584 / 607
第十二章 放浪編
第54話 お好み焼きと陰謀(上)
しおりを挟む史郎がシュテイン皇太子と図書館を訪れた頃、そこからさほど離れていない大きな屋敷の地下室では、数人の貴族が集まり何やら話をしていた。
ロウソクだけが灯された冷たく暗い部屋は、しかし、異様な熱気に満ちていた。
「シュテイン皇太子に毒を盛ってはどうだ?」
丸テーブルを囲む貴族の一人が強い口調でそう言った。
「皇太子を殺しても、まだルナーリア姫がいるぞ」
隣の貴族がすぐに反論する。
「ええい、まどろっこしい!
ぐずぐずしておれるか!
このままだと、我らはジリ貧だぞ!」
「確かに、旧トリアナンの重臣は、次々に更迭されておりますからな」
ここに集まったのは、この国の前身、トリアナン王国に仕えていた貴族たちだ。
その中でも、ことに前国王に近かった彼らは、国が新しくなった時、降格されたり領地を減らされた者が多かった。
旧国王派として動いた彼らは、処刑されても仕方ないところだったが、現国王がそれをよしとせず、軽い処分にとどめたのだ。
しかし、彼らはそんなことに露ほども感謝などしていなかった。
「我々の力を合わせ、一刻も早くティーヤム王国をひっくり返さねばならん」
「新トリアナン王国に栄光を!」
「「「新トリアナン王国に栄光を!」
貴族たちの様子を眺めながら、反国王派の騎手であるナゼリア侯爵は、その痩せた顔にノミで刻んだように開いた細い目に、ぬめつくような暗い光を宿していた。
彼が盟主と仰いでいた公爵は、国が改まるときの騒乱で行方知れずになっている。公爵がいる限り、二番手に甘んじるしかなかった彼だが、もし計画中のクーデターが成功すれば、自ら王になるのも夢ではない。
そのためには、ここにいる貴族たちの命など、ただの駒に過ぎなかった。
◇
シュー改めシュテイン皇太子に王城まで案内された俺は、国王と正式な謁見を行わないまま、城内にある迎賓館に通された。
それはそうだろう。
銀等級とはいえ一介の冒険者に過ぎない。
この世界での俺は、会いたいときに国王と会える、黒鉄の冒険者ではないのだから。
二十畳はある立派な部屋でくつろいでいると、ノックの音がして、中年のメイドさんと、初老の執事らしき人が入ってきた。
執事の服は、色は地味な緑だが、戦隊もののヒーローそっくりの上下だ。マスクをしたら完璧だ。
かたやメイドさんは、地味な正統派メイド衣装を着ている。
そこには、はっきりと地球世界の文化が影響しているあかしが見てとれた。
ベラコスのギルマス、サウタージさんも触れていたが、やはり、この世界には、他にも地球世界からの『迷い人』がいるようだ。
「シロー様、どうぞこちらに」
メイドが俺に貴族風のボタンが沢山ついた窮屈な服を着せると、「戦隊もの」執事が俺をある部屋の前まで案内してくれた。
木の扉には図書館と似た凝った彫刻が掘られていたから、同じ人の手によるものかもしれない。
執事が何か唱えると、その扉がすっと内側に開いた。
部屋は縦長で、学校の教室ほど広さがあった。
縦長のテーブルの奥には、口ひげを生やした上品な壮年の男性が座っており、俺から見て彼の左側には母娘らしい二人、その向かいにシュテイン皇太子と若く美しい女性が座っていた。
右手の壁に沿って、メイドがずらりと並んでいた。
俺の席は、手前の端なので、向かいの男性とはかなりの距離がある。
「シロー様、ご挨拶を」
執事さんが耳元でささやく。
「初めまして、俺はパンゲアという世界から来たシローです」
「「えっ!?」」
左手に座る年配の女性、シュテインの隣に座る美女が声を上げた。
シュテインは、俺が異世界出身だと話していなかったようだ。
「余は、このティーヤム王国を治めておる、ヴァルトアイン一世である。
シローとやら、今日は大儀じゃ」
「ははっ」
とりあえず、そう答えておく。
しかし、凄い貫禄だと思ったら、やっぱり国王陛下だったんだね。
「シローさん、こちら私の母と、それから妹のルナーリアです。
そして、こちら、ええと、セリカです」
シュテインが、他の人たちを紹介してくれる。
「シュテイン、きちんと婚約者としてご紹介なさい。
セリカさんが可哀そうですよ」
シュテインの向かいに座る、彼が母親だと紹介した女性が穏やかな口調でそう言った。
「まっ、お后様……」
シュテインの隣に座る美女が、顔を赤くする。
自分も思いっきり美形の癖に、婚約者まで美人ってどうよ。
シューのヤツ、リア充しちゃって!
『へ(u ω u)へ やれやれ、またですか?』
いやー、点ちゃん、絵に描いたような美形が仲良く二人並んでるから、ちょっとイラついただけ。
「シローとやら、シュテインの話だと、お主、色々な珍味を持っておるらしいな?」
「はっ、つまらないものでございます」
ここはひとまず謙遜しておこう。
「息子の話だと、頬が落ちるほど旨いらしいではないか。
我らにも、それを供せぬか?」
いや、断れないよね、ここは。
「御意」
「では、よろしく頼むぞ」
彼が手を打つと、図書館で見たような黒ローブを着た男たちが、俺を除く五人の斜め後ろに立った。
俺は彼らの仕事が予想できたので何も尋ねず、点収納から五つベネチアングラスを出す。
もちろん、腰のポーチに触れ、マジックバッグだと擬装することは忘れない。
大ビンを一つ、小ビンを一つ出し、後ろのヒーロー侍従さんに声を掛ける。
「食前酒です。
ルナーリア様には果汁をどうぞ」
「おお、さすが冒険者だ!
マジックバッグだな?
して、この飲み物はなんだ?」
「皆さんにお配りしたのは、妖精族(フェアリス)が作る、幻のお酒です。
ルナーリア様には、エルファリアという世界で採れる、果物から作る果汁をご用意いたしました」
メイドたちが素早く動き、陛下やお后たちの前にグラスを並べる。
すぐに、彼らの後ろに立つ黒ローブの人たちがそれを一口飲む。
陛下のグラスに口をつけた男が頷くと、最も高齢の侍従が囁くような声を出す。
「陛下、お召しあがりください」
なるほど、やはり黒ローブの男たちは毒見役だな。
「な、なんだ、この酒は!」
グラスに口を着けた陛下が、声を上げる。
お酒に詳しい人ほど、『フェアリスの涙』の味は衝撃的らしいからね。
「素晴らしいわね!」
「本当に!」
お后様とセリカ嬢にも、気に入ってもらえたようだ。
「うわーっ!
シュワーってして、美味しいっ!」
まだ、七、八才だと思われるルナーリア皇女が、素直な感想を口にする。
気を遣う場面で、この姫の言葉には癒されるよなあ。
「これは、料理にも期待できそうじゃな!」
国王陛下、ハードルを上げないでくれる?
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる