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5.呆気ない夜
しおりを挟む結果から言うと、閉店時間を過ぎても須賀さんは起きなかった。
もう吃驚するほどグウグウのスヤスヤで、叩いたり大声で呼び掛けても反応しない。溜め息混じりで項垂れている私に向けて郷田さんが助け船を出してくれる。
「やっぱりダメだったか。仕方ない、じゃあ2人とも俺んちに泊まっていきなよ」
「えっ」
たぶん選択肢は他にも有ったはずだ。
郷田さん宅に須賀さんだけを泊めさせて貰うとか、
須賀さんと仲の良い同僚男性を呼び出すとか、
観念して私のマンションに泊めてしまうとか。
しかし、相手が悪かった。
だって郷田さんだよ?!
普通であれば初対面の人間に対して警戒心を抱くはずなのに、この人、全然それを抱かないのだ。何と言うか…そう、隙だらけ!んもう驚くほど無防備でウエルカムな感じを前面に出してくるものだから、逆に構えているこちらの方が極悪人の様に思えてしまう。
それでも私は頑張った。
動揺を隠しつつも笑顔で『それはご迷惑でしょうから遠慮します』と断わったところ、彼はむしろ哀し気に目を伏せてこう言ったのである。
「ちっとも迷惑じゃないから、遠慮しなくてもいいんだよ。俺も飲み歩いて失敗しちゃうことが多いし、その度に見知らぬ人がよく助けてくれたんだよね。いつも助けられてばかりだからさ、偶にはこうして助ける側になるのもいいかな~なんて思ったんだけど、もしかして怖がらせてしまったかな?」
「う…あの…ですね…そうじゃなくて…」
「あ、それとも俺のことが胡散臭くて信頼出来ないとか思ってる?だったらさ、俺の友人で尾崎って男がいるんだけど、ソイツは凄く真面目で信頼出来るから、今からソイツに泊めて貰える様に電話してあげようか?」
「え、…っと」
何故だ?どんどん状況が悪化していく。
それよりも深夜2時に電話が掛かってきて、見知らぬ男女を泊めてやってくれと頼まれる尾崎さんのことを思うと、不憫で堪らない。
「でも、あの、面識の無い一人暮らしの男性の家に泊まるのはちょっと…」
「あはは、大丈夫!そいつ新婚でね、とても美人な奥さんと一緒に住んでるから」
し、し、新婚?!
おい、アンタ、新婚さんの家にそんな無茶苦茶なお願いをしようと思ってんのか?!もし私がその奥さんだったら、空気を読めない旦那の男友達をギッタンギッタンに刻んで海に捨ててやるわ!
「困った時はお互い様だからさ。俺もその昔、尾崎とその奥さんが困ってた時にマンションの一室を貸してあげてたんだ。だから俺から頼めば嫌とは言わないって」
「…う…あ、でも、やっぱり新婚さんのお宅にお邪魔するのは心苦しいので…、郷田さんのお宅に泊めていただけますか?」
仕方ない、究極の二択だったのだ。
どう考えてもこちらしか選べないではないか。
「じゃあマスターも帰っちゃったし、俺らが最後だよ。戸締りをして出ようか」
「はい」
郷田さんはヒョイと須賀さんを抱き起し、慣れた感じでタクシーに乗り込む。そして無事に目的地に到着した後は優雅にハーブティーなんぞ淹れてくださった。
「さっき話してた尾崎の部屋が空いたままになってるからさ、そこに布団を敷いて寝てくれる?」
「あっ、はい」
暫くして客用布団が運び入れられ、その際に私が客用布団で、須賀さんはこのままリビングのソファで寝かせる様にと言われたので、逆にして欲しいと訴えたところスグに却下されてしまった。
「どちらかがソファで寝なきゃいけないのなら、それは男に決まってるだろ。いや、もし俺が同じ状況で布団に寝かされたりしたら、起きた時に絶対恥ずかしいし。これは男の沽券に関わる問題だと思うよ」
「はあ、そうですか」
「じゃあね、おやすみ」
「お、おやすみなさい」
えっ、あれれ??
身構えて申し訳ありませんでした…と謝罪したくなるほど呆気なく、そのまま郷田さんは自室へと引っ込んでしまったのである。
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