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7.冷遇
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次の日の朝。イドは上官からの手紙を父に手渡した。
「久しぶりに食事でもどうですか、との伝言も預かっています」
父は頷き手紙を懐に差し込んだ。
「ぜひ行こう、と伝えてくれ」
「了解しました」
それでは、と父の部屋から退室しようとする。しかし三歩ほど進んだところで呼び止められた。
「待ちなさい、イド」
「はい」
振り返る。父の黒眼が静かにイドを見つめていた。視線に心臓が熱くなる。
「……なんでしょうか」
「少し聞いておきたくてな。最近はどうだ」
「どう、とは?」
「仕事とシャルのことだ」
なんだ、と思った。無意識に奥歯がぎちりと鳴った。しかし微笑みは崩さず平静を装って答える。
「……仕事では現在リビングデッドの処刑人に任命されています。シャルとは……廊下で会ったときに挨拶をする程度です」
「やはりお前を怖がっているか?」
「手と声が震えている様子でした」
「そうか……」
父が視線を床に落とし、痛々しい表情でうめく。また過去の過ちを悔いているのだとわかった。イドは後ろで組んだ腕に指先を食い込ませた。
(……やめてくれ)
そんな姿を見せないでほしい。
父は間違っていない。父自身にもそう思っていてほしい。自らの正しさを疑うことなく、これまで通りに不変を貫いて生きていてほしいのに。
急激に変化した父を前に、今まで思いつきもしなかった考えが頭をよぎる。
評価の元に兄弟の道を分け、歩かせてきたその判断が誤りなのだとしたら。
イドが生きた人生は何だったのだ。
「……あまり落ち込まないでください」
微笑みの仮面をかぶったまま、父に言葉を投げかける。
「国家の英雄ともあろうお方が、他人に弱った姿を見せてはいけませんよ」
*
シグマの牢へ行こうと屋敷の門を出かけた時、視線を感じた。おそらく数秒後に呼び止められるな、と顔に力を込めると、案の定背後の屋敷から声がかかった。
「お待ちください、イド様!」
使用人の声だ。イドは振り返り、玄関から駆けてくる彼の方を見やる。
「どうした、ロズ?」
「アレックス殿下からの速達のお手紙が、イド様宛てに届きました」
飛び上がるような名前に、イドは本心から困惑した表情を作った。
「アレックス殿下?」
聞き間違いでなければ第一王子の名前だった。雲の上の存在と言っても過言ではない高貴な人間が、ただの一聖騎士に過ぎないイドに何の手紙を寄越したというのだろう。
差し出された封筒には、確かに王太子アレックスと書かれ、王室の封まで押されていた。
「……わかった、ありがとうロズ」
封筒の口を開き中の便箋を広げる。長ったらしい全文に素早く目を通し、内容を頭の中で整理した。
(要約するとシャルが通う学園まで今すぐ来いという命令)
正確には強制ではなかったものの、この身分差では命令も同然だった。父やシャルは貴族の身分だが、現在のイドのカテゴライズは聖騎士というある種独立したものとなっている。国家と神に奉仕する存在。特殊ながらも高いとは言えない身分だった。
(今日はシグマの所へは行けそうにない……)
使用人に上官への連絡を任せ、イドは学園の方向へ繋がる道を早足で歩きだす。
*
部屋に入った瞬間に四人分の視線が心臓に絡みついた。
幼い頃に習った通り、胸に手を当て深く頭を下げる。
「……お初にお目にかかります、アレックス殿下」
こんな錚々たる顔ぶれが揃っているとは思っていなかった。
通された応接室のソファーには、王太子アレックスだけではなく、レイ・ヘレン侯爵令息と宰相の子息のエイヴァン・ガードナーまでもが腰を下ろしていた。中心には何故かシャルも座っている。イドは細く緩く息を吐き出した。呼ばれた理由に何となく察しがついた。
(普段通りに聖騎士の顔をしていればいい)
目の前の人間たちは、イドに比べてあまりにも高い場所にいる。
アレックスは年齢に似合わぬ冷酷さと賢さを武器に権力争いの中優位に立ち続ける次期国王候補。
レイ・ヘレンは学術や話術に長けた神童と呼ばれる侯爵令息。
エイヴァン・ガードナーは次期宰相の未来が確約されていると言われているほどの外交力と言語力を持つ天才。
そして全員、もれなくアルファだ。
……だからと言って、どうなるわけでもない。イドに緊張や気後れは全く無い。
「そう固くならずに。顔を上げてよ、聖騎士イド・ユース。……そうだ、普通にイドと呼んで良い?」
「光栄です」
まあ座れ、とエイヴァンに手で指され、言われるがまま対面する椅子に座った。シャルは俯いている。微かに震えている両手にはアレックスの右手が重ねられている。
「本題に入ろうか、イド。もったいぶっても仕方がないから単刀直入に言うけれど……最近、シャルとは仲良くしてくれているのかな?」
やはりそうか、と目を細める。シャルはこの三人を味方につけているらしい。
母譲りの見た目を持つだけはある。何もしなくても人が寄ってきそうだとは予想していたが、まさかここまでの面子に囲まれているとは。対人恐怖症の割に社交のレベルが高すぎる。今は大分打ち解けているようだが、出会った当初は大丈夫だったのだろうか。泡を吹いて倒れていそう、と勝手なイメージを頭の中に浮かべる。
……とにかくシャルが原因で呼びだされたことはわかった。
しかし失態を犯した覚えはなかった。出来る限り丁重に扱っていたはずだ。間違っても手を上げるようなことはしていない。イドが父からの指示を無視することはない。
「どうでしょう……挨拶程度は交わしますが、あまり時間をとって話すことは出来ていません」
「騎士団の仕事が忙しいのかい?」
「ええ。今少し問題が起きていて」
シグマの顔が脳裏に浮かぶ。やり方を変えてからかなり時間が経った。生前の記憶に関連することを話したり体験させたりして、いくらか急所が掴めそうになってきた。
聖騎士としての責務に集中するために、ユース家の問題には一先ず片を付けていかなくてはならない。
レイ・ヘレンが困ったような笑顔を浮かべながらイドの瞳を見つめる。
「部屋に入ってから、私たちの中にシャルがいることを一度も指摘しませんね。あまり目線を向けていないようにも感じます。あなたは自らの弟のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
試すような質問。微笑みを返した。
「同じユース家の人間として適切な関係を築ければ良いと思っています。驚かなかったのは……学園に呼ばれた時から弟がいることには予想がついていましたから」
「では目線は?」
「殿下がいらっしゃるのに弟ばかりを見て無視するわけにもいかないでしょう?」
「……なるほど、確かにその通りです。少し過敏になりすぎていたのかもしれませんね。失礼しました」
明らかに加害者を見る目を向けられていることを察する。三人の視線には微かな冷たい光があった。大切なものを傷つける人間には容赦をしないアルファの目。
「イド・ユース。私からも一つ聞かせてほしいのだが」
エイヴァン・ガードナーが口を開く。
「シャルが自身と違う境遇に置かれていたことをどう考えている?」
イドはゆっくりと、首を傾げた。顔に浮かべた微笑みが薄くなる。何故かシャルが体を強張らせる。
「申し訳ありません。質問の意味がよく理解できません」
「では言い方を変えよう。自身がシャルに比べ恵まれた環境にいたことをどう思っている?」
これは微笑みを消した方がいい。きゅっと唇を引き結び、目元を悲し気にゆがめた。
「今になってみれば、もっと弟に対し出来ることがあったのではないかと思います。私は西館の中で何が起こっていたのか知ろうともしていませんでしたから」
「では今、それをすればいいのでは? あまり時間をとって話すことはないと言ったな。聖騎士が多忙なのは重々承知だが、同じ屋敷で暮らしているのなら今までのことを話し合うくらいのことは出来るはずだ。特に貴方は、自分の存在がシャルを別邸に追いやったことを分かっているだろう? 負い目があるはずだ。なのにそれをしないのは何故だ?」
「……それは」
「イド・ユース。あからさまな態度をとってはいなくとも、部外者だと認識していることが透けて見えれば立派な冷遇だと言えるぞ」
エイヴァン・ガードナーの言葉に心臓が軋んだ。悲鳴のような痛みがじわじわと胸に広がる。
(……無関心は罪だろうか)
今更シャルと親しくなる必要性を感じられない。だって本当に意味がないのだ。イドとシャルはそれぞれが独立した別々の存在だった。父の判断を分岐点にして道を分かたれた兄弟。
境遇は同じだ。父の元に生まれた。共に母親を亡くした。全部同じ。今、互いに相手を理解していないことも。
イドはシャルを知らない。鞭で打たれる痛みを知らない。陰口を叩かれ続ける痛みを知らない。悪意に囲まれる痛みを知らない。人を怖がる心を知らない。
シャルもイドを知らない。父に触れられない痛みを知らない。笑顔を向けてもらえない痛みを知らない。涙をこらえる痛みを知らない。自分を殺した痛みを知らない。……自分の人生を生きていると感じられない痛みを知らない。
一生理解せず、交わらない。それでいいじゃないか。
「……お兄様」
シャルの声が聞こえる。眼球だけ動かして視線を向けると、蒼白になりながらもこちらを真っすぐに見つめる彼がいた。緑色の目が潤んだ光をたたえていた。
「お兄様が僕を家族だと思ってくれていなくても、僕は仲良くしたいんです。本当にそれだけなんです。エイヴァン様も、そんなふうに言わないで……お兄様が特別だったのは誰のせいでもないです……」
エイヴァン・ガードナーが目を見開いた。数秒間黙り込んでから、イドに向き直る。
「そうだな。すまなかった」
「……いえ」
イドの視線はシャルの座る方向へ釘付けになっている。正面から見つめ合ってもシャルは目を逸らさない。膝の上で固く握りしめられている彼の両手を、アレックスが優しく撫でた。
ちらりと向けられた金色の瞳は氷河のように冷え切っていた。
「でも、エイヴァンの言う通りのところもあったよね、イド?」
「……」
「答えられない? まあいいけれど……次にシャルを傷つけたら僕たちは容赦しないよ。そして、今回のことはユーイにも報告させてもらうから」
真っ黒な何かが、イドの胸の内を支配した。
「久しぶりに食事でもどうですか、との伝言も預かっています」
父は頷き手紙を懐に差し込んだ。
「ぜひ行こう、と伝えてくれ」
「了解しました」
それでは、と父の部屋から退室しようとする。しかし三歩ほど進んだところで呼び止められた。
「待ちなさい、イド」
「はい」
振り返る。父の黒眼が静かにイドを見つめていた。視線に心臓が熱くなる。
「……なんでしょうか」
「少し聞いておきたくてな。最近はどうだ」
「どう、とは?」
「仕事とシャルのことだ」
なんだ、と思った。無意識に奥歯がぎちりと鳴った。しかし微笑みは崩さず平静を装って答える。
「……仕事では現在リビングデッドの処刑人に任命されています。シャルとは……廊下で会ったときに挨拶をする程度です」
「やはりお前を怖がっているか?」
「手と声が震えている様子でした」
「そうか……」
父が視線を床に落とし、痛々しい表情でうめく。また過去の過ちを悔いているのだとわかった。イドは後ろで組んだ腕に指先を食い込ませた。
(……やめてくれ)
そんな姿を見せないでほしい。
父は間違っていない。父自身にもそう思っていてほしい。自らの正しさを疑うことなく、これまで通りに不変を貫いて生きていてほしいのに。
急激に変化した父を前に、今まで思いつきもしなかった考えが頭をよぎる。
評価の元に兄弟の道を分け、歩かせてきたその判断が誤りなのだとしたら。
イドが生きた人生は何だったのだ。
「……あまり落ち込まないでください」
微笑みの仮面をかぶったまま、父に言葉を投げかける。
「国家の英雄ともあろうお方が、他人に弱った姿を見せてはいけませんよ」
*
シグマの牢へ行こうと屋敷の門を出かけた時、視線を感じた。おそらく数秒後に呼び止められるな、と顔に力を込めると、案の定背後の屋敷から声がかかった。
「お待ちください、イド様!」
使用人の声だ。イドは振り返り、玄関から駆けてくる彼の方を見やる。
「どうした、ロズ?」
「アレックス殿下からの速達のお手紙が、イド様宛てに届きました」
飛び上がるような名前に、イドは本心から困惑した表情を作った。
「アレックス殿下?」
聞き間違いでなければ第一王子の名前だった。雲の上の存在と言っても過言ではない高貴な人間が、ただの一聖騎士に過ぎないイドに何の手紙を寄越したというのだろう。
差し出された封筒には、確かに王太子アレックスと書かれ、王室の封まで押されていた。
「……わかった、ありがとうロズ」
封筒の口を開き中の便箋を広げる。長ったらしい全文に素早く目を通し、内容を頭の中で整理した。
(要約するとシャルが通う学園まで今すぐ来いという命令)
正確には強制ではなかったものの、この身分差では命令も同然だった。父やシャルは貴族の身分だが、現在のイドのカテゴライズは聖騎士というある種独立したものとなっている。国家と神に奉仕する存在。特殊ながらも高いとは言えない身分だった。
(今日はシグマの所へは行けそうにない……)
使用人に上官への連絡を任せ、イドは学園の方向へ繋がる道を早足で歩きだす。
*
部屋に入った瞬間に四人分の視線が心臓に絡みついた。
幼い頃に習った通り、胸に手を当て深く頭を下げる。
「……お初にお目にかかります、アレックス殿下」
こんな錚々たる顔ぶれが揃っているとは思っていなかった。
通された応接室のソファーには、王太子アレックスだけではなく、レイ・ヘレン侯爵令息と宰相の子息のエイヴァン・ガードナーまでもが腰を下ろしていた。中心には何故かシャルも座っている。イドは細く緩く息を吐き出した。呼ばれた理由に何となく察しがついた。
(普段通りに聖騎士の顔をしていればいい)
目の前の人間たちは、イドに比べてあまりにも高い場所にいる。
アレックスは年齢に似合わぬ冷酷さと賢さを武器に権力争いの中優位に立ち続ける次期国王候補。
レイ・ヘレンは学術や話術に長けた神童と呼ばれる侯爵令息。
エイヴァン・ガードナーは次期宰相の未来が確約されていると言われているほどの外交力と言語力を持つ天才。
そして全員、もれなくアルファだ。
……だからと言って、どうなるわけでもない。イドに緊張や気後れは全く無い。
「そう固くならずに。顔を上げてよ、聖騎士イド・ユース。……そうだ、普通にイドと呼んで良い?」
「光栄です」
まあ座れ、とエイヴァンに手で指され、言われるがまま対面する椅子に座った。シャルは俯いている。微かに震えている両手にはアレックスの右手が重ねられている。
「本題に入ろうか、イド。もったいぶっても仕方がないから単刀直入に言うけれど……最近、シャルとは仲良くしてくれているのかな?」
やはりそうか、と目を細める。シャルはこの三人を味方につけているらしい。
母譲りの見た目を持つだけはある。何もしなくても人が寄ってきそうだとは予想していたが、まさかここまでの面子に囲まれているとは。対人恐怖症の割に社交のレベルが高すぎる。今は大分打ち解けているようだが、出会った当初は大丈夫だったのだろうか。泡を吹いて倒れていそう、と勝手なイメージを頭の中に浮かべる。
……とにかくシャルが原因で呼びだされたことはわかった。
しかし失態を犯した覚えはなかった。出来る限り丁重に扱っていたはずだ。間違っても手を上げるようなことはしていない。イドが父からの指示を無視することはない。
「どうでしょう……挨拶程度は交わしますが、あまり時間をとって話すことは出来ていません」
「騎士団の仕事が忙しいのかい?」
「ええ。今少し問題が起きていて」
シグマの顔が脳裏に浮かぶ。やり方を変えてからかなり時間が経った。生前の記憶に関連することを話したり体験させたりして、いくらか急所が掴めそうになってきた。
聖騎士としての責務に集中するために、ユース家の問題には一先ず片を付けていかなくてはならない。
レイ・ヘレンが困ったような笑顔を浮かべながらイドの瞳を見つめる。
「部屋に入ってから、私たちの中にシャルがいることを一度も指摘しませんね。あまり目線を向けていないようにも感じます。あなたは自らの弟のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
試すような質問。微笑みを返した。
「同じユース家の人間として適切な関係を築ければ良いと思っています。驚かなかったのは……学園に呼ばれた時から弟がいることには予想がついていましたから」
「では目線は?」
「殿下がいらっしゃるのに弟ばかりを見て無視するわけにもいかないでしょう?」
「……なるほど、確かにその通りです。少し過敏になりすぎていたのかもしれませんね。失礼しました」
明らかに加害者を見る目を向けられていることを察する。三人の視線には微かな冷たい光があった。大切なものを傷つける人間には容赦をしないアルファの目。
「イド・ユース。私からも一つ聞かせてほしいのだが」
エイヴァン・ガードナーが口を開く。
「シャルが自身と違う境遇に置かれていたことをどう考えている?」
イドはゆっくりと、首を傾げた。顔に浮かべた微笑みが薄くなる。何故かシャルが体を強張らせる。
「申し訳ありません。質問の意味がよく理解できません」
「では言い方を変えよう。自身がシャルに比べ恵まれた環境にいたことをどう思っている?」
これは微笑みを消した方がいい。きゅっと唇を引き結び、目元を悲し気にゆがめた。
「今になってみれば、もっと弟に対し出来ることがあったのではないかと思います。私は西館の中で何が起こっていたのか知ろうともしていませんでしたから」
「では今、それをすればいいのでは? あまり時間をとって話すことはないと言ったな。聖騎士が多忙なのは重々承知だが、同じ屋敷で暮らしているのなら今までのことを話し合うくらいのことは出来るはずだ。特に貴方は、自分の存在がシャルを別邸に追いやったことを分かっているだろう? 負い目があるはずだ。なのにそれをしないのは何故だ?」
「……それは」
「イド・ユース。あからさまな態度をとってはいなくとも、部外者だと認識していることが透けて見えれば立派な冷遇だと言えるぞ」
エイヴァン・ガードナーの言葉に心臓が軋んだ。悲鳴のような痛みがじわじわと胸に広がる。
(……無関心は罪だろうか)
今更シャルと親しくなる必要性を感じられない。だって本当に意味がないのだ。イドとシャルはそれぞれが独立した別々の存在だった。父の判断を分岐点にして道を分かたれた兄弟。
境遇は同じだ。父の元に生まれた。共に母親を亡くした。全部同じ。今、互いに相手を理解していないことも。
イドはシャルを知らない。鞭で打たれる痛みを知らない。陰口を叩かれ続ける痛みを知らない。悪意に囲まれる痛みを知らない。人を怖がる心を知らない。
シャルもイドを知らない。父に触れられない痛みを知らない。笑顔を向けてもらえない痛みを知らない。涙をこらえる痛みを知らない。自分を殺した痛みを知らない。……自分の人生を生きていると感じられない痛みを知らない。
一生理解せず、交わらない。それでいいじゃないか。
「……お兄様」
シャルの声が聞こえる。眼球だけ動かして視線を向けると、蒼白になりながらもこちらを真っすぐに見つめる彼がいた。緑色の目が潤んだ光をたたえていた。
「お兄様が僕を家族だと思ってくれていなくても、僕は仲良くしたいんです。本当にそれだけなんです。エイヴァン様も、そんなふうに言わないで……お兄様が特別だったのは誰のせいでもないです……」
エイヴァン・ガードナーが目を見開いた。数秒間黙り込んでから、イドに向き直る。
「そうだな。すまなかった」
「……いえ」
イドの視線はシャルの座る方向へ釘付けになっている。正面から見つめ合ってもシャルは目を逸らさない。膝の上で固く握りしめられている彼の両手を、アレックスが優しく撫でた。
ちらりと向けられた金色の瞳は氷河のように冷え切っていた。
「でも、エイヴァンの言う通りのところもあったよね、イド?」
「……」
「答えられない? まあいいけれど……次にシャルを傷つけたら僕たちは容赦しないよ。そして、今回のことはユーイにも報告させてもらうから」
真っ黒な何かが、イドの胸の内を支配した。
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