真冬のカランコエ

ももくり

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第一章

フレンド 2

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 その日から私は、バリケードでガチガチだった心を解放する。


「あ!高橋さーん。今朝、話してたミリオンカフェさんの件。本当に参加する?」
「あ、はい。初参加ですので滝沢主任、フォローお願いします」

 クライアント主催のお見合いパーティーにも参加すると言ってみた。すると何処から聞きつけたのか芳が茶々を入れに来る。

「なあ、雅ィ。なにトチ狂ってお見合いパーティーに参加するんだよ。お前さ、『男なんか要らない』ってあんなに豪語してたクセしてどうして急にコロッと変わるワケ?」

 …さすがにコレは恥ずかしかった。隠れてお見合いパーティーに行くことが家族にバレたみたいな感覚だ。

「う、うるさいなあ。放っておいてよッ。だって私、気付いたらもう26歳なの。結婚もいつかするんだろうなあ…とか思って。出来ればジックリ付き合ってから、結婚したいじゃない?その前に相手探しに時間が掛かるって気づいちゃったのね。私、結婚相手を探してるんじゃなくて好きな人と結婚したいのよ。だから今から頑張ることにしたんだ」

 すると芳は言った。

「まあ、気が済むまでやってみろ。どうせそんなモンに行くのは、ロクな男じゃないからさ」

 だから私もこう答えた。

「はいはい。いいからもう私のことは放っておいてよ」

 ぷくっと頬を膨らませ上目遣いで睨むと、その頬を両側から思いっきり引っ張られ。それから芳は何とも言えない表情をする。

 これは“可哀想なヤツめ”…かな?

 ううん、そうじゃない。

 じゃあ“ダメな女”…でもないか。

 終業後のオフィスは雑談をする人が多く。背後から、自称イクメンの滝沢主任が待ち受け画面にしている子供の画像を誰かに見せながら騒いでいた。

 >たまに見せる表情とかさ、
 >イーッてしたくなるほど可愛くて。
 >何て言うか…おい、絶対に笑うなよ?

 >すごく愛しいんだよなあ。


 ああ、そうだ。
 これは『愛しい』という表情だ。

 そんなことを漠然と思い、慌てて首を左右に振る。

 有り得ない。
 だって芳だよ??

 私のことなんてきっと遊び仲間としか思っていないはずで。なのに何をトチ狂ってるんだ、私は。

「あっ!こんなことをしてる場合じゃないの。明後日のお見合いパーティーに備えて、今から美容院に行かなくちゃ」

 バタバタと帰り支度をして、まだ何かブツブツ言っている芳を放置したまま廊下に出ると、そこに光正と祐奈が立っていた。あの時は『協力するね』と言ったものの、私の助けなんか必要無かったみたいで、祐奈はどんどん光正と仲良くなっていき。実際に並んでいる姿はやはり美男美女でお似合いだ。

「雅?もう帰るの??」
「うん、今日は美容院に行くんだ。じゃあね、祐奈。番匠さんもお疲れ様!」

 エレベーターを待っていたら、足音が聞こえて来て、振り返るとそこに光正が立っていた。

「高橋さん…いや、雅!」
「えっ、はい?」

 たぶん周囲に誰もいないことを確認し、わざわざ名前で呼び直したのだろう。

「お見合いパーティーに参加するって?」
「うん、そう」

「誰かと付き合う気になったんだ?」
「あはは、やだなスグ話が広まっちゃう」

 照れ隠しで笑ったのに、光正は予想外の言葉を発するのである。

「じゃあ、俺と付き合おうよ。他の男じゃなくて、俺と。なあ、雅、お願いだ、もう一度チャンスをくれないか?」

 この時の私は、“新しい出会い”に燃えていて。しかも祐奈に協力すると言った手前、『はい』と答えるワケにはいかなかった。

 …いや、そうじゃないな。そんなものは言い訳で要はプライドの問題だ。きっとまた何かあれば、簡単に捨てられてしまうに違いない。光正にとって自分の存在が羽根よりも軽いと知っているのに、『また付き合おう』などと言われても。

 そっか私ってよっぽど都合のいい女なんだな。せっかく良い部分だけを摘まんで保存し、“素敵な恋愛だった”と思い込もうとしているのに、それを全て台無しにするつもりなのか。

 そんなことは私がさせない。

「ごめん光正とはもう、無いと思う」
「…えっ、な、何で?」

 社会経験を積み、幾らか薄れたはずのその気弱さが久々に顔を覗かせる。スウッと軽く息を吸って私は短く答えた。

「一度失敗してるし、それに祐奈が」
「中原さんが?」

 勝手に言って良いのか自問自答し、思わず大きな溜め息を吐いてしまう。そんな私を見詰めながら光正は言葉を続けた。

「雅の言おうとしていることは分かる。でも、中原さんは橋口君を好きだろう?」
「もう、健介のことは諦めるらしいよ」

「は…は、そっか。雅の時みたいに本命が忘れられなくて、だから仕方なく“俺”なんだな…」

 私の鼻の付け根にギュッと皺が寄り、反論するよりも先に手が出た。二の腕を狙ったグーパンチ。たぶんそれほど痛くないはずなのに、光正は目を丸くして驚いている。

「なっ、何するんだよ!」
「ふざけんな!!」

 …ここは会社なのに、誰か来るかもしれないのに。でも涙が止まらなかった。

「ちゃんと本気だったわよッ!!身代わりになんかするワケ無いでしょッ。番匠光正という男は、内気で繊細で死ぬほど優しくて。あのクソ男とは全然まったく似てないッ。私は光正と本気で恋愛しようとしたけど、それを終わりにしたのは貴方でしょ?」

 こんな時にスッとハンカチを差し出すなんて、本当にこの男は憎い。

「…うん。ごめん雅」

 それをムンズと奪い、化粧崩れも気にせず豪快に涙を拭く。

「私はね、もう過去を振り返らないの。どんどん前に進んで行く。だから光正も進んでよ、ね?」

 幸いなことに最後まで誰も来なくて。いや、もしかして来たとしても、修羅場だと思って隠れたのかもしれない。


 とにかくこうして私は、光正からの復縁申込を断ったのである。







 …………
 そしてお見合いパーティー当日。


「名前、年齢、職業をご記入ください」

 受付女子の若さに軽く驚き。そして参加女性の年齢層の高さに二度驚いた。誰が選んだのかと責めたくなるようなハート型のネームプレート。そこに油性ペンで指示通りの内容を書く。あんなに若くてピッチピチな子を受付に置くなんて明らかにミスだよね?比べるなと言っても比べるのが人間のサガで。現に男性陣が受付嬢を見てニヤけた後、会場を一瞥して肩を落としている。

 “ミリオンカフェ”はカフェとは名ばかりのレストランで。どちらかと言えばカップルをターゲットにしているためこうして出会いの場を提供し、成立の際にはペア割引チケットをプレゼントする仕組みになっている。一応、全国展開している大手で、滝沢主任が1年間通い詰めてようやく契約に漕ぎつけたという経緯が有り。だから、定期的にこうしてウチの社員をお見合いパーティーに差し出し、そして滝沢主任自身もパーティーの運営スタッフとしてマッチング補助などを手伝うのだ。

 マッチング補助とは、男性ばかりで盛り上がらないテーブルに女性だけのグループを合流させたり、単独参加の男性に壁の花となっている女性を引合わせたり。とにかくそこそこの経験が無いと、出来ない任務だと思われる。かなり広い店内でポツンと立ちながら、私はひたすら考えていた。

 …このお見合いパーティーの改善点を。

 まず、受付の若い女子はNGだな。きっとあのコ、大学生だぞ。あとは照明が暗すぎる。こんなに暗いと離れた場所にいる人は顔が全然見えないし。それからこのBGM。静か過ぎて会話するのが恥ずかしくなるので、もっと大きくしてもいいと思うな。それからそれから…。

「何やってんだ?高橋さんは」
「うわっ、滝沢主任ッ!!」

 1人ぼっちのクセに壁際へ寄るでも無く、中央で思案に耽った表情をしている女。その姿は、どう見てもヘンだろう。しかし主任はそんな私に慣れているので全然動じない。

「やっぱお前、面白いわ。せっかくの出会いの場だってのに、きっと改善点とかを探してるんだろうな」
「な、なぜソレを…」

「あ!おーい、小西くん、こっちこっち」
「まさかマッチングするつもりですか?こ、このダメ女子の私にッ」

 『小西くん』と呼ばれたその男性は、ネームプレートに28歳と書かれており。“翔”という軽やかな名前とは裏腹に、かなり…ポッチャリさんだった。見ようによってはテディベア風で可愛いと思う。…が、どうしてこの人なのか?ヒソヒソと滝沢主任に質問する私。

「ナゼこの人なんでしょうか?」
「外見はそんなイケメンじゃないがな、小西くん、めちゃくちゃイイ奴でさ。たぶん高橋さんと合うと思ったんだ」

 って、結局は勘かいっ!

 あうあう言っている間に、滝沢主任はスキップしながら去って行く。ポツンと取り残された私と小西さんは、仕方なく雑談を開始するのである。


「へえ、同業者なんですか?」
「うん、そう。それで滝沢さんとも顔を合わせる機会が多くてね」

 そんな当たり障りの無い会話をしつつも、心の中では叫んでいた。

 >無いわ~、
 >コレは無い。

 私は、自分自身を呪った。

 人間というのは本当に残酷で、どんなに綺麗事を並べても結局は外見重視なのだ。残念ながら過去に付き合った男達は私の“彼氏レベル”を爆上げしたようで、小西さん如きではビクとも食指が動かない。この試合を放棄する覚悟を決めた私は、フリートークとしては避けたい『このお見合いパーティーの改善点』について熱く語り出した。

「店内の照明、暗すぎると思いません?」
「いや、別に。丁度いいんじゃないかな」

「だって遠くに立っている人の顔が見えないじゃないですか」
「でも、こういう会に参加する人は、恥ずかしがり屋が多いと思うんだよね。だから、あまり煌々と照らされても正直ツライと言うか…」

「えっと、じゃあ、このBGMは?ヒーリング音楽じゃあるまいし、こんな静かな曲調だと喋り難いですよね」
「知ってるかい?来客の回転率を上げたい店は、速いテンポの曲を大音量で流すんだって」

「へ?それがどうしたんですか?」
「だから逆にこういう場では、スローテンポで音量を抑えた曲の方が参加者はゆっくりと寛げる。俺はこれで正解だと思うよ」

 な、なんだこの人。ことごとく私とは真逆の考えで、しかもその言い方が嫌味じゃない。へえ、そういうモノの見方もあるんだな。…などと感心してしまったではないかッ。

 そっか、芳みたく何から何まで気が合うタイプもいれば、こんな風に違うからこそシックリくるタイプも存在するのか。物事の一面だけを見るのではなく、他方からも見ようとする人。それが私には新鮮に映った。

「で、でも受付のカワイコちゃんはやっぱりNGでしょ?あれを置かれると参加女性が見劣りする」
「うん、それだけは同感だな」

 正直者なのか、単に失礼な男なのか。とにかく滝沢主任の見立て通り、私と小西さんは異常に気が合って、この日以降、頻繁に会うようになるのだ。
 
 
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