1 / 44
第一章
始まりと終わり
しおりを挟む友達から恋人へ、
そしてまた友達へ。
…それは甘く優しい束縛。
────
人は誰でも二面性を持っている。
…私だってそうだ。
明るく元気な高橋雅と、少し屈折している高橋雅を使い分け、巧みに周囲を騙して生きてきた。人と同じであることを自分に課し、そのクセ、人とは違う自分を探し続ける。
こんな大ゲサなことを言っているが、実際にしていることは傍から見れば大したことでは無いだろう。
例えば音楽。
例えば映画。
例えば小説。
万人受けするものを好きだと言いながら、実はマニアックなものばかりに手を出し。自分は他者とは異なるのだと、心の中でほくそ笑む。そんな厭らしい性格の私がある日偶然その曲に出合った。
なんとなく自宅でラジオを聴いていて、思わずその曲に吸い寄せられたのだ。曲の最後に女性パーソナリティがよく通る声でタイトルを言い。慌てて音楽配信サイトで検索したが、古い曲のせいか見つからず。あちこち中古CD販売店を探し歩いて漸く入手したのである。
そんな戦利品を見せびらかしたいのは当然の心理なワケで。でも『変わった趣味』と言われるのも怖いという矛盾と闘った挙句、その曲をたまに口ずさむという程度で満足することにした。…とは言え、それは洋楽でしかもブルースだったので高1の小娘にさらりと歌えるワケが無く。密かに特訓を重ね、ようやく披露出来るまでに2カ月が経過。
放課後、教室の隅っこで女友達を待ちながら口ずさんだのは、もちろん周囲に誰もいなかったからで。情感を込めて歌い上げたところ、背後から拍手の音が聞こえて冷や汗をたっぷりと流し。そおっと振り返ると、そこにはクラスメイトの男子が真顔で立っていて。
焦った、心の底から、焦った。
そして口を真一文字に結んでいると、
彼はこう言ったのだ。
「その曲、フィービ・スノウのサンフランシスコ・ベイ・ブルースだろ。俺も大好きなんだよね」
何と言うか。誰も知らないと思っていたはずの曲を、こんな身近な人間が知っているなんて。
大ゲサだけどこの時は、砂漠の中で一粒の砂金を見つけたような、そんな錯覚に陥ってしまい。彼にCDを貸したことをキッカケに恐ろしいスピードで仲良くなって。それ以降、2人はいつでもどこでもセット扱いされるようになる。
…これが私と井崎 芳との
“始まり”である。
芳はバスケ部に所属しており、
誰からも愛される人気者だった。
対する私は美術部の主と呼ばれ、取り立てて才能も無いのに皆勤賞に近いペースで部室に通い続け。部活を終えると、いつも友人の朱莉を教室で待つのが日課。
朱莉は父親が転勤族だとかで、高校入学と同時にウチの近所へ引っ越して来たコで。とにかくテニスが上手く、転校するたびテニス部に入っていると。残念ながら、我が校のテニス部はかなりハードで、その練習時間たるやハンパなく。必ず私が30分ほど待たされることに。
芳もテニス部の友達と一緒に帰る約束をしているそうで。今まではバスケ部の部室で仲間と雑談しながら待っていたのが、それを先輩から注意されたのだと。だから仕方なくこうして教室に来たということだった。
「そっか!話し相手がいて良かった」
「私も、今までヒマだったんだよ~」
…多分、私たちは最初から距離感がおかしかったのだ。
高1にもなって、しかも異性相手なのに身構えることも無く。それは芳という男のコミュニケーション能力の高さのせいか、私の幼稚さのせいなのかは分からない。とにかく2人は何から何まで気が合った。
例えば自販機の前で悩んでいる二択が
いつも同じものだったり。
ずっと探していた本を彼が持っていたり、
その逆で彼が探していたCDを
私が持っているということもよく有った。
構えずに何でも話せる貴重な存在。
それは次第にケンカしたり、言いたいことを言い合えるほどに進展し、そうこうしているうちに朱莉が転校。同じ頃、芳の友達に彼女が出来て2人とも下校仲間を失い。『それじゃあ』という軽いノリで一緒に帰るようになり。そうなると休日の予定まで合わせ出し、映画や買い物をする姿は傍から見るとまるでカップルのようで。当人同士にその気は無いのに、周囲がそれでは納得せず、しつこくこう言われ出す。
>もう本当に付き合っちゃえよ。
>ていうかもうソレ付き合ってるよな?
…この時の私は青臭い子供だった。
周囲の意見に、取り敢えず流されておこうと。芳との穏やかな時間が守られるのならば、“付き合う”のもそんなに悪くないと。そんな浅はかな考えで交際開始。
とにかく楽しかった。
夢のような時間だった。
ずっとこのまま続くと信じていたのに、夢はいつか覚めるものなのだ。
「…ごめん、他に好きなコが出来た」
芳にそう言われた時、
本当に物凄く驚いた。
だが、それと同時に
『やっぱり』とも思ったのだ。
それは高3の秋。相手は1つ年下で、バスケ部のマネージャーをしている田崎 真由佳という女のコだった。私達が付き合っているのは周知の事実だったが、バスケ部が県予選で早々に敗れ、芳が10月末で退部すると言い出し。それを聞いた田崎さんが、瞳を潤ませ告白して来たそうだ。
彼女はとにかく可愛いと評判で。
他校の生徒が待ち伏せするほどの容姿に、庇護本能をくすぐる舌足らずな喋り方、その大きな胸に大半の男子がメロメロになっており。だからまさかその田崎さんが、ずっと芳を好きだったとは誰も思わなかったのだ。
後に彼女はこう語っている。
私から芳を奪おうとしたのでは無く、もう会えなくなるので“記念”に想いを伝えておきたかっただけなのだと。ところが芳はいとも簡単に、彼女の方を選んでしまったのである。
「なんか上手く言えないんだけどさ。人を好きになるのって、もっとこう胸を締め付けられるような、すごく苦しいものなんじゃないのか?…俺、雅といてもそうならないんだよ。一緒にいると楽しいし、優しい気持ちになるけど、それは多分、恋じゃない。
ごめん、雅。
俺は恋をしてみたいんだ」
初めて見る芳の真剣な表情に私は軽く苦笑し、黙って別れを受け入れた。正直に言うと、自分でもよく分からなかったのだ。
芳を友達として好きなのか、
それとも、異性として好きなのか。
キスはしたし、それ以上のこともした。でも心と体のバランスはいつでもチグハグで、どんどん体だけが先に進んでいくような、そんな違和感をずっと抱えていて。
…そして、離れてようやく気付くのだ。
別れた直後は、自分の感情と向き合うヒマさえ無くて。なぜなら周囲が放っておいてくれなかったからで。
>雅、カワイソ~!!
>元気出してね。井崎なんか忘れちゃえ。
>ねえ、カラオケでもして騒ごうよッ。
“彼氏を奪われた可哀想な女”というレッテルがどこへ行っても付き纏い、それは想像以上に私を傷つけた。田崎さんがもっと平凡な容姿だったなら、これほど皆んなも騒がなかったのだろう。でも、彼女はあまりにも可愛すぎた。
自分の好きな男子が田崎さんにフラれていたとか、交際中の彼氏が田崎さん信者だったとか、日頃からそんな恨みを抱いていた私とは無関係の女子達が、寄ってたかって私を祭り上げる。
>可哀想な雅。
>1年も付き合った大好きな彼氏を
>あんな女に奪われるなんて。
その波はどんどん広がり、田崎さんの周囲の女子達も彼女を非難するようになって。悪意に満ちた視線に耐えられなくなった田崎さんは、あっという間に音を上げる。
そう、芳の真剣交際は
たった1カ月で終わってしまったのだ。
卒業式の翌日、田崎さんは私に謝罪した。
そんなことをされる方がミジメなのだが、どうせ二度と会うことも無いと思い、適当に話を聞き流していると、最後に彼女はこう締め括ったのである。
「私、雅さんと一緒にいる井崎先輩が好きだったんですよ。楽しそうで幸せそうで、ああ、いいなあ…って。雅さんが本当に羨ましかった。でもね、私といた井崎先輩はまるで別人だった。なんだか自分を大きく見せようとして、すごく無理している感じで。一緒にいればいるほど、気持ちが冷めていったんです。
ほんと私って、嫌な女ですよね」
そんな話を聞かされたというのに、なぜか無性に芳に会いたくなった。『可哀想に』って慰めて、それから他愛も無い話をして、バカみたいに大笑いしたい。
…ねえ、芳。
アナタは
恋が苦しいものだと言ったよね?
でも、私の恋は
優しくて穏やかなものだったみたい。
このとき私は初めて、
芳への恋心を自覚した。
10
あなたにおすすめの小説
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
不器用な大富豪社長は、闇オクで買った花嫁を寵愛する
獅月@体調不良
恋愛
「 御前を幸せにする為に、俺は買ったんだ 」
〜 闇オク花嫁 〜
毒親である母親の為だけに生きてきた彼女は、
借金を得た母の言葉を聞き、
闇オークションへ売られる事になった。
どんな形にしろ借金は返済出来るし、
母の今後の生活面も確保出来る。
そう、彼女自身が生きていなくとも…。
生きる希望を無くし、
闇オークションに出品された彼女は
100億で落札された。
人食を好む大富豪か、
それとも肉体を求めてか…。
どちらにしろ、借金返済に、
安堵した彼女だが…。
いざ、落札した大富豪に引き渡されると、
その容姿端麗の美しい男は、
タワマンの最上階から5階部分、全てが自宅であり、
毎日30万のお小遣いですら渡し、
一流シェフによる三食デザート付きの食事、
なにより、彼のいない時間は好きにしていいという自由時間を言い渡した。
何一つ手を出して来ない男に疑問と不満を抱く日々……だが……?
表紙 ニジジャーニーから作成
エブリスタ同時公開
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
彼がスーツを脱いだなら
ももくり
恋愛
しつこく追いかけ続けた元カレが、ある日突然目の前に。諦めたはずなのに─「認めろよ、俺のことが大好きなんだろ?」─思わせぶりに迫ってくるのは何故?…焦れ焦れオフィスラブ。
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる