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第八章 地球訪問編

第42話 坊野家からの干渉

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 前々から予想していたことが起きた。
 俺の周囲に金銭が流れこんでいるのを知った「父」が、『異世界通信社』や加藤家、渡辺家を通じてこちらに接触しようと画策を始めた。
 まあ、いつかこうなると思ってたけどね。

 今日、俺はエミリーの様子を見に、舞子の実家を訪れている。

「ボー、毎日お前の父さんから電話がかかってくるぞ。
 どうすりゃいいんだ」

 エミリーの護衛役で渡辺家に滞在している加藤が呆れている。

「朝六時位から夜十二時くらいまで、掛かってくるね」

 ヤツらしい行動だ。人の迷惑など考えもしない。

「二人とも、着信拒否してくれ」

「史郎君、本当にそれでいいの?」

 舞子は、薄々、俺の家族が普通ではないと知っていたようだが、具体的に何があったかまでは知らないからね。

「構わない。
 この世界に俺の家族はいない」

 俺は、微笑むと、舞子の頭を撫でた。
 舞子は、俺の穏やかな顔を見て安心したのだろう。それ以上は何も言わなかった。

 みんなは、そろそろ異世界に帰る準備を始めていたので、家庭の事情で彼らを振りまわす訳にもいかない。

 それから二三日して、加藤家、渡辺家、『異世界通信社』、『ホワイトローズ』に父親から掛かってきていた電話がピタリと止んだ。
 着信拒否しているのもあるだろうが、加藤家の固定電話にも掛かってこなくなったそうだ。

 俺は、あの男のことだから、何か企んでいるなと思っていた。

 ◇

 テレビ局から、『異世界通信社』に取材の申しこみがあった。
 もちろん、これまでもいろいろな局からの取材申しこみはあったわけだが、今回のそれはちょっと毛色が変わっていた。

 取材申しこみは、その局が来週放送する「帰って来て家族」という生放送の番組からだった。
 家族が行方不明になった身内に呼びかけ、番組内でその出会いを演出するというものだそうだ。

 電話を受けた遠藤によると、番組には俺の「父」、義理の「母」、彼らの娘が出演する予定で、俺に対する呼びかけをするらしい。
 全く、よくやってくれるよ、この忙しい時に。

 対策として俺がしたことは、ただ一つ、その番組を絶対に見ないよう舞子に言うことだった。

 俺は、みんなのように家族とのあれこれが無いので、エミリーを遊園地や動物園に連れていったり、バイク型点ちゃん4号改を調整したりして過ごしていた。
 エミリーは、こちらに来てから、ますます舞子に甘えるようになった。
 一人っ子で妹が欲しかった舞子も、実の妹のようにエミリーを可愛がっている。

 舞子の両親も、我が子のようにエミリーに接するので、彼らの絆が毎日深まっていくのが分かる。
 やはり、畑山さんが言うように、家族というのは、最初から家族なのではなく、家族になっていくんだなあ。
 俺は今更のように感心して彼らの姿を見守っている。

 どころで、点ちゃん4号改の方だが、今、俺が作ろうとしているのは、加藤用のバイクだ。
 オリジナルは、俺と点ちゃんだけにしか運転できないから、それを第三者、この場合は加藤だが、彼にも運転できるよう改造している。

 これが意外に難しく、運転と加速まではなんとかなっているのだが、ブレーキングシステムが問題だ。
 天竜国で、「枯れクズ」を運ぶトレインに付けたブレーキングシステムを試しているが、それだと急停車できない。

 予定に従うなら、あと十日ほどで乗れるようにしなければならない。
 試運転を行うなら一週間以内といったところか。
 出発までに、ポンポコ商会の支店も正式に立ちあげなければならないから、ますます忙しくなりそうだ。

 異世界への帰還を前に、くつろぎが減った俺は、少し暗い気持ちになった。

 ◇

 忙しくしていると、あっという間に「帰って来て家族」放映の日が来た。
 俺は、番組開始直前に、加藤家のテレビがある部屋に現れた。
 部屋には、おじさん、おばさんはおらず、加藤だけがいた。

「お、ボー、来たか」

「ああ、準備オッケーだ」

「じゃ、番組にするぞ」

 加藤がチャンネルと変えるとすぐ、画面にオープニングのテロップが流れる。
 そこには、次のような文字が躍っていた。

 <冷酷な異世界帰還者! 彼は、なぜ家族を捨てたのか?>

 引きつづき、何人かの家族が、失踪中の身内に呼びかける場面が映された。
 しかし、この番組の趣旨は何なのか。
 失踪しているからには、その人なりに何らかの事情があったはずだ。
 それを、無理に会わせてどうするのか。

 恐らく失踪中の人が生存しているなら、いま生きている環境がすでにあるはずだろう。
 写真などで画面に顔が出れば、今いる場所に居られなくなるのではないか。
 俺がそんな疑問を抱いている間にも番組は進み、いよいよ最後のコーナーとなった。

 画面に、レポーターに連れられた「父」、義理の「母」、彼らの娘が現れる。
 俺は、厚く塗りたくった義母の顔や、着飾った娘の姿より、そのレポーターに驚いた。

 それは、かつて俺たちに取材したダメダメレポーター沢村さんだった。
 ヒロ姉が以前彼女の事を「感じが悪い」と言っていたが、画面に映った沢村さんは、あれから何があったか知らないが、俺でも「感じが悪い」と分かる顔になっていた。
 特に、その目つきが、並んで立っている「父」の娘にそっくりだ。

「おい、この二人、感じが似てねえか?」

 画面を指さしている加藤は、その類似性に気づいたようだ。

「では、お父さん、お母さん、画面に向かって呼びかけてください」

 沢村さんが、男女にマイクを向ける。

「史郎、どうして帰ってきてくれないんだ」
「ずっと心配してるの。
 ご飯はきちんと食べてるの?」

 マイクが少女の方に向く。

「お兄ちゃん、私、ずっと待ってるの。
 早く帰ってきて」

 その女の子は、目に手を当てて、しくしく泣くようなそぶりを見せた。
 それが、あまりにもウソくさい。

『(*'▽') ぱねー』

 点ちゃんの、『ぱねー』頂きました。

「おい、これ放送していいのか? 
 演技だってバレバレじゃねえか」

 加藤が呆れている。

「では、番組から電話をしてみます」

 すぐに俺たちがいる部屋の電話が鳴る。番組には、ここの番号を教えてある。

「もしもし、加藤さんのお宅ですか?」

「ああ、俺、坊野史郎だけど」

 画面にテロップが流れる。
 
 <ついに異世界人の兄と接触!!>

 おいおい。異世界人ってなによ、異世界人って。宇宙人みたいだな。
 加藤が、隣で腹を抱えて笑っている。まあ、その気持ちは分かる。
 電話が、画面内の男につながったようだ。

「史郎か?」

「呼びすてにするな。
 俺はお前の息子ではない」

 画面内の四人の表情が凍りつく。

「……何を言ってるの。
 ママよ、史郎。
 早く帰っておいで」

 厚化粧の女が、無理に猫なで声を出す。

「俺が子供の頃、さんざん虐待しておいて、今になってそれか。
 俺にとって、母とは死んだ母さんだけだ」

 俺の声で、四人がさらに凍りついた。

「異世界から帰ってきて動揺してるんだろう。
 史郎、早く帰ってこい」

 男のこめかみに青筋が浮いている。かなり腹を立てているようだ。

「俺は、お前らにとって、すでに死んだ存在だ。 
 今さら、家族面するな」

 テレビから聞こえる俺の声は、自分でも驚くほど感情がこもらないものだった。

「息子は、異世界で精神を病んだに違いない」
「史郎、正気に戻って!」
「お兄ちゃ~ん」
「そうですよ、史郎君。
 ご家族がこんなに心配してます」

 茶番はそろそろいいだろう。
 四人が凍りつく。しかし、今度のそれは、俺が点魔法で仕掛けたものだ。
 画面の後ろが白くなる。そこに映しだされたのは暗い玄関だった。


「あんた誰? 
 外人さん?」

「俺はシロー。
 お父さんかお母さんいるかな?」

 少女の姿が、奥に消える。
 やがて、くたびれた中年の男性が現れる。

「こんな遅くに誰だ……」

「ああ、シローって言います。
 息子さんの消息が分かったので、お知らせしようと思って」

「息子? 
 誰の事だ。
 ウチには、息子なんていないぞ」

「ああ、そうですか。
 こちらの勘違いでした。
 夜分失礼しました」

「まったく、迷惑な奴だ」

「良い風を」

「え?」

「では失礼します」


 これは、俺が前回地球に一時帰還したときに録画した動画だ。
 ただし、声の所は、友人ブレットのものから俺のものに吹きかえてある。

 画像が一度消え、衣裳部屋のような部屋が映った。
 そこは、この番組の楽屋だった。
 映像を撮ったのは、ついさっきの事だ。


 厚化粧の女に、少女が話しかける。

「お母さん、私、テレビに出たくないわ。
 だって、面倒くさい」

「つべこべ言わずに、目薬を差しなさい。
 それじゃ、泣いてるように見えないじゃない」

「でもー」

「いいかい、あのガキはね、あたしたちにとって金のなる木なのよ。
 ホホホ、なんてついてるのかしら。
 ねえ、あなた」

「その通りだ。
 うっぷんを晴らすサンドバッグでしかなかったあいつが、金のなる木に化けるとはな。
 あははは」

「ほら、あなたも。
 目薬、差してちょうだい」


 動画は、女が男に目薬を差すシーンで終わっていた。
 動けない四人は、背後に映った画像は見えていないはずだ。しかし、その音声は聞こえている。四人ともまっ青になっている。
 画面からは、他人のもののような俺の声が聞こえてくる。

「俺は異世界に、愛する家族も友人もいる。
 二度と俺にかかわるな」

 番組は、そこでコマーシャルに切りかわった。

 加藤が、真剣な顔で俺に話しかける。

「すまん! 
 お前がそんな辛い目に遭ってたって気づいてやれなかった」

 加藤は、涙を流していた。
 それだけで、俺は暗かった少年時代が、全て報われる気がした。

「おい、加藤、お前らしくないぜ。
 それより、例のバイクが完成したぞ。 
 乗ってみないか?」

 加藤は、しばらく黙っていたが、急に勢いよく言った。

「おお、是非乗せてくれ!」

 やがて加藤家の庭では、少年の歓声が上がった。
 そこには白銀のバイクに夢中になる少年二人の姿があり、それを加藤の両親が微笑みながら見守っていた。
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