冥王星のリング

EMM

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本編

◆8.ミ=ゴの『気持ち』

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 トラッシュトークから三日目。

 地表区画、トンボーレジオ記念公園。
 地球でも有名な、冥王星に存在する白いハート模様の上に建てられたバイオフィルムシェルターの一区画を公園として再利用したものだ。
 地球からのあらゆる観測手段を不可視として跳ね返すバイオフィルムの中は気圧、増幅擬似太陽光、植生、あらゆる環境がタンパク質生命にとっての最適に近い環境を再現しており、天井にはトンボー地域の象徴である冥王星の白いハートを象徴的に再解釈したデザインのモニュメントが下げられ、それが擬似環境維持装置として柔らかな光を放っている。
 元々はミ=ゴ以外の異星文明人たちへの開放区として作られた場所だが、ミ=ゴの個人主義が発展してからはピクニック目的のミ=ゴの家庭や独自の表現に目覚めたアーティストなどもこの公園に多く訪れるようになった。
 特にヘレナは、この広い公園の中でこのモニュメント直下に存在するベンチがお気に入りの場所だった。
 羽を震わせて飛んできたヘレナはベンチに誰もいないことを確認するとスイっとベンチに降り立ち、座り込む。
 目の前には白い人工植生の草原に、遊びまわるちっちゃい甲殻類タイプのミ=ゴの幼体達と、それを見守る親世代のミ=ゴ達。
 それをぼぉっと眺めていたヘレナは、オレンジ、ピンク、青、黄色と、コロコロと髪の色を変えて、最終的に沈んだ紫色の髪をして項垂れため息をついた。

「はぁぁ、もぉっ。 どうすればいいんだよぉ……師匠の馬鹿ァ」

 赤い顔を両手で覆い隠し、足をジタバタさせて、ヘレナは普段の冷静な口調をかなぐり捨てて誰ともしれずごねるように呟いた。
 上を向いて、潤んだ瞳で明るい公園に反して真っ暗な空を見上げる。
 ヘレナは、悩むといつも工場街から連絡路を通ってここに来る。
 擬似環境維持装置が適切な環境を維持するために周囲からサンプリングするテレパシーの波が自分の気持ちを落ち着けてくれるからだ。
 しかし今、ヘレナはそれでも抱えきれない、ある悩みを抱えているのだった。

「私、どうしちゃったんだろぅ……」



 話は数時間前、工場街を走るハンクと飛ぶヘレナ……新しい日課となった朝のジョギングからだった。
 何もかも広大なテキサスより入り組んで人の多い工場街は、三日でも周囲の顔をある程度把握できる。

『てけりり、はんく、おつかれさま』

「おーっすミスタードロドロ、おつかれぇい」

 タール状の粘液生物がすれ違う。
 ハンクは走りながらそれが伸ばした触手にハイタッチした。
 続いてグリムが手を伸ばし、その弟達とも順番にハイタッチしていく。


「ハンク!今度弟にボディ買ってやるんだ、見てやってくれよ!」

「おう、カッコよくしてもらいな!」

『可愛いやつにしてもらうのー!』

「はひ、ハンクさんっ、そろそろ、休憩しませんかっ?」

 「HAHAHA」と笑いながら走るハンクに、今度はヘレナがついていくのが精一杯になってくる。 
 ハンクは仕方なくペースを落とし、交差点で静止するとヘレナはハンクの横に降り立って肩で息をする。

「何だぁヘレナ、今度はお前がばてんのかよ?」

「ハンクさんのっ体力がっおかしいんですっ!」

 羽を震わして飛ぶヘレナは、羽自体が外付けのユニットであるため見た目ほど本人のエネルギーを消費しているわけではないが、例えば自転車を運転しているような感覚だ。
 全力疾走で入り組んだ街中を飛べば当然集中力と体力をそれ相応に消費する、ヘレナは特に肉体労働には向いていないのだ。

「だはぁーっ、はーっ……こんな距離走って、なんでそんな元気なんですか」

「だから上空からナビしてくれりゃいいってのによぉ」

 ハンクの真っ当な意見に、ヘレナはうぐっと言葉に詰まる。
 何故か拘ってしまうのだ、ハンクの横で飛んで、ハンクをよく見ていたいと思う、ヘレナ自身上手く説明できない感情があった。

「おーいヘレナぁー?」

 ぷーんとゆっくり飛んできたのはヴェル=クンだ、彼女は降り立つとよっすとハンクにも手を挙げて挨拶する。
 ハンクも片手をあげて「Yo」と挨拶を返す。

「見てたよぉ無茶な飛び方してさぁ、あれじゃいつか事故るぜぇ?ヘレナもやしっ子なんだから、アスリートに合わせちゃお互い特訓になんないってぇ」

「そりゃ、そりゃそう……なんだけどっ」

 顔を覗き込んでくるヴェルに、ヘレナは目を逸らしながらバツが悪そうにする。
 獲物を見つけた猫のような目になりながらも、ヴェルはクフフと笑い口元を抑える。

「そんなに汗かいちゃってさ、せっかくのアウタースーツが汗臭くなっちゃうよぉ?」

「ちょ、何言ってんのヴェル!」

 ヴェルの指摘に文句を言いながらヘレナは、自らを鑑みる。
 確かに、激しい運動を慣れてもいないのにしたからかヘレナの白いワンピースは汗でぐっしょりと濡れており、ヘレナは自分がどれだけ本気で飛んでいたかをようやく自覚する。

「わぁ、本当だ。アドレナリン出ちゃってたのかな、全然気づかなかったや……んん?」

 ヘレナの顔が険しくなり髪が黄色に、ヴェルが「あ。」と硬直して髪が赤くなる。
 ヘレナはその場でホロコンソールを開き、自身のバイオスーツデータを画面に同期して展開する。
 ヴェルは早々にヘレナの行動を止めることを諦め、それを覗き込んだハンクの前に立ち、両手を広げてあわあわと彼の視線を遮った。

「あん?どうしたよヘレナ?」

「あぁあぁハンクは見ない方が……」

「ちょっと待って、擬似じゃなくて発汗機能!?このスーツどれだけ人体を再現してるんですか!」

 ヘレナは自身のバイオスーツの無駄に精巧な構造に頭を抱えながら機能一覧を流し読みしていく……そしてある項目に目が止まった瞬間、目が点になった。
 直後、ボシュウ! と排気ファンの音と共に顔と髪が真っ赤に染まり表情は羞恥と驚愕に染まる。

「…………せっ!!?!?」

「なん……」「見ちゃダメだって!」

 ヴェルを乗り越えてみようとしたハンクの視界を、ヴェルのグローブが遮る。
 ヘレナは大慌てでホロコンソールを閉じてヘレナに地図データを送信すると、羽を全力で振動させて風を巻き上げながら浮かび上がる。

「ヴェル!ハンクさんのジョギングルート送ったのであとは、お願いしますぅぅ!!」

 ギュン! と、風を置いていく勢いでヘレナは急加速で上空へと飛び立っていった。



 ヘレナは明らかに冷静さを欠いた様子でドタバタとトライスクラップ社内を駆け回る。
 足元をコロコロと転がる緑色の球体の表面にデフォルメしたような顔が浮かび、ヘレナに話しかける。

『あっ、ヘレナちゃん!アルバート社長に頼まれてたアウタースーツの……』

「ごめんマツさん、後で!!」

 マツと呼ばれたその球体源ショゴスを置いてヘレナはノシノシとスピードを上げてアルバートを探していく。
 そしてついにその姿をバイオスーツの工房にて見つけ出したヘレナは、陶芸のように素材の発光粘菌をこねるアルバートの前でホロコンソールを開く。

「師匠っっ!お話がありますっ!」

 工房の扉に鍵をかけて、顔を真っ赤にしてただならぬ様子のヘレナを見上げて顔をしかめるアルバート。

「なんでえ騒々しい……うわっ汗臭っ」

 鼻を抑えるアルバートだが、ヘレナは「それどころじゃありません!」とホロコンソールを叩きつけるように机に展開した。

「私のスーツ!!何てものつけて、せ、生殖機能なんて!!」

「なんでぇ、それがどうしたよ」

 何を当たり前のことを、そう言わんばかりのアルバートの反応にヘレナは頭を頭を押さえながら絶叫する。

「こんな機能、ミ=ゴには必要ないよね!? 子供なんて『株分け』でできるし、地球人の文化でソレが……
そのっ、恥ずかしいことだって知ってるよね!?」


 ヘレナは真っ赤になった髪を振り乱しながら、地球で調べた文化への解釈を織り交ぜて猛抗議する。
 しかし恥ずかしすぎるためか、特に肝要な部分に関してはどんどん声を小さくしていき、最終的には蚊が鳴くような声に落ち着いてしまうのだが。
 それに対しアルバートは、眉間に皴をどんどん深く寄せていき怒りが内部疑似体液のポンプを圧縮し見事な青筋を浮きだたせる。

「 馬 鹿 野 郎 が ぁ !!」 

「ひぅ」

 アルバートの一喝がトライスクラップ社ビル全体を揺らすほど大きく響き、街を照らす発光粘菌が怯えるようにチカチカと一瞬の明滅を起こした。
 目の前であまりの怒号を飛ばされたヘレナはその場に尻もちをつき、目を白黒させている。

「いいかヘレナ、そのスーツはなぁ!ワシが地球で培った哲学の全てが詰まった言わば傑作中の傑作だぞ!!
総合的な性能こそ低いが、ミ=ゴの情報処理能力に地球人の情動を伝える心的情報交換システムを搭載している、だがそいつはあくまで手段、そのスーツの神髄はその豊かな感情交換によって心っつうもんを通じ魂を感覚で認知することにある!!まさしく心技体、トライスクラップ社の理念の結晶の一つだ!
生殖機能なんぞ、そのためのエッセンスの一つにすぎねぇ……だがこいつは地球生命の根幹要素の一つでもある!
性欲こそ、魂の形を求めるに必要な衝動なんだぞぉ!!」

「わ、わかったから大声で言わないでぇっ」

 生殖機能に対して熱く語るアルバートの大声が響くことに耐えられなくなったヘレナはアルバートをなだめようとする。
 アルバートはそれでも収まらない憤りを抑え、ふぅぅとイエティの唸り然としたため息をついてからヘレナに語りかける。

「ヘレナよぉ……お前さんはうちに来てずいぶん経つが、その頭はノイズの野郎に似て勉強熱心が過ぎて硬すぎるところがあんぞ?」

 アルバートが頭をトントンと指で小突きながらいう言葉に、ヘレナははっとして髪を青くしぐうの音も出せなくなってしまう。

「少しはそのスーツで心の機微を良く嚙み締めてみろ。そうすりゃあお前さんが、なんでそんなにボクシングが好きなのかをよく理解できるきっかけにもなるはずだぜ?」

「うっ……わ、わかりましたよぅ……師匠」

 ヘレナは納得しきれていないことを抑え、師の言葉を信じることにして工房の出口へ歩みだすが
 出口を通る前に頬を膨らませたヘレナは、師に一言付け加えた。

「でもっ、ハンクに笑われたら師匠のせいだからねっ!?」

 バタンとドアを閉めたヘレナは大急ぎで自室へ行ってシャワーを浴び、ワンピースのアウタースーツを着替えて、頭を落ち着けるために地表区画トンボーレジオ記念公演へ飛んで行ったのだった……。




「クオリアを再定義して魂魄次元の感情関数をカラビ=ヤウ多様体の数式と仮定した上で再入力して新しいクリアランスを取得する?いや魂魄じゃないならニューロンの回路出力を数値化してダメだ物理関数じゃ割り切れないからここは基礎黒魔術理論を参考に霊子文字に未知のブランクを再統合して解読するならこれならうんまだ納得がいや違うしかし……」

 結果、彼女は公園のベンチに座りうずくまりぐるぐるした目でブツブツと謎の計算を呪文のように唱え続ける不審なミ=ゴと化したのであった。

『ダメだ……ダメだダメだダメだっ! これじゃ父さんの思考なんだ!
こんな思考回路じゃ、心の機微なんて理解できるわけないっ』

 頭を横に振りながらヘレナは我に帰り、己の思考を振り返った。
 ダグ=ゾスとのトラッシュトークの時から、自分は明らかにおかしい。
 それは謎の感覚によるものだとわかっていた、しかし日に日に大きくなるそれは最早まるで苦痛のようにも感じられた。
 ミ=ゴとしての合理性と感覚の乖離は、ヘレナにとってあまりにも未知の現象だった。

「うぅ、うぅ……どうしたら、いいんですか?」

『それはとても甘美な苦痛、ですね?』

 ヘレナは、自分に向けられたテレパシーに思わず涙で濡れた顔を向けてしまう。
 ヘレナの目の前に、虹色の胞子が舞う。
 ヘレナの眼前に、黒いドレスを着たスレンダーな女性が立っていた。
 人間? いや、その頭には特有のテレパシー送受信器の触角が飛び出し、背中には飛行ユニットの羽が見えていた。
 髪の色はヘレナやヴェルのそれとは違い黒一色のロングで、その代わりに彼女の纏うドレスの布先からはキラキラと輝く発光粘菌の胞子が溢れ出していた。
 彼女はヴェル以外で初めて出会った、人間型バイオスーツのミ=ゴだった。

『あれ……この人、どこかで……』

 そう思った矢先、ヘレナは自分の顔が涙でぐちゃぐちゃだったことに気づき慌てて顔を拭い、テレパシーで応えた。

『ごめんなさい、テレパシーが漏れちゃってましたか?』

 髪を黄色くして警戒するヘレナの質問に、黒いドレスのミ=ゴは首を横に振る。

『いいえ、あなたの心の渦が空気の流れに溶け込んでいました
合理性と情動の衝突、それは私の詩とよく似た響きを持って心地いいものでした
なので、お声をかけさせていただいたのです』

 黒いドレスのミ=ゴの言葉は、アルバートを思い起こさせるほどの抽象製を持っていたが、それゆえに今抽象的な感情に苦しむヘレナの心に直接響くものだった。
 彼女は裾から一粒の発光粘菌胞子を指先に取り出すと、ヘレナの額につける。
 その色は紫から青へと変わっていき、黒いドレスのミ=ゴは微笑んだ。

『私はイサラ=サリェ。テレパシーの流れを詩に変える詩人です、ご相談に乗りますよ?』

 そう言って隣に腰掛けるイサラに、ヘレナは俯いてその口で語り始めた。
 語らなければいけない気がしたからだ、自らに渦巻く感情の奔流を。

「私……このスーツのせいで、変な感情が湧いてきてるんです。ハンクさんの隣で飛びたい、説明しようとしても、計算がぐちゃぐちゃになって……説明できないんですっ
こんなの、こんなのっ……私じゃないっ」

 ヘレナがぽろぽろと涙をこぼしながら話していると、イサラは掌に胞子を集めて小さな渦を形成する。赤と黄色と、桃色と紫、強く青い軌跡が混ざって不規則にばらけるその渦を、もう片手で均しながらイサラは言う。

『テレパシーはただの通信ではありません、心の流動性を用いた川の流れです
ミ=ゴである私たちは株分けで簡単に分離できますが、それ故に知識で簡単に物事を支配……いえ、理解できると思い込みがちです
特に人変型の情動というものはそれを拒否し、それは苦痛へと変わる』

 イサラがそう言って、もやもやとした渦の外縁をなぞる。

『理解し、支配するのではなく、流れの形にするんです
知識は道具、心は芸術、まずは受け入れて流してみましょう……そうすれば、あなたの心はそれを甘美なものとして受け入れられます』

「受け入れて、流す……」

 ヘレナの脳裏に、ふと唐突にハンクの顔が浮かんだ。
 彼は肩に埋め込まれた異生物や、自分という未知の恐怖に対して異様な適応力を見せた。
 あれは状況や狂気を理解するものではなく、受け入れるべきものと再定義……いや、流したからこその適応だったのではないか。
 髪が桃色に染まりながらも、ヘレナの顔は赤く首からプシューと排気する。
 そんなヘレナを見てクスクスと笑いながら、イサラは席を立つ。
 ヘレナは潤んだ瞳でイサラを見上げながら、それでも感謝の言葉を告げた。

「その、ありがとう……ございますっ、イサラさん。なにか、見えてきた気がします」

『また会うのを楽しみにしてます、ヘレナ』

 イサラはそう言い残すと、フワリと浮かび上がって公園の空へ飛んで消えていった。
 ノイズコンツェルン企業区の連絡路に続く方角へ……

「……なんか、かっこいい女性だったなぁ」

 子供のような感想を抱きながら惚けるヘレナ、しかしその心は先ほどより軽く、澄んだものとなっていた。

「流れるもの……共鳴するもの……私とハンクさんの関係、かぁ」

 手を組んで、自らの中の理論と向き合う。
 理解はする、支配はしない、彼女の中の膨大な深宇宙の知識が流動をはじめ、先ほどまでの苦痛と悩みが嘘であったかのようにすんなりと、一つの結論を導き出した。

「私は、私がやるべきことは……っ!」

 キッ、とそれまでへにゃりと垂れ下がっていた触角がピンと立ち、表情が決意に固くなる。
 ベンチから立ち上がり、両の拳を上空の環境維持装置の白いハートに掲げて宣言する。

「とにかく、頑張ること! 私に出来るのは技術支援、命も掛かってるんだから!」

「全くだぜ、こんなとこでウジウジしてる場合じゃねぇぞ?」

「ひぇあっ!?」

 いつの間にか後ろに立っていたハンク、ヘレナは飛び上がってへたり込んだ。

「はははははハンクさん!? なんっ、いつから!?」

「ヴェルの嬢ちゃんがヘレナが悩んでるなら此処だっつって地図渡してくれてよ、ジョギングのついでに来ちまったんだが
黒い女が飛んでいった辺りでお前を見つけて来たとこだよ
どうしたってんだヘレナ、話乗るぜ? パートナーなんだからよ」

 パートナー、その言葉に、ヘレナの赤かった髪は桃色に染まる。
 ヘレナは思案し、キュッと胸元を抑えると、意を決して先の思考の間に導き出した結論……それと一緒に答えを導き出したあることを告げた。

「ハンクさん、今のうちに話しておくことがあります……」

「何だ?」

『今は、ただハンクさんの……私たちの勝利のために』

 ヘレナは心の中で反芻すると、落ち着いた顔でハンクに言った。

「貴方の肩のショゴ助……アルタイルの持つ唯一の『武装』、その起動方法についてです
貴方の魂の輝きと、私の技術じゃないと……それは使いこなせません!」

 ヘレナは、これからいくつも乗り越える必要のある壁の一つを、乗り越えたのだった。




 ノイズコンツェルン企業区、青い光の支配する街にも住民の癒しは存在する。
 イサラはとある企業ビルの最上階にあるバーのカウンター席に腰掛けている。
 今はどこも出勤時間でシス=ラグと同型のバイオスーツを持つ店主とイサラ以外は、まだ誰もいない静かなバーだ。
 こんな時間に店が開いているのは、ひとえにこの時間は実質あるミ=ゴの貸切だからである。

『Suttung……紀元前13000年ものを、彼女に』

 機械のような、しかし芯の通ったテレパシーが店主に送られると、店主は店の奥の棚から燃える瞳の五芒星のサインされたボトルを開封し、優美な手つぎでグラスへと注ぐ。
 青い光を反射する黒曜石の長いテーブルの上を、シャァっ、とグラスが滑っていき、イサラの前で静止した。
 黄金色をした蜂蜜酒が青い光と絶妙なコントラストで神秘的な輝きを放つ。

『あら、オージンの蜂蜜酒なんて、私の詩の才能はそんなに無かったかしら……?』

 クスリと笑いながら、イサラは強いテレパシーの送り主へとテレパシーを送る。

『お前のテレパシー詩は……高め合い、完成した技術の美しさだ
詩の蜂蜜酒で更に高めていくに越したことはない、君の信奉する調和の神にも縁のある酒だ、尚更似合っている』

 銀色の装甲が青い光を反射しながら、彼女の席の隣に腰掛ける。
 無言の店主のサービスか、彼の手元にも同じグラスがシャアっ、と贈られる。
 彼は表情のない無言のままグラスを店主に掲げ、感謝の念を送る。

『フフ、あなたの美しさには敵わないわ』

『当然だ、拙の身体は技術の結晶だ』

 機械的に響く彼のテレパシーには、それでも隠しきれない矜りがあった。
 イサラは微笑みながら、彼の銀色に輝く人工筋肉と装甲の肩に手を伸ばして愛おしそうに撫でる。

『ノイズコンツェルンの皆の、でしょう?』

『あぁ、お前も拙を完成に導いてくれる重要なファクターだ……イサラ』

 そう応えた彼は、紅い複眼を愛おしそうにイサラに向けて、グラスを向ける。
 イサラもまた彼のグラスに自分のグラスを合わせて、チン、と鳴らす。

『いつになったら、貴方は自らの完成を認めるのかしらね……ヌガー=クトゥン』

 イサラの問いかけに、ヌガー=クトゥンは、バイザー下に隠された口腔ユニットを開けて蜂蜜酒を一口煽った。

『はぁ……わからない、だが……ハンク=グリフィン。彼の戦いに、拙の求める物があるか……確と見届けよう』

『彼は、貴方によく似ていたわよ……彼に付き添う小さな彼女も、私によく似ていたわ』

 ヌガーとイサラは至福の一時をおくる。
 イサラの裾から万色に輝く発光粘菌の胞子に、イサラ自身の不安を示す紫の光が一筋流れて消えた。
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