597 / 607
第十二章 放浪編
第68話 ポータルを探そう(2)
しおりを挟むくつろぎムード満点のカフェで、俺は若い女性から首筋に短剣を突きつけらるという、くつろぎの欠片(かけら)もない目に遭っていた。
「お前、なぜ禁足地の事を尋ねた?」
短剣を突きつけている女性の目を見ると、並大抵の説明では納得しそうにない。
親の敵(かたき)を見るような目つきしてるよ、この人。
うーん、どうするかな。
世界群の危機に関わる、なんて本当のこと言ったら、絶対に首を切られるよね。まあ、『物理攻撃無効』の加護があるから、それでもいいんだけど。
「実は、皇太子様から、禁足地の調査を依頼されてまして」
シュテインは、この街で英雄視されているようだから、この理由ならどうだろう。
「えっ!?
あんた、シュテイン様の知りあいなの?!」
店長から「ナゼル」と呼ばれた女性が、口をポカンと開けるほど驚く。
なんだ、これは?
「ええ、知りあいですよ」
これは嘘ではないから、自信をもって答える。
「そ、それは済まなかった!」
ナゼル嬢は慌てて短剣を腰の鞘に入れると、身だしなみを整えている。なぜ、ここで身だしなみと疑問に思ったが、つっこまずにおいた。
「禁足地は、私に案内させてくれ!」
姿勢を正したナゼルは、深く頭を下げた。
この豹変ぶりは、なんだろう?
とにかく、それを利用させてもらおう。
「ええ、お願いしたいですが、まずはこれを飲んでからでもいいですか?」
カウンターの上に置かれたグラスには、まだ半分ほどマラアクのジュースが残っている。
「も、もちろんですとも。
マスター、私にも同じものを!」
彼女が注文したとたん、カウンターに薄桃色のジュースが満たされたグラスが現われる。
店長は、彼女が店にきてすぐ用意を始めていたのだろう。
「はい、いつものヤツね」
「あ、ありがとう!」
そう言ったナゼルは、添えられたタンブラーでかき混ぜもせず、ジュースを一気飲みした挙句、派手にむせている。
色っぽい女性がカウンター席から立ちあがり、そんなナゼルの背中を撫でる。
「もう、ナゼルちゃんは、そそっかしいんだから」
「げ、げはっ。
オンデカさん、もう私は大人です!」
むせたので、涙目になったナゼルが女性に抗議する。
「あらあら、大人はそんなにそそっかしくありませんよ、ナゼルちゃん」
ついに頭まで撫でられたナゼルは、諦め顔になった。
「では、行きましょうか」
ジュースを飲みほした俺が声を掛けると、救われたような表情になったナゼルが頷き、さっさと戸口へ向かった。
「ナゼルちゃん、ジュース代はつけとくよ!」
店長の声で、俺は二人分の支払いを済ませ、すでに扉を開き外へ出たナゼルの後を追った。
彼女は、目抜き通りを左へ早足で進んでいる。
俺は歩幅を広げ、彼女を追った。
◇
目抜き通りは、やがて円形の広場に出た。
広場の中心には花壇があり、そこには石造りの立派な台の上に、石像が二つ立っていた。
顔立ちの整った若い男性は、おそらくシュテインがモデルだろう。国の紋章を着けた服からもそれが分かる。
それと並びたつのは若い女性の像で、その顔立ちには日本人の面影があった。その肩には小さな鳥のようなものが載っている。あれは何かな?
台座に碑銘が彫られていたが、それは次のように読めた。
『皇太子と竜騎士、ヘルポリの街を救う』
やっと後ろを振りむき、俺が石像を見ているのに気づくと、ナゼルが誇らしげに言った。
「凄いでしょ!
皇太子と竜騎士、二人してこの街を救ってくれたのよ。
凄くカッコよかったんだから」
「ナゼルさんは、二人の事を知っているんですか?」
「ええ、知ってるわ」
彼女は石像を見上げながら、こう続けた。
「だって、二人は私の屋敷を守るために戦ったんだもの」
◇
街の中心にある石像のところでナゼルから聞いた、その言葉の意味が分かったのは、俺が彼女の屋敷に到着してからだった。
彼女の屋敷は非常に大きく、一階の面積だけなら、王城の迎賓館ほどあるだろう。
しかし、本当に注目すべきはその庭だった。
巨木が生いしげるその庭は、竜の里にあった森を思わせた。
「これは凄いね!」
二階の客間に通された俺は、窓から見える緑に圧倒された。
これが街中の景色とは到底思えない。
お茶の用意をするためにナゼルが部屋を離れている時間を利用し、神樹様から頂いた青い玉を出してみると、それは強い光を放ったままだった。
つまり、この屋敷、いや、目の前にある森が目的地といういことになる。
ナゼルは、なかなか戻ってこなかった。
一時間ほどして、やっとお茶を手に戻ってくる。
「それで……皇太子様に頼まれて、ウチの庭を調べにきたそうですね?」
ナゼルは、その勝気な目でじっと俺を見ている。
「ええ、そうです」
「何のためにですか?」
「それは言わないことになっています」
本当は言わないんでなく、言えないんだけどね。嘘だから。
ノックの音がすると、ナゼルが立ちあがり、ドアの所へ行く。執事らしき老人が彼女に何か囁いている。
ナゼルは俺の方を向くと、カフェで見た刺すような目つきで俺を見た。
「あんた、どういうつもり!
皇太子様の依頼なんて嘘をついて、タダで済むと思ってるの!」
執事がドアを開けると、ワンドや抜き身の剣を手にした兵士たちが部屋へなだれこんだ。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる