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第二章 獣人世界グレイル編
第11話 聖女と従者
しおりを挟むいつものように、温かい治癒魔術の光に包まれて、目が覚める。
コウモリ男は、その温かさが無い毎日など、もう考えられなくなっていた。
そして、心の余裕ができると、今までの自分の人生を振り返ることができるようになった。
それは、砂を噛むような、味気ないものだった。
物心つくとすぐ、厳しい魔術の修行に明け暮れた。
学校に入ると、それはさらにエスカレートした。
彼の両親は、学校で一番になることを求めた。 いや、強要した。
二番にでもなれば、激しいむち打ちと、罵詈雑言、さらに厳しい修業が待っていた。
彼のことを名前で呼ぶ者は、家族も含め誰もいなかった。
両親は、「お前」、教師は「君」、クラスメートは「おい」という風に。
しかし、全員が彼のことを、陰ではこう呼んでいた。
「コウモリ」と。
両親が亡くなると、彼の興味は、地位と権力に向かった。
より早く、より高く。
出世への野望は、限りがなかった。
その挙句、王から便利な道具のように扱われ、果ては職を追われた。
自分の人生は、いったい何だったのか。
自分は、誰でもなかった。
そして、今、このような身になって鏡をみると、自分の人生がやっと見えてきた。
ピエロ。
そう、まさにピエロこそ、彼の人生だった。
名は無く、人から笑われ、蔑まれ、そして、評価されない。
奇禍によって我が身に刻まれた黒い刻印は、男に本当の自分の姿を教えてくれるのだった。
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「だいぶ、顔色が良くなりましたね」
聖女が、頬笑みを浮かべる。
「それから、あなたのお名前は?」
初めて、誰かから名前を聞かれた。
何かが、彼の体を震わせていた。
「どうしました? 寒気がしますか?」
聖女が、心配そうに尋ねる。
「ヴィ、ヴィナスです」
生まれて初めて、人から求められて自分の名を告げた。
両親が、異世界の美の女神に因んでつけた、皮肉な名前。
これまで、自分を苛んできた、運命の始まり。
しかし、今、その運命が変えられようとしていた。
異世界から来た少女によって。
聖女こそ、ヴィナスの名にふさわしい。
「私のことは、ピエロッティとお呼びください」
「でも、本当は、違う名前なのでしょう?」
「私は、今こそ自分の本当の名を知ることが出来ました。
どうか、この名で呼んでください」
この後、聖女あるところには必ず、背後で目立たぬよう立つ、この従者の姿があった。
獣人たちは、彼のことを、その姿からこう呼んだ。
「陰陽の従者」と。
そして、聖女同様、尊敬をもって敬うことになるのだった。
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