ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

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第十一章 ポータルズ列伝

マスケドニア国王編(2) 勘違い

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 夜半から早朝にかけて降った激しい雨が草地や森を洗い、空が晴れ渡った草原はすがすがしい空気に満ちあふれていた。
 王都から歩いて半日、馬でその四分の一という距離にある森が目の前に広がっている。
 十五名の騎士が、陛下とヒロコを囲むように護衛してここまで来た。それに加えて高位の魔術師三名が随行している。また、狩りで勢子を務める者たちが二十人ほど、徒歩でついてきている。

 丘陵地帯に広がるこの森には、様々な魔獣が棲むが、今日の狙いは『飛びウサギ』だ。
 このウサギ、狩りの対象としては最高峰とされる魔獣だ。
 人によってはこの魔獣のことを神聖視するほど、その存在は稀だ。
 一見しただけでは、子供たちでも獲れるハーフラビットに似ているが、それよりも一回り大きく、なにより違うのがその大きな耳だ。
 人が片手を広げたほどまで広がるその耳は、ウサギが危険を感じると翼のように広がり、かなりの距離を飛ぶことで知られている。

 そういう事があるので、飛びウサギは狩るのが最も難しい魔獣の一つに数えられる。
 良質の皮と肉は、時には金貨二十枚以上の値で取引される。
 乱獲を防ぐため、国全体で一猟期に五匹までしか獲れないと決めてあるが、もともと希少な魔獣なのでその制限に達する年はほとんどない。

 今日、陛下は王家に割り当てられている特別枠を使い、その『飛びウサギ』を狩るのだ。
 逞しく大きな白馬ラターンに乗った陛下の後ろには、侍従に引かれた白馬に乗るヒロコがいる。漆肩の長さで揃えた黒髪を微風になびかせる彼女は、凛々しく美しかった。

 ◇

「陛下、この辺りでよろしいか?」

 ショーカの声に余が答える。

「うむ、よかろう」

 ヒロコは、騎士が引いた白馬に乗っている。
 馬車に乗せることも考えたのだが、それでは彼女が余の雄姿を見逃す恐れがある。

 ショーカが、魔獣を追いたてる勢子(せこ)を務める者に下知を与えている。
 軽装の勢子たちが、森の中へと入っていく。彼らが獲物を余の所へ導くのだ。
 森から開けた野原へ追いだされたところで、魔術で魔獣を狩る手はずだ。

 カンカンカン

 森の中から、金属を打ちならす音が聞こえてくる。
 こちらの野原へ魔獣が出てくれば、後は魔術で仕留めるだけだ。
 野原の左手は崖、右手は騎士たちが固めているから、魔獣は唯一空いているこちらへ逃げるしかない。

 木立から白く小さな魔獣が数匹、一斉に跳びだした。
 ハーフラビットだ。
 よほど慌てているのだろう。地面に脚をとられ、転がりながらこちらに走ってくる。
 ヒロコが声を上げる。

「まあっ!
 ウサギかしら?」

 引きつづき、フォレストディアの番(つがい)が現われる。
 立派な体躯を持つオスは、二股に分かれた見事な角を二本、振りたてている。
 本来なら、十分価値がある獲物だが、今日の狙いは別にある。

 我々の横を走りぬける二匹のフォレストディアに、ヒロコが再び声を上げた。

「まあっ!
 美しいわっ!」

 彼女の興奮が伝わってきて、余も身体が熱くなる。
 諸国に轟く、我が狩りの腕、今こそ見せようぞ!

 先祖伝来の青い小型魔法杖(ワンド)を懐に入れておいたミスリル製の筒から取りだす。この杖は我が国の至宝も言うべきもので、材質、製法とも、とうに失われた古代魔術王国製である。 
 我が国の色でもある、鮮やかな青は、このワンドの色に由来すると言われている。
 本来、宝物庫の奥にしまい込んでいるものだが、今日はどうしてもこれが使いたかったのだ。

『マスケラス』という名を持つこのワンドは、魔術効果を二倍以上に引きあげると言われている。 
 そして、命中率上昇の補正もつく。
 現在知られている名工の最高傑作も、これには遠く及ばないのだ。 

「陛下、左です!」

 ショーカの声でワンドを構える。
 崖際の草むらを揺らす白い背中が見える。魔獣は崖の縁沿いをこちらに駆けてくる。

「水の力、我に従え!」

 詠唱により、ワンドの先端付近に一抱えほどある水玉が浮かんだ。
 余は初めて使う伝説級ワンドの効果に驚く。
 水玉は、いつもの二倍以上に膨らんだ。

 ワンドを頭上に挙げ、振りおろす。

「ウォーターボール!」

 水玉は、稲妻のような速さで魔獣に襲いかかった。

 キャウッ

 水玉が見事に白い魔獣を捉える。魔獣は草の上をコロコロ転がった。その動きで長い耳がふさふさ揺れるのが見えた。
 間違いなく『飛びウサギ』だ。

 まだ、少し動いている魔獣を狙い、もう一度魔術を唱えようとした時、叫び声が聞こえた。

「馬鹿ッ!」

 すでにワンドを振りおろしかけていた余の目に、魔獣の方へ駆けよる青い服が見えた。
 ヒロコだ。
 慌てて魔術を中断しようとするが、すでに水玉はワンドを離れ、そちらに向かって飛んでいた。

 幸い、水玉はヒロコの頭をかすめ、狙い通り魔獣に命中した。

 キュッ

 獲物を仕留めた喜びが湧きあがる。
 狩りの成功を捧げるべき相手であるヒロコは、魔獣の横に膝を着いている。

「ヒロコ、そちのための獲物ぞ!」

 余が大声で言うと、ヒロコがこちらを振りかえった。
 その目が涙で濡れている。
 彼女の涙を初めて目にした余は、思わず舞いあがってしまった。

「おお!
 喜んでくれるか!」

 しかし、彼女の口から出た言葉で、頭を破城槌(はじょうつい)で殴られたような衝撃を受ける。

「ひどいっ!
 どうしてこんなことを……」

 彼女の言葉は、怒りと悲しみに溢れていた。
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