酒を飲むなら縁側で

春色悠

文字の大きさ
3 / 11

名前

しおりを挟む
 縁側で幽霊と二人酒盛り。飲んでるのも食ってるのもオレだけだが。
「そぉいや結局、お前は何者なの?名前は?」
『誰が名乗るか。』
 視線に気まずくなり、話を逸らそうと問い掛ければ素気無く断られた。
 名乗る事の何がそんなに嫌なのか、顔を顰めての即答である。
『生憎と、怪しいオッサンに名乗る名前の持ち合わせは無いんでね。』
 皮肉げに口角を片方だけ上げた男は、本当に名乗る気がないらしい。
「さっきからおっさんおっさんって、ひでぇねぇ~。お前もおっさんに…ならねぇのか。」
 さっきからの言い草に少し腹を立てたが、喧嘩をふっかけるための文句が幽霊相手だと効かない事に途中で気づく。
 そうだ、幽霊は歳をとれないではないか。 
 そうぽろぽろと口に出したオレを、男はやっぱりビー玉の様なつやつやした目で見つめる。
『…羨ましいか?』
 歳を取らないことがだろうか。
「いんや?酒が飲めなくなるのは勘弁だ。」
 どう言う事でも、羨ましくはないけれど。
『ふーん。そっか。』
 オレの答えは満足だったのか気に入らなかったのか、よくわからない表情で男はようやくオレから目線を離した。
 …それにしても、名前はわからず終いか。呼ぶ時めんどくさいよなァー…。
 うーむ…。
 いっそ、何か名前でもつけてしまおうか。
 最近小説の方でも名付けに困っていると言うのに。
 まあ、考えられるかどうかは謎だが良い考えだろう。
 顎に指を添えて考え込めば、ほったらかしで生えた無精髭のざりざりとした感触がした。
 缶チューハイ片手に男を見つめても、これだ!と言う名前が頭に浮かんでくる気配はない。
 これが仕事ならばもう少し調べたり、キャラを深掘りしたりと真面目に考えるのだが、この男につける名前をそんなに真剣に考えるのは些か面倒くささの方が勝る。
 …てきとうにそこらの植物の名前でもつけるか。
 そう考え付いたは良いが、チューリップや薔薇なんてメジャーな植物が咲いている様な場所ではない。
 そこらにある草や木の名前がぱっと思い出せる筈もなく、きょろり、と周りを見渡すだけで終いだ。
 しかしふと、鼻につく匂いに気づく。
 もう一度キョロキョロと周りを見渡せば、嗚呼あそこだ、満開の柚子の花がついた柚子畑を見つけた。
 そろそろそんな時期か。
 あの柚子畑は知り合いの婆ちゃん爺ちゃんとその娘さん夫婦がやっていて、毎年柚子が取れると幾つかお裾分けしてくれるのだ。
 いやぁ、その柚子を柚子サワーに追加して飲むのがまた香りが増して旨いのなんの。
 おっと、思わず酒の話に脱線したが、名前は決まった。
「じゃ、オレは今日からお前のことユズって呼ぶわな。」
『は?なんで?』
「お前名乗んないんだもん、嫌なら名乗ってくれよ。ゆーず?」
『……。』
 納得のしていなさそうな顔を横目で見やりながら、試しに読んでみればふいっと顔を背けられてしまった。
 嫌だとは言われていないし、別に変な名前でもないので良い事にする。
「あ、そーだ。原稿読んでくれた?」  
『……嗚呼、あのゴミみたいな面白くない小説の話か。』
「ゴミって…。」
 あんまりの言い草である。こちとら一応金も貰えている作家なのだ。
 非難げにユズを見れば、肩を竦めてまるでオレがしょうがない奴だと言う様だった。
『そっちは見た目の話だ。あの散らかりようじゃあまるでゴミだろ。』
 見た目の話だったらしい。
 確かにそれは否定できない。あの足の踏み場の無さは散らかっている事の証明である。
『まあ、中身は読みやすくはあった。展開がつまらなさ過ぎて面白みは一ミリも無かったが。
 総合して、売れれば売れるだけ駄作の評価がデカくなりそうだと思った。』
 部屋の汚さで図星を刺されて黙っていれば、小説の中身も酷評である。
 けっ、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
 編集の言葉も芋蔓式に思い出して気分が下がる。
 ぐいっ。
 やさぐれで酒をあおれば、慣れ親しんだ酎ハイの味。随分と久しぶりな気がするが、オレが禁酒など出来るはずがないので気のせいである。
『あ、…。』
 にゃ~ん
『……。』
 にー?
 わしゃり
 にゃにゃーん
 人がやさぐれながら酒をあおっている間に、ユズときたら突然現れた猫と戯れている。
 まるで七三分けの様な模様の猫は、急に現れたかと思えば、ユズに撫でられてゴロゴロと機嫌良さげに腹を見せていた。
「それ、撫でれてんの?」
 純粋な疑問だ。幽霊に実態はない筈ではないのか。
『感触は全くと言ってないぞ。』
 でも猫は喉を鳴らしている。
 …猫が特殊なのか?
 試しにと自分も撫でようとすれば、するりと逃げられてしまった。
 しゅたっ、とまたユズの元に戻った猫は、実態のない筈のユズの足に機嫌良さげにすり寄る。
 そしてユズも満更でもないらしく、先ほどから眉根を寄せてばかりいた癖に今では見る影もない。
 そればかりか優しげな笑みまで浮かべているではないか。
 また猫を撫で出したユズは、まるで親が子に向ける様な顔をしている。
 もしかすると、そんなに嫌な人間でも無いのかもしれない。
 流石にさっきの言葉は言い過ぎだと思うが。
 言い過ぎだと思うが。本当に。大事な事だから二回言う。 
 満足したのか、猫が大きく伸びをしてぴょんっ、と縁側を降りてどこかへと去っていった。
 またユズと二人である。
「……具体的に、一体どこが面白くなかった?」
 聞いたのはなんとなくだった。
 猫が去っていった方向を見ていたユズはきょとんとした顔でこちらを向いた。 
『…具体的に、か?』
「うん。」
 傷つく準備はバッチリしてある。こちとら生活のかかってる作家だ。ちょっと心にダメージが入るくらい酒を買う金を稼ぐためなら耐えてやる。
 数秒、ユズは視線を逸らして思案している様だった。
 どことない緊張感がオレを支配する少しの時間、やっと、ユズが口を開いた。
『……なんだか、話が単調?だったと思う。』
「単調?」
 話している途中も、自分の考えをほぐしているのか、はっきりとした物言いではないユズの言葉をおうむ返しする。
『そう、ずっと幸せな話が続いてて、メリハリのない感じ。
 というか、おっさんの書いてるのって恋愛小説だよな?』
「そうだけど。なんで疑問系?」
 オレは恋愛小説以外書けないから、それ自体を否定されると終わるのだが?
 首を傾げながらも、嫌な予想にゲンナリとする。
『…恋愛小説にしては、ヒロインと相手らしき奴の関係が発展してない気がする、し、なんか、相手らしき奴のキャラが変な方向に立ち過ぎてる。』
 オレだけではなく、彼方も首を傾げながら言葉を紡ぐ。その内容に、少し体が前のめりになったのは無意識だった。
「…もう少し詳しく聞かして。」
『え、あ、嗚呼。えと、恐らくメインヒーローなのに、ヒロインとくっつく気が全くしないって言うか、そいつだけ嘘っぺらい。妙にキャラだけ立ってるのに…。』
 その人物にはオレも心当たりがある。確かに書いているときに思った。
「そのキャラってもしかして、メインヒーローの黒髪の奴?」
『そう、なんか、和見鈴冶かすみ すずやっていう奴。』
 案の定、思い当たった人物だったらしい。
 和見鈴冶は、メインヒーローが全く思いつかなかった時にそこらの紙に書いてあったキャラの設定を拝借して作ったキャラである。
 勿論、オレの家から出てきた手書きのメモだったので盗作などの心配は無い。
 にしても、鈴冶かぁ、確かに思ってはいた。なんかこいつ違うなぁと。
 案外ユズとは考えが合うかもしれない。
『後普通に物語の波が足んない。スパイスが欲しい。なんなら俺はバッドエンドとかメリバとかの方がリアリティーがあって好きだ。』
「フィクションにリアリティーを求めるな若造が。」
 やっぱり合わないわ。
『若造がって言うとめっちゃおっさんぽいぞ、オッサン。』
「おっさんじゃないしぃー!!」
 そこそこ青い空に、オレの叫び声が響いていったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界を越えてもその手は 裏話

犬派だんぜん
BL
「世界を越えてもその手は」の裏で行われていた会話です。 本編を読んでいなければ分からない内容になっています。すべて会話で、説明もありません。

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...