墜ちたま!

EMM

文字の大きさ
3 / 3

Log1-3 二人の合宿と次なる波乱

しおりを挟む


 ――激闘の翌日。休日の昼下がり。 

『先日、鍔競市駅ビルの倒壊事件は提携していたガス会社と下水処理業者のミスが重なった結果だとしてEMM社の支援もあり同時にガス漏れによってビルが繭になったという集団幻覚も報告されており……』

 熊野看家の広いリビングは、つけっぱなしのテレビから流れるニュースの声を除いてしんと静まり返っていた。
 世界規模の退魔組織で上級エージェントとして働く両親は、当然のように昨日の今日で海外出張へと飛び立って不在。
 さらに、普段はこの屋敷の家事を切り盛りしている有能なお手伝いさん達にまで、なぜか今日に限って全員『特別有給休暇』が与えられていた。

 つまり、この広い屋敷には今、中学三年生の少年(ただし現在は咒具の呪いで美少女化継続中)がたった一人きり。
 完全なる密室である。

「よしっ。これで誰も邪魔は入らないね」

 そんな完全密室の二階。
 ノックの音もなく、剛の部屋のドアを勝手に開けて入ってきたのは、初夏にふさわしい爽やかなライトグリーンのワンピースに身を包んだ親友――府螺也 蓮だった。
 その華奢な手には、何やらパンパンに膨れ上がった大きなボストンバッグが、不自然なほどの重量感を伴って握られている。

「は? お前、なんで普通に入ってきてんだよ。しかも何で誰もいないって知って……母さんたちどころかお手伝いさんまで休ませたの、お前の仕業か!?」

 タンクトップにジャージの半ズボンという、年頃の女の子としてはあまりにも自堕落な格好でベッドの上に寝転がり、少年漫画を読んでいた剛は、ポカンと口を開けた。 
 学校では術で隠している猫耳と尻尾も、今は完全に油断して出しっぱなしになっている。黒い尻尾が、驚きのあまりピンと直立していた。

「うん。司おばさんに『剛の家に泊まり込みで、二人きりの強化合宿をしたい』って言ったら、凄くいい笑顔で『若いって素晴らしいわね! 避妊具の場所はわかる!?』って、全員に休暇を出してくれたよ」 

「あのクソ親ぁぁぁっ!!」

 剛は顔を真っ赤にして叫び、ベッドの上の枕に顔を埋めてジタバタと暴れた。 
 どう考えても「そういうこと」を期待して蓮に賛同し、完全な二人きりの状況を作り上げたのだ。
 代々『メス堕ち』を経験してきた退魔師一族の業の深さに、剛は頭痛すら覚えていた。

「ていうか、強化合宿ってなんだよ! 昨日の今日だぞ、いくらなんでも少しは休ませろっての……」

「その昨日、女郎蜘蛛に媚薬を飲まされて、あんなに情けない声で鳴いてた猫ちゃんが言うセリフかなぁ?」

「うぐっ……! そ、それは……」

 痛いところを突かれ、剛は猫耳をぺたんと伏せて顔を逸らした。
 確かに昨日の戦闘で、自分は敵の媚薬攻撃に為す術もなく陥落しかけた。
 もし蓮の助けが遅れていたら、今頃自分は完全に理性を失い、化け物の苗床として永遠に腹を膨らませるだけの『雌』に成り果てていただろう。
 その圧倒的な快楽と恐怖の記憶は、まだ剛の身体の奥底に微かな熱としてへばりついている。

「だから言ったでしょ? 『エッチな攻撃への耐性も付けないとね』って。そのための、強化合宿」

 蓮はニッコリと、どこまでも愛らしい小悪魔の微笑みを浮かべると、ベッドの横に重たいボストンバッグを置き、ジッパーを勢いよく開け放った。

 ――ドサッ、ゴトッ、ぶるるるるるっ……!

 中身が床にぶちまけられ、何かのスイッチが入ってしまったのか、奇妙な振動音が部屋に響き渡る。

「さぁ、剛。これを使って、僕と一緒に女の子の身体の『感度』をコントロールする特訓を――」

「ひぇっ……!? ば、バッカじゃねぇの!? 誰がやるかこんなモン!!」

 床に散らばったソレを見て、剛は裏返った悲鳴を上げてベッドの隅へと後ずさった。  
 そこにあったのは、見慣れた鉄扇や霊符などではない。
 ネット通販の怪しい奥地、あるいは年齢確認が必要な店舗の暖簾の奥でしかお目にかかれないような、ピンク色や黒色、あるいは生々しい透明なシリコン素材で作られた、いかがわしい用途の『大人のオモチャ』の山だったのだ。
 様々な形状のバイブレーター、ローター、拘束具、そして用途不明の怪しい液体のボトル。

「ふざけんな! いくら耐性つけるからって、なんでこんな変態グッズ使ってやることになんだよ! 俺は男だぞ、そういうのは……その、絶対に無理だからな!」

 顔から火が出るどころか全身の血が沸騰するほど赤面し、枕を抱きしめて全力で拒絶する剛。
 蓮はしばらくの間、ニコニコとした笑顔のまま剛の抗議を聞き流していたが……やがて、これみよがしにため息を一つ吐くと、スッと表情から余裕を消した。

「……そっか。剛は、僕と一緒に『女』の身体について学ぶのは、そんなに嫌なんだ」 

「えっ」

「昨日、あんなにひどい目に遭いそうになったのに。……僕だって、剛がまたあんな風に化け物に辱められて、永遠に奪われるのを見るのは、絶対に嫌なのに」

「あっいやその」

 蓮の翡翠色の瞳が、悲しげに、潤んで揺れる。
 その声のトーンの劇的な変化と、昨日の命がけの救出劇を思い起こさせる言葉に、剛のヒーローとしての(そして底抜けのお人好しとしての)良心がズキリと激しく痛んだ。

(うぐくっ……確かに、昨日は蓮がいなきゃ俺は終わってた。こいつは俺を心配して、俺のために……いや、でもこれとそれは話が!)

「い、いや、嫌ってわけじゃなくて……! ただ、急にこういうのは、その、男としての心の準備が……」

「じゃあ。剛がそこまで怖いって言うなら……」

 不意に、蓮がベッドの上に膝立ちで乗り上がってきた。  柔らかいスプリングが軋み、ライトグリーンのワンピースがふわりと揺れる。

「まずは、僕が『見せる』から」 

「はっ!?」

 シュルリ、と。
 蓮は、己のワンピースを留める胸元のリボンに一切の躊躇なく手をかけ、一気にそれを引き解いたのだ。

「ちょ、おまっ、何して――っ!」

「剛が怖いなら、僕が先にやる。女の子の身体がどういう風に感じて、どうやって耐えればいいのか。……剛のために、僕が身をもって教えるよ」

 はらり、とドレスの肩が落ち、蓮の滑らかで透き通るような白い肌がむき出しになった。  華奢な鎖骨、未発達ながらも柔らかな丸みを帯びた胸の谷間、そして、純白の可愛らしい下着。
 同じ男の魂を持っているはずの親友が、白昼堂々、密室のベッドの上で自ら服を脱ぎ捨て、淫らな特訓の『手本』を見せようとしている。
 そのあまりにも背徳的で狂気じみた行動に、剛は慌てて目を覆おうとした。

 だが、剛の視線は、下着姿になった蓮の『顔』に釘付けになり、ピタリと止まってしまった。
 恥らいなど、微塵もないといえば噓になる。顔は恥辱に真っ赤に染まっている。
 蓮とて激重感情は持っていようと痴女ではないのだ。
 しかしそこにあったのは、昨日女郎蜘蛛を惨殺した時と同じような、底知れない熱を孕んだ瞳。
 そして、自らを差し出してでも、その身も心も『開発』してしまおう——もとい、簡単に敵に陥落させたくないという、雄としての支配欲と雌としての情愛が混ざり合った、圧倒的に美しく、恐ろしい意志の炎だった。

(蓮、お前……)

 剛の喉が、ゴクリと鳴る。
 男としての理性と、女の子の身体の奥底で疼き始めた本能が、逃げ場のないベッドの上で完全に包囲されたことを悟っていた。

「っ……、はぁっ……」

 蓮の顔は、耳の先まで茹で上がったように真っ赤だったのだ。
 普段はあんなに余裕ぶって、剛をからかうような小悪魔的な態度ばかり取っている蓮が。
 脱ぎ捨てたワンピースを握る手は小刻みに震え、潤んだ翡翠の瞳は、隠しきれない恥じらいに激しく揺れ動いている。

(あいつ……本当は、死ぬほど恥ずかしいんじゃないか……っ)

 剛のために。剛を二度と敵の手に落ちさせないため——あるいは、どうしても剛をオトしたいという激重な執念から。
 蓮は己の羞恥心を捻り潰し、退路を断って、文字通りの『裸の覚悟』を見せようとしているのだ。

「……っ」

 剛の手に握られていた枕が、ゆっくりと下ろされた。 
 男として、ここで目を逸らして逃げ出すのは簡単だ。
 だが、親友が自分のためにここまで恥をかき、覚悟を決めてくれているのに、それから逃げるのは『ヒーロー』として間違っているのではないか? 
 持ち前の生真面目さが、剛の退路を自ら塞いでしまった。

「……わかった。お前の覚悟、しかと見届けてやる」 

「剛……っ」

 真っ赤な顔で、どこか悲壮な決意すら滲ませて頷く剛。 
 蓮は、一瞬だけ『(作戦成功……!)』と心の奥でガッツポーズをしたものの、実際に剛の真っ直ぐな、穴の開くような熱い視線を全身に浴びると、再び強烈な羞恥と興奮の波が押し寄せてきた。

「じゃ、じゃあ……まずは、基本から、ね」

 蓮は震える手で、ベッドの上に散らばった道具の一つ……先端が丸く滑らかな、淡いピンク色の小型バイブレーターを手に取った。
 ウィィィン……と、微かなモーター音が静かな部屋に響き渡る。

「咒具で女の子になった身体は、元の僕たちの身体とは神経の繋がり方が全然違うんだ。特に、胸の先とか、太ももの内側とか……すごく敏感になってて」

 蓮は、恥ずかしさから上擦った声で講釈を垂れながら、ブルブルと震えるそれを、己の白い太ももの内側へとそっと這わせた。

「ひぁっ……んっ♡」

 機械の無機質な振動が、柔らかな肌に触れた瞬間。蓮の口から、隠しきれない甘い吐息が漏れた。
 リスのふさふさの尻尾が、ビクンと大きく跳ね上がる。

「こ、こうやって……急に強い刺激を受けると、頭が真っ白になっちゃうから……っ。だから、自分の感度を知って、どこを触られたらどうなるか、ちゃんと把握して……っ、ん、あふぁっ」

「お、おい蓮……大丈夫かよ。無理すんなって」 

「む、無理じゃないもん……っ。ほら、剛もよく見てて……っ」

 蓮は涙目で剛を睨みつけながら、自らの純白の下着の縁を指でずらし、振動する機器をさらに『奥』、女の子としての急所へとゆっくり近づけていく。

「ぁ、んっ、はぁっ……! 剛、ここ……女の子の、一番敏感なところ……っ」 

「ばっ、ばか! 見せんな! つーかそんなとこ当てたら――!」

 剛が止めるのも聞かず、蓮は自らの手で、その暴力的とも言える振動を、蜜を帯び始めた最も感じやすい場所へと直接押し当てた。

「んぁぁぁッ!! ひぅ、あっ、あぁぁっ……♡」

 ビクンッ! と、蓮の身体が弓なりに反り返る。
 自分の意思で当てているとはいえ、咒具で極限まで感度が高まっている女の子の身体にとって、それは強烈すぎる刺激だった。
 まして——。

(ぁ、見られ、てる……剛に、僕の……っ)

 蓮の端整な顔が、快楽と羞恥でだらしなく蕩け、口の端からツゥッと銀の糸が垂れる。

「あ、はぁっ、ごうっ……! 見て、僕の……っ、こんな、ぐちゃぐちゃに……っ」 

「っ~~~~!!」

 剛は両手で顔を覆いながらも、指の隙間からその光景をガン見してしまっていた。
 大好きな親友が。男であるはずの相棒が、自分の目の前で、自分に見せつけるためだけに、女の子の身体を震わせて快楽に溺れている。
 その背徳的で淫らすぎる講習は、剛の男としての理性を容赦なく削り取っていく。 
 それと同時に、剛の『女の子』の身体の奥底でも、目の前の光景に当てられて、ドロドロとした熱い疼きが生まれ始めていた。

「どう……剛……っ。女の子の身体って、こういう風に……感じちゃうの……っ」 

「わ、わかった! もう十分わかったから! やめろってば!」 

「ううん、まだ……っ。剛が、ちゃんと耐えられるようになるまで……僕、やめないから……っ。次は、剛の番……だよ?」

 快楽に濁った翡翠色の瞳で、蓮が剛へと手を伸ばす。
 「耐性をつける」という名目のもと、逃げ場のない密室で始まった淫らな強化合宿。   蓮の決死の覚悟(という名の巧妙な誘惑)を無下にできなかったが最後、生真面目なポンコツヒーローは、迷う瞳をいったんギュッと閉じて、真っ赤になって戦慄く手を蓮の手に重ねた。

(……ふひ♡)

 蓮のその淫らで、圧倒的な勝利を確信した笑顔が、丁度目を閉じていた剛には見えていなかったのが最大の悲劇である。



 強烈すぎる『座学』と『実技見学』を終え、変な汗でぐっしょりになった二人が向かったのは、広々とした熊野看家の浴室だった。
 湯気が立ち込める浴室の、大きな鏡の前。洗い場に並んで立った剛は、自分と肩を並べる親友の『全裸』を鏡越しに見て、今更ながらに顔から火が出るほどの強烈な羞恥心に襲われていた。

「……あー、その」

 蓮の身体は、男の時の中性的な骨格をベースにしながらも、咒具の力で見事なまでに完成された『美少女の裸体』。
 なだらかな肩のライン、柔らかな胸の膨らみ、そして引き締まった腰から伸びる白く細い脚。
 対する剛自身の身体もまた、スポーツで鍛えた健康的なハリを残しつつ、豊満な果実のような胸と、安産型の丸みを帯びた腰回りを持つ、紛れもない『雌』のシルエットを鏡の中に描き出している。

(なんだこれ。なんで男同士のダチと、こんな女の裸で風呂に入ってんだよ……)

 冷静になればなるほど、状況の異常さに頭がおかしくなりそうだった。
 さっきまでは「お前の覚悟を見届けてやる」と勢いで乗り切れたものの、いざ自分が全裸になり、直接触れ合うような段階になって、剛の生来のヘタレ具合が顔を出し始めたのだ。

「や、やっぱやめようぜ、蓮! 汗流したしさ、もう十分耐性はついただろ!?」

 剛は身をすくめ、黒猫の尻尾を恥ずかしそうに股の間に巻き込みながら、逃げるように浴室のドアへ向かおうとした。
 しかし。

「だーめだよぅ。僕がさっきあんなに恥ずかしい思いをしたのに、剛だけ逃げるなんてズルいよ」

「わっ!?」

 背後から、ひんやりとした柔らかな感触がピタリと張り付いてきた。
 蓮が後ろから剛の身体を抱きすくめ、そのまま逃がさないように羽交い絞めにするように両腕を回してきたのだ。

「ちょ、離せって! 滑るだろ!」

「ふふ……剛の身体、僕よりちょっと体温高くて……すごく柔らかい」

 蓮の肌には、あらかじめボディソープのきめ細かい泡がたっぷりと塗られていた。
 ヌルリ、と。
 石鹸の泡を媒介にして、二人の女の子の素肌が隙間なく密着し、艶めかしい水音を立てて擦れ合う。胸と背中、太ももとお尻。
 互いの肌が重なり、滑るたびに、咒具で極限まで敏感になっている神経が、ビリビリとした未知の刺激を剛の脳髄へと送り込んでくる。

「ひゃうっ……! や、やめ……っ」

 蓮の細い指先が、泡で滑りながら、剛の未開発な身体をゆっくりと撫で回し始めた。
 脇腹から肋骨をなぞり、豊満な胸の谷間を這う。
 しかし、剛の身体はまだ『性的な快楽』というものを直接的には知らなかった。

「あははっ、くすぐったいってば! やめろよ蓮、冗談きついぞ!」

 剛は身を捩りながら、きゃははと笑い声を上げた。
 恐怖よりも、単なるくすぐったさが勝っていたのだ。
 親友にふざけてじゃれつかれているだけ。そう思い込もうとする、男としての必死の防衛本能だった。

 だが、蓮の目的は単なる悪戯ではない。

「剛。深呼吸して。……昨日のこと、思い出してみて」

 不意に。泡にまみれた首筋に唇を寄せ、蓮が低く、囁くように言った。

「え……?」

「剛が一人で、あいつに捕まって……上空に吊るし上げられてた時のこと」

 蓮の指先が、下腹部へと滑り落ちる。そして、剛の柔らかなおへその周りを、円を描くようにねっとりと撫でた。
 その瞬間。

『お前はこれから、私の可愛い子供たちのママになるのよぉ?』

 ――剛の脳裏に、昨日の女郎蜘蛛の悍ましい声と、へその上にぶじょりと落とされた卵の生々しい感触が、強烈なフラッシュバックとなって蘇った。

「っ……!」

 ビクンッ! と、剛の身体が大きく跳ねた。
 さっきまで「くすぐったい」と感じていたはずの蓮の指先。
 それが、石鹸のヌメリと相まって、剛の記憶の中で『女郎蜘蛛の粘液まみれの手』へとすり替わってしまったのだ。

「ひ、あ……っ! やだ……っ」

「そう、これだよ。剛が本当に耐性をつけなきゃいけないのは、この『恐怖』なんだよ」

 蓮の指が、恐怖で強張った剛の胸の先端をそっとつまみ、転がす。
 媚薬を垂らされ、無理やり快楽を引き出された昨日の記憶。
 男としての矜持を砕かれ、化け物の苗床にされるという絶望の中で、ただ喘ぐことしかできなかったあの屈辱。
 その悍ましい記憶の残滓が、蓮の愛撫と完全にリンクした瞬間――。

「あ、ぁあっ……! はぁっ、んんっ……!」

 全身を縛るような『恐怖』は、強制的に発情を引き起こす強烈な『快楽』へと変換されてしまった。
 本来なら拒絶すべきトラウマのフラッシュバックが、肉体に深く刻み込まれていた媚薬の記憶を呼び起こし、剛の下腹部の奥からドロドロとした熱を噴出させたのだ。

「あっ、あぁぁっ……! なんでっ……やだ、これ、昨日の……っ! 蓮、やめっ……」

「やめない。ほら、もっと力を抜いて……。化け物の触手じゃなくて、僕の指だって、ちゃんと身体で覚えて」

 蓮は、剛の猫耳の付け根を甘く噛みながら、泡にまみれた指先をさらに下方へと滑らせていく。
 昨日、女郎蜘蛛の触手が這い回ったのと同じ軌跡をなぞるように。だが、それよりもずっと優しく、執拗に。

 剛は、湯気で曇る鏡の中で、自分の顔が信じられないほど淫らに蕩け、熱に浮かされているのを視界の端に捉えてしまった。
 怖い。思い出すのが怖い。化け物に腹を弄られる恐怖が蘇る。
 でも、怖いからこそ……恐怖で心拍数が跳ね上がるほど、親友の指先が与えてくる刺激が、脳を溶かすほど気持ちよくなってしまうのだ。

「あ、はぁっ、んっ、蓮っ……! れ、ん……っ!」

「ぁ……ふ、ふ♡ 剛……可愛い。昨日はあんな化け物に弄られてたのに……今は、僕の手でこんなに感じてくれてる。嬉しい……」

 剛のトラウマを利用し、己の支配下へと堕としていく。
 剛に自分以外の誰か(それが化け物であっても)の恐怖を刻まれることすら許せない、蓮の異常なまでの執着と、激重な愛情。
 恐怖と羞恥。そして、それを圧倒的な熱量で上書きするように押し寄せる、歪んだ快楽。

「ひぅっ、あぁ……っ、んぁぁっ♡」

 湯気の立ち込める浴室の中で、剛は背後から親友に羽交い絞めにされたまま、自らのトラウマが生み出す底なしの悦びに、もう抗うことなく溺れていくのだった。

「剛の身体は、いま『女の子』なんだよ。ただ殴り合うだけの男の身体とは違うんだ。こうやって優しく撫でられたり、中をかき回されたりして、悦ぶように造られてるんだから」

「ちがっ……俺は、あんな……っ。あ、ああっ!」

 蓮の指先は、石鹸の泡を潤滑剤にして、剛の柔らかな太ももの内側を執拗に、ゆっくりと這い上がっていく。
 そして、ついに剛の股間の『秘所』――男だった時には存在しなかった、熱を帯びた裂け目に触れた。

「ひっ、あぁ……っ、んぁぁっ♡」

 ビクンと身体をのけぞらせる剛の首筋に、蓮は容赦なく自身の顔を埋め、吸い付くように愛撫を重ねる。

「ほら、剛のここ、気持ちいいのを求めて準備万端って硬くなってるよ?」

「言うっ、なぁっ……んあ、ぃんっ!?胸ぇ、さするなぁ……」

 蓮の言葉は、呪詛のように剛の脳内に染み込んでいく。拒絶したいはずなのに、硬くなった胸の先端へと蓮の手がなぞるたびに、身体の芯から疼くような熱が溢れ出し、膝の力が抜けていく。
 昨日の恐怖が、蓮の手によって甘美な陶酔へと上書きされていく感覚。

「……耐性を付ける、んだよね。だったら、これくらいで泣いちゃダメだよ?」

 蓮が空いた手で、防水ケースから取り出したのは、淡いピンク色をした小さな卵型の機械。
 カチリ、という無機質なスイッチ音が、浴室の蒸気の中に響く。

「な、……なんだよ、それ……っ。やめ、蓮、やめてく、れ!」

「剛の『初めて』、僕がちゃんと教えて(上書きして)あげる」

 蓮は剛の抵抗を軽々と封じ、その震える足の間に、高速で振動するその塊を押し当てた。

「――っ!!?!? あがっ、ひ、ぃぃいぃいっ!!!」

 初めて経験する、脳を直接揺さぶるような狂おしい振動。
 剛の視界は白く染まり、口からは言葉にならない、女そのものの嬌声が漏れ出す。

「すごい……剛、お腹がヒクヒクしてるよ。ねえ、男の時にはこんな風に感じたことなかったでしょ? これが『女の子』の絶頂への入り口だよ」

「あ、はぁっ、あぁああ! おかしく、なる、俺、おれ……っ!」

「いいよ、おかしくなって。今はヒーローなんて忘れて、僕の腕の中で可愛い女の子になりなよ」

 蓮が振動の出力を最大に上げる。
 剛の指先が、助けを求めるように蓮の背中に食い込んだ。
 次の瞬間、剛の喉から高い、澄んだ悲鳴が上がり、その華奢な身体が弓なりに反り返った。

「あぁぁあああっ……!」

 ――初めての、全うな絶頂。
 あの蜘蛛の薬漬けの調教などでは味わえない、背中からの蓮の温もりに包まれた幸福な余韻。
 全身の力が抜け、蓮の腕の中に崩れ落ちた剛の瞳は、潤み、焦点が合っていない。
 自分が誰なのか、男なのか女なのかも判然としない混濁した意識の中で、剛はただ、蓮が与えてくれた強烈な快楽の余韻に、その身を委ねることしかできなかった。

「……よくできました、剛」

「はぁっ!は、ぁっ……ぁぁ……ぇぅっ」

 耳元で囁く蓮の勝ち誇ったような笑みも、今の剛には、抗いがたい安らぎのように感じられていた。
 しかし、耳元で囁く蓮の言葉に、熱に浮かされた剛の心は凍り付いた。

「夜まで、じっくりねっとり……この快楽を教え込むからね、今は女の子同士で、よかったね♡」

「ひ……や、やら……しんじゃう……っ、しんじゃうからぁっ」

 どのみち剛に逃げ場があるわけもなく、この調教は日が落ちるまで続くのだった。




 同じ夜。剛と蓮が密室で甘く淫らな『合宿』の時間を過ごし、その関係性を不可逆なものへと沈ませていたその裏で――。

 鍔競市と、隣接する街とを分かつ境界線。
 かつては活発な採石場であったその場所は、今や崩れかけた鉄骨と剥き出しの岩肌が転がる、不気味な廃墟と化していた。

「グルルルルッ……!!」

 夜の静寂を切り裂くのは、低く、湿った獣の唸り声。
 無数の狼男型の『外なる霊』が、獲物を囲い込むように蠢いている。
 だが、本来ならば群れを成して威嚇し、狩りを行うはずの化け物たちの方が、なぜかジリジリと後退し、本能的な恐怖に震えていた。
 その視線の先。
 月明かりが差し込む、切り立った鉄骨の上に、二人の少年が凛と佇んでいる。

「まったく、手に負えない駄犬どもだ。これを見過ごす鍔競の退魔師も、たかが知れるというものだな」

 前に立つ少年は、冷ややかな瞳で眼下の獣たちをゴミでも見るように見下ろした。
 高価なブラウスを若くして完璧に着こなすその姿は、荒廃した景色の中で浮き上がるほどに高貴で、『王子様』という言葉がこれ以上ないほど相応しい。
 彼、の手には、荘厳な装飾が施された原典咒具――『神楽鈴』が握られていた。

「へへぇ、まったく以てその通りっす! ここが誰の領地か、思い知らせてやらねえといけませんっす!」

 背後で威勢よく声を上げるのは、癖っ毛に瓶底眼鏡という、いかにも『三下』といった風情の少年。
 彼もまた鋼の棘がついた重厚な軍手のような咒具をはめた両手を、顔の前でぎゅっと握り込んだ。

「「――装来(そうらい)」」

 バシンッ! と、雷のような霊力の光が二人を包み込む。
 光の中から現れたのは、かつての少年の面影を凌駕する、圧倒的で『暴力的な美』だった。

 長く艶やかな黒髪に、月夜に映える狐の耳と、ふさふさとした美しい尻尾。黒を基調とした豪奢な和装を纏ったその姿は、冷徹な美しさを湛えた狐の女王そのものだ。
 彼女は豊かな胸の前で、ふわりと神楽鈴を持ち上げた。

「この程度の有象無象が、この平間りくの領分を荒らすなどと……片腹痛いにも程があるぞ」

 シャンッ――。
 手首を返し、神楽鈴を一度だけ鳴らした。
 たったそれだけだ。清廉な鈴の音が冷たい夜気に響き渡った、次の瞬間。

「キャゥンッ!?」

 群れの先頭にいた外なる霊の胴体が、何の前触れもなく唐突に『ズレた』。
 物理的な刃が飛んだわけではない。りくの鳴らした鈴の音が届く範囲そのものを『音の結界』として定義し、その内部の空間座標を強制的に断層化させて引き裂いたのだ。
 防御不可能、回避不能の絶対的な斬撃。
 真っ二つに分かたれた化け物は、断末魔すら上げられず、エラーを吐いて光の塵となって霧散した。

「ほら、シロ。私の忠犬。きちんと『おもてなし』しなさい」

「了解(らじゃ)っす、りく様!! おいらの出番っすね!」

 りくの冷ややかな命令に応じ、背後に控えていた影が弾丸のように飛び出した。
 その変化は、他の退魔師よりも一層顕著で、生々しく肉感的だ。
 白い犬耳尻尾に褐色肌、そしてはち切れんばかりのグラマラスな身体を、純白の毛皮がついた装甲衣装で包んだ美少女が、獣の如き速さで戦場を駆ける。

「うおおおぉぉッ! 邪魔だ退けっすぅッ!!」

 シロは群れのど真ん中へ単騎で突っ込むと、両手の手甲を打ち合わせた。
 ガシャコンッ! と機構がスライドし、内部に装填された巨大な霊力カートリッジが薬室にセットされる。

「吹き飛べっす!!」

 ズドォォォンッ!!
 シロが拳を突き出した瞬間、手甲内部でカートリッジが炸裂。その凄まじい反動と推進力を乗せた一撃が、狼型の霊の顔面を粉々に粉砕した。
 チリン……と、排莢された空の真鍮薬莢が鉄骨の上に転がり落ちる。

「ハッハァ! 次ぃっ!」

 ガシャッ! ズドン! チリン!
 シロは爆発的な反動を利用して、自らの肉厚な身体をピンボールのように跳ねさせながら、次々と敵を蹂躙していく。

「グルァッ!!」

 残った三体の狼が、空中に逃げたシロの死角から一斉に飛びかかった。

「りく様っ、お願いしまっす!!」

「言われなくても……行け、忠犬」

 りくが神楽鈴を横に振る。シャンッ、シャラァン。
 シロの足元の虚空に、半透明の幾何学的な『音の盾』が階段状に展開された。空間を切断するだけでなく、座標を固定することで絶対不可侵の障壁を作り出す――それは敵を防ぐ盾であると同時に、シロが空中で機動するための『足場』となる。

「さすが、りく様っす!」

 音の盾を蹴りつけ、シロは鋭くターンを決めた。
 両拳に新たなカートリッジを同時装填(ダブル・バレル)し、上空から急降下する。

「これで……まとめっすぅぅッ!!」

 ドゴォォォォンッ!!
 鼓膜を裂く爆音と共に、建設現場のワンフロアを丸ごと粉砕する衝撃波が放たれ、霊の群れは一網打尽にすり潰された。大量の空薬莢が雨のように降り注ぎ、戦闘は一瞬で幕を閉じる。

「ふぅーっ。どうっすか、りく様! おいら、ちゃんとやれたっすか!?」

 光の塵が舞う中、シロは犬耳をピコピコと動かし、尻尾を千切れんばかりに振りながら駆け寄ってきた。その姿は、主人に褒めてもらいたい忠犬そのものだ。

「……まぁ、合格点だな。薬莢の掃除くらいは後で私が手配してやろう」

 りくはツンと澄ました顔で、黒い袖口から覗く指先を使い、シロの犬耳の裏を優しく、愛おしげに掻いてやる。
 シロは自分より背の低いりくの前に屈み込み、至福の表情でそれを受け入れる。

「へへぇ……っ。犬だからっすかねぇ、りく様に撫でられるの、最高っすぅ……♡」

 だらしなく顔を蕩けさせ、グラマラスな雌犬の身体をすり寄せるシロ。
 しかし、彼女を見下ろすりくの瞳の奥にも、静かで、しかし決して逃げられない熱い『独占欲』が秘められていた。

「ん……シロ。明日の鍔競への遠征の前祝いだ。今日は、お前の作るパンケーキが食べたい」

「了解(らじゃ)っす! 不肖おいらの腕によりをかけさせていただきますっす!」

 戦闘衣装を解除し、美女姿のまま元の瓶底眼鏡をかけ直して微笑むシロに、りくはふふ、と優越感の混じった笑みをこぼした。
 しかし、すぐにりくはキッ、と真剣な表情になると鍔競市の方角へと向き直った。

「私とシロの力を証明するためには、不出来な輩でも利用せねばならん
熊野看の青二才と、腹黒の府螺也、今度は負けん……負けられん!」

 明日、彼女たちが踏み込む街。
 そこには、自分たちと同じように、甘くこじれた宿敵の二人組。
 りくは宣戦布告するように、神楽鈴をその方角へと向けるのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

処理中です...