551 / 607
第十二章 放浪編
第21話 最後の望み
しおりを挟む街の中央施設であった『罪科者会議』の後、「銀ちゃん」改め、「銀さん」は、小型自走車の荷台に俺を乗せ、森の小屋に帰った。
隠れる必要はもうないとのことで、帰り道、俺は荷台に座り周囲を見回していた。
舗装されていない道は、畑の中をまっ直ぐ貫いていて、陽の光を浴び金色に光る穀物がそよ風にたなびく、のどかな風景が広がっていた。
死刑宣告を受けていなければ、この世界をもっと楽しめたかもしれないな。
森の中で自走者が停まると、小屋を覆っている木立から、タム少年が飛びだしてきた。
「お師匠さまーっ!」
彼は再び銀仮面を着けた銀さんの腰に抱きついた。
「タム……」
銀さんが、タムの頭を優しく撫でている。
「タム、お好み焼き食べるかい?」
俺がそう言うと、タムの目が輝いた。
「うん、食べる!」
俺は二人の先に立ち、小屋に向かった。
◇
一人で二枚もお好み焼きを食べ、満腹になったタムは、隣の部屋でお昼寝している。
俺は銀さんと向きあい、木のテーブルに着いている。
テーブルの上には、カップが二つあり、エルファリアのお茶が満たしてあった。
銀仮面を外した銀さんは、お茶を一口飲むと、それを味わうように目を閉じた。
「素晴らしい味ね」
「銀さん、全て話してもらえますね?」
「ええ、もちろんです。
何から話そうかしら。
そうね、最初の最初から話した方がいいわね」
銀さんは、どこか遠いところを眺めているような目をした。
「私が『罪科者』になった時、最初に配置されたのが、書庫の管理だった」
「そう言えば、この世界に来てから文字らしきものは目にしてないなあ」
「ええ、『罪科者』以外の者は、文字を習いません。
彼らの教育は、全て口伝えで行われます」
「へえ、変わってますね」
「恐らく、知的な能力を伸ばさないためだと思います。
この世界の仕組みに疑問を持たれては困りますから」
それはそうだろう。考える力があれば、自分の死を糧(かて)として生きる少数の人々を許すことはできないだろうからね。
「書庫の書物は、持ちだすことが厳しく禁じられているのですが、ある日、私は書類に挟まっていた本に気づかず、その一冊を持ちだしてしまったのです」
銀さんはお茶を一口飲むと、話を続けた。
「その本には、美しい絵が描いてあり、私は夢中になりました。
そこに何が書いてあるか知りたい、それはとても強い思いでした。
幸い、この世界の文字とその本の文字は、とてもよく似ていました。
少しずつ解読を進め、その本が子供向けの「絵本」であることを知りました。
その本を皮切りに、同じ言語の本を次々に読んだ私は、この世界の外に別の世界があること、そこでは全く違う価値観で人が生きていることを知りました」
俺は、空になった彼女のカップにエルファリアのお茶を注いだ。
銀さんは、頷くような仕草をすると話を続けた。
「その当時、私は妊娠しました。
この世界では、受精は全て『生誕の儀』という名の元、特別なガラス管を使って行われます。
他の世界で行われるような男女の肉体的接触は無いのです。
産まれた子は、親から離され、教育施設に入れられます。
しかし、私はどうしても自分の子供を自分の手で育てたかった」
「もしかして、タムは……」
「ええ、私が産んだ子です。
私は自分の妊娠、出産を隠し、彼をここで育てたのです」
銀さんは、剥きだしの地面を指さした。
「では、この小屋も?」
「ええ、書庫の本を参考に、長い時間をかけ少しずつ作りました」
ろくな道具もないだろうこの世界で、その作業をこなすには大変な苦労があっただろう。
「どうして、タムに母親だと名乗らなかったのですか?」
「私自身、母親がいなかったわけですから、母としてどう振舞ってよいのか、分からなかったのです」
「なるほど、教える側と教わる側と言う関係は、教育施設で体験していたから、師匠と弟子という関係にしたのですね」
「その通りです」
「どうして召喚などということをやろうと考えたのですか?」
「本には、異世界からの『稀人』が、常ならぬ能力でその世界を救うという話がいくかありました」
「う~ん、それって物語、つまり、作り話じゃないかな?」
「えっ!?
どういうことでしょう?」
「本の書き手が、現実とは違う世界を想像で勝手に創ることがあるのです」
「ええっ!?」
「では、救世主が世界を救うというお話は……」
「多くの場合、空想上の物語ですね」
「な、なんてこと……」
「しかし、なぜ救世主に、この世界を変えてもらおうなどと思ったのですか?」
「本には、男女が出会い、愛しあって子供が産まれ、家族として幸せに生きていくというお話がたくさん書かれていました。
私には、その事がとても素晴らしく思えたのです。
できるなら、タムにもそういう人生を送ってほしかった。
それが、全て空想上のお話だったなんて……。
私にとっては、救世主が最後の望みだったのです」
「いや、ちょっと待ってください。
救世主は空想かもしれませんが、家族を作って幸せに生きている人たちはたくさんいますよ」
「えっ!?
それも空想では――」
「いえ、それは現実です。
俺にも、家族がいますよ」
「ええっ!?
お、教えてください!
あなたの家族というのは?」
銀さんは、俺の家族について、根ほり葉ほり尋ねてきた。
「とても幸せそうですね。
なんでも話しあえる家族。
娘さんが二人……」
「ええ、きっと俺の帰りを待っていると思います。
タムがさっき食べていたお好み焼きも、娘たちのために俺が用意したものです」
「娘さんのために……」
銀さんは、しばらく黙りこんでいたが、急にその目からぽろぽろ涙をこぼしはじめた。
「銀さん、どうしたんです?」
「私は、娘さんからあなたを取りあげてしまったのですね……」
「まあ、そうですね」
「私は、なんということを……」
銀さんはテーブルに伏せ、大声で泣きはじめた。
俺はその声で、タムが起きてこないか心配だった。
彼女の涙が枯れたころを見計らい、声を掛ける。
「まあ、こうなってしまっては仕方がない。
気にしないでください」
「し、しかし、『旅立ちの儀』を受けてしまえば……」
「ああ、『旅立ちの儀』ですか。
俺にちょっと考えがあるので、それは大丈夫です」
「でも、いったいどうやって?」
「まあ、とにかく俺に任せておいてください。
あなたも、『旅立ちの儀』を受ける必要はありませんよ。
あなたがいなくなれば、タムの世話は誰がするんです?」
「……」
「そんなことより、あなたは俺をこの世界に召喚した時、報酬として他世界に行くための
門のことに触れましたが、あれ、嘘ですか?」
「いえ、ええと、本当のことかどうか分かりませんが、書庫の本には他世界への門について触れているものがありました」
「えっ、本当ですか!?」
「ええ、ただ、今の私はもう書庫の仕事など-していませんから、そこに入ることはできません」
「書庫の場所は分かっているんですよね?」
「ええ、書庫は、『罪科者会議』が行われた建物の地下にあります」
「場所が分かれば十分です。
さて、それでは、俺はこれからすることを打ちあわせますから、これで失礼します」
「打ちあわせる?
誰とです」
「ここにいる俺の友人とですよ」
俺は、自分の胸を指さした。
「ミー……」(え~っ……)
ブランが不満そうな声を上げる。
「ああ、それと、この友人とも打ちあわせます」
「ミー!」(イエーイ!)
不思議そうな顔をした銀さんを後に残し、俺は小屋を出た。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる