たぶんきっと大丈夫

ももくり

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25.捨てます

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 郷田さんは男女のイザコザに慣れているので、こんな時にも動じない。しかし、私の方は人生初のイザコザのため、オドオドのビクビクだ。

 悔しい。

 明らかに郷田さんの方が後ろ暗いことをしているはずなのに、何故、罪の無い私の方が劣勢なのか?

「とにかく、謝ってくれれば全て水に流してあげるから。華、素直に『ゴメンナサイ』しよっか?」
「水に…流す…」

 はあ?!お前マジでなに言ってんの?!
 私どころか女という生き物自体を舐めてるよね?

 くっそ、こうなれば身を削る覚悟で闘ってやろうではないか!但し、お前も無傷では帰らせないぞ!

 私は無言のままスマホを手に取り、ジェスチャーだけで郷田さんに壮ちゃんの隣席へ座るよう指示を出す。

 『本当にそんなことをして良いのか?』『でも今しなければ絶対に後悔する』と心の中では激しく葛藤していたが、勢いに任せて電話を掛けた。

「あ、真由美さん?こんばんは~、いま電話してても大丈夫な感じですかあ?」
「ま…ゆみ…だと?」

 挙動不審になった郷田さんを横目で見ながら、私は電話相手に向かって陽気に話し続ける。

「なんかね~、会社の先輩と居酒屋で飲んでたら、たまたま偶然、真由美さんの彼氏サンを見つけちゃってえ。ほら、以前スマホに保存してあったツーショット画像を見せてくれたでしょお?あのイケメン彼氏が目の前にいるんですう」
「…華ッ…」

 面白いくらいに郷田さんの頭がグラングラン揺れている。

 そう、ニョロ野から郷田さんの浮気話を教えて貰った際に、相手の素性も聞き出しておいたのだ。今年30歳になるというその女性がデパートの化粧品売り場に勤めていることを知った私は、買い物客を装って接近し、こうして電話のやり取りもするほどの仲になっていたのである。

 勿論、真由美さんは私が郷田さんの彼女だということは知らないし、これからも言うつもりは無い。というか真由美さんは玉の輿に乗るのが夢なので、郷田さんとのことは遊びらしく、もうすぐお見合いをするそうだ。つまり狐と狸の化かし合いというか、お陰で罪悪感すら湧かないのが非常に有難い。

 モテモテ男のつもりでいるんだろうけど、結局そんな適当な恋愛をしている男には、そういう女しか寄って来ないという顕著な例である。

 自分が『そういう女』の中の1人なのは、少しだけ複雑だが。

「あはは、そうですか、今度一緒に温泉旅行へ?やだ相変わらずラブラブなんですねえ。仕方ない、じゃあ電話を代わりますよ、彼氏サンと~」
「…えっ、俺と」

 しらじらしい、
 何を驚いて見せているのか。

 笑顔のままで私はスマホを郷田さんに握らせ、早く応答しろと顎で指図した。

 >もしもし、真由美?
 >うん、いきなり声を掛けられて驚いた。
 >そっかあ、お客さんが飲み友達に…
 >妙に気が合って…ああ、カワイイ子だよな。

 無難な話題が続いた後、郷田さんは一方的に電話を終わらせてしまう。

 >じゃあな!おやすみ。

 そしてスマホを私に戻しながら、仏頂面でこう言った。

「もしかして俺の行動を見張ってたってこと?しかも浮気相手と勝手にコンタクト取って仲良くなってるとか、マジで怖いよ。俺のことが信じられないのなら、もうこれ以上は付き合えないから」
「えっ、ちょっと待ってよ」

 慌てて私は郷田さんの手を握る。だって、そんな、一方的に別れを告げられるなんて心外だ。
 
「ごめん、もう無理、俺のことは諦めてく…」
「そうじゃなくて、何でそっちが私をフッたことにしてくれちゃってんの?」

「え?」
「『諦めてくれ』って、上から目線で言わないで欲しいな。私が、アナタを、捨てるの!『俺を信じられないのなら』って、それ以前に自分が信じるに値する人間だとでも思ってたワケ?」

「あ、えと…」
「きっと、誰もアナタを信用してないわ。あのさ、真由美さんもアナタのことを遊び相手だと断言してたし、向こうの席で待ってるあの茶髪の彼女も、本気じゃないと思う。…可哀想な人。きっとこの先、誰からも本気で愛されることが無いのね」

 トレードマークの笑顔が引き攣り出したが、それでも私は攻撃の手を緩めない。

「でも華は俺のことが本気で好きだったんだろ?」
「最初はね。大好きだったし、このまま死ぬまで一緒にいられたらいいなと思った時期も有ったよ。だってほら、初めての恋愛で無知だったから」

「ごめん、俺、そういう重いのはちょっと…」
「あ~、気にしないで、今は嫌い…というかもう関わりたく無いから。何と言うか、郷田さんって優しいけど…ただ、それだけなのよね。私は、そういう上辺だけの軽い恋愛は欲しくない。ガッツリ互いのことを理解し合って、求め合って、とにかく唯一無二の存在になりたいの。信じられない相手を疑って一緒に生きていくなんて御免だわ。

 …だから、私がアナタを捨てます」
 
 
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