525 / 607
第十一章 ポータルズ列伝
マスケドニア国王編(2) 勘違い
しおりを挟む夜半から早朝にかけて降った激しい雨が草地や森を洗い、空が晴れ渡った草原はすがすがしい空気に満ちあふれていた。
王都から歩いて半日、馬でその四分の一という距離にある森が目の前に広がっている。
十五名の騎士が、陛下とヒロコを囲むように護衛してここまで来た。それに加えて高位の魔術師三名が随行している。また、狩りで勢子を務める者たちが二十人ほど、徒歩でついてきている。
丘陵地帯に広がるこの森には、様々な魔獣が棲むが、今日の狙いは『飛びウサギ』だ。
このウサギ、狩りの対象としては最高峰とされる魔獣だ。
人によってはこの魔獣のことを神聖視するほど、その存在は稀だ。
一見しただけでは、子供たちでも獲れるハーフラビットに似ているが、それよりも一回り大きく、なにより違うのがその大きな耳だ。
人が片手を広げたほどまで広がるその耳は、ウサギが危険を感じると翼のように広がり、かなりの距離を飛ぶことで知られている。
そういう事があるので、飛びウサギは狩るのが最も難しい魔獣の一つに数えられる。
良質の皮と肉は、時には金貨二十枚以上の値で取引される。
乱獲を防ぐため、国全体で一猟期に五匹までしか獲れないと決めてあるが、もともと希少な魔獣なのでその制限に達する年はほとんどない。
今日、陛下は王家に割り当てられている特別枠を使い、その『飛びウサギ』を狩るのだ。
逞しく大きな白馬ラターンに乗った陛下の後ろには、侍従に引かれた白馬に乗るヒロコがいる。漆肩の長さで揃えた黒髪を微風になびかせる彼女は、凛々しく美しかった。
◇
「陛下、この辺りでよろしいか?」
ショーカの声に余が答える。
「うむ、よかろう」
ヒロコは、騎士が引いた白馬に乗っている。
馬車に乗せることも考えたのだが、それでは彼女が余の雄姿を見逃す恐れがある。
ショーカが、魔獣を追いたてる勢子(せこ)を務める者に下知を与えている。
軽装の勢子たちが、森の中へと入っていく。彼らが獲物を余の所へ導くのだ。
森から開けた野原へ追いだされたところで、魔術で魔獣を狩る手はずだ。
カンカンカン
森の中から、金属を打ちならす音が聞こえてくる。
こちらの野原へ魔獣が出てくれば、後は魔術で仕留めるだけだ。
野原の左手は崖、右手は騎士たちが固めているから、魔獣は唯一空いているこちらへ逃げるしかない。
木立から白く小さな魔獣が数匹、一斉に跳びだした。
ハーフラビットだ。
よほど慌てているのだろう。地面に脚をとられ、転がりながらこちらに走ってくる。
ヒロコが声を上げる。
「まあっ!
ウサギかしら?」
引きつづき、フォレストディアの番(つがい)が現われる。
立派な体躯を持つオスは、二股に分かれた見事な角を二本、振りたてている。
本来なら、十分価値がある獲物だが、今日の狙いは別にある。
我々の横を走りぬける二匹のフォレストディアに、ヒロコが再び声を上げた。
「まあっ!
美しいわっ!」
彼女の興奮が伝わってきて、余も身体が熱くなる。
諸国に轟く、我が狩りの腕、今こそ見せようぞ!
先祖伝来の青い小型魔法杖(ワンド)を懐に入れておいたミスリル製の筒から取りだす。この杖は我が国の至宝も言うべきもので、材質、製法とも、とうに失われた古代魔術王国製である。
我が国の色でもある、鮮やかな青は、このワンドの色に由来すると言われている。
本来、宝物庫の奥にしまい込んでいるものだが、今日はどうしてもこれが使いたかったのだ。
『マスケラス』という名を持つこのワンドは、魔術効果を二倍以上に引きあげると言われている。
そして、命中率上昇の補正もつく。
現在知られている名工の最高傑作も、これには遠く及ばないのだ。
「陛下、左です!」
ショーカの声でワンドを構える。
崖際の草むらを揺らす白い背中が見える。魔獣は崖の縁沿いをこちらに駆けてくる。
「水の力、我に従え!」
詠唱により、ワンドの先端付近に一抱えほどある水玉が浮かんだ。
余は初めて使う伝説級ワンドの効果に驚く。
水玉は、いつもの二倍以上に膨らんだ。
ワンドを頭上に挙げ、振りおろす。
「ウォーターボール!」
水玉は、稲妻のような速さで魔獣に襲いかかった。
キャウッ
水玉が見事に白い魔獣を捉える。魔獣は草の上をコロコロ転がった。その動きで長い耳がふさふさ揺れるのが見えた。
間違いなく『飛びウサギ』だ。
まだ、少し動いている魔獣を狙い、もう一度魔術を唱えようとした時、叫び声が聞こえた。
「馬鹿ッ!」
すでにワンドを振りおろしかけていた余の目に、魔獣の方へ駆けよる青い服が見えた。
ヒロコだ。
慌てて魔術を中断しようとするが、すでに水玉はワンドを離れ、そちらに向かって飛んでいた。
幸い、水玉はヒロコの頭をかすめ、狙い通り魔獣に命中した。
キュッ
獲物を仕留めた喜びが湧きあがる。
狩りの成功を捧げるべき相手であるヒロコは、魔獣の横に膝を着いている。
「ヒロコ、そちのための獲物ぞ!」
余が大声で言うと、ヒロコがこちらを振りかえった。
その目が涙で濡れている。
彼女の涙を初めて目にした余は、思わず舞いあがってしまった。
「おお!
喜んでくれるか!」
しかし、彼女の口から出た言葉で、頭を破城槌(はじょうつい)で殴られたような衝撃を受ける。
「ひどいっ!
どうしてこんなことを……」
彼女の言葉は、怒りと悲しみに溢れていた。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる