4 / 9
バスケ青年と出会う
しおりを挟む
西日の差し込むリビング。窓を開けてベランダへ出てみる。20階だての11階のマンションは、近くに建物はなく眺めがいい。
窓を閉めてキッチンのほうへ戻り、改めて部屋全体を眺める。
間取りは2LDK。流しの上の申込書にははんこが押してある。
男は一緒にベランダに出てこず、所在なさそうに立っていた。スキニーのデニムに、フレッドペリーのポロシャツ。
「いよいよだね」と私は声をかけただろうか。男の唇が動く。なんと言っているかよく聞き取れない。「え? 聞こえない」……。
* * *
頭を振って映像を止める。ただでさえ荒い呼吸が、はぁはぁと苦しい。口の中が苦い。
見回すとちょっとした広場のようなところに出ていた。人影は変わらず、ない。
スリープ状態だった身体の中で、最初に起動し始めたは耳だった。
ダム、ダム、ダム。
どこかから音が響く。
ダム、ダムダム、ダダム、ダムッ、ダムム。
その音は左手のほうから聞こえてきた。地元の小学校があるようで、広くはないがアスファルトの校庭がある。
ダム、ダム。低い乾いた音。
吸い寄せられるようにして、校庭のフェンスに近づく。誰かいる。
校庭の一角には古びたバスケットゴールが設置されていて、そこで白人男性がバスケットをしていた。
ドリブルをしシュートを放ち、リングからこぼれたボールを拾いに走り、またドリブルをする。ひとりだ。
目を疑った。あまりに驚いたので、とっさに背後を振り返ってしまったほどだ。
え、これなんですか?
気を失うような暑さ、立ってられない熱風。そんな中でなぜ運動を、なぜバスケットを。
あまりにエネルギッシュで暑苦しい身体運動。信じられない。正気とは思えない。
なぜ? 何のために? 暑くないの?
っていうか、いつからやってるの?
あまりのことに、足がふらふらとそちらへ向かう。
開いていた門を通り、アスファルトの校庭を歩いてそのバスケットマンに近づく。
近くで見ると、コートは粗雑なものだった。リングには錆が浮き、ボードはささくれ、ラインもところどころかすれている。ところが、男のプレーは素人目に見ても、俊敏そのものだ。
止まる。瞬時に動き出す。ドリブル、ジャンプ、シュート、リバウンド。
仮想の敵をフェイントで抜き、低い姿勢のままドリブル。レイアップシュート。あえなくリングに弾かれたボールはあさっての方向へ飛んでいこうとするが、瞬間、それを長いリーチでおさえる。
場を落ち着かせるようにボールをつく。ダム、ダダムッ、ダム。
身長は180センチを超えていそうだ。横幅もあるので、丸刈りのヘアスタイルが軍人を想像させる。20歳か25歳そこそこで、遠くで見ていたよりも幼い印象だ。観光客だろうか。
グレーのタンクトップに、黄色のショートパンツ。タンクトップの胸元は汗でぐっしょりと黒くなっている。ピンク色に染まったこめかみから、黄金色の生え際から、汗の玉がしたたり落ちている。
男はほんの一瞬こちらを見た。
が、何も言わずに再びゴールに向かって動き出そうとする。
私はたまらず声をかけた。
「ねえ!」
喉がねばついて、変な声になってしまった。男は動きを止め、ボールを右手に抱え振り向く。
私がラインギリギリまで行くと、ゆっくりと近寄ってきた。
「なに?」
旅先で耳にする英語はいつもそっけなく聞こえる。紅潮した頬とつきだした額。腕は棍棒のように太い。
「いや、あの…。バスケしてるんだね」
「うん」
「暑いのに?」
「うん」
「暑くないの?」
「暑い」
「それなのに、どうして?」
「え?」
男は右手から左手にボールを持ち替える。
「あ、どうして、バスケしてるの? 旅行者だよね? 選手かなにかで、試合に向けて練習してるとか?」
「習慣だから」
「へ?」
「習慣だから。毎日バスケしないと、気持ち悪くて」
「習慣」
habit。口に出して繰り返してみても、胸の中で反芻してみても、まったく意味が頭に入ってこない。
「そう。毎日30分はやらないと、気持ち悪くて」
「えっと、そうなんだ」
「うん。ホテルの受付の人に『この辺でバスケできるところないか』って聞いたらここを教えてもらった。『バスケット? 今、気温46度ですよ?』って呆れられた」男は肩をすくめる。
「私なんて歩くのもしんどくて。だからびっくりしちゃったよ、バスケやってる人いたから」
「うん、こんな暑さの中で下手に出歩くと危ない。一緒に来た彼女も部屋で休んでる」
真顔でそう答えると、男は左手のままボールを3度ついた。ダム、ダム、ダム。右手に戻す。しゅるるっと手の中で回転させる。
そばかすだらけの手の甲が、小さな生き物のように自在に動く。茶色い皮のボールは、使い込まれていて白いけばに覆われている。
「やる?」
突如、男はつかんだボールを私に向かってつきだしてきた。え?
「え?」
「バスケ。やらない?」
「は? 何を言ってるの?」
「やってみなよ」少しだけ眉をぴくりと上げた。
全力でのけぞり、目の前で手を振る。「いやいや。冗談でしょ」
男は笑うでもなく怒るでもなく、まったく表情を変えない。
ボールをつきだしたまま、小さくうなずく。まるで「だいじょうぶだ」とでも言わんばかりに。
「へ?」また、バカみたいな声が出た。
窓を閉めてキッチンのほうへ戻り、改めて部屋全体を眺める。
間取りは2LDK。流しの上の申込書にははんこが押してある。
男は一緒にベランダに出てこず、所在なさそうに立っていた。スキニーのデニムに、フレッドペリーのポロシャツ。
「いよいよだね」と私は声をかけただろうか。男の唇が動く。なんと言っているかよく聞き取れない。「え? 聞こえない」……。
* * *
頭を振って映像を止める。ただでさえ荒い呼吸が、はぁはぁと苦しい。口の中が苦い。
見回すとちょっとした広場のようなところに出ていた。人影は変わらず、ない。
スリープ状態だった身体の中で、最初に起動し始めたは耳だった。
ダム、ダム、ダム。
どこかから音が響く。
ダム、ダムダム、ダダム、ダムッ、ダムム。
その音は左手のほうから聞こえてきた。地元の小学校があるようで、広くはないがアスファルトの校庭がある。
ダム、ダム。低い乾いた音。
吸い寄せられるようにして、校庭のフェンスに近づく。誰かいる。
校庭の一角には古びたバスケットゴールが設置されていて、そこで白人男性がバスケットをしていた。
ドリブルをしシュートを放ち、リングからこぼれたボールを拾いに走り、またドリブルをする。ひとりだ。
目を疑った。あまりに驚いたので、とっさに背後を振り返ってしまったほどだ。
え、これなんですか?
気を失うような暑さ、立ってられない熱風。そんな中でなぜ運動を、なぜバスケットを。
あまりにエネルギッシュで暑苦しい身体運動。信じられない。正気とは思えない。
なぜ? 何のために? 暑くないの?
っていうか、いつからやってるの?
あまりのことに、足がふらふらとそちらへ向かう。
開いていた門を通り、アスファルトの校庭を歩いてそのバスケットマンに近づく。
近くで見ると、コートは粗雑なものだった。リングには錆が浮き、ボードはささくれ、ラインもところどころかすれている。ところが、男のプレーは素人目に見ても、俊敏そのものだ。
止まる。瞬時に動き出す。ドリブル、ジャンプ、シュート、リバウンド。
仮想の敵をフェイントで抜き、低い姿勢のままドリブル。レイアップシュート。あえなくリングに弾かれたボールはあさっての方向へ飛んでいこうとするが、瞬間、それを長いリーチでおさえる。
場を落ち着かせるようにボールをつく。ダム、ダダムッ、ダム。
身長は180センチを超えていそうだ。横幅もあるので、丸刈りのヘアスタイルが軍人を想像させる。20歳か25歳そこそこで、遠くで見ていたよりも幼い印象だ。観光客だろうか。
グレーのタンクトップに、黄色のショートパンツ。タンクトップの胸元は汗でぐっしょりと黒くなっている。ピンク色に染まったこめかみから、黄金色の生え際から、汗の玉がしたたり落ちている。
男はほんの一瞬こちらを見た。
が、何も言わずに再びゴールに向かって動き出そうとする。
私はたまらず声をかけた。
「ねえ!」
喉がねばついて、変な声になってしまった。男は動きを止め、ボールを右手に抱え振り向く。
私がラインギリギリまで行くと、ゆっくりと近寄ってきた。
「なに?」
旅先で耳にする英語はいつもそっけなく聞こえる。紅潮した頬とつきだした額。腕は棍棒のように太い。
「いや、あの…。バスケしてるんだね」
「うん」
「暑いのに?」
「うん」
「暑くないの?」
「暑い」
「それなのに、どうして?」
「え?」
男は右手から左手にボールを持ち替える。
「あ、どうして、バスケしてるの? 旅行者だよね? 選手かなにかで、試合に向けて練習してるとか?」
「習慣だから」
「へ?」
「習慣だから。毎日バスケしないと、気持ち悪くて」
「習慣」
habit。口に出して繰り返してみても、胸の中で反芻してみても、まったく意味が頭に入ってこない。
「そう。毎日30分はやらないと、気持ち悪くて」
「えっと、そうなんだ」
「うん。ホテルの受付の人に『この辺でバスケできるところないか』って聞いたらここを教えてもらった。『バスケット? 今、気温46度ですよ?』って呆れられた」男は肩をすくめる。
「私なんて歩くのもしんどくて。だからびっくりしちゃったよ、バスケやってる人いたから」
「うん、こんな暑さの中で下手に出歩くと危ない。一緒に来た彼女も部屋で休んでる」
真顔でそう答えると、男は左手のままボールを3度ついた。ダム、ダム、ダム。右手に戻す。しゅるるっと手の中で回転させる。
そばかすだらけの手の甲が、小さな生き物のように自在に動く。茶色い皮のボールは、使い込まれていて白いけばに覆われている。
「やる?」
突如、男はつかんだボールを私に向かってつきだしてきた。え?
「え?」
「バスケ。やらない?」
「は? 何を言ってるの?」
「やってみなよ」少しだけ眉をぴくりと上げた。
全力でのけぞり、目の前で手を振る。「いやいや。冗談でしょ」
男は笑うでもなく怒るでもなく、まったく表情を変えない。
ボールをつきだしたまま、小さくうなずく。まるで「だいじょうぶだ」とでも言わんばかりに。
「へ?」また、バカみたいな声が出た。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる