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空知音

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第十二章 放浪編

第54話 お好み焼きと陰謀(上)

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 史郎がシュテイン皇太子と図書館を訪れた頃、そこからさほど離れていない大きな屋敷の地下室では、数人の貴族が集まり何やら話をしていた。
 ロウソクだけが灯された冷たく暗い部屋は、しかし、異様な熱気に満ちていた。

「シュテイン皇太子に毒を盛ってはどうだ?」

 丸テーブルを囲む貴族の一人が強い口調でそう言った。

「皇太子を殺しても、まだルナーリア姫がいるぞ」

 隣の貴族がすぐに反論する。

「ええい、まどろっこしい!
 ぐずぐずしておれるか!
 このままだと、我らはジリ貧だぞ!」

「確かに、旧トリアナンの重臣は、次々に更迭されておりますからな」

 ここに集まったのは、この国の前身、トリアナン王国に仕えていた貴族たちだ。
 その中でも、ことに前国王に近かった彼らは、国が新しくなった時、降格されたり領地を減らされた者が多かった。
 旧国王派として動いた彼らは、処刑されても仕方ないところだったが、現国王がそれをよしとせず、軽い処分にとどめたのだ。
 しかし、彼らはそんなことに露ほども感謝などしていなかった。

「我々の力を合わせ、一刻も早くティーヤム王国をひっくり返さねばならん」

「新トリアナン王国に栄光を!」

「「「新トリアナン王国に栄光を!」

 貴族たちの様子を眺めながら、反国王派の騎手であるナゼリア侯爵は、その痩せた顔にノミで刻んだように開いた細い目に、ぬめつくような暗い光を宿していた。
 彼が盟主と仰いでいた公爵は、国が改まるときの騒乱で行方知れずになっている。公爵がいる限り、二番手に甘んじるしかなかった彼だが、もし計画中のクーデターが成功すれば、自ら王になるのも夢ではない。
 そのためには、ここにいる貴族たちの命など、ただの駒に過ぎなかった。
 
 ◇

 シュー改めシュテイン皇太子に王城まで案内された俺は、国王と正式な謁見を行わないまま、城内にある迎賓館に通された。
 それはそうだろう。
 銀等級とはいえ一介の冒険者に過ぎない。
 この世界での俺は、会いたいときに国王と会える、黒鉄の冒険者ではないのだから。
 
 二十畳はある立派な部屋でくつろいでいると、ノックの音がして、中年のメイドさんと、初老の執事らしき人が入ってきた。
 執事の服は、色は地味な緑だが、戦隊もののヒーローそっくりの上下だ。マスクをしたら完璧だ。
 かたやメイドさんは、地味な正統派メイド衣装を着ている。
 そこには、はっきりと地球世界の文化が影響しているあかしが見てとれた。
 ベラコスのギルマス、サウタージさんも触れていたが、やはり、この世界には、他にも地球世界からの『迷い人』がいるようだ。

「シロー様、どうぞこちらに」

 メイドが俺に貴族風のボタンが沢山ついた窮屈な服を着せると、「戦隊もの」執事が俺をある部屋の前まで案内してくれた。
 木の扉には図書館と似た凝った彫刻が掘られていたから、同じ人の手によるものかもしれない。 
 執事が何か唱えると、その扉がすっと内側に開いた。

 部屋は縦長で、学校の教室ほど広さがあった。 
 縦長のテーブルの奥には、口ひげを生やした上品な壮年の男性が座っており、俺から見て彼の左側には母娘らしい二人、その向かいにシュテイン皇太子と若く美しい女性が座っていた。
 右手の壁に沿って、メイドがずらりと並んでいた。 
 俺の席は、手前の端なので、向かいの男性とはかなりの距離がある。

「シロー様、ご挨拶を」

 執事さんが耳元でささやく。

「初めまして、俺はパンゲアという世界から来たシローです」

「「えっ!?」」

 左手に座る年配の女性、シュテインの隣に座る美女が声を上げた。
 シュテインは、俺が異世界出身だと話していなかったようだ。

「余は、このティーヤム王国を治めておる、ヴァルトアイン一世である。
 シローとやら、今日は大儀じゃ」

「ははっ」

 とりあえず、そう答えておく。
 しかし、凄い貫禄だと思ったら、やっぱり国王陛下だったんだね。

「シローさん、こちら私の母と、それから妹のルナーリアです。
 そして、こちら、ええと、セリカです」

 シュテインが、他の人たちを紹介してくれる。

「シュテイン、きちんと婚約者としてご紹介なさい。
 セリカさんが可哀そうですよ」

 シュテインの向かいに座る、彼が母親だと紹介した女性が穏やかな口調でそう言った。

「まっ、お后様……」

 シュテインの隣に座る美女が、顔を赤くする。
 自分も思いっきり美形の癖に、婚約者まで美人ってどうよ。
 シューのヤツ、リア充しちゃって!
  
『へ(u ω u)へ やれやれ、またですか?』

 いやー、点ちゃん、絵に描いたような美形が仲良く二人並んでるから、ちょっとイラついただけ。

「シローとやら、シュテインの話だと、お主、色々な珍味を持っておるらしいな?」

「はっ、つまらないものでございます」

 ここはひとまず謙遜しておこう。
 
「息子の話だと、頬が落ちるほど旨いらしいではないか。
 我らにも、それを供せぬか?」

 いや、断れないよね、ここは。
 
「御意」
  
「では、よろしく頼むぞ」

 彼が手を打つと、図書館で見たような黒ローブを着た男たちが、俺を除く五人の斜め後ろに立った。
 俺は彼らの仕事が予想できたので何も尋ねず、点収納から五つベネチアングラスを出す。
 もちろん、腰のポーチに触れ、マジックバッグだと擬装することは忘れない。

 大ビンを一つ、小ビンを一つ出し、後ろのヒーロー侍従さんに声を掛ける。

「食前酒です。
 ルナーリア様には果汁をどうぞ」

「おお、さすが冒険者だ!
 マジックバッグだな?
 して、この飲み物はなんだ?」

「皆さんにお配りしたのは、妖精族(フェアリス)が作る、幻のお酒です。
 ルナーリア様には、エルファリアという世界で採れる、果物から作る果汁をご用意いたしました」 

 メイドたちが素早く動き、陛下やお后たちの前にグラスを並べる。
 すぐに、彼らの後ろに立つ黒ローブの人たちがそれを一口飲む。

 陛下のグラスに口をつけた男が頷くと、最も高齢の侍従が囁くような声を出す。
 
「陛下、お召しあがりください」

 なるほど、やはり黒ローブの男たちは毒見役だな。

「な、なんだ、この酒は!」

 グラスに口を着けた陛下が、声を上げる。
 お酒に詳しい人ほど、『フェアリスの涙』の味は衝撃的らしいからね。

「素晴らしいわね!」
「本当に!」

 お后様とセリカ嬢にも、気に入ってもらえたようだ。 

「うわーっ!
 シュワーってして、美味しいっ!」

 まだ、七、八才だと思われるルナーリア皇女が、素直な感想を口にする。
 気を遣う場面で、この姫の言葉には癒されるよなあ。

「これは、料理にも期待できそうじゃな!」

 国王陛下、ハードルを上げないでくれる? 
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