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第十章 奴隷世界スレッジ編
第71話 帰郷と報酬4
しおりを挟む次の日、エルフ城の下に広がる王都は、お祭り騒ぎだった。
広場では吟遊詩人が、世界崩壊の危機とそれを救った者の壮大な物語を歌い、同様の歌劇に民衆が酔いしれた。
お忍びでギルドへ報告に訪れた俺は、その途中目にした騒ぎに呆れていた。
「みんなが騒ぐのもしかたありませんな。
世界群が、そして自分たちの命が救われた。
その上、それに我らの姫とその夫が関わっていたのですから」
エルファリアギルドのギルマスであるロデス老が、そう説明する。
「しかも、そのお二方のご婚礼まであるのですから、盛りあがるのは当然です」
受付を担当しているメリーナ嬢がそんなことを言った。
「えっ!?
婚礼?」
「ははは、ご自身のことではございませんか」
ロデスさんの言葉が頭に入ってこない。
ど、どういうこと?
◇
城に帰った俺を待っていたのは、まっ白な馬車だった。
コリーダとそれに乗せられた俺は、多くの騎士を引きつれ城下を巡ることになった。
道沿いに並んだ人々から、花と祝福の言葉が投げられる。
こ、これは辛い。
くつろぎから最も遠い状態だぞ。
馬車がお城に着くと、玉座の間に連れていかれ、貴族たちから祝いの言葉を述べられる。
驚いたことに、そこにはダークエルフの議長ナーデとフェアリスの族長セロがいた。
「お二人とも、どうやってここへ?」
「彼のお陰ですよ」
議長の指さす方には、親指を立てたカズノ船長がいた。ああ、二人ともギルドの帆船に乗って来たのか。
それにしても、かなりの長旅だったはずだが。
「シロー殿が世界群を救うためスレッジ世界へ行っておると聞き、我らもお手伝いできぬかと、この地を訪れた所でした」
フェアリスの長が説明してくれたので、やっと理解できた。
彼らは、最初から婚礼へ出席するために、はるばるやって来たわけではなかったのか。
エルフ王には世界崩壊の危機に関しては秘密にするよう言っておいたが、さすがに各部族のトップには話さざるを得なかったのだろう。
「シロー、この度はご結婚おめでとう」
振りむいた俺は驚いた。ギルド長ミランダさんが立っていたのだ。
「どうやって『聖樹の島』からここへ?」
「守護獣に乗せてもらいました」
「守護獣?」
「五匹のワイバーンのことですよ」
「ああ、そうでしたか」
「彼らはこの度の功績でエルファリア世界の守護獣となりました」
確かに彼らがいなければ、『神樹戦役』の結果は違ったものになっていただろう。
「しかし、どうやってワイバーンと話したのです?」
「神樹様を通してお願いしました」
なるほど、そういうことか。
竜と神樹は会話できるようだから、ワイバーンとでも、なんとかなったのだろう。
「では、婚礼の式を始める」
エルフ王の声で、貴族たちのおしゃべりが止む。
奥の扉が開き、白いドレスを着たコリーダが現れた。
◇
もともと美しいコリーダだが、見慣れた俺がぼうっとするくらい綺麗だった。
黒褐色の肌が白いドレスに映えている。
つやつやした褐色の髪は琥珀のようだった。
俺は誰に言われるともなく、玉座の横に立つ彼女に近づいた。
「シロー……」
「コリーダ」
周囲から音が消える。
俺たち二人は、周囲を忘れ抱きあっていた。
◇
多人数でのにぎやかな食事の後、テーブルの上が片づけられたタイミングで、コリーダと俺が立ちあがった。
「それでは、妻から感謝の気持ちを込めて、プレゼントがあります」
「皆さま、今日は私たちを祝う場にお越しいただきありがとうございます。
シローと暮らすうちに、毎日出会う一人一人がかけがえのない方であると思えるようになりました。
特に、父と母、そして妹たちには感謝しております。
それでは、言葉では伝えられない思いをこめて」
静かに始まったアカペラは、聞く者の心に懐かしい灯りをともした。
自分が帰るべきところ、故郷、わが家。
望郷の歌は人々の心に広がり、彼らを懐かしい場所へと連れていった。
歌が終わっても、会場は音がしなかった。
みな、静かに涙を流している。
ミランダさんが拍手を始めると、やっと他も手を叩く。
やがて、それは雷鳴のような音となり広間を満たした。
「コリーダ!」
「お姉さま!」
「「お姉ちゃん!」」
四人の王女がコリーダに抱きついた。
「あなた、その歌……」
お后は、驚いた顔で絶句している。
彼女はコリーダの歌を初めて聞いたのだろう。
エルフ王がコリーダを抱きしめる。
「お父様、お母さまは、今も私の中にいます」
コリーダが父親にだけ聞こえるように言った言葉が俺の耳に入った。
「うむ、分かっておる、分かっておる」
陛下はそう言うと、コリーダから離れ、また拍手した。
◇
宴の後、俺は瞬間移動で遠方からのお客を送った。ギルド長ミランダさんは、ワイバーンに乗って帰っていった。いつまでも若々しいお方だ。
白猫は眠くなったのか、先にベッドのまん中で丸くなってしまった。
俺とコリーダは、二人のために用意された部屋のテラスで、丸テーブルに向かいあって座っている。
テーブルの上にはロウソクが灯っており、暗くなった周囲を温かく照らしていた。
星のまたたく夜空を背景に座るコリーダは、輝くばかりに美しかった。
彼女は微笑むと、静かにある曲を口ずさんだ。
それは俺が大好きなエルフの鎮魂歌だった。
俺はいつの間にか涙を流していたらしい。
コリーダがハンカチを俺の頬に当てたので、それに気づいた。
「ありがとう。
おばば様のことを思いだしてね」
「ええ、分かっていたわ」
コリーダは、俺の心にわだかまった悲しみに気づいていたのだろう。
「君に会えたことを、心から感謝するよ」
「ふふふ、相変わらずねえ。
シローって時々、凄く面白い」
「俺はお世辞やお追従が言えないからね。
思ってることを、そのまま言ってるんだが……」
「ははは、もういいわ。
笑いすぎてお腹が痛くなるから」
「ところで、今日広間で君が歌った曲だけど――」
「やっぱり、心配しちゃった?
あの曲はね、アリストの『くつろぎの家』をイメージして歌ったの。
私の故郷(ふるさと)は、もうあそこなの」
「そうか……」
テーブルの上でコリーダが俺の手を握る。
「私の家族は、ルル、コルナ、ナル、メル、そしておじい様……」
コリーダが俺の手を優しく撫でる。
「そして、あなた」
俺たちは、夜が白むまでお互いの目を見つめていた。
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