たぶん愛は世界を救う

ももくり

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私の精神安定剤

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「ねえ、茉莉子さん、ああいう猫いるよね~」
「うん、いるいる。後退りしながら消えてくの」

 呑気な私たちとは裏腹に、沙知さんとやらは鬼気迫る表情をしていて。突然立ち上がったかと思うと、大股で寝室へと向かって行く。

 だが、どうやら室内から光貴がドアを開けられないよう細工しているらしく、まるでアメフトの選手の如く彼女はドアにぶつかり出す。

「えっ?!さ、沙知さん??そんな力業ちからわざで頑張っちゃいます??」
「ごめんなさい、茉莉子さんっ。でも、だって、どうしても開かないから!」

 さすがあの光貴と3年も付き合える女性だ。何と言うかガッツが違う。

 ドーン、ドーンとドアにぶつかる音を響かせて沙知さんが奮闘している中、茉莉子さんは私に向かって天使のように微笑む。

「この近くにとっても美味しい和スイーツの店が有るのよ。一緒に行かない?」
「あら、いいわねえ。…でも、アレ、大丈夫?」

 そう言いながら私は沙知さんを指さす。そのタイミングで、光貴が寝室のドアを開けた。

「やだ、もう。せっかく美味しい和スイーツを食べに行こうと思ってたのに」
「仕方ないわよ、こっちの方が面白そうだもの」

『ドアが壊れるだろうがッ!』と怒鳴った光貴の首根っこを抑え、沙知さんは不気味な笑みを浮かべながら光貴をこちらへと引き摺って来た。

 そして、リビングの中央にその体を放り投げる。

「今度浮気したらタダじゃおかないって言っておいたよね?!」
「…はい」

 およよ。沙知さんとやら、意外にお強い。

「結婚、すんの?その人と」
「いえ、しません。父いわく、俺が今の会社で首切りされそうだから、コイツを盾に転職すればいいって。それが終わったら沙知の元に戻るつもりだったんだ!本当だよ、信じてくれ!!」

 ふ、ふざけたことを。
 この私を利用するつもりだったと??

 ていうか、こんな、こんな光貴如きにバカにされてしまうような女だったんだ??

 そのことに激しいショックを受ける私。

「なんかもう我らはココにいない方がイイね。行こうか、コトリさん」
「あ…うん」

 ギャースカ騒ぐ2人を置いて、私と茉莉子さんは和スイーツを食べに行くこととなり。そして、そこでは何故かコックコートを着たままの…正確にはその上にジャケットを羽織った格好の浦くんが、葛切りをズルズル啜っていて。

 私の姿を見つけた途端、泣きそうな表情でそのまま立ち上がった。

>言葉にしなければ相手に伝わらないんだぞ!

 …なんてことを昔、誰かに言われた気がする。
 でもね、アレは嘘だったんだな。

 だって今、私たちは痛いほど通じ合ってるから。

 気持ちを言葉にするのが下手な浦くんと、雄弁なクセして肝心な事は意地を張って言えない私。そんな2人がただ見つめ合うだけで分かるのだ。

 …彼は私に向かってこう訴えていた。

『見合いなんてするから心配したんだよ』って。
『俺以外の男のモノにならないでくれよ』って。

 だから私も正面に立って口に出さずに訴えた。

『心配掛けてごめんね』と。
『酷いことを言われて自信を失ってるの』と。
『でも、そんな愚痴を言うのは負けたみたいで悔しいから、どうしても口に出せないの』と。

 浦くんは無言でニッと笑ったかと思うと、そのまま私の頭を優しく撫でる。だから私も『大丈夫だよ』という意味で、ニッコリと笑い返した。

 言葉は時に残酷で、心の細かい部分を正確に伝えてくれないから。こんな風に無言で気持ちが通じ合う相手は、ある意味とても貴重なのだと実感する。

 頭を撫でていたその大きな手が、いつの間にか私の手を握っていて。その体温が驚くほど私の心を落ち着かせた。

 あまりにもそれが心地良くて、無意識にその手に頬ずりしてしまい。ハッと気づいて浦くんの顔を見ると、耳まで真っ赤になっていて。

 ようやく言葉を発しようとしたその時、タイムオーバーの宣告を受けてしまう。

「…あっ、ヤバッ。俺もう休憩時間終了しちゃうんで店に戻ります」
「え?!もう??だって会って10分も経ってないのに??」

「残念ながらタクシーで移動してるもんで。ここ、片道15分も掛かるんですよ」
「えっ?タ、タクシー…??」

『薄給なクセに』と言いそうになって口を噤む。
 …ああ、やっぱりこの人は私の精神安定剤だ。

 こんな私のために、ワザワザ時間とお金を掛けて会いに来てくれただけでは無く。これほどまでに、嬉しそうな顔をしてくれるのだから。

>普通の男は、そんな貞操観念の緩い女と本気
>で付き合ったりしないし、もし付き合っても
>結婚までの遊び相手としか思わない。

>…な?誰だって『新品』が欲しいんだよ。
>汚れた『中古品』なんてイヤなんだ。

 ナイフのように心に刺さった光貴の言葉が、まるで氷のように溶けていく。

 浦くんは温かい。
 まるで春のひだまりのように温かい。

 慌ただしく伝票を持って出て行こうとする彼に、私は心の底からこう言った。

「浦くん!」
「はいっ?」

「ありがとう!!」
「ど、どういたしまして」

 おかしな会話だったと思う。でも、御礼を言わずにはいられなかった。

 生まれて来てくれて『ありがとう』、
 私と出会ってくれて『ありがとう』と。


 そして茉莉子さんがゆっくりと、彼がこの店で待っていた経緯を話し始めるのだ。

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