ハニィアタック

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[相馬side ~ヤサグレ相馬さん~]




「だから~、スミマセンって~。許してくださいよぉ、相馬先輩」

 許す、許さないの問題ではない。
 顔も見たくない、あっち行け!

「だって、本命だって知らなかったんスよ~」

 あれから慌ててタクシーに乗り、マリニャンの後を追ったが彼女は自宅に戻っていなかった。いや、それ以降も自宅に帰る気配が無く、かれこれ1週間も会えないまま。もちろん電話もメールもLINEもすべて拒否されている。

 ごめんなマリニャン。
 こんなバカな後輩を持った俺が悪い。

 会いたいよ。
 顔を見て、抱き締めたい。

 泣いてないか?
 だとしたら、俺のせいなんだよな…。

 きゅう。
 心臓が痛い。

 彼女のことばかり考えるのがイヤで、仕事に専念したらバカみたいに捗って。もう今日はすることが無かったりして…。

「俺、もう一生独身かもな。マリニャン以外の女と結婚なんか出来ないし。そしたら関根、お前も一生独身でいろよ?俺のシモの世話もして、尽くして死ねよ?そのくらいのコトをお前はしでかしたんだぞ。ああ、また腹が立ってきた。一発、殴らせろ」

 体育会系の関根は、素直にハイと尻を出す。それをグーパンチで思いっきり殴ってやった。

「あうふっ!気が済みましたか、相馬先輩っ!」
「済むかっつーんだ。お前の汚いケツを殴ってマリニャンが戻るワケじゃなし」

 そこに割って入る男がひとり。

「…ああもう、マリニャンマリニャンうるさい。ここは職場だぞ?もっとシャキッとしろよ相馬」

 石井が手にしているファイルで俺の頭をコンと叩く。

「い~し~い~きゅ~ん」
「で、まだ連絡つかないのか?彼女が頼りそうな女友達とかは?」

 こいつ、本当は俺のことを心配してて、毎日グチも聞いてくれる。うん、一応さ、手は尽くしたんだ。西田経由で新菜ちゃんにも訊いてみたけど本当に知らないみたいだった。…あ、そっか!羽純さんはどうだろう?

 新菜ちゃんの部屋は西田がいるかもしれないから行きづらいだろうけど、羽純さんなら。沢田さんとは遠距離恋愛中で基本1人だし。ひょっとして、ひょっとするぞ。マリニャン、新菜ちゃん、羽純さんの3人は同じ高校出身で、凄く仲がイイんだよな。

 よし、西田経由で新菜ちゃんから
 羽純さんの連絡先を教えて貰おう!

 …急にシャキッとして、自販機コーナーに行くフリで西田に連絡する。元々紹介してくれたのはアイツだから、今回の件でもすごく親身になってくれてて。期待どおりスグに羽純さん情報がLINEで送られてきた。

 個人情報バンザイ!
 住所に電話番号もGETだぜ。

 ふむふむ、会社の借り上げマンションか。たぶんオートロックではないな。定時で退社し、そのまま羽純さんのマンションへと向かう。事前に電話なんかしたら逃げられる気がしたから、急襲。とにかくマリニャンに会いたくて、もう土下座でも何でもする覚悟は出来ていた。人気店のケーキを手土産で購入し、爆発しそうな心臓を抱えてチャイムを押す。

 …と。

 なぜか中から出て来たのは、
 仁王様のような顔をしたストーカー彼氏こと、


 沢田さんだった。





 ………

「貴方は、一人暮らしの女性宅に電話連絡もナシでいきなり訪問するんですね」

 さ、寒い。
 ここは北極か?

「相馬さんって、何歳でしたっけ?」
「今年、28歳だ…いえ、です」

「俺より1つ上。ダメダメだな」
「…はい、スミマセン」

 玄関先なので小声だが、腕組をしたままの不遜な態度で沢田様は続ける。

「小さい頃から言われませんでしたか?女のコは男のコよりも弱いから『守ってあげなきゃいけません』って、『傷つけちゃいけません』って。相馬さんは誰にも教わらなかったんですか?」

 この時点で俺は悟る。

 知っているのだと。沢田様はマリニャンと俺のことを聞いている…ということは、あの事件以降マリニャンが羽純さんと接触したのは間違いない。

「あの、いろいろと誤解があってですね。それを解きたいので、満里奈さんの行方をご存知でしたら教えて欲しいのですが」

 男のクセに妙な色気を醸し出し、その美しい指を自分の顎に移動させて彼は答えた。

「断る」

 へ。

「あの、沢田さん??」
「誤解だろうが何だろうが、そんな方向に進んでしまったのは相馬さんの不徳の致すところでしょ?本気で相手を大切に思っていたら誤解を招く要因自体、排除していたはずだ。俺だったら注意深く、周囲にも気を遣い、牽制し、真綿で包むようにして、羽純を守る!!」

 なまじキレイな顔だけにスゴイ迫力。ていうか、マリニャンの話が羽純さんにすり替わってるんですけど。…んむむ。言葉を選んでいると、沢田様の説教はまだまだ続く。

「だいたい、第三者の言葉で誤解しちゃうような仲だったということをまずは反省すべきですよね?とどのつまり、満里奈さんに信頼されていなかったんだな、貴方は。

 きちんと毎日、愛情を伝えていましたか?カッコばかりつけて、何も言わずに『気持ちを理解しろ』なんてまさかそんなコトしてませんよね?…分かるかっつーの、超能力者じゃあるまいし。

 俺なんか毎日、羽純に電話して。ヒマさえあればLINEして。まとまった休みがあれば、飛んできて。不安にさせないよう、愛の言葉を大放出ですよ。いつでも会える距離の相馬さんが、何を余裕ぶっこいて放置してるのかって話。あんな美人で、優しくて、賢い満里奈さんを、週1でしか構ってなかったんでしょ?

 有り得ないな。ほんと、有り得ない。愛とは無様だろうと全力で相手に伝え、注ぐものだ!『毎日会いたいなんて言ったら、引かれるかな』などとカッコつける時点でもうダメなんだ。

 恋愛とは、相手と自分しか登場人物がいないはずなのに。相手にだけ夢中になっていれば、雑念なんて浮かばないはずなのに。きっと貴方は無意識のうちに第三者も登場させているんだと思う。周囲を気にしている時点でもう…あなたは、愛の敗者だっ!!」


 それだけ言って、沢田様はドアを閉める。

 さすが、彼女を常にGPSで追跡している男。
 さすが、『ストーカー彼氏』と呼ばれる男。

 今まで少しバカにしていたけど、でもちょっと見直した。そんなに堂々と言い切られると、カッコイイと思ってしまったじゃないか。なんだか世界の中心で愛を叫びたくなったよ(古い)。

 固く閉ざされたドアの前でそのままボーッとしていたら、いきなり内側から開き。羽純さんが恐る恐る顔を出した。

「良かった!まだ、いらしたんですね。これ、満里奈ちゃんの叔母さんの住所なんですけど、いまココにお邪魔してるって。ごめんなさい、沢田さんがすごく怒ってて。私、それを止められなくて。彼がシャワー浴びるというのでその隙にこうして出てこれたんです」

 手渡されたのは、住所が書かれたメモ。

「…羽純さん、有難う!!」

 まあるいタレ目をクシャリと細め、彼女は微笑む。

「早く誤解を解いてあげてくださいね。あ、その叔母さん、満里奈ちゃんの母親と10歳近く年齢が離れているらしくて、確かまだ30代なんですよ。まるで姉妹みたいに仲良しで、よく泊まりに行くと言ってました」

 感謝の気持ちを表すため、メモを両手で高く掲げた。

「本当に有難うございます!沢田さんにも御礼を言っておいてくださ…」

 すべて言い終らないうちに、羽純さんの背後から沢田様が再び顔を出す。

「ゴチャゴチャ言ってないで、早く向かったらどうです?」

 その顔が一瞬だけ笑ったような気がして、俺もつられて笑ってしまう。

「はい!じゃ、お二人とも、お幸せに!!」
「貴方よりは幸せだっつーの、なあ、羽純」
「ちょ、もう沢田さんったら…」


 よおし、
 今から無様に愛を注ごうじゃないか。

 待ってろよ、マリニャン!!

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