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第一章
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しおりを挟む私の誕生日は1月で。
まだ付き合う前にその人は、
CDと一緒に花をくれた。
カランコエという名の
小さくて白いその花は、
冬から春にかけて咲くのだと。
「寒い時期を好むなんて、
まるで我慢強いキミに似てるね」
彼は笑いながら、そう言った。
結局、半年もしないうちに
枯れてしまったけれど。
カランコエの花言葉は、
“たくさんの小さな思い出”
そして、
“幸福を告げる”…。
────
「でもあれ一鉢300円もしないよね?騙されたわ~、当時の私はウブだったし。ほんと芳ってそういうとこ上手いからさ」
会社近くの焼鳥屋。相変わらずいつものメンバー4人でグダグダと集っている。
「うるさいなあ、何度も同じ話をするな。ああっ、もうクソ面倒臭い。女ってなんで記念日に命を懸けるワケ?チッ、誕生プレゼントに欲しいものをリストにして送ってきやがった。舞美のヤツに俺の給料が幾らか教えてやろうかな」
4人の内訳はこんな感じだ。全員が26歳の同期組で、
見るからに平凡な容姿の私こと高橋雅。
隣席のモデルみたいな美人は中原祐奈。
祐奈の前の穏やかそうな男が橋口健介。
そして、私の正面でスマホを見つめ、可愛い彼女から届いたメッセージにブツブツ文句を言っているのが井崎芳。
…そう、あの“芳”である。
入社式で何が驚いたって、そりゃあ一番はこの男から声を掛けられたことだ。その年は全国で127人も入社しており、研修は何回かに分けて行なわれたそうで。そんなワケで入社式当日まで、お互い同じ会社に就職したことを知らずに過ごしていたらしい。
>雅?!
>まさか俺を追い掛けて
>来たんじゃないだろうな?
久々の対面だというのに、冗談なのか本気なのかも分からない相変わらずの口調でそう言われて。だから思わずムッとして、こう即答したのである。
「うぬぼれないでよ。アンタなんてもう、好きでも何でも無いから」
この時の私は本当にそう思った。
時間というのは実に有難いもので、あんなに好きだった男を見ても、『こんな顔だっけ?』と感じる程度。たぶん、光正と付き合ったことにより、その記憶の多くが彼に塗り替えられてしまったのだろう。本で例えると、内容は忘れたのにタイトルだけが記憶に残るのみ。
そう、“好きだった”という記憶だけが…。
そして痛感した。やはり何だかんだ言って、私達は気が合うのだ。自販機での最後の二択がいつも同じだったように、就職先に選んだ会社まで同じだなんて。そうは言っても、距離は置こうと考えていたのだが、入社後の指導担当者が同じで私と芳はその人から妙に気に入られ。なぜか2人とも営業部へ配属決定。その人こと滝沢主任の元で働くことに。仕方なく改めて関係を築き、こうして再び友達になったワケだ。
入社してから3年が経過し、その間に芳は彼女を3人も変えた。まさに1年に1人というペースである。恋は苦しいもの…などと、真剣な目で語っていた男はいったい何処へ消えてしまったのか。傍で見ていると芳の恋愛は驚くほど軽く“去る者は追わず来る者は拒まず”といった感じである。今回の舞美ちゃんともきっと長くは続かないだろう。
呆れ顔で健介が突っ込む。
「芳、お前なあ。アイドルのナントカちゃんに似てるって、付き合い始めた頃は自慢してたクセに。忙しいとか言って、舞美ちゃんと会ってるのは月2くらいか。そのクセ、雅とは平日だけじゃなくて土日も会ってるんだろ?…おかしいって」
これは毎回言われることで。その都度、芳はこう弁解するのだ。
「うるせえな。雅といる方がラクなんだから仕方ないだろ。だって舞美に仕事のグチを言えるワケないし。アイツ、俺のこと王子様みたいに思ってるんだぞ?夢を壊しちゃ悪いじゃん。その点、雅は俺の弱い部分も全部知ってるしさ。女として意識せずに一緒にいられる、貴重な存在だよな、ウン」
>女として意識せず
…って。
まあ、別にいいけど。
滝沢主任をリーダーとしたプロジェクトチームでも、私達は阿吽の呼吸で動くと評判で。平日の夜や土日に行動を共にするのは、食事がてら飲食店巡りをして営業に繋げようとしているからだ。私達が所属している輸入食品チームは、個々としてではなく全体としての売上を評価されるのである。
チームの中でもまだまだ未熟者扱いされている私達は、飲食店で警戒されないようにとカップルを装って食事し。何度かその店に通い、店側のスタッフと打ち解けた時点で売り込みに入る。芳が私を気に入っていると言うよりも、単に芳が仕事好きなだけなのだ。
だから芳は大勢で宅飲みする際も、彼女がいるにも関わらず私を誘ったりする。そして彼女ではなく、私とばかり喋りまくって案の定、彼女から誤解され。別れた彼女たちは、揃いも揃って原因の1つに私の存在が嫌だったと言うらしい。
それを耳にしてあからさまに距離を取ってみたのだが、『不愉快だ』と何故か芳本人から激しいまでの抗議を受け、結局いつでもどこでも一緒状態なのだ。
だってラクなのだから仕方ない。
お互いどんな相手といるよりも
気を遣わなくて済むのだ。
そう、異性であるにも関わらず互いのマンションに出入りして、朝まで飲んだり喋ったり。それは時に祐奈や健介を交えることもあったし、他の誰かが加わることもよくあった。とにかく私達は、いつでも賑やかに過ごしていたのだ。
>結局、高橋さんって、
>どっちを狙ってるの?
…他の女性社員たちから、そんな質問を受けたのは一度や二度では無い。どうやら芳は、傍から見るとイケメンの部類に入ってしまうらしく。健介の方も知的なイメージが浸透し、一部の女子から絶大な人気を誇るとかで。二大アイドルに最も近い女として、美人の中原祐奈さんは当然ながら、平凡な高橋雅のヤツはどうやって彼らに取り入ったのか興味津々といった感じだ。
そんなとき決まって私はこう答える。
「井崎くんには彼女がいるし、橋口くんの方は仕事に夢中みたいですよ。それに私、あの2人から、女だとは思われていませんから」
…そうすると女子たちは必ず同情の目をこちらに向けて、もう私を問い詰めることをしなくなるのだ。
うふうふキャッキャと足早に去っていくその後ろ姿を見て、ふと切なくなってしまう。恋とか愛とかもう久しくしていないなあ…と。
もしかしてこの先、一生しないのかも。
だって、好きだった相手から
『女じゃない』と言われ。
次に好きになった相手も、
何も言わずに去って行った。
これでまた恋をしようと思う女がいたら、その人の心臓には剛毛が生えているに違いない。残念ながら私の心臓には産毛程度しか生えていないので、これ以上の自虐行為は無理だ。
「…えっと高橋さん、土曜ってヒマ?」
「はい、ヒマです」
本当は芳と各社のポテトチップスを食べ比べると言う、非常にバカバカしいイベントを開催予定だったのだが。相手が相手なのでついウッカリ、そう答えてしまったのである。
目の前にいるのは涌井さんといって、
“商品開発室の一匹狼”と呼ばれる男だ。
商品開発室はその名の通り商品を作る部署なのだが、作っても売れなくては意味が無いため営業部やマーケティング部と何度も打ち合せを繰り返す。残念ながら涌井さんという人は発想のセンスなどは非常に良いのだが、致命的に人付き合いが苦手らしく。営業部では私にしか懐いていない。
3つも年上なのに“懐く”という表現は失礼だと思う。でも、本当にそんな感じなのである。きっと1度でも冷たくしたら、この人は心を閉ざしてしまう。
…そう思って、私は先の返事をしたのだ。
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