ハニィアタック

ももくり

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 はあああっ。

 相馬さんが帰ったあと、叔母さんが大きな溜息を吐いた。

「何あのヘナチョコ。ありゃあもう来ないな。ほんと満里奈はさぁ、顔だけで選んじゃうよねえ。中身がスカスカの男としか付き合えないワケ?」

 …脚本家としては、『恋愛ドラマの女帝』とまで呼ばれている人だ。ありとあらゆる恋愛パターンを知り尽くした女。だから、何も言い返せなくて。叔母さんの愛猫・ポン太を膝に乗せた良太郎さんも笑っている。

「ていうかさ、良太郎とだけ打合せして私には何も言ってくれないんだもん。一応、話は合わせておいたけどォ。これからは事前に教えてよ?」
「ちょっと小夏さん、『これから』って。俺はもう二度と無いことを祈るよ」
「叔母さん、良太郎さん、嘘を吐かせてゴメンネ」


 …そう。

 良太郎さんと結婚なんて、もちろん嘘で。私が相馬さんの件で落ち込み、毎日泣いていたら良太郎さんの方から提案してくれたのだ。『もしその男が満里奈ちゃんの前に現れたら、俺が新しい彼氏のフリするよ。もう結婚するということにしておこう』と。

 この良太郎さんは叔母さんのことが大好きで、私なんか眼中に無いから、本当はそんなこと有り得ないけど。…えと、んと、とにかくご迷惑お掛けしました。心の中でもう一度詫びながらタケノコの下調理に取り掛かる。大鍋に米ぬかと唐辛子を入れ、タケノコと一緒に2時間煮込むだけ。居間では良太郎さんと叔母さんが仕事の話を始めていて、私は邪魔にならないようにと台所で腰を据えた。

 コトコト、グツグツ…。
 こんな日常の音が心を落ち着かせるんだな。


 ねえ、

 嘘だよ。
 貴方のことを忘れるなんて。

 きっとズルズル引き摺っちゃうと思う。
 私、こう見えてジメジメしつこいんだから。

 『また来る』って言葉にも、
 実はすごく期待しちゃってる。

 ほんと、バカでしょ?
 うん、バカなんだ、私。

 叔母さんの言うとおり、
 きっと来るワケないのに。


 甘い記憶が心をゆっくり満たしていく。

 悲しく辛い部分だけを切り取れば、
 素敵な恋だったと思えるから。

 すごく愛されて、大切にされていた。
 そう、思えるから。

 思い出の中のあの人が長い指で私の髪を撫で。
 愛おしそうに見つめて優しく私の名前を呼ぶ。


「満里奈、ねえ、満里奈…」


 ふふ。
 好きだよ、相馬さん。

 あんなに酷いことをされても、
 まだどこかで貴方を信じようとしてる。

 次に誰かを愛せるのかなあ。

 愛せると、いいなあ。


 もう時計の針は20時を回っていて、そろそろ晩御飯にしようと立ち上がったとき。

 …ピンポーン

 玄関チャイムの音がした。

 慌ててそこへ向かうと、古い引き戸の擦りガラス部分に影が映る。どうやらそれは1人ではなく、複数の影っぽくて。

「…どなたですか?」
「あの、相馬です!」

 へ。

 1時間前に帰った、あの相馬さん??

「…何の御用でしょうか?」
「また、来ました!」

 へ。

 眉間にシワを寄せ、取り敢えず鍵を開ける。カラカラと戸をスライドさせると、そこにはズラリと並ぶ男性陣がいた。えと、相馬さんに石井さん、西田さん、たぶんこのゴツイ人は、例の後輩くん?あ、後ろにまだ見知らぬ人が1人いる。

 5人も揃って何の用でしょうか?と訊き返す隙も与えてくれずに、相馬さんは微笑む。

「あは。入ってもいいかな?」
「え?あ、はい…」

 5人が一斉に玄関に入り、一斉に靴を脱ぎ出す。せ、狭い、そして心なしか酸素も薄くなった気が。なんだコレ??ポカンとしたまま、私は居間へと5人を促す。そこには、驚きの表情を浮かべた叔母さんと良太郎さんがいた。


 …勝手な思い込みかもしれないけど、恋愛の復縁場面ってさ、木枯らし吹きすさぶ街の中で男性はトレンチコートの襟なんか立てて、去ろうとする女性の腕を掴みながら『お願いだ、キミを失いたくない…』とかなんとかロマンチックな言葉を囁くんじゃないの?

 少なくとも、10畳の居間で、
 8人も集まって行なわれるコトじゃないよね。


 ね?

 ねええ??


 な、何が始まるの??
 そして一斉に相馬さん以外の4人が声を揃えて話し出した。

「…せえの、俺たちは、『相馬くんトラストミー・プロジェクト』です。よろしくお願いしま~す」


 ちなみにテーブルを挟んで縁側寄りに横並びで私、叔母さん、良太郎さんが座り。玄関側に記念写真でも撮影するかの如く、前列に相馬さん、石井さん、西田さん。後列に後輩くんと謎の人が座る。皆んな正座していたけど、叔母さんの『まあ、足を崩してくださいよ』のひと言で胡坐をかき、一斉に座高が低くなった。

 さっきから叔母さん、笑いを堪えているでしょ。
 が、我慢してよね。

「お茶も出さずにゴメンナサイ。ところで満里奈に話というのは?私たちも同席して構いませんか?」

 叔母さんの言葉に、一人だけ正座したまま相馬さんが答える。

「もちろんです。是非、同席してください。では、まずこの関根から。この男は私の職場の後輩で諸悪の根源でもあります」

 ペコリ、とゴツイ関根さんが会釈した。

「紹介に預かりました関根保セキネ タモツです。相馬先輩にはいつもお世話になっています。ミスをしても優しくフォローしてくれて、忘れっぽい俺を先回り先回りでケアしてくださる…そんな素晴らしい先輩の恋を台無しにしてしまいました!本当に後悔してもしきれません。『飽きたら譲る』なんて先輩は言っていない、勝手に俺、いや僕が『譲ってくださいよお』と頼み、先輩はそれに返事をしなかったのです。

 あのときの僕は知らなかった、
 相馬さんが満里奈さんに本気だということを。
 
 全部僕が悪いんですっ。どうか元通りになってくれませんか?…でないと僕、一生結婚しちゃダメだって。先輩、満里奈さん以外と結婚しないから、僕も独身でいろって。先輩のシモの世話をして、一生暮らすなんてイヤですうう。頼んます、満里奈さま~~」


 ぷくくくッ。

 …あ、叔母さんがとうとう俯いて笑い出した。続けて石井さんが口を開く。

「いや、本当ですよ、満里奈さん。あの日、俺は『相馬が真剣交際している彼女』として貴女を紹介して貰っていた。そんな『譲る』なんてとんでもない。こんなに1人の女性に夢中な相馬は、初めてだ。どうか戻ってあげてくれませんか?コイツ、何でもソツなくこなして優雅に生きているように見えるけど、実はものすごく不器用でダメ男なんですよ。貴女無しでは生きていけないんです」

 コクコクとその言葉に相馬さんが頷いている。そこでシュッと西田さんが右手を上げた。って、いつから挙手制になったっけ…?

「ほんと、ほんと!相馬は満里奈ちゃんに夢中だって。キミに拒絶されてから毎日毎日、俺に電話してきて。『頼りそうな友達を調べろ』とか『どうにか連絡つけてくれ』とかノイローゼになりそうだったし。コイツ、正真正銘のダメ男だって」

 シュタッ!
 謎の男性が最後に手を挙げた。

「あの~、俺、魚住っていいます。西田の親友で、今回の件とは無関係ですけどたまたま西田と一緒に飲んでて。小夏先生のファンなので来ちゃいました!あは」

 …ガクッ。
 叔母さんも良太郎さんも私も一斉にズッコケた。

 そして相馬さんが私に歩み寄ってきて、手を握りながら話し出す。


「その人と結婚するのは考え直して貰えないだろうか?たぶん俺の方がずっとずっと満里奈を愛しているよ。お願いだ満里奈、二度もキミを失いたくない…」



 答えなんか、決まってる。
 早く言わなくちゃ。

 でも、人目が気になって。
 特にあのゴツイ後輩くん。

 目が合うの。
 こっちをスッゴク見てる。

「…満里奈、早く返事してあげなさい」


叔母さんの言葉に、
ようやく私は口を開いた。

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