たぶん愛は世界を救う

ももくり

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私の過去⑤

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 そっか、だからこんなに激しく私を憎んだのか。

 でも残念ながら私は全然幸せじゃなくて。それどころか結構不幸で。なのにそんな私を妬んでいるエミリが、無性に哀れで仕方が無かった。

「ふ、あははっ、あはは…」

 重苦しい空気を破るかのように、安藤弁護士が笑い出す。

「哀れなクソガキ。真実を教えてやろうか?」
「…えっ?」

 その後に続けられた話は、衝撃的だった。

 エミリの父が、資材を劣悪なものにすり替え、しかも人件費を浮かせるために人減らしをしていたせいで納期が遅れてしまったのだと。それも1度だけでは無く、2度3度と繰り返し、とうとうウチの父が怒って他社に依頼するようになったそうだ。

 どうやらエミリの父には愛人がいて。その愛人に貢ぐためにお金を湯水のように使い、最終的にはエミリ母子をも捨てたらしい。

 真実を知り、一瞬だけ泣き笑いの表情になったエミリは何故か小刻みに頷き始め。そして私に向かって言うのだ。

「だからって、やっぱり今更コトリのことは好きになれないわ。だって気付いてしまったの。

 私、多分ずっとコトリのことが嫌いだったって。

 コトリ、あなたは苦労を知らなすぎる。そのせいで無意識に人を傷つけてしまうのよ。私が長年ねだってようやく買って貰ったピアノを見て、その翌週には同じものを買ったりとか。塾に通い、必死で勉強したのにあなたより成績が悪かった私を慰めるとかね。

 そういう小さな積み重ねが、どんどんあなたを嫌いにさせてしまったんだわ。

 …校長先生、そして弁護士さん。私はきちんと処罰を受けますが、でも中林さんには謝りません。それだけは…譲れないんです」

 胸の中を何かがうねり、その激しさに耐えられなくなった私は慌ててその場を立ち去った。

 行先なんて分からない。
 ただ、哀しかったのだ。

 大勢の人に愛されても、たった1人に嫌われただけでこんなにも哀しいのか。いや、継母にも嫌われているのだから正確には2人なのだけれども。

 だけど、エミリの場合はずっと私の傍でニコニコ笑っていて、親友だと思っていた人なのだ。なんだかプライドが粉々にされたような気持ちになり、そして自分が誰からも愛される価値の無い人間だとすら思えてくる。

 そうしてひたすら廊下を走っていたら、誰かが背後から追って来て、私の腕を掴んだ。

「富樫せんせ…」
「お前、本当に走るのが遅えなあ。いや、ココは彼氏である高木の出番だろうけど、ほら、あれだ。アイツでは心許無いっつうかさ。こういう時こそ、人生経験豊富な俺の出番だろ。まあまあ、ちょっと話をしようよ」

 そう言いながら彼はいつもの場所へ連れて行く。それは、旧校舎の非常階段。どうやら1年後には取り壊される予定らしいが、私たちにはもう特別な場所となっているのだ。

 いきなり煙草を吸い始め、気持ち良さそうに目を細めた後でようやく先生は口を開いた。

「中林はさ、嫌いなヤツいるか?」
「え?!…あ、はあ、まあ…、それなりに」

「当たり前だけど、俺もいるんだわ。それも結構な数。あとさ、嫌いの括りを外して苦手な人間まで数え出すと、もっと増えるよな」
「はい…そうですね」

 先生の真意が読めず、思わず言葉が途切れ途切れになってしまう私。すると、先生はニカッと笑ってこう言った。

「あのさ~、嫌われることが特殊だと思うなよ。世の中の人間は、その殆どが普通に嫌われてる」
「そ、そんな身も蓋も無い言い方を…」

 せっかく吸った煙草を携帯用灰皿へ放り込み、グイッと先生は私に顔を近づけた。

「だって、事実なんだ。俺も、お前もその辺を歩いている誰も彼もが、当たり前のように誰かに嫌われてるんだぞ?

 嫌うには、ある程度接点が無ければムリだよな。だから、その大半が身近な人間なワケだ。まあ、通常は誰かのことを嫌っていてもわざわざソレを口にしないし態度にも出さない。

 何故かって?それが暗黙のルールだからさ。でも、稀にその禁を破る大バカが登場する。今回の例で言えば関口エミリだ。いいか、もう一度言うぞ。

 生きている限り人間は、誰かに苦手、もしくは嫌いだと思われているんだ。それは当たり前のことだし、その事実をまずは受け止めろ。

 中林が不運だったのは、本来ならばソレを口にしてはいけないルールをあの大バカ野郎の関口エミリが破ったことだ。だからお前は悪く無い。落ち込んだりすんな!」

 ──15歳の私にとって、その言葉は涙が出るほど有り難くて。そして深い闇に落ちてしまいそうな自分を、難なく救った目の前の男性が、神に見えた。

 生まれて初めての感情。それが何かはこの時点でもまだ理解していない。ただ1つ言えることは、この人を失いたくない、そしてずっと傍にいて欲しいと願っていること。

 幼くて未熟な私にはその術が分からず、取り敢えず必死で会話を繋ごうとしていた。そんな私に富樫先生は静かに話し続ける。

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