではない。
 そこらにある草や木の名前がぱっと思い出せる筈もなく、きょろり、と周りを見渡すだけで終いだ。
 しかしふと、鼻につく匂いに気づく。
 もう一度キョロキョロと周りを見渡せば、嗚呼あそこだ、満開の柚子の花がついた柚子畑を見つけた。
 そろそろそんな時期か。
 あの柚子畑は知り合いの婆ちゃん爺ちゃんとその娘さん夫婦がやっていて、毎年柚子が取れると幾つかお裾分けしてくれるのだ。
 いやぁ、その柚子を柚子サワーに追加して飲むのがまた香りが増して旨いのなんの。
 おっと、思わず酒の話に脱線したが、名前は決まった。
「じゃ、オレは今日からお前のことユズって呼ぶわな。」
『は?なんで?』
「お前名乗んないんだもん、嫌なら名乗ってくれよ。ゆーず?」
『……。』
 納得のしていなさそうな顔を横目で見やりながら、試しに読んでみればふいっと顔を背けられてしまった。
 嫌だとは言われていないし、別に変な名前でもないので良い事にする。
「あ、そーだ。原稿読んでくれた?」  
『……嗚呼、あのゴミみたいな面白くない小説の話か。』
「ゴミって…。」
 あんまりの言い草である。こちとら一応金も貰えている作家なのだ。
 非難げにユズを見れば、肩を竦めてまるでオレがしょうがない奴だと言う様だった。
『そっちは見た目の話だ。あの散らかりようじゃあまるでゴミだろ。』
 見た目の話だったらしい。
 確かにそれは否定できない。あの足の踏み場の無さは散らかっている事の証明である。
『まあ、中身は読みやすくはあった。展開がつまらなさ過ぎて面白みは一ミリも無かったが。
 総合して、売れれば売れるだけ駄作の評価がデカくなりそうだと思った。』
 部屋の汚さで図星を刺されて黙っていれば、小説の中身も酷評である。
 けっ、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
 編集の言葉も芋蔓式に思い出して気分が下がる。
 ぐいっ。
 やさぐれで酒をあおれば、慣れ親しんだ酎ハイの味。随分と久しぶりな気がするが、オレが禁酒など出来るはずがないので気のせいである。
『あ、…。』
 にゃ~ん
『……。』
 にー?
 わしゃり
 にゃにゃーん
 人がやさぐれながら酒をあおっている間に、ユズときたら突然現れた猫と戯れている。
 まるで七三分けの様な模様の猫は、急に現れたかと思えば、ユズに撫でられてゴロゴロと機嫌良さげに腹を見せていた。
「それ、撫でれてんの?」
 純粋な疑問だ。幽霊に実態はない筈ではないのか。
『感触は全くと言ってないぞ。』
 でも猫は喉を鳴らしている。
 …猫が特殊なのか?
 試しにと自分も撫でようとすれば、するりと逃げられてしまった。
 しゅたっ、とまたユズの元に戻った猫は、実態のない筈のユズの足に機嫌良さげにすり寄る。
 そしてユズも満更でもないらしく、先ほどから眉根を寄せてばかりいた癖に今では見る影もない。
 そればかりか優しげな笑みまで浮かべているではないか。
 また猫を撫で出したユズは、まるで親が子に向ける様な顔をしている。
 もしかすると、そんなに嫌な人間でも無いのかもしれない。
 流石にさっきの言葉は言い過ぎだと思うが。
 言い過ぎだと思うが。本当に。大事な事だから二回言う。 
 満足したのか、猫が大きく伸びをしてぴょんっ、と縁側を降りてどこかへと去っていった。
 またユズと二人である。
「……具体的に、一体どこが面白くなかった?」
 聞いたのはなんとなくだった。
 猫が去っていった方向を見ていたユズはきょとんとした顔でこちらを向いた。 
『…具体的に、か?』
「うん。」
 傷つく準備はバッチリしてある。こちとら生活のかかってる作家だ。ちょっと心にダメージが入るくらい酒を買う金を稼ぐためなら耐えてやる。
 数秒、ユズは視線を逸らして思案している様だった。
 どことない緊張感がオレを支配する少しの時間、やっと、ユズが口を開いた。
『……なんだか、話が単調?だったと思う。』
「単調?」
 話している途中も、自分の考えをほぐしているのか、はっきりとした物言いではないユズの言葉をおうむ返しする。
『そう、ずっと幸せな話が続いてて、メリハリのない感じ。
 というか、おっさんの書いてるのって恋愛小説だよな?』
「そうだけど。なんで疑問系?」
 オレは恋愛小説以外書けないから、それ自体を否定されると終わるのだが?
 首を傾げながらも、嫌な予想にゲンナリとする。
『…恋愛小説にしては、ヒロインと相手らしき奴の関係が発展してない気がする、し、なんか、相手らしき奴のキャラが変な方向に立ち過ぎてる。』
 オレだけではなく、彼方も首を傾げながら言葉を紡ぐ。その内容に、少し体が前のめりになったのは無意識だった。
「…もう少し詳しく聞かして。」
『え、あ、嗚呼。えと、恐らくメインヒーローなのに、ヒロインとくっつく気が全くしないって言うか、そいつだけ嘘っぺらい。妙にキャラだけ立ってるのに…。』
 その人物にはオレも心当たりがある。確かに書いているときに思った。
「そのキャラってもしかして、メインヒーローの黒髪の奴?」
『そう、なんか、和見鈴冶かすみ すずやっていう奴。』
 案の定、思い当たった人物だったらしい。
 和見鈴冶は、メインヒーローが全く思いつかなかった時にそこらの紙に書いてあったキャラの設定を拝借して作ったキャラである。
 勿論、オレの家から出てきた手書きのメモだったので盗作などの心配は無い。
 にしても、鈴冶かぁ、確かに思ってはいた。なんかこいつ違うなぁと。
 案外ユズとは考えが合うかもしれない。
『後普通に物語の波が足んない。スパイスが欲しい。なんなら俺はバッドエンドとかメリバとかの方がリアリティーがあって好きだ。』
「フィクションにリアリティーを求めるな若造が。」
 やっぱり合わないわ。
『若造がって言うとめっちゃおっさんぽいぞ、オッサン。』
「おっさんじゃないしぃー!!」
 そこそこ青い空に、オレの叫び声が響いていったのであった。
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