胡桃と雪乃

槻代 要

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 梢はコントロールも良く、一球外した後は、立て続けにストライクゾーンに投じる。
 先頭打者の鳴子ほとりは、五球目までをファールにして粘るが、それで追い込まれ、六球目で空振り三振となった。
 しかし、次の丸吉希美は二球目を三塁線に打つ。これを和水が上手く捌くが、送球が間に合わず内野安打。続く芳野蘭は初球を叩き、当たりは良くなかったが、これが二塁、充希の頭上を越えるポテンヒットになる。
 一回の表でワンナウト、走者一、二塁。迎えるは四番の高遠静夏と、早くも危機的状況である。流石に梢が投手ではこんなものか、と、思った者も少なくはないはずだ。
 しかし、そこで梢が、ピッチャーズサークルに立ったまま、何かに対してうんうんと頷く。恐らく、冴子と何らかのやり取りをしているのであろう。
 それを見て「今さら何かしたところで」と、優位を確信し始めたすみれ達だったが、そこから梢が投じたのは――
「えっ!」と静夏が動揺する。曲がった。それも、有り得ない軌道を描いて。魔球である。
「ストライク!」
「そんなっ?」と、宣言した真琴の方を振り返る静夏。すみれ達も再び目を丸くしている。
 そう。玩具のゴムボールにはこれがあるのである。むしろ、それこそが醍醐味なのだ。
 それから、緩急を交えてツーストライク、ツーボール。五球目、静夏が引っ掛けた内野ゴロを充希が捕球し、二塁を踏んでフォースアウト、一塁の隼人に送球してゲッツー。
「ナイスピー!」と梢に声を掛ける皆に、「いえ~い!」と可愛らしいガッツポーズを返す梢。
 ギャラリーからも驚愕と賞賛の声が上がる中、呆然としているのはソフトボール部員達である。
「何よ、あの子たち。素人じゃないじゃない!」
「わ、私に言われても……」と、困惑しているのは、すみれも同じだった。

「なっ、何なんですかっ、アレはっ」
「そうよ、何で隠してたのよ」
 梢に詰め寄る雪乃と胡桃。
 しかし、「え~っ、わたし、隠し球なんてやってないよ~」と、相変わらず意図が通じていない。
「ある意味、全部が隠し球みたいなもんよね」
「まったくですね」
 腑に落ちない二人。そこに、洋平太と隼斗も加わる。
「でも、何でそんなに投げられるんだよ。いつの間に練習したんだ?」
「そうだ。幾ら片霧のリードが良くても、ボーグも無いってのは、投球ルールが分かっているからだろう?」
 皆の疑問に「そう言えば話したことなかったわよね」と冴子が切り出す。「梢って、私たちの練習に付き合ってたのよ。ウチの中学のソフトボール部って、人数も足りてなかったから」
「確かに、前にそんなことを言っていましたね」と言う雪乃だが、まさか練習に参加していたとは思わなかった。まして、これほどプレーが上手いとは。
 しかしそこで「でも、あの変化球は出して良かったの?」と充希が聞く。「まだ一回の表よ。奥の手を見せるのは早計だったんじゃない?」と、それは、至極真っ当な意見だろう。
「そうですね」と頷く冴子だが、「でも、先輩方はもう目が慣れてきてます。先制点を取られて長引くより、一度、攻守を入れ替えた方が良いと思いました」と、理路整然と答える。
 それを聞いた充希は「分かったわ」と頷く。「そこまで考えてるんなら、私が言うことじゃないわね」と納得した。
 次は初回の攻撃である。

「おいおい、結構上手いじゃねーか」
「確かにな。聞いた話じゃ今年は大会に出ないって言うから、戦力不足なんだろうと思っていたんだがな」
 ベンチに居る洋平太と隼斗が相手の講評をし合っている。
 向こう側の投手は部長のすみれ。投げ方は従来通りのウインドミル投法である。ソフトボール部についてはポジションの制約がされていないため、バッテリーは本来の選手が着いていた。
 一番バッターの充希は初球を空振り、次いでボール二つを見送り、四球目をファールにしてカウントツー&ツー。五球目を引っ掛けて内野ゴロ。続く和水と茜も似たようなカウントで凡打に終わる。
「ごめん……」と、負のオーラを放ちながらどんよりする先輩トリオ。
 しかし、「まー、草野球ならこんなもんだろ。ドンマイ」「そうだ。むしろ、テンポが悪いより良いさ」と、洋平太と隼斗が軽く受け流す。この程度でムードを下げないのは、チームプレイヤーとしては定石だろう。
 それを見て胡桃が「へー」と感心する。「何だよ」と返す洋平太。
「いや、野球部みたいだと思って」
「野球部なんだよ!」

 二回の表。再びピッチャーズサークルに立つ梢。五番打者の清瀬水萠に初球から異常な軌道の魔球を投じ続ける。水萠は選球眼が良いのか、五球、六球とファールにするが、最後は空振りの三振となった。
「ワンナウト!」「あと二つ!」とグラウンドに掛け声が飛び、雰囲気は良い。しかし、冴子には一つ懸念があった。それは、梢の体力についてである。一見すると、魔球で翻弄しているようには見えるが、相手は流石に上級生だけあって、ほとんど当てられている。元々、体育会系ではない梢にとって、ファールで粘られるのは体力的にも精神的にも堪えるに違いない。
 続く、六番打者の笹川志織への投球数も似たようなものとなり、遂に長打を許す。レフトへの鋭い当たり。左翼手の雪乃は運動神経は良いが、まさか、野球まで上手いということはないだろう。と、冴子は思っていたのだが――グラウンドを低く跳ねる難しい打球に、走り込みながらグローブを差した彼女は、それを鮮やかに捕球すると素早く送球する。その先は――「洋平太さん!」
「おうっ!」と応える洋平太。受け取った姿勢からそのまま投球動作に移行する無駄のない動き。「隼斗っ!」
 隼斗が限界まで前に突き出したファーストミットに真っ直ぐボールが納まる。
「アウト!」と宣告したのは、塁審に着いていた野球部員である。洋平太、隼斗とも顔見知りだが、決して贔屓ひいきや不正などしていない。
「そんな……」と、ベンチで見ていたすみれ達が嘆く。今のは、いわゆる七ー六ー三
と呼ばれる送球である。野球ならばレフトゴロで打者をアウトにすること自体が珍しいが、今回はソフトボールのグラウンドの規格を適用している上にゴムボールである。どんなプレーが起こるか分からない。
「ナイスプレーッ!」と盛り上がる中、しかし、得体の知れないのは、続く七番打者の千堂忍だった。
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