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第一章 冒険者世界アリスト編
第38話 並び立つ二人
しおりを挟む史郎は、ダートンの町に着くと、訓練討伐で利用した宿泊施設に入った。
ここに、ミツと言ったか、マスケドニアのスパイが働いているはずである。
来る途中、路の脇で休憩しているとき、加藤に念話でこれから王に会う手筈を整えるっていう話を伝えておいた。
どうしてお前だけがって、悔しがっていたけれど、さすがに敵国の王と接触するという繊細な事案に、奴を介入させるわけにはいかない。
一人部屋を取り、くつろいでいると、ノックがあった。
ドアを少し開けると、仕事着姿のミツが立っていた。
「お客様、お部屋の確認をさせてください」
招き入れると、急に居住まいを正した。
「今回は、我が方の申し出を受けていただき、ありがとうございます」
「畏まらなくてもいいよ。
俺は勇者でも何でもないから。
それより、王との会見について話してくれ」
「三日後、センライ地域の丘の上でとなっております」
センライか。
身を隠しやすい場所だな。
敵に囲まれると厄介かもしれないが、こちらも逃げやすい。
点ちゃんのことを考えると、こちらに有利に働きそうだ。
「いいだろう。 そちらは何人だ?」
「陛下と、付き添いが二人です。
私も含めます。」
「王がよく、そんな少人数を許したな」
「今回のことは、秘密保持が第一。
ぎりぎりまで人数を削りました」
「王の周囲は、納得したのか?」
「会見の件について知っているのは、陛下を含めほんの数名です。
それに、この形の会見は、陛下ご自身が望まれました」
ふむ。 もしかすると、本気で話をする気があるのかもしれない。
まあ、会見が終わるまでは、髪の毛一本の油断さえできないだろうけどね。
「時間は、何時にする」
「日が、天頂に登る時刻で」
「分かった。 三日後正午、センライの丘だな」
「よろしくお願いいたします」
「こちらは今回、俺一人で動いている。
場所も時間も、他には知らせない」
「ご配慮、感謝します」
「以後は、俺に接触するな。
では、三日後、また会おう」
「分かりました」
少女が、部屋から出て行こうとする。
「あ、そうそう。
加藤が、君に会えないことを、とても残念がってたぞ」
「えっ! そ、そうですか・・ユウが・・。
では、失礼します」
ふ~ん。 今の顔をみると、ハニートラップではないかもしれないな。
もしかしたら、加藤にチャンスがあるかも。
去り際のミツは、頬が桜色に染まっていた。
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次の日は、家族への土産を探して歩いた。
この町だけの特産品も多く、何にするか迷う。
食いしん坊のメルのために、日持ちがしそうなお土産を食べ歩いたら、それだけでお腹がいっぱいになった。
夜は、露天風呂を満喫する。
これは、町が運営しているもので、この町の宿に泊まれば、無料で利用できる。
まあ、こういう工夫が、この町が賑わっている理由なんだろう。
「忙中閑あり、だね~」
湯につかり、夜空を見上げる。
いつかドラゴンの山で見た星空を思い出す、史郎であった。
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会見の前日、史郎は夜明け前に宿を立ち、センライの丘へ向かった。
なぜ、そんなに早く行くのかって?
これが罠の場合、周囲に何が配置されているか知っておく必要がある。
保存食とお茶を、多めに用意してある。
今夜は、鍾乳洞の一つに泊まるつもりだ。
昼まで、まだ時間を残して、現地到着。
丘の周辺に、点ちゃんをばら撒いていく。
今のところ、罠の気配はない。
ついでだから、丘周辺のホワイトエイプも駆除しておく。
会見当日、相手とのトラブルが起こったとき、さらにホワイトエイプまで襲ってきたら、混乱するのは間違いないからね。
昼過ぎに、人間の反応が一つ、丘に現れた。
ミツではない。
まあ、音しか聞こえないから、息遣いとか、衣擦れの音で人間って分かるんだけどね。
とりあえず、点を付けておく。
点は、丘の周囲を隈なく動いている。
マスケドニアの斥候だろう。
お互いに、考えることは同じである。
斥候は、暗くなるまで動き回っていたが、夕方になると帰っていった。
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史郎は、洞窟で夜を明かした。
意外に居心地がいい鍾乳洞内だが、敷物が薄かったので、凸凹が少し気になった。
環境を整えたら、ここで住めそうである。
どこからか聞こえる、水滴が落ちる音を枕に眠りについた。
夜が明けた。
早朝から、二つの点が丘の周囲を動いている。
一つは、ミツ、もう一つは、昨日の斥候である。
そういえば・・
点ちゃんや。
「はーい」
点から、映像情報は送れないの?
「う~ん。 まだ無理みたいです。
レベル10になったら、使えるみたいですよ」
そういえば、情報伝達機能とか、そういうのはレベルで調べても、出てこないんだよね。
「それもレベルが上がれば、できるようになるみたいですよ」
しかし、映像が送れるようになったら、覗きとか、し放題だな。
まあ、しないけど。
「ご主人様が、いやらしいこと考えてる・・」
いや、だからしないって。 考えただけ。
「本当ですか? どうも怪しいな~」
どうして自分の魔法なのに、こんなに信用が無いんだ?
「ご主人様ですからね~」
はいはい、藪蛇でしたと。
「点ちゃん、今日は、いっぱい手伝ってもらうけど、よろしくね」
「はーい。 いっぱい遊んじゃいますよー」
だから、遊びじゃないって。
国の命運がかかった、超シリアスな場面ですよ、これ。
ま、いいか。 点ちゃんだもんね。
自分の事は棚に上げて、点ちゃんに呆れる史郎だった。
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正午前、斥候を示す点が、感知範囲から外へ出た。
少しして、また現れる。
誰か連れているようだ。
音声情報から考えて、これが国王だろう。
相手に合わせて、自分も丘の上に登っていく。
頂上が近づき、視界がひらけると、向こう側から登ってくる二人が見える。
一人が武人の格好をした背が高い男性で、もう一人は小柄な初老の男性である。
点は、初老の男が斥候であると教えてくれている。
ミツの点は、こちらから見て右手の石柱の陰にある。
ほぼ、同時に丘の頂上に着く。
武人の格好をした、壮年の男が国王だろう。
よく、敵国内のこんな場所を、会見の場に選んだものだ。
見晴らしがいいということは、周囲から狙撃される可能性もあるということだからね。
替え玉もあり得ると思っていたけれど、この威厳は、演技で出せるものではないな。
俺は、少し距離を置いて跪いた。
男が口を開く。
「お主が、勇者か」
「いえ、勇者と一緒にこの世界に転移して来た者です」
俺は、頭に巻いた布を外した。
黒髪が、あらわになる。
「おお! まさに黒髪。
よかろう。 お主を話し相手としよう」
「陛下との話は、魔術を通して、勇者も聞いております」
「なんと! さすがだな。
しかし、魔術の気配もせぬのに、そんなことができるのか」
ほう、この王様、ただ座っているだけの、お飾りではないようだ。
『加藤、聞いてるか』
『ああ』
『一応、王様に挨拶しておくか?』
『そうだな。 じゃ、城から出られず、直接会えないことを謝っておいてくれ』
『了解』
「勇者からの言づてです。
城から出られず、直接お目にかかれず恐縮です、とのことです」
「気にするな。
そちらの事情は、分かっておる」
「有難く存じます」
「して、この度の話だが、開戦について、勇者たちの意見を聞きたい」
「はっ」
『反対に決まってるだろ』『私も反対よ』『反対です!』
「勇者、聖騎士、聖女。
共に開戦に反対しております」
「うむ、そうか!
ならば、ぜひ停戦に向けて尽力して欲しい」
「尽力といっても、具体的に何をすればよいのでしょう」
「アリスト国王への具申、忠告。
開戦に反対する人々のとりまとめだな」
「なんとか王様同士の会見に持っていけないか、ということでしょうか」
「そうだ。 理を尽くして話をすれば、アリスト国王も分かってくれるはずだ」
その理が無い話なんだよね、今回の開戦は。
「残念ながら、それはまず無理かと」
「そちに、なぜそれが分かる」
「開戦は、周囲が強く反対する中、国王の鶴の一声で決まったこと。
心から戦争を望んでいるのが国王自身ですから、対話によってそれを変えるのは無理かと存じます」
「そこを何とか、会見だけでも実現できぬか」
「まず、不可能です。
アリスト国王は、勇者の存在を利用して、他国を併合する事しか頭にありません。
すでに、対話の段階は過ぎていると見たほうがいいでしょう」
「戦争は、避けられぬということか」
「一縷の望みは、陛下、あなたと、勇者達がともにはっきりと戦争に反対しているということです」
「ふむ、じゃが、それだけで何か起こせるだろうか」
「きっと、なにか方法があるはずです。
お互いにそれを前提に、案を練ってみましょう」
「時間が無いのだがな。
それしかないか」
「時間を一週間と区切って、その間に考えましょう。
はっきりした前提があれば、妙案も浮かびましょう」
「ふむ。 では、一週間後に、もう一度連絡を取り合うか」
「はっ」
「のう、ところでお前は黒髪だが、勇者ではないのか」
「私は、レベル1の魔術師として転移しました」
「ふむ。 勇者の能力は無くとも、十分有能なようじゃがのう」
史郎が立ち上がると、王が歩み寄った。
お互いが、相手の目を覗き込む。
二人の姿が、丘の上で並び立った。
「お主、わが国のために働く気はないか?」
「陛下、恐れながら、私はくつろぐことが人生の目標です。
宮仕えなどすれば、その目標をかなえることができません。
有難いお誘いですが、私は在野のままでおります」
『ご主人様~、それ、ここで言っちゃうの?』
点ちゃん、それはないだろう。
「人生の目標が、くつろぐこととな。
わはははっ。
お前の世界では、それが普通なのか?」
「いえ、私は、特別だと思います」
「おもしろい男よ。
また、会おうぞ」
王はそう言うと、踵を返し、颯爽と丘を降りて行った。
横には初老の男が、付き添っている。
石柱のところまで行くと、ミツが出てきて二人に合流した。
王様っていってもいろんな人がいるんだなあ、それが俺の感想だった。
この少年、とことん緊張感とは無縁である。
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