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29.酔うと寝る
しおりを挟むシーンと静まり返った室内。
ここにいる全員が状況を把握したらしく、最初に富樫副社長が口を開いた。
「須賀、かなり酔ってるな」
「えっ、でも、須賀さんって酔うと寝ちゃうはずなんですけど、今さっきまで普通に話してましたよ」
副社長はその端正な顔を歪めながら続ける。
「すまん、俺が下戸なもんで客人から勧められたビールを全部コイツが飲んでくれてたんだ。今日は料理がなかなか運ばれて来なくて、手持無沙汰になったせいか酒量も通常の倍だったからなあ…」
「でも、何度も言いますけど酔うと寝るんですッ」
ぐがあああ
ぐごごごご
「寝てる…な」
「寝てます…ね」
ああ、そうか、なるほど。酔っていたせいで私と付き合っているなどと戯言…じゃなくて…ほにゃららを言ったんだな(※華さんは適当な言葉が見つからなかったようです)。
いや、もしかして酔いながらも私を助けようとしたのかもしれない。いや、きっとそうに決まっている。須賀龍は気骨のある素晴らしい男だから、どんな時でも困っている人間を放っておけないのだ!
心の中で須賀さんを絶賛していると、副社長が田島さんのことを叱責し始めた。
「田島!俺の目の前で暴力を振るうとはイイ度胸してるな」
「副社長、これには理由が有るんです!先に須賀の方が俺をバカにして…」
「うるせえ!お前らのやり取りは一部始終聞いてたっつうの。あのな、須賀は田島のことをバカになんかしてなかったぞ。お前が勝手に卑屈になって、勝手に自滅しただけじゃねえか。それに、幾らムカついたからと言って暴力はないだろ!打ち所が悪かったらどうするつもりだったんだ?!…きっと須賀の方は穏便に済ませようとするだろうが、俺は何も見なかったことにするつもりは無い」
「…えっ、俺、処罰されるんですか?!」
分かり易く落ち込む田島さん。
日頃から自分のことを過大評価しているため、副社長から怒られたショックもより大きくなってしまうのだろう。
「ったりめえだろ、可愛い俺の須賀を思いっきり殴りやがって。お前の処遇は後日、人事部長と相談して公示する。これに懲りて、衝動的に人を殴ったりしないことだな」
「は…い…」
「それじゃあ、料理はもうデザートを残すのみとなったし、それはキャンセルしてお前は俺と一緒に飲みに行くぞ」
「えっ、いいんですか?!」
「バカ、喜ぶなよ。いいか、みっちり説教してやるから覚悟しとけ」
「はいっ、宜しくお願いします!」
──その数十分後。
えっと、あっと、うええっ??
「じゃあね華ちゃん、後のことは任せたよ。うわっ、ごめん、もう帰ってもいいかな?実は今日、彼女の誕生日なんだ。接待だからと我慢してくれてるけど、残り僅かな時間を一緒にいてやりたくて」
「桂さんの?!ええ、分かりました、どうぞ行ってください。こちらのことはもうご心配なさらずに」
パタン、トトトト…。
気配り上手な清水さんのことだ、きっと足音が響かない様にと爪先立ちで早歩きしているのだろう。
「って、足音がトトトとか、忍者じゃあるまいし」
「俺もそう思う」
「はうあッ?」
「ふああ、よく寝た」
『よく寝た』じゃねえし!
いったい何時から目覚めていたんだっつうの!
そんな私の疑問を、彼はソファの上で首をコキコキ鳴らしながら答えてくれる。
清水さん単独で須賀さんの部屋まで送り届ける予定だったところを、責任を感じた私が同行し、マンション到着後に鍵を探そうと須賀さんのズボンのポケットに手を突っ込んだ時点で既に目覚めていたのだと。
だが、素面になった途端、迷惑を掛けたことが恥ずかしくなって酔ったフリを続けていたそうだ。
「はー、なるほどですねー、あ、田島パイセンは副社長から大目玉を食らってたよ。後日、その処遇を公示されるんだってさ」
「へー、そうなんだ」
って、その手は何?
ソファの上で仰向けになって寝ていたはずの須賀さんが、何故か、どうしてか私を抱き締めていたのである。
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