噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠

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一章

図書館での遭遇 デンベル・フランネル視点

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「フランネル先輩は、字を書くのが速いですね。それに読みやすいです。」
 そう話す彼が手元の文字を除き込んだ。
 肩口からするりと流れていく黒髪に目を奪われていれば、春のそよ風の様に穏やかな笑い声が彼が溢した。
 その時、どきりと高鳴った心臓に、彼が気づいていない事を願う。


 逃げられる程度で済めばいいな、と言う心持ちで挑んだ直属後輩との初めての対面。
 拍子抜けするほど穏やかに澄んだそれは、友人と、友人の直属後輩のお陰だった。
 本日最後の授業が終わり、いつもより少し浮ついた気持ちのままで廊下を歩く。
「君が人と話してるの、久しぶりに聞いたなぁ。楽しかったかい?」
 合同授業だった為一緒に居るミズルは、幼い頃から付き合いのある友人だ。
 俺がなってしまってからも変わらずに話しかけてくれるミズル。
 きっと、申し訳なく思っているのだろう。は俺が弱かったばかりにこうなってしまっただけだと言うのに。
「……………………………ああ。」
 今日もまた、長い沈黙の後に短く返事を返す。
「よかったよ。」
「……………………。」
 そこから会話はなく、ミズルが婚約者に呼ばれた為別れた。
 人が居ても俺が居るだけで静かになる廊下は、いつも気分が億劫になる。
 【冷血公爵】
 それが俺につけられたあだ名だ。
 噂の殆どは事実無根だが、にわかに本当だと皆に信じられているらしい。
 俺が通るだけでその場は静かになる。
 話しかけて来た者も、俺が応えに時間を要している間に逃げる。
「し、失礼致しましたぁぁあ!!」
 とは、脱兎の如く逃げていった俺の直属先輩の言葉だ。それ以降先輩は話しかけて来なかったし、俺も話しかける事はしなかった。
 学園にくれば少しは話せる相手が、と言う儚い希望は入学早々散り、そのまま三年。
 現状は変わらないまま、この先ずっと生きていくのだと思っていた。
 でも。
『今度是非拝見させていただきたいです!』
 何故かあの子は、俺のことを怖がらなかった。
 入学したばかりで、二属性魔法くらいですごいすごいとはしゃぐ。
 本より重い物なんて持った事の無さそうな男の子だ。
 【ユーリス・ダンツ】
 入学早々二つ名のついた人物。
 デビュタントもまだで、人と関わる経験も浅いだろう少年。
 正直、さして肝が据わっている様には見えない彼は、逃げ出す事なく俺と食事を囲み、談笑に応じていた。
 その横ではミズルと俺の直属後輩のペラットが武器について討論、いや一方的にミズルがモーニングスターを紹介していただけだが。
 まるで、昔に戻ったみたいな時間だった。
 誰も彼もが息を潜めている廊下で、重い足を止めない様にしながら思い出す。
『おすすめの本を教えてくれませんか?』
 答える事のできなかった質問。
 折角聞いてくれたのに、やはり答える事はできなかった。その後も答えられたかと言われれば微妙で…。 
 それでも楽しそうに本が好きだと語っていたのを思い出した俺の足は、なんとなしに図書館へと向かっていた。
 図書館は好きだ。
 どれだけ静かでも、それがだから。
 一年生の頃はよく来ていた。
 嫌な事があった時とか、憂鬱になった時とか。
 本を読み始めるとそんな事全てを忘れて時間が過ぎていく。
 後は寝るだけ、と言う時間まで本を読んで、寝る前は本の続きや次に読む本を考えながら微睡む。
 そんな生活をしていれば、図書館の本は殆ど読んでしまった。
 おすすめの本など山ほどあって、教えたくて仕方がなかったのに、答えられなかった。
 もし、話せていたら、どうだっただろう。
 もしもを考えながら、まだ読んでいない本を図書館で探す。
 久々に来た図書館は、前より人が多い気がした。………俺が来たら蜘蛛の子を散らす様に居なくなったが。
 一年生が新しく入ったからか…?と思いつつも、答え合わせなど出来ないので気にしないようにする。
 とっ、誰かが飛び跳ねた様な音がした。
 とっ、とっ、
 立て続けに聞こえ、図書館で暴れているのかと勘繰る。 
 音のする方へ、話す準備をしながら近づく。
「……………………………………なにして、る?」
 そこには______
「あ、こんにちは。フランネル先輩。」
 ______「ちょっと本が取れなくって。」
 飛び跳ねちゃってました。と笑うダンツが居た。
 確かに、不自然に大きく手を挙げた体勢でこちらを見るダンツは、成程、本を取ろうとしているところだ。
 何となくで当たりをつけ、本を取る。
「………………………これか?」
「あ、いえ、その二つ右です。」
 別の本だったらしい。
 今の俺は最高に格好悪い。
「ありがとうございます。」
 羞恥に苛まれつつ本を取り直して渡せば、やはりダンツは怖がる事なく俺から本を受け取った。
 それに何となくそわそわと落ち着かなくなる。
 なんだか無性に動きたくなる様な、じっとしていられない落ち着かなさ。
 しかし、さっき取った本について言いたい事があるのだ。
 あの本は鉱石の図鑑だが、専門用語が多く読みにくい。挿し絵が多くて見るだけで楽しい読み物ではあるが…。
「…………………………待っていろ。」
 やはりぶっきらぼうにしか言葉を出せない自分に憤りを感じながら、早足で目当ての本を探した。
 
 
 探し当てて元の場所に帰れば、その場でさっきの図鑑を読んでいるダンツが居た。
「…あっ、フランネル先輩。」
 足音で俺に気づいたのか本から顔を上げるダンツ。
 すっと無言で本を差し出せば、不思議そうにしながらも受け取り、ぱらぱら、と本をめくった。
「これ、鉱石の専門用語集ですか?」
「……………………………さっきの、」
 言いかけて、言葉が止まる。
 俺は長い話が喋れない。
 どう、説明しよう。
 話せないまま、無言が続く。
「…さっきの図鑑、専門用語が多くて読み辛い物だったんです。これ、俺が借りてもいいですか?」
 ______通じた…のか?
「もし、答えが【はい】なら、首を縦に、【いいえ】なら、首を横に振っていただけますか?」
 通じた、いや、なんとなく俺の目的を察した?ことに驚いていれば、不思議な合図を提案された。
 答えが【はい】なら、縦…。
 俺は、縦に首を振った。
「…!ありがとうございます。これでこの図鑑が読めます。」
 嬉しそうな声に、持って来た甲斐があったと思った。
「先輩はこの図鑑を読んだ事があるんですか?」
 【はい】
「それでこの専門用語集を持って来てくれたんですね。」
 【はい】
「ふふ、ありがとうございます。」
 また、落ち着かない。
 ダンツの優しい声に、そわそわと、落ち着かない。
 ふと、思いついた。
 授業後そのまま来たから持っていた鞄から、メモ用紙とペン、あとインクも出す。
 行儀が悪いが、本棚の上でメモ用紙にダンツへの言葉を書く。
 低めの本棚は、俺の腰より少し高い程度だ。
【ダンツに、勧めたい本がある。】
「そうなんですか?」
 メモ用紙を渡す前に横で見ていたダンツから返事が来た。
 ダンツの方へ向いて首を縦に振る。
 【はい】
「どんな話なんです?」
 メモ用紙は渡す必要が無くなったので、今回も同じ用紙に返答を書く。
【冒険の話だ。一話一話の内容が濃くて、読み応えがある。】
「どの本ですか?」
 俺の勧めた本を読む気らしいダンツに、手招きで本の場所を教える。
「______わぁっ……!」
 指差しで本を教えれば、ダンツは驚きと興奮の混じった歓声をあげた。
 思わず、といった風に声をあげた後、急いで口を閉じたダンツは口を出て覆ってからきょろきょろと周りを見渡す。
 図書館だった事を思い出したのだろう。
 大きな声を出した事を誰かに聞かれていないか確認していたダンツに、何か年相応の落ち着きのなさを感じ、可愛らしいと思った。
「す、すごいですね、これ。何冊あるんですか!?二十四巻!?この厚みで、?すごい……!」
【しかもまだ連載中だ。】
「へ、ほ、本当ですか!?」
 首を縦に振る。
「はわぁ……っ!」
 小声で器用に叫ぶダンツに、俺が書いた小説なわけではないが、鼻高々な気分だ。
 まだまだ小説を書く者は少なく、一巻や二巻ほどで終わる小説も多い。勿論そんな小説も面白い。
 ただ、読める話がいっぱいあると言うのは、本が好きな者にとってこれ以上ないほど楽しみな事なのだ。

 それから数日__。
 
「こんにちは、フランネル先輩。」
 【はい】
 図書館でまたダンツに会った。
 急足で来たダンツに首を縦に振れば、ダンツもこの仕草を覚えていたらしい。
 俺が声を出して返事せずとも、次の言葉に移った。
「面白かったです、あの本。一巻読んだだけでもう次の展開が気になって寝れませんでした。」
 早口で興奮気味に伝えられる感想に、メモ用紙を急いで取り出す。
【あの本は絶対に一巻終わる毎に次の巻が気になって仕方なくなる。
 後たまに登場人物の個人ストーリーが巻末の方に入っているのも短いのに内容が濃くて面白い。】
 伝えたい事が多すぎて書くのが追いつかない。
「一巻の巻末にも短いけどありました。確かに短い話でしたけどあれで物凄く主人公が好きになりましたね。」
 【はい】
 何度も首を縦に振り、同意を示す。
 そうだ、とても面白い小説なんだ。
 次々と一巻の感想でメモ用紙が埋まっていき、一巻の内容をあらかた話した辺りで漸く会話が止まった。
 何方ともなく満足げな息を吐いて、無言が訪れた。
 開けられたままの窓から、心地よい風が流れて髪を揺らす。
 これ程までに穏やかな無言の時間は初めてだった。
 暫くそうしていたと思う。
「フランネル先輩は、字を書くのが速いですね。それに読みやすいです。」
 ふ、と散らばったメモ用紙たちを見たダンツがそう言った。
 俯く彼の肩口から、するりと流れていく黒髪に目を奪われる。
 春のそよ風の様に穏やかな笑い声を彼が溢した。
 どきり、と、聞いたこともない音で自身の心臓が鳴ったのがわかる。
 ______ああ、たいへんだ。
 ____________好きになってしまった。
 
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