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青年篇
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しおりを挟む「『誰か』とまでは分かりません。……が、結婚ではなく婚約ですね。セイ君、教会あるいは神殿で誰かと誓いを交わして口づけた記憶は?」
「ないないないっ! そんなのないよ!」
僕はブンブンと首を横に振った。
「……ですよね。セイ君が神殿に行ったという話は聞いた事ありませんし、この教会での事なら私が知らないはずはありません」
「何よりセイ様は神殿嫌い。余程の理由が無い限り近づかないでしょうし、そんな事があれば我々も記憶しているはず」
「そうよ、少なくともこの十年、セイ様はこの教会以外どこの神殿にも立ち寄ってないわ」
正確には神殿じゃなく神官と神殿兵が苦手なんだけどね。
苦手な場所に近づこうとは思わないし、ましてや”口づけ”なんてしたら忘れるはずがない。
一体何が起きてるんだ……。
「となると、恐らく十年以上前という事になりますね」
「……十年、僕がここに来る前……?」
「セイはこの村の生まれじゃないのか?」
ああそっか、村の人達は知ってるけどディール達は知らないんだ。
「うん、僕は十年前──国境を隔てる山の中にある川に流れ着いていたんだって」
「覚えてないのか?」
「婆様……、この村で僕を育ててくれた人が拾った時、僕の意識は無かったから。けど、真っ暗な山を登って、頂上にあった泉に落ちて大滝に引き寄せられたのは覚えてるよ」
周りの空気が「えっ」と固まった。
そういえば、この話をしたのは婆様と村長、レオニスだけかも。その他は特に誰にも訊かれなかったし。
「随分と昔の事だし、僕も幼かったからあまり覚えてないけど……神殿らしい場所に行った記憶はないな」
「あっ、幼馴染みとかは? 子供の頃、聖堂だって知らずに入って、ちょっとした口約束みたいな事をして、で、軽~くチュッ……とかって」
ロゼの甘い初恋物語の夢想を壊すのは忍びないけど、不正解だから正すね。
「僕、物心付く前に母さんと二人拉致されて、この村に来る直前まで知らない屋敷に隔離されてたんだ。レンガ塀と鉄柵に囲まれてて、周囲も森だった気がする。だから外部との接触も出来なかったし、僕も屋敷の敷地から出た事はなかった。母さんが危篤状態に入って、もういよいよって時にそこを逃げ出して、山を登って泉に落ちたんだけど……その屋敷で唯一接点があったのは母さんと神官……? あ、妖精? 光の妖精と話した事あるかも?」
「ら、拉致に隔離……? ううん、それってもう監禁じゃないかっ、それに……、どうしてそんな酷いことを……」
「あ……、それは、その、母さんが、自分が死ぬ前に逃げろって……、だから、一人で行くしかなくて……」
ロゼの悲痛な声に視線が下を向いてしまう。言い訳みたいになって情けない自分が嫌いだ。
母さんを置いて逃げた癖に、直に死ぬと分かっていて看取る事もしなかった癖に、「一人で行くしか」なんて憐れっぽく言って誤魔化す自分の弱さが嫌いだ。
そして被害者ぶって泣きそうになる自分も、嫌いだ。
何年経っても強くなれない自分が嫌になる。
「そうじゃないよセイ君! 僕が言いたいのは、そんな小さな子供を抱えた母子を攫って監禁した事が酷いって言ってるんだ。セイ君も、セイ君のお母さんもさぞ心細くて怖かっただろうって……」
ロゼは優しい。
こんな、狡くて弱い僕の事なんかを慮ってくれる。そんなロゼの肩を神父様が抱き寄せて並んで椅子に座った。
過ぎた過去の僕と母さんの心配をしてくれたロゼに、僕は「ありがとう」と伝える。
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